681. 天丼


「おっしゃ! 正座やっ、正座っ! 座るったら座るっ!! 頭を垂れてつくばえ! ウチに平伏するんやああああアアーーーーッッ!!」


 状況を冷静に把握したのち、改めてちゃんと怒り出した。わざわざ。


 勢いままに部屋へ押し入られ、ベッドの上で縮こまる俺、ついでに有希。腰に手を当て仁王立ちの文香がビンビンの角を二本おっ立てて見下ろしている。


 その間も文香は部屋中をグルグル見渡し、何かを頻りに探しているようだった。決定的な証拠でも突き付けようとしているのか。



「どういうことか説明して貰えるんやろなっ! えエッ!? この小っちゃくて可愛い子ははーくんのなんやっ!? こないだはおらへんかったなぁ!?」

「いやぁ、その、まぁ……なんて言えばええもんかね。正しく説明するには非常に長い時間と積極的な理解が必要だもんでな……」

「言い訳無用っ! 懺悔! ぎるてぃー! ふしゃああァァァァーーッッ!!」


 駄目だ、会話が成り立つ気配すら無い。このままでは粘着質な関西弁に鼓膜を毒されて不眠症になってしまう。



「あの、えっと、文香、さん? で良いですかっ?」

「おうおうおうっ! エライべっぴんさんが可愛らしいエプロン付けて! 当てつけかっ!? ウチの節約ボディーに対する当てつけなんかぁぁ!!」

「揉まないでくださいぃぃ~~ッ!?」


 背後に回って有希のおっぱいを乱暴に揉みしだく。別に有希はそこまでサイズがあるわけじゃ……まぁ瑞希に劣らず絶壁の文香からすれば納得の反応か。ますます愛莉や琴音の話はしたくねえなあ……。



「…………でっ!?」

「さっきコイツが言うた通りや。大家さんの親戚の子でな。春から山嵜の後輩。フットサル部の新入り。それ以上でも以下でもない」

「大家の爺さんの? 言われてみれば面影があるような無いような……って、んなこと聞いとらんわッ! なんではーくんがこの子の部屋におるんや!」

「晩飯作って貰った」

「そーゆーこと聞いとるんちゃうわッ!? な! ん! でっ!! フツーに! 女の子の家で! メシ食うとるんやっちゅうことやッ! ハッ倒すでボケ巾着がッ!!」


 留まることなくヒートアップする文香だが、俺だけ一方的に糾弾される筋合いは無い。確かに文香にとってこの状況は理解しがたいものかもしれないが、先に説明すべきことがあるだろと。



「ちゃんと話す、説明したるから。俺の質問にも答えろ。何故ここに居る。今日の練習試合も出て来ねえで、いったいなにしてた」

「……やめたわ。青学館は」

「はっ?」

「さっきこの子に……名前なんやっけ?」

「有希」

「ユッキに言うたやろ。こっちに引っ越して来たんや。身体一つとはーくんへの溢れる愛情頼りに、念願の一人暮らしっちゅうわけよ」

「…………なにそれェ……?」


 雑なあだ名を付けられた有希の処遇は一旦置いておくとして。青学館を辞めてこっちに引っ越した? それも一人で?



「はぁ。なんやねんホンマ。始業式の日まで秘密にするつもりやったんに。興ざめや。しかもロリと浮気しとるし。最悪やホンマ」

「ロリ具合で言うたらお前も大差ねえやろ…………いつから画策していた?」

「はーくんが大阪から帰ってった瞬間。ちゃんと編入試験も合格して、パパとママの許可も貰って……はーくんのパパとママにどこのアパートか聞いて、バイト先も話付けて、準備満タンや」

「そ、そうか……」

「なんかリアクション薄ない?」

「驚く元気もねえよ……ッ」


 ついさっき有希とまったく同じくだりをやったばかりだというのに、これ以上どう驚いて良いかも分からない。


 でも直近のやり取りを振り返ると、確かに思わせぶりな言動はあったかもしれない。急に東京駅の写真送って来るし、下見がどうとか言っていたし。俺にバレないよう着々と準備を進めていたわけか。


 確かに大阪で試合をしたとき、冗談交じりにこんなことも言ったさ。勝ったらこっちに移籍して来いって。

 本当に実行するなんて思ってた筈無いだろ。よりによってライバル校の青学館から編入して来るなんて。なに考えとんねん。



「……ぶー。なんでそんなメンドくさそうな顔するんやっ! ウチと一緒におられて嬉しないんかっ!? それともホンマにユッキと付き合うとんのっ!?」

「そうじゃねえけど……せやかてお前、俺に勝てるものが一個欲しいとかなんとか言うてたやろ。チームメイトになったら元も子もあらへんやないか」

「んな甘ったれたこと言うとる場合ちゃうねん! ウチが大阪でダラダラしとる間にはーくんは他のこと乳繰り合うとるんやっ! 黙って見過ごせるかっ!」

「う、うーむ……」


 だからってどうしてこうも強引な手段を選んだのだろう。こんなワガママを許すなよ世良家。財力にモノを言わせ過ぎだろ。下品か。


 だが、しかし、そうか。そこまでして俺と一緒にいることを望んだのなら……少なくとも嫌な気分になるのはおかしいよな。

 ただただこの状況が意味不明過ぎるだけで、本来なら諸手を上げて喜ぶべきなのだ。さりとてそう単純には運ばないが。


 

「ほんで? ホンマにユッキとはなんも無いんやな?」

「……あぁ。有希とはそういうのじゃない。まだ」

「まだァ?」

「あぁいや、なんも無いって。なっ、有希」

「…………いえ! なんも無いことはないですっ!」

「ちょっ、え、有希」

「だ、だってわたしも……わたしも廣瀬さんのこと、すっ、好きなんですからっ! 文香さんと同じですっ! 文香さんに文句を言われる筋合いはありませんっ!」

「にゃんとォッ!?」


 え~~なんか対抗意識持ち始めてる~~。


「ほらっ、見てください廣瀬さんの困った顔をっ! だいたい文香さんだって、廣瀬さんの幼馴染というだけで、恋人ではないじゃないですかっ!」

「グふぅッ!? たっ、確かにそれはその通りやけどっ……! せ、せやかてユッキも同じようなモンやろっ!?」

「わたしはちゃんと告白もしたし、本当に恋人になる予定なんですっ! 文香さんはどうなんですかっ!?」

「うっ、ウチやって好きやもんっ! はーくん超大好き! はいコクった! これでユッキと同じー! 文句言わせへんでっ!」

「うぐぐぐ……っ!? で、でも、わたしと廣瀬さんのことをどういう言う権利は無い筈ですっ! 私たちは対等な関係の筈ですっ!」

「ウチは幼馴染やもん! どこの馬の骨とも分からぬ女とは違うんやっ! 恋人候補か知らへんけど、はーくんのたった一人の特別なんやっ! どうや参ったか!」

「ふぐぐぐぐ……っ!!」

「むうううううう!!」


 バチバチに火花散らしてるし。あんなにほんわかした初対面だったのに。どうしてこうなった。


 ……仕方ない。これからチームメイトとしてやっていく間柄なのだから、いつまでも喧嘩腰で居られても困る。文香にもちゃんと説明しないと。



「……文香。お前の言うとることも一理ある。俺にとっての幼馴染は文香しかおらん。そういう意味で、確かにお前は特別な存在やと思う」

「ほらなっ!? はーくんもそう言うとるで!?」

「でも、それだけじゃ駄目なんだよ。お前のことも大事やけど、それと同じくらい有希のことも大切に思ってる。どっちが上とか、そういうのちゃうねん」

「……じ、じゃあ今! いま決めてやっ! ユッキが好きや言うならウチも文句あらへんわ! 意地悪な姑が如く延々と邪魔したるけどなっ!?」

「いやだからそうじゃなくて……」


 と、ここで第一ラウンド終了のゴング。

 またもインターホンが鳴り響いた。


 だが有希の部屋ではない。このアパートのどこかから聞こえて来る。距離感からして俺の家だろうか。すっごい数連打してるな……誰だ?



「……ちょっと見て来るわ」

「なんや! また女かっ!?」

「集金かなんかやって」


 名残惜しくも興奮状態の二人を置いて家のドアを開ける。俺の姿に気付いたその人物は、驚いた様子で駆け足でこちらへと向かって来た。



「ハルトっ? あれ? 部屋番間違えた?」

「いや合ってるけど……なんか忘れ物か?」

「あっ…………えっと、そうじゃなくて……」


 って、愛莉かよ。

 文香の言う通りじゃねえか。


 ちょこんと背伸びをして胸元へ飛び込んで来る。既に私服へ着替えているから、一度帰ってから戻って来たのだろうか。

 暖かそうな格好に加えて、頬もほんのり赤く染まっている……待て。なんとなく予想が付くぞ。この感じの愛莉は……。



「長距離走、私が一位だったから……」

「お、おん。明日やろ明日」

「そうなんだけど……ごめん、ホントにごめん。反省回までして、ちゃんとしなきゃって分かってる、分かってるんだけど……でも、我慢できなくて……っ」

「……来てしまったと?」


 明日一日オレを自由に出来るというご褒美を前借りしに来たようだ。いやホントに、なんで我慢出来なかったんだよ。またお説教されたいのか。


 とはいえ、本来なら今日の夜から暇と言えば暇だったし、愛莉と一緒に過ごせるというのなら俺とて吝かではない。どちらにしろ明日は身体を休める日なのだから、別に夜から一緒にいたって問題は無いわけで。


 いや、でも、そうか。そうは言っても。

 この状況がひたすらに宜しくないな。うん。



「……あ、あれ? ねえハルト、部屋間違えてないならなんでこっちから……」

「愛莉さん?」

「あっ。こないだのおっぱいちゃん」

「…………ん?」



 ……………………



「……有希、ちゃん? えっ? なんで? あれ?」

「えーっと……実はわたし、このアパートにお引越ししまして。皆さんには入学するまで秘密にしようかなあ~って……」

「そ、そうなの……? ……え、世良さん、よね?」

「おー。9番のおっぱいちゃんよな?」

「……なんでここに?」

「いやぁ、ウチも隣に越して来て……え、はーくんになんの用? なんで家の場所知っとるんや?」

「なんでって、しょっちゅう来てるし……」

「しょっちゅう?」

「えっ?」

「うん?」

「えっ?」

「はい?」



 ……………………



「…………なあユッキ。このおっぱいちゃん、はーくんとどこまで行っとんの?」

「……私よりちょっと先、ですかね?」

「ほっほーん……?」

「…………ハルト、これ、どういうこと?」



 天丼。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る