701. 完全なる悪手
オミの予想外の奮闘により、そう長くは持たない筈のデートごっこは思わぬ方向へと転がり出した。
現在二人は三階の百均コーナーで小物を物色中。尾行を続けている俺たちのことなど完全に忘れてしまっている橘田、商品棚の色鮮やかなコップを手に取り顔を綻ばせる。
「……これ、良いかも」
「おー。会長っぽくて良いんじゃね? なんかこう、ひまわりカラーっていうか、暖色が似合いそうなイメージだよな」
「髪色だけでしょ。適当なこと言って」
「ごめんごめん。じゃあこっちは? 落ち着いてて悪くないと思うぜ」
「……うん。アリかも。買っちゃおうかな」
…………
「……なんか、ダーさん超デレてない?」
「エライ雰囲気変わってもうたな……」
高校生らしい慎ましやかなデートを見せつけられ、ノリノリだったテツと文香も心なしかゲンナリしている。気持ちは分かる。ただの初々しいカップルだもん。
オミに薦められた服は結局買わなかったのだが、当たり障りの無い誉め言葉の応酬に、橘田はすっかり気を許してしまっている。今だって当たり前のように並んで立っているし。開始直後のギクシャク感どこ行った。
「まさかこの短時間で新たな恋に目覚めようとしているのか……?」
「嗾けたのはーくんやろ……でもホンマ、いかにも恋愛初心者って感じやなぁ」
「と言うと」
「ちょっと優しくされただけで『自分に気があるのかも』って勘違いしてまうパターンや。ウチの友達も散々エライ目遭うてなぁ……」
遠い目で大阪での思い出を懐かしむ文香。誰の話をしているのかは聞かなくても分かった。現在進行形で被害を受けている俺が言うのだから間違いない。
橘田が棚の商品へ夢中になっている隙を突き、オミはまたもラインでメッセージを送って来た。すぐ後ろに居るんだから直接話せば良いのに。
『不味いことになった』
『どした』
『普通に可愛いかも分からん』
『笑』
『もう尾行やめても良いのよ?』
『いやで~~~す』
『覚えとけよ廣瀬テメェ』
ゴリ押しで宛がわれたデートごっこだが、ここまで良い雰囲気だとオミも満更では無さそうだ。序盤あんなに嫌そうにしてたのに。増して単純か。
ちょっとだけ恥ずかしそうにこちらを睨む。舌をバァっと出して手を振ると、中指を突き立て首を切るアクションで応戦して来た。可愛いやっちゃ。
でも、この調子ならもうアドバイスは必要無いかも。確かに二人とも雰囲気に流されているのかもしれないが、きっと恋愛なんてそんなものだ。俺たちの場合にしろ、初めから恋仲になることを予期していたわけではないし。
純度100パーセントのお節介から始まったデートごっこだが、このままアクシデント無く乗り切ってくれれば本当に……。
「会長、料理とかするの?」
「……まぁ、人並みには」
「へぇ~、流石に女子力高けえなあ。あ、そうだ会長。今度オレにお弁当作ってくれよ。いっつも学食なんだけどさ、カロリー高いのばっかで気になるんだわ」
「……おっ、お弁当……ッ?」
「これでも運動部だからよ、毎日脂っこいもの食べるわけにもいかねえだろ? 自分で作る時間もねえしさ、親もあんま協力してくれないし」
「だっ、男子にお弁当を作るなんて……そんなの、まるでカップルみたいじゃないですか……ッ!」
おおっ、一気に勝負仕掛けた!
これは本気で攻略する気かオミ!
(……いや待て)
何故あれだけ整った顔立ちと快活な性格を兼ね備えながら、今までオミに彼女が出来なかったのか。俺はよく知っている。
とにかく顔と態度に出るのだ。当人はあれで隠せているつもりらしいが、少しでも女子と絡もうものなら下心が露骨に垣間見える。
つまりこれは、完全なる悪手。
待てオミ、その手をどこへ持って行くつもりだッ!
「長瀬ちゃんが毎日廣瀬に弁当持って来てるの羨ましくてさあ。俺もちょっと味わってみたいっていうか……会長も良い経験になるだろっ?」
「ヒィィ゛ッ!?」
「ゲェェッ!? 肩に腕回しやがった!」
「アカンッ! ボディータッチは時期尚早やッ!」
「よりによってダーさんにそれはヤバいって!?」
そもそも男性が苦手な橘田。いくら好意的な態度を取り続けていたとしても、いきなり身体に触られるのは拒絶反応が出る筈。
さして時間も掛からず予感は現実となる。みるみるうちに顔色が悪くなり、反射的に振り上げられた肘がオミの顔面を撃ち抜いた。
「いやああ゛アアァァ゛アアー゛ーーー゛ッッ゛!!」
「ブホォェ゛ェッ゛ッ!!゛」
肘鉄をモロに食らったオミはそのまま地面へと倒れ込む。騒々しい周囲の反応を機にしてか、橘田はエスカレーターへ飛び乗り下の階へ走り去ってしまった。
……あーあ。良い流れだったのに。
『……あれはダメよ。ヒロとガールズたちみたいにもっと信頼関係を築いてからじゃないと、ただのセクハラだわ』
「パーソナルスペースガン無視のお前には言われたかないだろうがな」
『なによ。日本語じゃ分からないわ』
『なんでもねえよ』
せっせと稼いで来たポイントはこれで振り出し。雰囲気に流され過ぎて勝負処を見誤ったか……だからいつまで経っても童貞なんだお前は。何様目線。
さて。ノックアウトされたオミの救出はともかく、橘田のフォローもしてやらないと。またネガティブ思考に陥って『良い人だと思ったのに結局外見目当てか』なんて考えていそうだし。その通りと言えばその通りだが。
「テツ、オミは頼んだ。会長捕まえて来るから」
「オッケー。じゃ、今日は頭下げさせて取りあえず終わりだね。このまま上手いこと行けば良かったけど、そう簡単にはいかないか」
「元々無茶な賭けやったしな。しゃーないわ」
元来たエスカレーターを辿りア〇タの外まで出て来る。そのまま帰ってしまったかと思ったが、案外近いところで発見出来た。ベンチに座って頭を抱えている。凄まじい悲壮感。
迂闊に近付くのも憚られる不幸オーラを撒き散らしているが放っておくわけにも行かない。まずは文香を向かわせる、が。
「んにゃ? 先客や」
「あの制服は……ウチじゃねえな」
数人の高校生が橘田の座るベンチを取り囲んだ。見覚えのある制服だ。名前は思い出せないけど、確かこの辺りの学校だった筈。
近辺には高校が山嵜ともう一つあるのだが、偏差値の低さと不良学生の多さで地元じゃ悪い意味で有名な公立校だと、以前オミが話していた記憶がある。
となると、そのヤンキー校のDQNグループと考えて間違いない。会長、髪色のせいで見た目は結構派手な印象だし、なにより可愛らしい顔してるからな。目を付けられてしまったか。
「ねえねえ。そんなとこ一人で座ってどうしたんよ。もしかしてヒマしてる?」
「ヴッ……! なっ、なんですかッ!? 貴方たちに用はありませんッ、構わないでくださいッ!」
「おいおい、こっちは気ィ遣って話し掛けてやったのによぉ。そーゆー態度は良くないんじゃねえの?」
「コイツ、山嵜だぜ」
「え、マジで? ラッキー! 一回遊んでみたかったんだよなァ~!」
嫌な流れになって来た。この手のDQNは一旦調子に乗ると止まらないし、それも橘田が無駄に好戦的だから収拾が付かなくなる可能性が高い。
俺が威圧して追い払っても良いが、それだと今度は文香とルビーが標的になりそうだし……こんなんでもフットサル部の顔役を果たしている手前、他校とのトラブルはなるべく避けたいところ。
クソ。タコ殴りにしてえ。こんな地元民しかいないデパートで調子付くな。もっと繁華街まで行け。大人数で女を囲むな。何から何までダサいわ。
「なんかトラブってる?」
「お疲れテツ。不味い展開や」
「あー、あれ
困った顔で頭を掻くテツ。そんなにヤバイ連中なのか。なら尚更不味い。橘田、もうすっかりヒートアップして軽く言い争いみたいになってるし。
仕方ない、助けないわけにはいかないか。
一旦文香とルビーを避難させて二人掛かりで……。
「会長ッ!?」
「ちょっ、おい、オミ」
テツの肩を借りてフラフラしていたオミも会長の危機に気付いたようで。大慌てで彼女の元へと駆け寄って行く。
って、えっ、ちょ。武臣くん。
「オミちゃん、ストップストップ!?」
「止めるなッ! これは汚名返上のチャンスだ!」
「なにがお前をそこまで駆り立てるんやッ!?」
この期に及んで彼氏面し出してる! 何故!
落ち着け! お前、強豪サッカー部のレギュラーだろ! 他校と揉めたら超面倒なことになるだろ! もうちょっと自覚を持って行動しろ!?
あぁ駄目だ、飛び込んで行ってしまった。
もはや正面衝突は避けられない。
ええい! もうこうなったらデートごっこでも彼氏役でもなんでもいい! 会長を守るんだ、武臣ィッ!
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