683. お花見しようよ


 結局その晩は各々自宅へと戻り(文香の圧力に屈した愛莉は有希宅に強制残留)翌日を迎える。朝一にラインで有希から招集が掛かり昨日の今日で一同再集結。


 午前中は有希が音頭を取り買い出しに時間を費やす。その間、文香はずーっと俺の後ろに着いて離れなかった。


 集合場所に到着、漏れなく全員の姿があった。筋肉痛が酷いのか地面に寝転んでいる琴音を除いて元気なものだ。スカート汚れるぞ。



「お待たせしました~っ! 見てくださいっ、ちゃんとビニールシート買って来たんですよ! お菓子もジュースも準備万端ですっ!」

「やーーーーっと来たな言い出しっぺ! おっしゃ市川ッ! 角を持て、じんちを広げるのだぁっ!」

「任されましたァっ!」


 試合翌日も変わらず騒がしい金髪コンビ。ルビーも混じってトリオを結成しワイワイ騒ぎ立てながら準備を進めていく。



「比奈も平気そうやな」

「そんなことないよ。足とかもうパンパン」

「帰ってちゃんとストレッチしたか?」

「もちろんっ。陽翔くんが教えてくれたわたし専用の特別なマッサージを……」

「言い方」


 ひんやりとした風が公園を通り抜けて、比奈は目を細め髪の毛をそっと抑えた。淡紅色の花びらが頭にくっ付いて、安上がりなヘアピンの出来上がり。



「もうそんな時期か……」

「ねー。こんなところで綺麗に咲いてるなんて知らなかったなあ。あ、真琴ちゃんにも付いてるっ! 激写っ!」

「わっ。ちょっ、また……ねえ兄さん、さっきからすっごい盗撮されてるんだケド。なんとかしてよ」

「よう似合っとるな」

「いらないってそーゆーの」


 肩に引っ付いた花びらをウザったそうに払い除けるが、押し寄せる風並みに手間取りいくら取ってもキリが無い。次々と写真を収める比奈にいよいよ観念したのか、盛大にため息を溢す真琴であった。



 そう。桜。めっちゃ咲いてる。

 ビビるくらい咲いてる。


 海がほど近いこの公園は近所でも屈指の花見スポットとして著名らしく、有希は常々機会を窺っていたそうだ。で、良いタイミングだからと半ばゴリ押しで開催が決まった。


 曰く開花したのは昨日の今日だとかで、家族連れを中心に花見客が何組か訪れている。特別煩かったり柄の悪い連中は見当たらない。

 大学の近くだから馬鹿な学生に絡まれないか若干心配だったけど、この様子なら心配無いだろう。



(とはいえそう上手く行くものか)


 早い話『お花見で仲良くなりましょう大作戦』である。不安があるとすれば、他の面々が愛莉と同じような反応を見せるのではないかという一抹の不安と、文香が連中をどれだけ受け入れられるか。この二点に尽きる。



「いつまで隠れてんだよ」

「ウグッ……!」


 さて。皆のペースにすっかり巻き込まれてしまい、らしくもなく怖気づいてしまった文香。どうせ紹介されるのだから無駄な抵抗だというのに、俺の背に身を潜めたまま離れようとしない。


 そんな文香に気付いたのは、ようやく寝床代わりのブルーシートが用意され無防備にゴロゴロ転がっていた琴音。



「陽翔さん。後ろの方は」

「なんでそんな行儀悪いんだよどうしたお前」

「今朝から歩くだけでも一苦労で……」

「だからクールダウンはしっかりやれと……まぁええわ。はい、全員注目!」


 皆の注目を集め、無理やり腕を引っ張って文香を前に立たせる。やたら居心地が悪そうだ。

 普段のあっけらかんとした佇まいの半分も垣間見えない。いきなりアウェーの爆心地に放り込まれれば文香とてこんなものか。



「あらまあ。いつぞやの世良さんじゃないですか」

「わあ! 久しぶり文香ちゃん! 陽翔くんに連れて来て貰ったの?」

「おー。昨日いなかったのにどーしたん」

「にゃはははっ……いやぁ、そのぉ~……」


 大阪で面識のある上級生は三者三葉のリアクション。青学館が遠征に来ていることもあって、文香が現れたこと自体はなんとも思っていない様子。


 それでもなお言い淀み続ける文香に痺れを切らしたのか。或いは俺と一日過ごせるというご褒美を反故にされ苛々が募っていたのか、ちょっとだけ不機嫌そうな声で愛莉は切り出した。



「新入部員だってさ! ハルトのこと追い掛けて、ライバル校からわざわざ!」


 いやそんな棘のある言い方せんでも。

 ごめんって。また今度時間作るから。


 これまた珍しく弱腰な文香、俺の腕を掴んでぷるぷる震えている。なんやかんや俺目当てで上京して来たことを指摘されるのが怖いのか。


 さあ、皆のリアクションはどうだ。



「マジでっ!? 超戦力アップじゃん!やば!」

「あ~。だから昨日の試合に居なかったんだねえ」

「ノノ先輩、この人が前に話してた?」

「イェスいぇす。センパイの幼馴染で、ノノ並みにウザいプレス噛ましてくる10番です。ほっほー、いやしかし山嵜に電撃加入とは。昨日の試合も世良さんがいないおかげでだいぶ楽だったんで、ウチ的にも効果的な補強ってとこですかね」


 って、なんだこの拍子抜けな反応は。

 心配してたのが馬鹿らしく思えて来る。


 まぁでも、それもそうか。

 ちょっと考えれば分かることだったか……。



『ヒロっ、この子っ! いっつもスタンドから貴方のこと応援してた! このタヌキみたいな顔、どこかで見たことがあると思ったの!』

『ご名答。ルビーと同い年やぞ』

『ふ~ん、貴方もヒロの虜になった一人ってわけね! 良いわ、仲良くしてあげようじゃないっ!』

『何様やねんお前』

「ちょっ、まっ、待ってえな!? なに!? なに語!?」


 舞洲のスタンドが住処だった者同士惹かれ合うものがあるのか、ルビーが率先して文香の手を引き輪へと連れて行く。


 あっという間に連中へ取り囲まれてしまった。ふむ、あの程度の日本語力でルビーもよく馴染んだものだ。やはりノリとパッションは大切だな。



「……なんか、思ってたのと違う……」

「不貞腐れてんのはお前だけみたいやな」

「なっ……そ、そういうのじゃないわよっ!?」

「ならなんでそんなに不機嫌なんだよ」

「…………だって、自分の方がハルトのこと好きとか言うし。なんかマウント取って来るし。うざい」

「んなんお前も一緒やろうに」


 愛莉は他のみんなよりちょっと。いやかなり独占欲の強い傾向があるから、元々は自分のモノだと盛んにアピールする文香が気に食わないのだろう。ルビーと出逢った頃も似たような傾向はあった。



「ならルビーはどうなんだよ。お前が言葉分かっとらんだけで結構調子ええこと言うとるぞ」

「……別に。なんかもう、普通に一緒にいるし。ああいう性格だってだいたい分かったし、今更気にしないわよ」

「だったら文香も同じようなモンやろ。昨日はちょっと取り乱してたけど、根っこは瑞希とそう大差無いで」

「それはそれでムカつく。瑞希ウザいもん」

「おい」


 頬をプクーっと膨らませジト目を飛ばす愛莉。

 なんて可愛らしい嫉妬だ。怒るに怒れん。


 元々フットサル部を除いて人との関わりに積極的でない彼女、これを機にもう少し社交性というか、懐の深さみたいなものを磨いて貰わないと。


 決して愛莉だけ特別扱いしているわけではない。こういう些細な気遣いが彼女には必要だし、俺にも、みんなのためにも必要なのだと思う。こればかりはきっかけをくれた有希に感謝だな。



「愛莉ちゃーんこっちおいで~。一緒にお花見しようよ~」

「ほら、行って来いよ。別に媚び売らんでもええから、少しくらい打ち解ける努力はしろ。みんな助けてくれるから」

「……埋め合わせ」

「するする。明日でもええで」

「今度こそ、絶対だからね……っ!」


 唇を尖らせつつも比奈の呼び掛けに応じ輪へと混ざっていく。いつまで経っても我慢の効かない駄々っ子だ。本当に長女なのか。


 まぁでも、取りあえずこんなところだろう。結局良い方向へ転がるととっくに分かっているのだから手抜きは出来ない。手間は掛かるけど、だからこそ愛着も一入ってことで、ここは一つ。



「さーて、適当に始めますかね……なんやどうした琴音、眠いのか」

「そういうわけでは…………いえ、やはり少し眠いかもしれません。春の穏やかな陽気に囲まれ、すっかり瞼が重くなっています。膝を貸してください。貴方の無茶振りのせいでちっとも疲労が抜けないのです。さあ早く」

「素直じゃねえな」

「うるさいです」


 もう一人面倒な奴がいた。いよいよ人目も憚らず甘えやがって。偶にはスカート以外も履いて来い目に毒なんだよいっつも。



「お前もなんとも思わないのな」

「まぁ、想定はしていました。もっとも世良さん以外の方が現れたらどうだったかは分かりませんが」

「……なるほど」

「なにを心配していたのかは知りませんが、あまり神経質になるようではこちらも困ります。もっとどっしり構えていてください」

「変なデレ方」

「枕は喋らないんです」

「はいはい」


 きっと俺の知り得ないところで、彼女たちなりに納得する何かがあったのだ。特に気にしていないということであればわざわざ掘り下げる必要も無い。


 単純な話。みんなが見ているのはもはや、俺の身体や心ひとつではない。

 俺に纏わるすべてを受け入れ、理解しようとしてくれているのだ。だったら俺に出来ることは、みんなを同じくらい信頼する、ただそれだけ。



 そうと気付けばあとは祭り。

 まずはお花見を楽しもう。


 しかし良い天気だ。のどか過ぎる。

 嵐のド真ん中、台風の目とは思えぬ。


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