670. 味見させてください


 良く晴れた花見日和の週末。大阪の強豪校、青学館高校と二度目の練習試合が行われる。会場は夏休みの大会で赴いた駅近のフットサルコートだ。


 公式戦準拠のフローリングコートを用意出来なかったのは申し訳ないが、主将の日比野は嫌な顔一つせず快諾してくれた。

 下ネタ挟まなければ普通に良い人なのに、どうして自分から難しい生き方を選ぶんだろう。顔合わせるの怠いな。


 本気で走れば三分で到着する超近場のコート、早起きの必要も無い。身支度を整えアパートの階段を下ると、駐輪場の脇に立ち呆けている見慣れた顔が二つ。



「おはよ兄さん」

「おはようございますっ!」


 新品のユニフォームで身を包み既に臨戦態勢の有希と真琴。わざわざ迎えに来てくれたのだろうか。


 俺が現れるや否や顔を見合わせクスクスと笑い合う二人。初陣に向け気合十分なのは素晴らしいが、なんだそのリアクションは。気になるな。



「この辺りって人通りも少ないし、静かで良い場所だよね。ねっ、有希」

「電車の音があんまり聞こえないよねっ。緑も多くて、空気も美味しいし!」

「お、おん? せやな」


 駅近の割に道が入り込んでいて、電車の通過音はやや遠く聞こえる。車の通りは若干多いけど、歩道沿いの木々と穏やかな川、小学校に囲まれた閑静な場所。


 少し歩けばそこそこ大きなショッピングモールがあるし、もうすぐ新しいスーパーもすぐ近くに出来るそうだ。生活には申し分ない環境。


 って、いきなり俺の居住地を褒め称えてどういう風の吹き回しだろう。さっきから二人ともずっとニヤニヤしてるし。気味悪い。



「アパート、一気に人が増えたんだって?」

「みたいやな。今月はずーっと業者が出入りしとったわ。煩くて敵わん」

「ふーん……兄さんも大変だね」

「まぁな。言うほどやけど」

「近所トラブルには気を付けないとね」


 フフンと鼻を鳴らし得意な真琴。有希もニコニコしながら俺たちの後を追う。なんだその思わせぶりな態度は。なにを察して貰おうとしているんだ。


 

「静かで目立たない場所だし、女の人が集まりそうだよね。安心感あるし」

「そう……かもなぁ」

「周りが女の人だらけって思うと、大きな声も出しにくいよね。いやぁ、姉さんも大変だなぁ……」

「なに? なにを伝えたい?」

「別に? なんでもないケド?」


 よりによってなにを心配しているんだコイツは。確かに愛莉の声は……いやだからそんなことはどうでも良いんだよ。朝からする話ちゃうわ。



「にしても早かったなお前ら。一応コート早めから取っといたけど、集合時間までだいぶあるやろ」

「ちょっとね。有希に協力して貰った」

「有希に?」

「ふっふっふ! ここに来てマコくんより一歩リード! ですよっ!」

「負けてる気は更々しないケドね」


 わざとらしく手を繋いでおちょくりに掛かる二人。言っている意味がよく分からない。なにを持って一歩リードなんだ。いつも通りの元気な有希だろ。


 有希に頼った……早坂家にお泊りでもしたのか? 二人とも自宅の遠さで言ったら大して変わらんだろうに。有希が特別朝に強いなんて話も聞いたこと無いぞ。



「夜が楽しみだなぁ」

「今日まで色々準備して来たもんね~!」

「ね~」


 手で口を抑えニヤニヤを隠し切れない二人。なにかしらサプライズがあるのは間違いないだろうが、いったいなんだというのだ……。



 終始ご機嫌のシスターズに手を引っ張られ早々にコートへ到着。受付を済ませレンタルした端のコートへ向かうと、それほど待たず青学館の選手たちが現れる。


 春休みを利用して関東へ遠征中だそうだ。市内のビジネスホテルを拠点に置いて、関東圏の高校を回りかなりの試合数をこなしているらしい。


 名ばかり私立の山嵜と違ってちゃんと金持ちだな。しかも学校や生徒会からも強力なバックアップを受けているとか。俺たちとお違いだ。羨ましい。



「おはようございます。今日はよろしくどうぞ」

「なんやかんや一か月ぶりやな」

「あら、こないだの件も数に入れてくれるんですか? もうヒロくんったら、そんなに私の身体が待ち遠しかったんですね。ならそうと言ってくれれば……」

「社交辞令だよメンドくせえな」


 朝っぱらから絶好調の下ネタクイーン日比野栞。清楚の手本たる黒髪おさげと整った顔立ちに騙されてはいけない。食べられる。捕食されちゃう。



「日比野先輩、ご無沙汰してますっ!」

「あら真琴くん。久々ですね、元気してましたか?」


 ピッタリ90度の綺麗なお辞儀に日比野はにこやかに微笑む。真琴は心なしか緊張している様子だ。

 二人はジュニアユース時代の先輩後輩。真琴がこんなに礼儀正しく振る舞う姿も珍しいな。厳しい上下関係の面影が窺える。



「以前に増して女の子らしい出で立ちになりましたね。でも身体つきはしっかりして来て……ヒロくんに鍛えて貰ったんですか?」

「はいっ?」

「羨ましいものです。今度味見させてくださいね」

「味見っ!? いや、兄さ……廣瀬先輩とはそういうのじゃないんで! 勘違いしないでくださいっ!」

「ボーイッシュもイケる口なんですね。流石はヒロくん、守備範囲広いですね」

「ちょっとはコイツの気持ちも考えろよ」


 違った。上下関係ウンウンじゃないわ。単に日比野が苦手なだけだわ。さっきからずーっと真琴のお尻凝視してる。怖い。


 山嵜の面々が中々揃わないので、有希と真琴は青学館のウォーミングアップに軽く混ぜて貰っている。

 青学館も指導役の顧問は置いていないので、和気あいあいとした和やかな雰囲気だ。二人もすんなり輪に入れた様子。



「中々調子ええらしいな」

「それなりに、ですね。町田南には流石に勝てませんでしたが。早いうちに弱点に気付けたのが良かったのかもしれません。どなたかのおかげで」

「ハッ。送ったのは塩やなくて猛毒やけどな……そうか、お前ら蔵王で町田南ともやったんだっけ」

「ええ。完膚なきまでに叩きのめされました。あれで一年生中心だというのですから恐ろしい話です。本当に厄介ですね。特に栗宮胡桃は」

「中学でも試合したことあんだろ?」

「よくご存じですね……今回もズタボロにやられてしまいました。例えるのなら、処女なのに全身を性感帯に開発されてしまったようなものです」

「そんな遠すぎる例えは通用しない」


 当時一年だった真琴は試合に出なかったようだが、日比野はあの栗宮胡桃と直接対峙した経験がある。思い出話の一つで顔が引き攣る辺り、かなりコテンパンにやられたみたいだな。



「当時からあんな調子か」

「それは実力的な意味と、性格的な意味と、どちらのお話ですか?」

「あれ素面なの?」

「向こうも私のことを覚えていてくれたんですが、でもそれだけですね。理解出来たのは。話がさっぱり通じないというか、合わせてくれる気が無いというか」


 奇天烈ぶりは界隈でも有名だそうだ。言うて日比野も互角に渡り合えるレベルの変人だと思うけど。わざわざ言わん。褒めてると思われたくない。隙は作らない。

 


「……ん? あれ?」

「どうかされましたか」

「いや……文香はいないのか?」


 ユキマコが混ざってボールを蹴っている青学館の選手たちのなかに、同じく選手である文香の姿が見当たらない。


 今日だって初っ端から絡んで来るかと思って心の準備だけはしておいたのに。というか蔵王土産持って来たのに。どこにいるんだろう。



「世良っちからはなにも?」

「なにもって、なにを?」

「ということは、そちらにもまだ?」

「だからなにを」

「…………そうですか。敢えて秘密にしているんですかね。なら私からはなにも言わないでおきましょう。少なくとも、今日は試合には出ませんよ」

「……マジで?」

「ふフフッ。そう残念がらないでください。試合に出ないだけで、会えないとは言っていませんよ。まぁ私もどこにいるかは知りませんが」

「はぁ……?」


 キャプテンの日比野が部員の動向を把握してないって、どういうことだよ。しかも妙に楽しそうな顔するし。日比野の癖に真っ当な美人を気取るな。


 なんだ。文香、いないのかよ。久々に逢うの楽しみにしてたのに。そういや最近めっきり連絡が減ってたなぁ……なにかあったのだろうか?


 いやでも、会えないとは言っていないって、どういう意味だ? 日比野は把握してないけど、こっちには来ている……ってこと?



(なにを画策してやがる……)


 今朝の二人と言い文香と言い、秘密裏に計画が進んでいるようだ。

 余計なこと考えさせないで欲しい。ただでさえ試合に集中するだけで精一杯だってのに。


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