686. それだけで


「……なによっ! 瑞希の分からず屋っ!」

「こっちの台詞だばーか! この陰キャ! コミュ障! メンヘラ! ウシ乳っ!!」

「あァァァァーーンッ!?」


 愛莉と瑞希が結構な勢いで言い争いをしている。他の面々も二人の喧嘩を止めるどころか機嫌の悪そうな顔をして眺めていた。さっきまで楽しそうにTikT〇k撮ってたのに。ものの数分でなにがあったのだろう。


 なにかと真反対というか折り合いが悪いというか、陽キャと陰キャの化身或いは代表格と言ったところの二人ではあるが、こうも険悪な雰囲気になるのも珍しい。それにいつもなら、頃合いを見て比奈が止めてくれるのだが。



「比奈センパイも一言言ってくださいっ!」

「そうだよ愛莉ちゃん! 陽翔くんは愛莉ちゃんだけのものじゃ……!」

「あー、違います違います。そーゆーガチっぽいのじゃなくて、もっとこう泥沼感をですね」

「……そうだよ愛莉ちゃん! 陽翔くんはわたしのものなんだからっ!」

「それですっ! さあ琴音センパイも! ほら、さっき教えたやつです……!」


 ……なんだその不可解過ぎるやり取り。ノノが言い争いを助長としているというか、こそこそとアドバイスを送っている。そんな生易しい口喧嘩があるか。



「……は、陽翔さんはわ、私のものです。皆さんがどれだけ争うと、い、意味の無いことです。私の圧倒的……優位性? に揺るぎは無いのですっ」

「ダニィ!? その発言聞き捨てなりませんねぇッ! ノノのほうが絶対センパイに愛されてますからァー!」


 なにこの茶番。


 感情ゼロの棒読みで訴える琴音のおかげで確信を持った。あれは喧嘩ではない。喧嘩するフリをしているだけだ。


 俺のいないところではこのような言い争いが日常茶飯事なのかと一瞬身構えてしまったが、ノノの立ち回りを見るに間違いなく演技が入っている。だが、いったいなんのために? 誰に対してなにをアピールしている?


 隣の文香も意味不明な口喧嘩に首を捻り眉を顰めている。俺たちの疑念も置き去りに醜い女の争いはますますヒートアップするのであった。



『ふふーん! そうやって下々の者はいつまでも下で争っているが良いわ! ヒロが私を一番大事に思ってくれているのは明白よっ! バレンタインでとっくに決着は付いているもの!』

『ちょっ、シルヴィアてめーマジで痛いとこ突くな! ガチっぽくなんだろ!』

「シルヴィアさんの言う通りですっ! 廣瀬さんはわたしのことが一番好きなんです! 間違いありませんっ!」

「おおっ、言葉が分からないのを逆手に取った高等テクニック……! マコちん、この図々しさですよっ! さあ続けて続けてっ!」


 唯一乗り気じゃない真琴にパスが回る。馬鹿馬鹿しい、と口を開かずともものを語り、ため息交じりにツッコミ。



「……なんで誰も気付かないわけ? 二人とももうそこに居ないんだケド」

「え。あ、ホントですね。いつの間に」

「なーんだ。遠慮なく長瀬に文句言えるいい機会だったのに。つまんね」

「私だけ散々な言われようだった気がするんだけど!? ねえっ!? いっつもそう思ってるわけ!? 百歩譲って陰キャは良いけどメンヘラってなによ!?」

「ごめん嘘ウソ。メンヘラじゃなくてヤンデレな」

「同じでしょうがッ!!」


 一人だけちゃんと悪口を受けた愛莉だけ興奮したままだが、みんなして言い争いをパッタリと止めてしまった。良かった、本当に演技だった。安心。


 コンビニの前に居た俺たちへ届くようにわざわざ演技をしていたらしい。となると、この大根役者たちの真の狙いは……。



「……なに? どゆこと? 頭逝っとんの?」

「まぁ最後まで聞けって」


 ますます状況が掴めない文香。すぐ傍の木陰で様子を窺っているとは知らない彼女たちは、いとも簡単にネタバラシを始めるのであった。



「じゃ、二人がコンビニから出て来たら再開ですね。瑞希センパイも個人攻撃じゃなくて、もっと自分を強くアピールする方向でお願いします」

「それはいーけど、これホントに効果あんの?」

「当然ですともっ! 関西人たる世良さんがこの手の言い争いに乗って来ない筈がありません。ノノの完璧な作戦ですっ!」

「そこまで単純な方とは思えませんが……」

「琴音センパイも! せっかくのチャンスなんですから、もっとセンパイに伝わるよう言葉で甘えるのが大事なんですっ! あっちが好戦的ならそーゆー雰囲気で受け入れるのですよ!」

「喧嘩するほど仲が良いって言うもんねえ」

「それです比奈センパイっ! センパイはもっとえっちいアピールの方が効果的だと思います! むっつりキャラを印象付けるのですっ!」

「えぇ~……それはちょっとなあ……」



 ……………………



「……だってさ」

「…………なんやそれ。アホくさ」


 ガックリ肩を落とし乾いた半笑いで皆のやり取りを眺める文香。本場大阪の笑いで育った彼女には相容れないチープなコントだったか。


 でも、重要なのはそこじゃない。皆が文香に求めていることが対立や不毛な争いではないと、勿論気付いている筈だ。



「有希も昨日言ってたろ。お前はこの一年の俺をなんも知らないし、アイツらのことだってなにも知らない。アイツらも同じなんだよ」

「……ウチに媚び売ってるって?」

「なーんでそう捻くれた捉え方するかね」

「ふんっ。はーくん直伝やで」

「教えてねーよ、誰も」


 文香が絡みやすいような環境を皆で協力して作っているのだ。口喧嘩でもなんでも良い。文香が全員と対等な場所に立てるよう、見えないところで気を遣ってくれている。演技の上手い下手は一旦置いておいて。


 その身一つと過去の記憶を頼りに飛び込んで来た文香には、俺を介さなければフットサル部の皆と手を取り合うことが出来ない。それじゃいけないんだ。別にいきなり家族ぐるみの付き合いをしろなんてことは言わないけれど。


 キッカケは俺だとしても、まずはちゃんと友達に。仲間になって欲しい。少なくともみんなはそう思っている。努力している。



 秋にノノが加入するか否かで揉めていた頃とは比較にもならない。あれだけ五人の結束に固執し、外部の人間を受け入れようともしなかった愛莉や琴音さえ、思うところこそあれど協力している。


 現実を見るようになったと言えば単純だが、もっと大切なことがある。この繋がりが単なる偶然で結ばれたものだとするのならば。

 文香との出逢いやこれから起こる出来事だって、すべて同じようなハッピーエンドにしてしまおうと、みんな本気で思っている。



「難しいこと考えたり、やってるわけじゃねえんだよ。ご覧の通りアイツらにそんな頭は無い。困ったことにネジの外れた奴ばっかりでな」

「確かにな。変な奴ばっかや」

「でも、面白いだろ?」

「……………ウチのこと、認めてるの?」

「認める認めないとか、そんな次元の話じゃねえよ。面白い奴が来たからさっさと仲良くなりたい、囲っておきたいって、そんだけや。たぶんな」

「……アホくさ」


 似たような言葉を繰り返すが、少しずつ柔らかさを取り戻す表情。癖混じりの長髪をクシャっと撫で下ろし、俺はこう続けた。



「元を辿ればこういうことや。俺は男で、アイツらは女やけど……もっともっとシンプルなんだよ。最高に馬鹿で滑稽で、偶にビックリするくらいカッコよくて、可愛くて、魅力的で……」

「…………んっ」

「必要かどうかで言ったら確かにそうかもな。でもそんな重い話じゃない。俺はただ、死ぬまで一緒に馬鹿騒ぎして……笑ってたいだけなんだよ。一人でも欠けたらこんな風には思わない。だから、文香」


 肩を手繰り寄せ、きめ細かな頬にそっと掌を寄せる。風が吹くと桜の花びらがパラパラと舞って、ちょっと出来過ぎなくらいのロケーションだ。


 この美しい光景は、今だけは俺と文香、二人占めにしておこう。こっちのほうがよほどチープで出来の悪いドラマだと、誰かに糾弾されてしまうかも。


 でも悪くない。必要というよりは、俺がただ見てみたかった、味わいたかった未来だったという、それだけのことだ。



「俺の人生に必要な奴らのリストに、お前がいないわけねえんだよ。名簿の一番上に、生まれてすぐ予約が入ってんだ」

「……はーくん」

「大阪での記憶が俺の一部なら、文香。お前は俺にとっての手足で、心臓で、どっちにしろ欠かせないものや。アイツらも同じようにな」

「…………ホンマに?」

「何度も言わせんな……お前にもそういうリストがあって、俺の名前が書いてあるのなら……アイツらの名前も、最後のほうに書き足してやって欲しい。誰を残して誰を消すかは好きにすればいいさ」

「……なーんか上手いこと躱されとる気がするなぁ」

「昔からそうだろ」

「……ホンマ敵わんわ」


 特大のため息を並べ呆れたように笑う。

 少しは納得してくれたようだ。


 すべて理解しろなんて言わない。むしろ今はこうあるべきだ。これからの長い年月で文香が望むような結論を出してくれたら、それで良い。十分過ぎる。



「言って来いよ。口八丁ならお手の物やろ」

「……全員泣かせて後悔しても知らへんで」

「そこまで雑魚っちい奴らじゃねえよ」

「ふんっ。どーだかっ」


 踊るようなステップを踏む。色鮮やかな花びらが頭のてっぺんから飛び散って、さながらハッピーエンドの映画観たいなワンシーンが完成した。


 でも、まだまだ。

 これから始まるのだ。とびっきり面白い続編が。



「ホンマええ顔で笑うようなったな。悩んどるのがアホらしくなってくるわ」

「そうか?」

「鏡もっと見いや。カッコええ顔しよって」


 冗談を飛ばしこちらへと振り返る。昔から変わらない気の抜けた笑みを浮かべ、文香は言った。



「思い出したわ。なんではーくんのことが好きなのか、ちゃんと思い出した」


「偶に見せてくれる、はーくんの笑ってる顔が、好き。はーくんが笑ってる、ウチの隣で笑ってくれる……それだけで幸せ。ホンマ悔しいけど、でもどうしても、嬉しくなってまうんやっ!」


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