684. やめさせてもらうわ


 昼過ぎから段々と花見数も増え敷地は結構な人だかりになって来た。海沿いの公園だからか、潮の匂いと近くで開催されているらしいバーベキューのこんがり鼻を突く香ばしい香りが混ざり合い空腹を刺激する。


 急な提案だったにもかかわらず、比奈がちゃっかりお弁当を作って来てくれたのは非常に有難かった。

 サンドウィッチなど軽く摘まめるものが中心だが、こういうのをソツなくこなしてくれる辺り流石の女子力。


 我が物顔でポテチとコーラを抱えているノノとルビーも少しは見習ってほしい。飲み物が足りているか頻りに気を配ってくれる有希とは雲泥の差だ。こういう些細なところにも人柄は現れるな……。



「本当にちゃんとした幼馴染なんですね。非モテ陰キャの兄さんが生み出した架空の存在だと思ってました」

「失礼なっ! これでもはーくん小っちゃい頃からモテモテやったんやで! バレンタインなんか下駄箱がパンパンでな、ぜーんぶウチが処分しっとたんや。食費も浮くとさかい毎年楽しみでなぁ~♪」

「お前の仕業やったんかい」


 大阪の土産話に一番関心を持っていたのは意外にも真琴だった。巧みにおだて上げられ文香も段々と上機嫌になっている。


 って、そんな光景一度も見たことなかったんだけど。俺が手に取る前に処分してたのかよ。あとすっごい失礼だな真琴。当人の前で容赦無さ過ぎ。



「並んで喋ってるとホントに兄妹みたいですね。口癖も似てますし」

「口癖と言えば……ずっと気になってたんだけど、陽翔くんって結構コテコテの関西弁なのに、ご両親は標準語なんだよね」


 なんの気無いノノの呟きに乗じ比奈が素朴な疑問をぶつける。これまた絶好の機会とドヤ顔でマメ知識を広げる文香。



「ズバリ、ウチの影響や。小っちゃい頃ウチの家によう遊び来てなあ、新喜劇のDVDばっか見よって、それが移ってもうたんや」

「よう覚えとんな。赤ん坊の頃の記憶が残っとる奴はたいてい小中でロクな思い出が無いって聞いたで」

「そらもうはーくんのせいに違いないなァ?」


 幼少期の遊び場のほとんどが祖父母の家か世良家だった俺は、新喜劇などお笑い番組を見て暇を潰すことが多かった。


 文香が面白がって真似して喋っているのを間近で聞いているうちに、俺も似たような口調で話すようになってしまったのだ。元々口数の少ない子どもだったことも多少は影響しているのだと思う。



「この人が自覚しとらんだけでめっちゃウチに影響受けとんねんで。はーくん元々右利きやねん、こんなん知っとるか?」

「え、そーなの?」

「ホンマホンマ。左利きの方が一塁に早く行けるでー言うて、真に受けてもうてな。手も足も左でやるようなったんよ」

「……マジで?」

「なんではーくんがキョトってんねん」


 思わず瑞希と同じようなリアクションをしてしまった。いったいいつの話をしているんだ。自分でも覚えていないことをよくもまぁ……。


 ……あー。でもなんとなく記憶にあるかもしれない。一時期バッジョからマラドーナに浮気したっけなぁ……あれって利き足が理由だったのかも。



「言われてみれば、複合練に付き合っていただくときも右手でボールを投げていることが多いですね」

「確かにそうね。偶に『右手でも箸持てるで~』とか言って自慢して来るし」

「んな厭味ったらしい言い方しとらんやろ」


 まだ機嫌の悪い愛莉、爆速でサンドウィッチを貪る琴音も思い当たる節があるらしい。そんな二人を眺め『一本取ってやったぜ』と言わんばかりにまたも得意げな顔をする単純な文香であった。



「サッカーのこと以外はぜーんぶウチの影響言うても過言やないで! ふふーん! これぞ幼馴染パワー! アンタらとははーくんリョクがちゃうわっ!」


 はーくんリョクなる謎の概念と着々積み重なる一抹の気恥ずかしさは一旦さておき、思い出話を盾にマウントを取りまくり文香はすっかり有頂天だ。


 せっかく有希が『まずは仲良くなろう』と言って設けてくれた場なのに、まるで歩み寄る気が無いな……元々の性格からして予想の範疇ではあるが。



「ふ~ん……じゃああたしからハル検定クイズ出しちゃおっかなー?」


 と、静かに話を聞いていた筈の瑞希がニヤケ顔ともに反撃へ出る。なんだその誰得な検定は。一人として合格させた覚え無いわ。受験料100億払え。



「問題! ハルの好きな食べ物はなんでしょー!」

「はっはーん! 見え見えの引っ掛け問題やな! はーくんは身体に悪いものはぜーんぜん食べへんねんで。甘いのも脂っこいのも苦手やからなっ!」


 自信満々に回答する文香だが、これには一同鈍いリアクション。話を聞いていた琴音も不思議そうに首を捻り。



「陽翔さんの好物はラーメンとハンバーグです。飲み物も甘いジュースや炭酸を好みます。特におしるこ缶はお気に入りです」

「琴音センパイがゴリ押しするからでしょ」

「美味しいのは事実です」

「まぁとにかく、今のは不正解です。あとおっぱいも好きです。ノノに限った話でもないですが」

「食事中なんですケド先輩」

「あらやだ。ごめんあそばせ」

「…………な、なんやて……ッ!?」


 後半ツッコミどころ満載だが否定はしない。そしてその反応はどっちに驚いているのだろう。聞きたくないけど。


 大阪では神経質なほど食べ物には気を遣っていたが、こっちに来てから細かくカロリーを計算したりすることも無くなった。

 ラーメンも初めて食べたのは上京してからだったな。脂の多さと濃過ぎる味に感動しつつ全然食べられなかった。皆と出逢う前の話だ。



「はーくんがハンバーグ……!?」

「昔から好きやで。つってもゼロミートのやつばっか食ってたけど」

「ウチの作った弁当メッチャ嫌がってたんそういう理由!?」

「単純に不味いし」

「ひいいぃぃぃぃ~~!?」


 選抜クラスの頃、よく試合に弁当を作って持って来てくれた。が、基本的に味が濃くて合わないんだよな。そう言えば確かにそうだ。当時は薄味好きだった。



「じゃあわたしも問題で~す。陽翔くんの得意な科目はなんでしょ~?」

「英語やろっ!? これは間違えへんわ!」

「あー惜しい~! こないだの試験は数学が一番良かったんだよ~」

「ウソぉ!? あんな文系やったのに!?」

「じゃあ兄さんが最近ハマってることとか分かる?」

「カメラ! カメラやっ! 福袋で一眼レフ当ててな、新しく趣味になった言うとったでラインでっ! 昔はあんなに撮られるの嫌いやったのになぁ!?」

「いや、撮るのは好きだけど撮られるのはすっごい嫌がるよこの人」

「……えぇ~~……!?」


 カウンターが決まりみんなして気を良くしたのか、怖気づく文香に次々と問題を投げ飛ばす。どれもこれも中途半端な回答に終始しタジタジの文香。


 うむ。比奈の言う通りだ。文系だったのは中学までで、英語を除けば理系科目の方が試験の点数自体は良い。

 そして真琴が語るように、俺は基本撮る側で撮られるのはそんなにだ。というか、カメラ趣味自体最近おざなり。


 一長一短とでも言うべきか。幼少期の思い出話に事欠かせない一方、上京してから俺がどんな生活を送って来たか文香はほとんど知らないわけだ。



「センパイがハマってることなんて、ノノとのらぶらぶえっ――――」

「おい。言わせねえよ」

「らぶらぶえっちに決まってるじゃないですか」

「ゴリ押しだと……ッ?」


 まるで配慮する気の無いノノの一言がいよいよ致命傷だったのか、文香はギョッと目を見開き周囲を機敏な動きで見渡す。


 考えていることはだいたい分かった。ここに居る奴らの大半と……そんなことを想像して、居ても立っても居られなくなってしまったのだろう。



「やめさせてもらうわああ゛ーーーー!!!!」

「文香さーーーーん!?」


 有希の制止もむなしく走って逃げて行ってしまった。絵に描いたような美しい涙目敗走。まぁ追い掛けるまでも無いだろう、避難所はすぐそこのコンビニだ。



「へっ。まだまだハルリョクが足りんですなあ~」

「ねえねえ、久々に持って来たからみんなでやろうよ。シルヴィアちゃんの日本語の勉強にちょうど良いかなって」

「すっかり見ないと思ったら比奈が持っていたんですね」

「なんすか『ヒロセハルト名言50音かるた』って」


 うわあ超懐かしい。


 みんなしてかるたを始めてしまった。花見に相応しい趣のあるレクリエーションだ。題材さえちゃんとしていれば。


 俺も混ざろうとしたのだが『お前はやることがあるだろ』と一同による謎の圧力を受け輪には入れなかった。文香を追い掛けろと、そういうメッセージか。



「ホント愛されてるっていうか、信頼されてるよね。もはや宗教染みた気味悪さを覚えるまであるよ」

「そこまで言わんでもええやろ」

「早く迎えに行きなって」

「分かっとるわ」


 真琴に促されその場を立つ。


 そう。みんな文香に嫉妬したり対抗意識を燃やしていたわけではない。

 ただ調子に乗っている彼女を弄って遊んでいただけ。本気で嫌がっているのは愛莉だけだ。これはまぁ後々どうにかするとして。


 あとは文香がみんなことをどのように受け入れるか、これだけが焦点だ。さてどう転ぶことやら。


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