687. 噂に聞いたけど
「なっつーー!! これなっ、ワールドカップ終わってすぐのや! ワールドサッカーマガジンの巻頭でなっ、ちゃんと写真載っとる唯一の記事やねんで! うわーーこっち持って来れば良かったーー!!」
「ほんでこっちがクラブユースでMVP取ったときの! いっちゃん調子乗っとるときや、確かWebニュースがまだ残って……あったあった! 見いやこの舐め腐った顔ッ! どっちがタヌキ面か分からへんでホンマ!」
「ギャーー!! ホンマ、これうわーー! 6年のな!? 全国大会のときのな!? この頃のはーくんがいっちゃん可愛いねん! 生意気面噛まして背伸びしとる感じがホンマ堪らんねん……! あァ~~酸素染み渡る~~!!」
「なあはーくんも! はーくんも一緒にやろうやあ! これむっちゃ楽しいで!」
断固拒否。
演技を始める前にほったらかしの名言50音をかるたを見つけ勝手に始めてしまった文香。待ち構えていた連中は若干の肩透かしを喰らう形に。
が、当人が楽しそうならそれで良いかと、再びプライバシー一切無視のイジメかるたにワイワイ興じるのであった。ちゃんと確認したら写真付きの最新版にアップデートされていた。絶対に回収する。捨てる。
「もうすっかり仲良しさんですねっ」
「ハッ。どうだか」
一人輪から外れ騒ぎを眺めている有希。強引な手法だったとはいえ、キッカケを作ってくれた有希には大いに感謝だ。こうして落ち着いている分には清楚な装いと頭に乗った桜の花びらが恐ろしく良く似合う。
「なんか、ごめんな。気ィ遣わせて」
「……なにが、ですか?」
「サプライズ度が薄れてしまったというか」
「あははっ……仕方ないですよ、まさか廣瀬さんのために転校して来るなんて、わたしでも予想できませんっ」
「お前が言うてもな」
「ほえ?」
いくら距離を縮めたいからって隣の部屋に越して来るなんて考えも付かない所業だよ。お前の謎にアクティブなところ凄い怖いよ。とわざわざ口にはしないが。
文香が文香なら有希も有希だ。普通年頃の女の子って、異性に好意を伝えるだけでももっと手一杯になるものだと思うんだけどな。それこそ琴音みたいに。やっぱり根本的にネジが緩んでるか数本欠けてるのかな。コイツらに限って。
「ホンマむず痒いわ。これ以上調子乗るのが怖くて仕方ねえよ。罰が当たるわ」
「どういうことですか?」
「重いんだよ。どいつもコイツも。別にイヤでもなんでもねえけど」
「……わたし、重い女ですか……ッ!?」
「違う違う。そうじゃ、そうじゃない」
変な勘違いをしてしまったので慌てて正してやると、有希はふむふむと腕を抱えて考え始めた。嫌な間だ。俺はいったいなにを待っているのだ。
直近で言えばルビーもそうだが、こうも女の子から強引にアプローチされる原因が未だに分かっていない。有希に至っては、ちょっと距離が近い憧れの家庭教師のお兄さんという、本当にそれだけの関係性だったのに。
「上手く言えないんですけど……廣瀬さんの気持ちが、本気がすっごく伝わって来るから、じゃないですかね?」
「どういうこっちゃ」
「廣瀬さん、あんまり感情を表に出さないじゃないですか。でも、分かっちゃうんですよ。喜んでるのか、怒ってるのか、すぐに分かるんです。それがすっごく面白いですっ」
「褒めてんのかそれ……?」
脇が甘いから好かれるってこと?
まったくもって嬉しくないのだが?
「素直が一番ってことですっ。だって、嬉しいじゃないですかっ。好きです、信頼してますって、言葉でも、態度でも伝えてくれたら」
「……まぁ、そうかもな」
「わたし、皆さんより全然子どもっぽいし、可愛くないし、試合でも活躍できないし、駄目なところばっかりですけど……」
ちょっとだけ照れくさそうにブルーシートをジッと見つめる。けれど、すぐに晴れやかな笑顔を取り戻し、有希はこう言った。
「でも、廣瀬さんがそれで良いって、今のわたしが好きだって、ちゃんと伝えてくれるから。だから、自信が持てますっ。素直になればなるほど、廣瀬さんも同じくらい素直になってくれるって、そう思えるんですっ。勇気が出るんですっ」
「…………お、おう」
「普段は真剣な顔ばっかりしてるから、もっともっと、笑った顔が見てみたいなって、そう思っちゃうんです」
「う、うん……」
「本気でぶつかってくれるから、同じくらい本気で応えてあげたいなって、思うんです。もっともっと笑って欲しいって……しっ、幸せになって欲しいって思う……と言いますか……っ」
いくらなんでも正直に喋り過ぎたと途中で気付いたのか、段々と顔を赤らめ語尾を弱めていく。そこまで話してしまったらもはや意味の無い葛藤だろう。
前に瑞希にも言われた。なにを考えているかすぐに分かるらしい。これでもポーカーフェイスには自信があったのに、みんなには筒抜けか。
不思議と嫌な気分でもないのは、口では軽くあしらいつつも、実際のところ嫌でもないしなんなら望んでいるからだ。
俺のことをもっと理解して欲しい、そんな願望が普段の言動にも透けてしまう。きっと幼少期の反動みたいなものなのだろう。
「面白そうな話してるね」
「んなおっかねえ顔で言われても」
「そう? 人前で女を辱める男がいたらこんなリアクションじゃない?」
「俺はなんもしてねえよ」
かるたには飽きてしまったのかスマホを弄りサンドウィッチを摘まむ真琴。仮にも立派な美少女が胡坐を掻いてボサッとするんじゃない。
「それより真琴。俺に言うことはねえのか?」
「テーブルは自分が選んだんだ。良いセンスでしょ」
「違げえよ。ちっとは反省せえや」
「なにが? 怒られる理由が無いんだケド?」
「小癪な真似を……」
有希の一人暮らし計画にも当然一枚噛んでいたわけだ。俺を驚かせてよほどご満足なのか、憎たらしいドヤ顔を噛ましいつもに増して調子の良い彼女。
コイツもコイツで分からない。確かに有希も『ライバルである以上に友達』と言っていたけれど、塩を送るどころの話じゃないだろ。余裕綽々か。
「どうせ姉さんは許可出さないし、母さん残して出てくわけにも行かないし。都合の良い秘密基地ってとこ?」
「お前に限らずやけど、なんでこう変なところで素直やねんホンマ」
「さあ。でも、有希と同じだよ。兄さんの困ってる顔見るのが面白くてさ。趣味みたいなもんだよね」
「性格悪いな」
「今更知ったの? あの姉さんの妹なんですが?」
「姉をダシに使うんじゃない」
無駄に説得力湧いちゃうからやめろ。
真琴に釣られ未だかるたに勤しむ連中の様子を覗き見る。すっかり元気を取り戻した文香に愛莉は振り回されっぱなしだ。
瑞希に負けず劣らずの気分屋がもう一人増えては彼女の苦労も一入。今度こそ時間作ってあげないと。また爆発しちゃう。
「まっ、良いんじゃない。ただでさえ優遇されてるんだから、世良さんみたいな人が居た方が気も引き締まって」
「どっちが姉か分かったモンじゃねえな……」
「兄さんも。人の心配してる場合じゃないんじゃない?」
「はっ? なにを?」
「有希が言ってたこと、自分もよく分かる。そっちが本気で家族がどうとか言ってるなら、こっちも本気で考えなきゃ失礼でしょ。ホント馬鹿馬鹿しいケド」
「趣旨が分からん。ハッキリ言え」
「…………誰が一番なのかって、そういう話」
「……は?」
とっくの昔に通り過ぎた筈の問題を蒸し返し、真琴は悪戯に笑った。その真意に触れる間もなく彼女はこう続ける。
「分かってる。兄さんには全員が必要で、みんな大事なんだって。でも、それは兄さんの都合でしょ。法律まで捻じ曲げるつもりってなら文句も無いケド」
「……どういうことや?」
「どれだけ大きな家族でも、夫と奥さんは一人ずつでしょ。噂に聞いたけど、日本では重婚は禁止らしいよ」
「噂もなんも公然たる事実やろ」
「……暢気に構えて、知らないよ。重いのも本気なのも兄さんだけじゃないって、そろそろ気付いた方が良いんじゃない?」
冷たい風が肌着を通り抜けくしゃみを一つ。いつの間にか陽も落ち始め夜が近付いている。そろそろ外で飲み食いする時間でもなくなって来た。
真琴も同じように考えていたのか皆に一声掛け、撤収作業が始まった。『続きはセンパイの部屋で』なんてノノの声が聞こえて来る。まぁそんなことだろうとは思っていた。それは別に構いやしないが。
帰り支度を進める最中、真琴は愛莉、文香、そして有希に声を掛ける。何事かと声を掛けようとすると、まだまだ元気な瑞希と比奈に捕まった。
「ハルぅー、今日泊ってくねー」
「えっ」
「わたしも着替え、持って来ちゃった♪」
「ちょっ」
どうやらお花見はまだまだ終わりそうにない。全員揃い踏みの状況でおっ始める気なのコイツら。絶対に阻止するから。武力行使も厭わぬ。
他の面々もぞろぞろと後を着いて来るが、やはり例の四人はその場に残ったまま。今はそっちが気になる。真琴はなにを話すつもりだ……?
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