671. 安易に触れるな


 今回の練習試合は公式戦準拠の15分ハーフを一試合、加えて15分一本のゲームを一試合行う計三本の変則マッチとなっている。

 前回の対戦で青学館が選手を全員起用出来なかったのと、こちらも人数が増えたこともあり日比野が提案した措置だ。


 山嵜の面々も続々とコートへ到着し、まずはガチモードの一試合目に向けてウォーミングアップ。特別コンディションの悪そうな奴は見当たらない。



「愛莉ちゃんっ、シュート!」

「ふりゃアアアア゛ァァァァーーッッ!!」

「シルヴィアちゃん危なーい!」

ayyyyyいったァァァァーーッッ!?』


 ……………………


「姉さん! ダイレクトで!」

「ふぉりゃアアアアァ゛ァアア゛アア!!!!」

「ちょっ、どこ蹴ってんの!?」

「愛莉さーーーーん!!!!」



「本当にそう思うかねハルさんや」

「まぁ元気はあるっぽいし……」


 シュート練習。凄まじい咆哮と共に愛莉のキャノン砲がネットへ……突き刺さらない。悉く外している。大ホームラン。


 気迫とパワーだけは一丁前なだけに、マウスに立つゴレイロの琴音は冷や汗を垂らし一歩も動けない。反対サイドで練習の様子を見ていた青学館メンバーからも畏怖混じりのどよめきが。



 コートへ姿を見せるや俺に駆け寄って来たかと思えば、慌てて足を止めセルフ張り手で気合を入れ直したり。

 ロンドの最中も尋常じゃない集中力を見せる一方、地面を睨み付けブツブツ独り言を呟いたり。


 かなり気合が入っているようだが、その理由が昨晩の電話と言うところの宿題によるものであると、悲しくも俺だけが知っていた。


 にしても恐ろしい空回りぶりだ。これではゴール量産どころか一点取るのも怪しいレベルじゃ……ちょっとスターター考え直した方が良さそうだな……。



「すげえ声だな。施設の外まで響いてるぞ」

「なんや観に来たのか。珍しいこともあるな」

「いや、これでも正式な顧問なんだが」

「えぇ~初耳っすわ~」

「お前な」


 試合開始前に峯岸も到着。本気で顧問を自称したいのなら陽が出て過ごしやすい気候を良いことに柄シャツ一枚で来ないで欲しい。やる気が見えん。


 すると峯岸、コートの外にいる誰かに向かって手招き。この場に限っては相応しくない校則準拠の野暮ったい制服に身を包み、一人の女性が現れた。



「そう怖がるなって。ほら廣瀬、連れて来てやったぞ」

「ど、どうも……ッ!」

「なんで入って来ねえんだよ。別にローファーで芝生踏んでも誰も怒らねえって」

「このネットが防波堤ですっ!」


 我らが生徒会長、橘田さんだ。学生鞄で顔を隠し必死に距離を取っている。ネット越しだから手出し出来るわけでも無いのにそこまで警戒せんでも。


 って、ええ。本当に連れて来ちゃったのか。



「真面目に活動してるか確認させるってなら恰好の機会だろ?」

「それはその通りやけど、よう引っ張って来たな」

「おう。上手いこと言い包めた。生徒会長たるもの、寝る間も惜しんで休日返上で仕事するのが当然だってな。教師にここまで言われちゃコイツも断れんさね」

「権力には権力をってわけか」


 取って付けたように先生らしいことしないで欲しい。頼り甲斐あるな。



「……詳しく聞かせていただきました。今日の対戦相手は全国屈指の強豪校だそうですね。それも一度勝利しているとか」

「まぁな。これで俺たちの評価を改めてくれると非常に助かるわけだが」

「それは今日の結果次第です……っ!」


 練習中の愛莉を横目でチラチラ見ながら俺をジト目で睨み付ける。絶妙に公私混同しやがって。もはや怖くもなんともねえぞ。


 まぁ構いやしない。俺たちは俺たちでいつも通り全力でプレーするだけだし、その目でたっぷりと確認して貰おうじゃないか。



「…………九人、ですか?」

「新一年生二人と、春から編入する二年が一人。人数も問題無いっちゅうわけや」

「そ、そうですか……ふーん……」


 生徒会長とはいえ新入生や編入する奴の顔までは知らないのだろう。興味深そうに三人の様子を窺う橘田さん。


 先ほどまでのキリッとした佇まいから一転、なんだか妙にポヤっとした表情をしている。睨んでる顔しか見たことなかったら普通に新鮮だな。



「なんや。愛莉が気になるか」

「うっ、うるさいですね! 長瀬さんは関係ありませんっ……ただ、その……」

「ただ?」

「…………あの黒髪の方は?」

「真琴?」

「……真琴さん、ですか?」

「おう。アイツも新入生やぞ」

「そっ、そうですか……なるほど」


 なにがどうなるほどなのかは分からないが、どうやら真琴に関心があるらしい。長瀬家代々続く美の遺伝子を感じ取ったのだろうか。



「……フンッ。貴方が好き勝手出来るのもここまでということですね。良いでしょう。今日の試合、ジックリ観察させていただきます……っ!」

「お、おん。暑いから水分ちゃんと取れよ」

「言われなくて分かってます!」


 一人勝手に納得してコート脇のベンチへ戻っていく。ついでに自販機で飲み物を買い勢いよくゴキュゴキュ飲み出した。良かった。話が通じてる。嬉しい。



「相変わらずだなアイツも……」

「え。なにが」

「いや、別に。人生苦労しそうだなって」

「それは全面的に同意するところだが」


 なにやら思わせぶりな峯岸の呟きに頷くほかなく、そろそろ時間も時間と一同をコートサイドに集める。峯岸はネット越しに観戦するそうだ。



「本当に来たんですね橘田センパイ」

「そういうわけやから、温いプレーしてっと赤点付けられちまうぞ。気合い入れてけ、特に比奈。琴音で遊ぶな」

「えぇ~? 肩揉んでるだけだよ~?」

「はふぅ……っ」

「和むな」


 試合直前だというに相変わらず緊張感が無い面々である。まぁ余計な力が入っていないだけマシというものか。終わったら俺も揉んでもらお。



「結構暑いし疲れも溜まるだろうから、適当なタイミングでガンガン入れ替えるぞ。有希、ルビー、しっかり準備しとけ」

「はいっ、頑張ります!」

「ガッテンショーチン!」

「また変な日本語習得しやがって」

「ホント困っちまうよな」

「だからお前やろ教えたの分かっとるぞ」


 ルビーへの通訳は瑞希に頼み、まずは一試合目のスターター。

 青学館の強みはフィクソの日比野を起点とした切れ味鋭いカウンターだ。序盤からハイテンションで潰しに掛かる積極的なプレッシングが求められる。



「スタートは2-2で行くぞ。ゴレイロは琴音。フィクソが俺と愛莉、アラがノノと瑞希や。タイミングが来たら俺らが前にスライドして、比奈と真琴が交代で入る。あとは流れ次第で追々な」

「あれ、長瀬がピヴォじゃないんだね」

「ロングボール対策ってところやな」


 青学館の男性選手、14番のピヴォと17番のアラはかなりガッチリした体格の持ち主だ。前回の対戦でも苦労を強いられた。


 男の俺と女性陣一の長身である愛莉で壁を作り、日比野からのロングフィードを断ち切る作戦だ。

 そして日比野にはスタミナ狂のノノを当てて動きを制限する。高い位置で取り切ったところを瑞希に預ける。セオリー通り。


 ……まぁ、半分本当で半分ウソってところだけど。今の愛莉じゃ最前線に立たせてもあまり脅威にならないだろうし。



「パッと見た感じ、ゴレイロの女の子は冬から大して変わっとらん。隙があったらガンガン狙ってけ……愛莉もな。ホンマ頼むで」

「…………宿題、ご褒美……ッ!!」

「愛莉ちゃん今日どうしたの?」

「気にすんな。お前らも安易に触れるなよ」

「どーゆー扱いなんスかそれ」


 鼻息荒く地面を睨み付ける愛莉。

 もはやなにも言うまい。


 審判役を務めてくれる青学館の顧問からお声が掛かる。さて、いよいよ試合開始だ。新体制を迎え初めての実戦、空回り中の愛莉も含めどう転がるか。


 ここだけの話、勝利こそ目指せどあまり高望みはしていない。真琴はともかく有希とルビーが投入されたタイミングでバランスが崩れるのは目に見えているし。


 橘田さんが視察している点も考慮すれば、幾つか課題を出しつつスコアだけでも上回れば御の字といったところか。



「兄さん、なにボサっとしてんの」

「あぁ、悪い。ちょっとな」


 結局文香の姿は見当たらない。ちょっとだけ気落ちしているのは秘密だ。でも切り替えないと、居ない奴の話したって仕方ないし。


 人工芝の涼しい匂いが鼻先を通り抜ける。春の到来を予感させる清々しい快晴の空の下、各々の様々な思惑と共にゲームは始まった。


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