672. きゃー痛ーい
(堅ってえなあ……)
開始五分。ゲームは早くも膠着状態。
金髪コンビの全力ハードプレスに捕まり、日比野を中心とした青学館のポゼッションはまったく機能していない。タッチラインを割る回数を見てもそれは明らか。パスがズレにズレている。
一方こちらも理想的な展開とはいかず。主導権を敢えて渡すのは作戦通りだが、男性選手の身体を張った守備に防がれフィニッシュまで持ち込めない。
「瑞希ッ、やり切れ!」
「うぇいうぇいよォ!」
左サイドでパスを受けた瑞希が一気に縦へ抜け出す。17番のマークを振り切り左足でシュートを放つが、惜しくも枠を逸れた。
直線的な突破とカットインを織り交ぜた瑞希のドリブルは、この試合も強烈なインパクトを放っている。男子相手でもまったく遅れを取らない。
が、前線に愛莉がいないせいか一人で突っ込むシーンが多く、若干孤立気味だ。早めにシステムの変更を考慮するべきか。
「愛莉、繋がんでもええ! 一旦切れ!」
「わっ、分かってる!」
最後尾の日比野から隙を見たロングフィード。14番と派手に競り合い、ボールはタッチラインを割った。普通に男相手に競り勝ちやがって。
「すいません、チェック遅れちゃいました」
「今のは流石に無理やろ。気にすんな」
「逆に愛莉センパイが狙われちゃってますねぇ……」
守備に戻ったノノが心配そうに呟く。ノノの献身的なプレスには大いに助けられているが、時間が経つに連れ対応が間に合わなくなって来た。
何だかんだで『最前線に愛莉がいる』というのは攻守両面においてプレッシャーになるのだ。
パスが通れば当然ビッグチャンスだし、そうでなくても女子にしては大きいからブラインドにもなってくれる。
「西村くんッ、コース空いてます!」
日比野の素早いリスタートに反応した6番の男子がミドルレンジからシュート。瑞希のディフェンスはギリギリ間に合わず、強烈な一撃がゴールを襲う。
「琴音ちゃん、ナイスセーブ!」
「すごぉーい!」
「あれ止めちゃうんだ……普通に凄いな琴音先輩」
控え組から歓声が上がる。低い弾道の厭らしいシュートだったが、内ももに当てて上手いこと防いでみせた。琴音も調子が良さそうだ。
「た、助かったわ琴音ちゃん……!」
「お構いなく。それより愛莉さん、今のはポジショニングが悪いです。コースが空いたままでしたよ」
「あっ、うん……ごめん、ちゃんとする」
「そんなにしょぼくれないでください。怒ってるみたいじゃないですか」
「あはは……」
経験値では圧倒的な差がある愛莉にもしっかりコーチングが出来ている。シュートを撃たれる前に言えたら完璧だったけどな。まぁ伸びしろというやつだ。
青学館のコーナーキック。キッカーは日比野。直接中には入れず一度組み立て直すようだ。最後方でパスを受けた6番が……いや、ダイレクトか!
「長瀬チェック!」
「あっ、ヤバ……っ!?」
またも威力のある鋭いボール。誰かが触ってコースが変われば、という魂胆だろう。あの6番、西村だったか。前回の対戦よりだいぶ動きが良くなったな。警戒しなければ。
「あっぶなァ! ナイスです陽翔センパイ!」
「集中切らすなッ! 愛莉、足止まっとるぞ!」
「ごっ、ごめん……!」
俺が前に出てクリアしなかったら、14番の足元に収まってシュートを撃たれていただろう。そしてセットプレーの流れから、マークは愛莉の役目だった。
うーん。やっぱり守備だと今一つ存在感が無いな、愛莉……後ろから戦況を見渡すことで落ち着きを取り戻して欲しいという期待込みのフィクソでの起用だったが、ここまであまりフィットしていない。
得点への意識が強過ぎてポジション取りが曖昧なのも引っ掛かる。餌付け作戦は完全に裏目へ出たな……仕方ない、選手交代だ。お灸を据える意味も含めて、新顔を試してみよう。
「愛莉、真琴と交代や」
「あっ…………う、うん……ごめん」
「だから怒ってねえよ。でもちょっとだけ落ち着いたほうがええかもな……あんま欲張るなよ。まずは一点取ることだけ考えろ」
「……ん。分かった」
「次は前でプレーさせてやるから、安心しろ。俺も期待してんだから。なっ? 」
優しく肩を叩いて外へ送り出す。ビブスを脱いだ背番号8番、長瀬シスターズの片割れ、真琴が初の出場だ。
同時に青学館も選手交代。17番に代えて女性の4番が投入され、ゴレイロは男性選手に代わった。様子見のつもりか。だったら悪手ってやつかもな。
「緊張しとるか?」
「まさか。早く出たくてウズウズしてたよ」
「そのままフィクソに入れ。俺よりちょっとだけ高い位置で、無理せずシンプルに散らしてくれ。撃てたら撃ってもええ」
「勿論。姉の汚名を返上するのは妹の役目だよ」
「別にそこまでは言うてへんけど……」
青学館サイドの深い位置からキックインで再開。サイドの二人を最前線に置いた1-1-2の変則システムだ。同時に全体のラインを高く押し上げる。
早速効果が現れた。ノノのアンストッパブルな全力チェイスに6番のパスが乱れ、真琴が素早く回収。ショートカウンターは無理と踏んで、一旦俺のところまでボールが戻って来る。
「シンプルに、シンプルやぞっ!」
「分かってるって!」
俺、瑞希、ノノの三人で微調整を繰り返しながら大きな三角形を形成し、その中を真琴が自由に動き回る。テンポの良いパス回しが続く。
真琴の最大の特徴は、掴みどころのない動きから巧みにスペースを作り出し正確にパスを散らすことの出来る、卓越したゲームメイク能力だ。
中学時代は最前線で起用されていたようだが、彼女の視野の広さを活かすなら中盤での起用が最も効率的。
現に青学館の選手たちは、次々とポジションを変えリズムを生み出す真琴を捕まえ切れていない。
言うところの『水を運ぶ選手』というやつだ。今まで俺が一手に引き受けていた役目を確実にこなしてくれる。
「マコちんダイレクト!」
「ノノ先輩っ!」
後ろに戻すフリをして、縦に抜け出したノノへ斜めのスルーパス。相手のプレスの比重が前掛かりになったところを巧みに突いてみせた。
ノノをマークしていた4番は後手に回り、一気にチャンスを迎える。瑞希がサイドから中へ飛び込んで来るが、これは日比野がしっかりマーク。
「あらやだぁ! センパイがフリーですわーん!」
「わざわざ喋らんで宜しいッ!」
マイナスのグラウンダーパスに反応したのは、何故かフリーになっていた俺だった。なるほど、真琴が6番を引き付けてくれたのか。
「やらせっか!」
「きゃー痛ーい」
「ヌウォおォッ!?」
と、流石にピンチと見たのか背後から14番が身体を当てに来たので、特に抵抗もせずそのまま倒れてみる。笛が鳴った。良い位置でのフリーキックだ。
「なーいすハルーっ♪」
「倒れただけやけどな」
「いやー、マコちんが入って一気にポゼッション楽になりましたね~」
ノノが両手を差し出し、真琴は控えめにハイタッチ。みんなも真琴のプレーに感心している様子だ。心なしか顔色も良くなった。
なんというか、凄く気を遣ってくれるんだよな。それぞれのペースに合わせてくれるというか。
比奈も似たような特性を持っているけれど、真琴は前線で臆せずボールを要求して来るから、その分勇気を持ってチャレンジ出来る。
勿論、比奈よりやり易いとか愛莉が個人主義とかそういう話でもないんだけど。ただこの展開、流れにおいては真琴の投入が正解だったという。
「で、どーします? 誰が蹴るんですか?」
「オレ」
「外したらジュース100本奢れよ」
「桁を考えろ桁を」
馬鹿にするんじゃない。これでもセレゾン時代からずーっとプレースキック蹴ってるんだぞ。特にこの角度は俺の十八番だ。
こんな至近距離で枠を外す方が難しいというもの。済まない、名も知らぬゴレイロよ。良いポジション取りだが、こればかりは相手が悪いよ。
「やったー! 廣瀬さん、ナイスゴールですっ!」
「さっすが陽翔くーん!」
『その調子よヒロっ!!』
歓声が木霊するコート。目論見通り弾丸ライナーがポストの内側に直撃し、ネットを豪快に揺らした。ようやく先制。ハァ、緊張した。
「流石だね、この辺り」
「おう。ナイスアシスト」
「今のじゃアシストは付かないでしょ」
「俺の中ではってことで」
「なら、有難く受け取っておくか」
真琴との軽快なハイタッチに始まり皆が集まって来る。さて、一人複雑そうにこちらを眺めるエースの心境やいかに。
【前半7分44秒 廣瀬陽翔
山嵜高校1-0青学館高校】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます