685. 醜い争い
ちょっぴり買い物を済ませてコンビニの前で待っているとお手洗いから戻って来た文香。
泣き顔でも洗っていたのかち尋ねると『いや普通にトイレ』と期待外れな答えが返って来た。
「ほい、焼き鳥。タレの方が好きやろ」
「ガキ舌はとっくに卒業や。塩味も美味しくいただける大人のレディーやねんで」
「ちなみにどっちもあるけど」
「…………どうしても食べて欲しい言うなら貰ってあげへんこともないなぁ?」
「どこで意地張ってんだよ」
駐車場の車止めに座りタレ味のかわを頬張る文香。不満げな視線の先には、そんな彼女の様子などちっとも意に介さずプライバシーガン無視かるたへ勤しむ皆の姿。タイミングがあったら今度こそ破棄せねば。
それはともかく文香だ。せっかくの楽しい花見の会場がコンビニの駐車場ではあまりにも勿体ない。もう少し掘り下げて聞いてみよう。
「なにがそんなに気に入らねえんだよ」
「…………全部や。ぜんぶ」
「だからそれを教えろって」
「……キモいねん。アイツら。おかしいやろ普通に考えて。男取り合っとる癖にあんな仲良いとか、考えられへんわ」
やはり引っ掛かるのはそこか。
予想出来なかった答えでもない。
幼馴染という特殊なポジションを盾にマウントを取ろうと躍起になっていた文香のことだ。それぞれが恋のライバルとも言うべき関係性にも関わらず、喧嘩の一つも無しに仲良く肩を並べている光景は到底受け入れ難いのだろう。
もっともな疑念であることも当然理解している。真っ当な考え方をしているのは彼女の方で、ズレているのは俺たちだ。事実、腹の底では嫉妬に燃えている愛莉みたいな奴もいるのだから。
「まぁ、アレや。大阪ではーくんの身になにが起こったか、ウチも目の前で見とるからな。部分的には分からんでもないんよ。ウチには理解出来ない絆みたいなモンがあるんやろなって。それはええねん」
「……んっ」
「せやかて、それはそれ、これはこれっちゅうやつでな。パパさんとママさんにみっともないアピールして、死ぬ気でやり合っとったろアイツら。ものの数か月でなんでこうなんねん。意味分からへんわ」
これも文香の言う通りだ。練習試合の夜、自宅で繰り広げられた世にも醜い両親へのご機嫌取り合戦を彼女も目の当たりにしている。
その時はその時で、文香もある程度は納得していたわけだ。どれだけ仲の良い集団だとしても、根本的には一つの座を争うライバルに過ぎないのだと。
そして自分も、その一つの座を狙う権利がある。努力次第で手に掛けることが出来る。そう信じていたから、こうやって強引な手を使ってまで俺に接近して来た。そこへ至るまでの勇気を持てたのだ。
故に理解出来ない。なんで前より仲良くなってるんだと。自分を受け入れる余裕なんて無いだろと。張り合いが無さ過ぎると。そう思っている。
「一般常識として聞いておきたいのだが」
「なにを?」
「例えばこういう状況が他の男女にも起こっているとして……女同士が仲良いのって、珍しいことなのか?」
「当たり前やろ。もっと醜い争いが起こって、全力で足引っ張り合うモンや。ウチが小中ではーくんガールズにどんだけ意地悪されたか一個ずつ教えたろか?」
「なんやそのキモイ集団」
「ホンマにおったんやからな。ウチのこと邪魔者扱いする質の悪い追っかけ。ウチがはーくんの目に入らんよう追い払っとったんや」
「…………そうだったのか」
「慰謝料もろてもええくらいの馬鹿馬鹿しい仕事量やったわ、ホンマ。手ェ着いて感謝して欲しいくらいやっちゅうに」
不満げに唇を尖らせそっぽを向く。
俺の追っかけ……そんなの見たことも聞いたことも無かったけれど、文香が人知れず排除してくれていたのか。全然知らなかった。
どれもこれも、俺がサッカーに集中出来るように気を遣ってくれていたからなんだろうな。そう考えると……ちょっとだけ申し訳ない気持ちにもなる。
「アホっ、頭やないわ! 地面や地面っ!」
「外で土下座するのはもう懲り懲りでな…………これで許してくれ。ありがとな、俺のこと助けてくれて。それと、ごめんな。あの時ちゃんと言えなくて」
「……別に、ええけどっ」
頭を撫でてやるとちょっとだけ恥ずかしそうに身体を縮ませ悪態を付く。
偶の汐らしい姿はどうしたって嫌いになれなかった。ずっと素直じゃなかったのは俺のほうだ。
「俺がどうこうって前にちゃんと友達なんだよ。それよりもっと深い仲かも分からん。家族同然の付き合いの奴もおるし、実の姉妹も混ざっとる」
「おっぱいちゃんと、あのイケメンの子やろ。姉妹丼は流石に趣味悪過ぎるで」
「腰を折るんじゃない」
比奈がスマホを向けて、瑞希とノノが変なダンスを踊って、それを見てみんなおかしそうに笑っていた。またTi◯Tokでも撮ってるのか。飽きないな。
この光景だけ切り取って一般的な高校生を語るつもりは無いが、まぁでもこんなものだ。奥底に秘められた関係性など少しも垣間見えない。
一から十を口で説明することは出来ない。いくら教えたところで文香はその場にいなかったのだから、すべてを理解するなんてことはまず不可能だ。
それでもピンと来るところはあると思う。文香さえ歩み寄ってくれれば、決して難しいことではない。お前なら分かってくれるなんて、あまりにも重荷でとても言えないけれど。
でも察してくれる筈だ。
だって幼馴染なんだから。
その程度のアイデンティティーで、今日まで生きて来たんだろ。だったらもうちょっとだけ無理を通させてくれよ。
「少なくとも夏まで俺たちは恋愛感情もなんもない、ホンマにただの友達やった。今じゃ自分でも信じられへんけどな」
「……んなん嘘に決まっとるわ」
「そうかもな。もしかしたらそうじゃなかったのかもしれない。でも俺はそう思ってた。ただ一つ確かなのは、今はそれだけじゃないってことや」
「朴念仁のはーくんも流石に気付いたって?」
「いや、それも違う。必然的にこうなった。全員がやりたいようにやって、でもちょっとずつみんなのことを考えて……あるべき場所に収まったんだよ」
文香の指摘した通り、みんながみんな俺一人だけに固執していたら今日日のような関係性には至らなかった筈だ。
もっとギクシャクしていて、見るに堪えない諍いで満ちた居心地の悪い世界になっていた。愛莉を更に捻くれさせた奴で溢れていたかも。
ところがそうはならなかった。何故なら。
「フットサル部のことも、仲間のことも、全部好きなんだよ。全部大事なんだよ。アイツらは。全員のことが大好きだし、リスペクトしてるし、たぶん嫉妬もしてる。これはこれで健全に見えるだろ?」
「…………まぁ、そう言われればなぁ」
「自分自身のちょっとずつ足りないところを持ち合わせて、みんなで必死に埋めて……そういう形のチームで、家族なんだって、俺は思ってる。運命でも偶然もない。俺たちが俺たちになったのは、ぜんぶ必然や」
「……家族、ねえ」
それらしい言葉に文香も目を細め深々と頷くが、すべて納得したわけではないと表情が物語っている。
まぁそうだ。強がりと言えば強がりでもある。出逢ったこと自体は偶々、偶然の産物だ。個人的なワガママでギリギリ成り立っているだけかもしれないし、みんなも腹の内はまったく違うことを考えているかもしれない。
こんな歪な関係がいつまでも続くかなんて、俺にも分からない。ただ確実に言えるのは、みんな少しでもこの関係が、幸福な時間が長く続くように、持ち合わせの努力だけはしてくれているということ。
「……はーくんにとっては、ホンマに家族なんやな。あの全員が」
「とっくにそのつもりや。誰も手放したくない。嫌われたら、それ以上に好かれる努力をする。拒絶されたら許して貰えるまで土下座でもなんでもしたる。誰かに引き裂けたら、ソイツを殺してでも奪い返すさ」
「ハッ。重過ぎやろ」
「なんとでも言え。俺の人生にアイツら全員が必要なんだよ。みんなもたぶん、同じように思ってる」
「随分と弱い男になってもうたなぁ」
「強がってただけや。あの頃は」
「…………まっ、確かにそうかもな」
最後の一言を伝える前に、文香は立ち上がり軽快なステップを踏んで食べ終わった串をゴミ箱に放り投げる。
思わず見惚れるほどの達観した色味の無い笑顔に、俺はついぞその一言を言い淀んでしまった。
「ほんなら、昨日ウチの言うたとおりやな」
「…………なにが?」
「必要無いっちゅうことや。ウチ、そこまではーくんに愛されとる気せえへんし。お邪魔虫はさっさと退散した方がええやろ?」
「……馬鹿言ってんじゃねえよ。文香、お前は」
まるで予定調和の如く、次のフレーズは思わぬ展開により邪魔されてしまった。なにやら木の下の彼女たちが穏やかではない様子。
柄の悪い花見客にでも絡まれたかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。落ち着かない愛莉を筆頭になにやら言い争いのようなものが始まっている。
「なんや、言うとる傍から喧嘩か?」
「さあな……見学でもしてみるか」
「ほえ? 見学?」
「後ろから回るぞ……俺が喋るより、アイツらから聞いた方がええやろ」
「にゃにゃ?」
手を引いて敷地の大外を回り彼女たちのもとへ戻る。少し歩いて木陰へと辿り着くと、その全容が段々と明らかになって来た。
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