692. 人脈の暴力


 これからスタッフとミーティングだというチェコに名残惜しくも別れを告げ、その足で一旦自宅へ荷物を取りに帰り、次なる目的地を目指す。


 向かった先は上大塚から地下鉄に乗り換え数駅のところにあるスポーツセンター。屋外のフットサルコートが何面もあり、トップチーム、アカデミー共にここが活動拠点だそうだ。



「じゃあホントに偶然だったんだねえ。偶々ここでご飯食べてただけなのに、運命感じちゃうかも」

「メルヘン気取ってる場合ちゃうぞ。遊びに行くわけじゃねえんだから」

「心得てますよ~♪」


 上大塚駅で突然比奈と琴音が現れたのはまぁまぁサプライズだった。久々に二人きりでお出掛け中だったそうで、駅中のファミレスで昼飯を食べていたら俺たちを発見したみたいだ。


 事情を話すと『ならせっかくだし』と自宅へとんぼ返りし練習着を持って来て、そのまま一緒に着いて来た。


 と言うのもブラオヴィーゼには年代ごとのレディースチームがあり、情報が確かなら今日も練習を行っている。

 俺のコネを使って飛び入り参加しようという魂胆のようだ。ノノとルビーにも準備をして貰った。



「悪いな琴音も。せっかく休みやったのに」

「独学だけでは限界がありますし、一度専門的な指導を受けてみたかったのです。まさに渡りに船でした」


 元々フットサル部には専門的知識を持った人間が瑞希しかいないし、ゴレイロの練習はほとんど俺のオリジナルだ。琴音に取っても良い経験の場となるだろう。練習に参加出来たら、の話だが。



 そうこうする間にスポーツセンターへ到着。メモを頼りに二度目の電話を掛け施設のなかで待っていると、噂の人物が現れた。


 カーリーな癖っ毛とストラップ付きの眼鏡が印象的で、ワイシャツ姿も相まって実にスマートな出で立ち。

 日本人が連想する『お洒落な外国人』のステレオタイプみたいな男だ。相変わらず画家かデザイナーにしか見えない。イケメンが過ぎる。



「やあやあヒロ! また逢えて嬉しいゼ。この子たちはボクへのお土産かイ?」

「お久しぶりです、ミスター・アレク。残念ですが彼女たちもアスリートの端くれだもので、浮気は程々にしてください。奥さんが泣きますよ」

「冗談だっテ! 話はチェコから聞いタ、すぐニでも取り掛かろウ。トップチームはオフで、今日はアカデミーのトレーニングを見るんダ。ヒロには物足りないかもナ?」

「まさか。感謝しています。それと、もし良かったらコイツらを……」

「あア、レディースのコーチに話は通しテおいたゼ。U-18は選手が足りなくテいつも困ってイるからナ、飛び入りでモ大歓迎だってヨ」


 耳に付く片言とハイトーンボイス。元セレゾン大阪トップチーム通訳、現ブラオヴィーゼ横濱フットサルクラブコーチのアレックス・コロラド氏である。


 聞くとレディースチームはどのカテゴリーも慢性的な選手不足だそうで、日によってはゲーム形式の練習さえままならないほどらしい。そんな事情もあり彼女たちの参加も快く受け入れて貰えた。



「チェコの元を離れていたとは、驚きました。元々監督業に興味が?」

「新しいチャレンジをしたカったんダ。自分の言葉で一からチームを育てたクなったのサ。ヤっとボクの原点でもあるフット・サラに恩返シが出来るヨ」

「怒ってましたよ。踏み台にされたって」

「マジデ!? チゃんと説明したのニ!?」

「冗談ですよ」

「ヒロのジョークはジョークに聞こエねえヨ!」


 生まれも育ちもスペインだが、日本人の多いコミュニティーの出身で造詣も深かったらしい。古い仲だったチェコに誘われ共に来日を果たした。



「元々はフットサルの選手だったんですよね。知りませんでした」

「レバンテでプレーしテいたんダ。ソしたらサッカーチームの監督だったチェコに誘ワれたのサ。残念ながラ期待にはソえなかっタけどネ」


 皆はそちらへと合流し、俺もコロラドの後を着いて外のグラウンドへ。今日参加させて貰うのは18歳以下のアカデミーの練習だ。



「ハイ、チューモク! 練習生を紹介しよウ、ミスター・ヒロに拍手ヲ!」


 選手は20人ほど。U-18チームは今年一月に発足したばかりで、高校生が学年問わず参加しているそうだ。セレクションも行わず一般公募で集まったらしい。


 まだまだ新しいチームなので個々のレベルはだいぶ差があるとはコロラドの弁。これといって反発も無さそう。

 良かった敵対心持たれなくて。持ち合わせる限りのコネを乱用してここまで来てるし。人脈の暴力。



「どこでプレーしてたんだ?」

「セレゾンの下部組織で少し。今は部活でフットサルやってる。よろしく」

「おう、よろしくな。じゃあアレクと知り合いなのか。オレは栗宮弘毅クリミヤコウキ、気軽に栗宮弘毅と呼んでくれ」

「気軽にってフルネームじゃねえか……ん?」


 二人一組のフットワークに誘ってくれたのは茶髪の似合う端正な顔つきのイケメンだった。身長は俺より高い。

 待て。その名字と掴みどころのないふわふわした態度、どこかで覚えがあるぞ。というか聞かなくてもなんとなく分かる。コイツもしかして。



「勘違いだったら悪いけど、ちっこくて馬鹿みたいにボールの扱いが上手い妹がいたりしないか?」

「姉なんだよな、これが。つっても一卵性の双子だけど。いっつも名字でバレちまうんだよなー」

「いや、むしろ雰囲気やろ……」


 なんの気なしにヘラヘラ笑う栗宮弘毅。予想通り栗宮胡桃の姉弟だった。偶然というか、奇跡が起き過ぎ。


 双子だったのかアイツ、知らなかった。揃ってフットサルの選手なんだな。まぁ栗宮胡桃はサッカーと兼業みたいなものだが……これは流石に興味がある。もう少し詳しく聞いてみよう。



「町田南には行かなかったのか? フットサルなら全国随一の強豪なのに」

「痛いところ突いてくるねえ。フツーにセレクション落ちちゃってさ、違うとこ行ってんのよ。町田と府中のアカデミーも入れなくて、横浜まで流れてきたわけ。まっ、オレも練習生で本所属じゃないんだけどねん」

「なんやそうなのか。じゃあ高校は?」

川崎英稜カワサキエイリョウ。一応フットサル部入ってるけど、別に強くもなんともない。混合の大会出るらしいけど、そこで活躍してもねってカンジ」


 町田と府中にもフットサルのプロチームがある。となると弘毅は姉ほど才能には恵まれなかったと……にしては体格もあって雰囲気のあるプレーヤーだけどな。この会話だってソツなくフットワークこなしながら続けているし。



「穴場だぜブラオヴィーゼ。一部のチームなのにアカデミーは超入りやすいし。高校でフットサル極めたってプロになれるかは微妙だろ? 結果オーライよ」

「ほーん……」

「てゆーか、お前だよお前。なにがミスターヒロだって。顔見りゃ分かるよ。世代別の廣瀬だろ? エライ雰囲気変わってるけど」

「……分かってたなら早く言えや」

「胡桃が聞いてもねえのに喋るんだよ。ライバルと呼ぶに相応しい唯一の男だなんとか言って、うるせえのなんの」

「仲良いんだな」

「いや全然。顔合わせるたび喧嘩してる。マジでどう相手すれば良いのか分からんよ。新人類過ぎるアイツ」


 部分的には同意だが接しにくいのは貴様とて同じ。テツや大場を更に軟派にさせたような男だ……栗宮家の血筋なのだろうか。


 だが、どんな人物かはだいたい分かって来た。双子の姉と比べて才能には恵まれなかったが、自分なりのルートでプロへの道を模索しているようだ。


 混合大会への出場に消極的なのは、女性混じりの相手に活躍したところで名を売るには物足りない、プロへの近道にはならないと考えているから。

 まぁでも、普通そうだよな。俺みたいに本気で取り組んでいる奴の方がよっぽど珍しいのかも。

 


「そんな警戒しなくて良いよ。たぶんオレしか気付いてないから。あの廣瀬陽翔が無名チームのそのまたアカデミーの練習生とか、誰も信じないし」

「なら有難いけどな」

「てゆーか、マジでフットサル転向したの? アレでしょ、結構ヤバイ怪我してセレゾン辞めたって聞いたけど。リハビリの一環?」

「……まさか。とっくに治っとるし、本気やで」

「ふぇー。マジか。フットサル界に革命起きるなこりゃ……いやぁ、でもどうだろうな。サッカー感覚でやると馬鹿見るよ。オレも中学からフットサルだけど、マジで全然違うスポーツだから」

「よう知っとる。今日はレッスンを受けに来た」

「おっ、じゃあ敬語使えよはい今すぐッ!」

「やなこった」


 勿論理解しているつもりだ。フットサルプレーヤーとしては圧倒的に知識が、経験が不足している。その足りない部分を補いに、今日ここへやって来たのだ。


 だが、あくまでそれは対外的、表面的な理由。本質はそこじゃない。


 まさにチェコの言う通りだ。俺がサッカーとフットサル、どちらへ本腰を入れようと、結局やること、目指す場所に変わりは無いのだから。



「等価交換でどうだ? アンタは俺にフットサルを教える。その代わり俺は……」

「世界のレベルを教えてくれるって?」

「可能な範囲でな」

「良いねっ。嫌いじゃないわそーゆーの!」


 縁が縁を呼び、興味深い人物と知り合うことが出来た。拳を突き合わせ健闘を誓い合う。

 そんな俺たちの姿をコロラドは誰かと似たような顔で満足げに見つめていたが、気付く筈も無い二人であった。


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