667. こういうときに限って頼りにならない


 そのまま橘田会長は強引に会議を切り上げ、興奮状態のまま足早に生徒会室を立ち去る。

 奥野さんはこちらに向け掌を擦り合わせ、申し訳なさそうにペコペコ頭を下げながら彼女を追い掛け部屋を出て行った。


 残る役員も居心地悪そうに荷物を片付けさっさと撤収してしまう。

 取り残される俺たち。例の降格宣言以降、愛莉はすっかり言葉を失い憔悴し切っている。



「……ちゃんと説明しろよ。どういうことや」

「え。見た聞いたままだと思うけど」

「なにが定例報告じゃハッ倒すぞボケ巾着がッ! どう考えてもフットサル部への当てつけやろッ!」


 この期に及んで危機感皆無の峯岸。彼女らしさなどと安易に切り捨てるのもそろそろ限界だ。

 愛莉を見ろ。今にも自死を選ばんとする負のオーラで満載だぞ。


 動揺ぶりで言えば俺とて似たようなものだが、峯岸はそんな俺たちの様子などどこ吹く風。ため息を挟みこんなことを話し出す。



「定例報告自体は本当に新しく始まるんだよ。他の部もかなり厳しいこと言われてるし。ただお前らに関しては橘田が暴走したってだけ」

「だからそうじゃなくて……!」

「あのな廣瀬。いくら生徒会が橘田のワンマン経営だからって、あんなメチャクチャな理論が通用するわけねえだろ。考えんでも分かるだろうに」

「……なんでそんな余裕綽々なんだよ?」

「これもさっき言った。あの三人が入部するのはほぼ確定だ。大会の最低登録人数は八人。アイツらが入ったら九人。なんも問題ねえじゃねえか。新入生含めたらもっと増えるだろ」


 呆れ顔で語る峯岸だが、俺が気になっているのはそこじゃない。真っ当に活動しているかどうかなんて、橘田会長の匙加減次第なのだから。


 どんな手を使ってでもフットサル部の粗を探し出して厳しく追及する筈だ。

 俺たちの関係性を激しく嫌悪している以上、どれだけ真っ当な抗議を重ねても意味が無い。



「簡単なことさね。部員数が確定する五月頭まで余計な色気出さねえで、真面目に練習してりゃ良いんだよ」

「それで事済むとは到底思えん……」

「橘田一人で喚いたところでなんも変わらん。痴情の縺れで部活一つ潰すほどお偉いさんも暇じゃねえよ。誰に迷惑掛けたわけでもあるまいに」

「……ホンマやな?」

「おう。任せとけ」


 詳しい学校規則など俺にはまったく分からないが、教員たる峯岸がこう言うのだから頷くしかない。実に信用ならんけど。


 まぁでも、峯岸の言う通りだ。フットサル部が全国大会に向けて真面目に活動しているのは疑いようもなく事実。

 実績云々を求められるのなら、夏に参加したミニ大会や大阪遠征での結果を突き付ければ良い。


 橘田会長が落ち着きを取り戻すまで、余計なことをせず黙々と活動に打ち込むだけだ。なにも難しいことは無い筈。



「どうしようハルトぉ……っ!」

「心配すんな。学校で必要以上にベタベタしなけりゃええねん。それくらいなら我慢出来るだろ?」

「うぐっ…………が、頑張れば……ッ」

「努力が必要だと……?」


 懸念があるとすれば愛莉も含め皆のメンタル面だ。お堅いルールを作る必要は無いが、今までなんの滞りも無かったことがいきなり問題視されるとなると……。



「ホンマムカつくわ……なにが真面目に活動してないや、馬鹿にしやがって。こんなしょうもない理由で邪魔されて堪るかよ」

「それなんだけどなお前ら。この際だから言っとくけど……最近ちょっと露骨過ぎだ。もうちょっと隠す努力くらいしろ」

「は?」

「だから……そうやってすぐ手ェ繋いだり、頭撫でたりな? お前らにとっちゃ普通かもしれねえけど……結構目立ってるぞ。普段も」

「……マジで?」

「マジで」


 引き攣った顔で俺たち二人を見つめる峯岸。視線の先には絡め取られた手と手。

 また無意識のうちに繋いでいた。どうしよう。すっごい自然にやってた。


 え、なに。この程度の接触でもダメなのか?

 恋人同士ならこれくらい当たり前じゃないの?



「長瀬だけなら別に良いけどよ。アイツら全員と同じようなことやってんだろ? こないだも職員会議で議題に挙がったぞ。放課後に談話スペースに女連れ込んでるヤバイ生徒がいるって」


 連れ込まれているのは俺だ。むしろ被害者だよ。

 瑞希と比奈だよ犯人。濡れ衣だって。

 あと学校では致してないから。流石に。



「色恋沙汰の一つくらい高校生なら当然だし、それは構わないんだけどな。どれだけハーレム拡大させようと知ったことじゃねえし、興味もねえ。ただその……私が心配してんのはな?」


 オブラートという言葉から最も縁遠い峯岸にして珍しく、頬を引っ掻き言い淀んでいる。この後に続くフレーズは、なんとなく予想が付いた。



「……お前らなりに気遣ってるのかもしんねえけど、その、全然足りてねえから。特に長瀬。言動に女が出過ぎ」

「……ふぇ?」

「廣瀬も。ガキ仕込んで退学だけは勘弁してくれ。後々苦労するの自分だぞ」

「……ウっス」

「態度と雰囲気で分かるんだよ……露骨に『朝までお楽しみでした』オーラ出すな。こっちが恥ずかしくなるわッ……」


 手の施しようないと言わんばかりに頭を抱える峯岸。峯岸のこんな姿はこの方一度も見たことが無かった。反応を見る限り、他の四人との関係もなんとなく気付かれている……ッ?



「……その、すまんかった」

「私に謝ってどうすんだよ。とにかく、匂わせるな。今の雰囲気のままじゃ橘田も収まらねえぞ……そっちに関してはまだバレてねえみたいだけど。気付かれたら最後、ジエンドだ。謹慎どころか退学モンだぞ。よく覚えとけ」


 これ以上なにを言ってもという様子で峯岸は力無く立ち上がる。俺も愛莉もこればかりは反論出来ず、足元を見つめ無言のままやり過ごすばかり。


 不味い。本当に不味い。これは早急に改善すべき問題だ。外野からの圧力がどうとか言ってる場合じゃない。自ら破滅へ向かおうとしている……ッ!



「しっかり意識してくれるってんなら、私もこれ以上言わないけどな。あと廣瀬。最後にこれだけ」

「……な、なんや」

「さっきのボケ巾着ってどういう意味?」

「いつのなに気にしてんだよ」


 無理やりオチ付けなくて良いから。

 なんのフォローにもなってないから。






「ということになった」

「なんそれ。やば」

「ヤバイで済むことですか」


 瑞希のなんの気無い呟きにノノの鋭いツッコミ。新入り三人がクールダウンに勤しんでいる間、残るメンバーは談話スペースのソファーへ集合し議論を重ねる。



「そこまで深刻に捉える必要も無いと思うけどなあ。みんなに迷惑掛けないように節度ある交友を心掛けましょうって、そういうことでしょ?」

「隙あらばえっちい悪戯しまくってる比奈センパイが言っても説得力皆無っす」

「あれれ~?」


 纏め役に回った筈が逆に諭される自覚の無い倉畑さんであった。今回の件に関して一番客観的に物を言えるのがノノって。ギャグにしても笑えん。



「峯岸センセーの言うように、部員数に関してはそれほど切迫した問題ではあません。向こうが出して来たラインはクリアしているわけですから。それよりも」

「それよりもー?」

「だからぁっ!! 瑞希センパイが一番距離感バグってるんすよ! てか陽翔センパイも!当たり前のように膝枕すんなッ!」

「だって寒いんだもーん」

「逆に風邪引けッ!」


 さっきからずっと膝に寝っ転がってスマホを弄っている。偶に頭を撫でてやるとポワ~ンと顔をクシャらせて実に満足そうな瑞希。可愛い。


 って、いかんいかん。ノノも峯岸も言う通り、このような無意識のうちにやってしまう行動が問題視されているのだ。



「にしても、橘田さんってすっごく厳しい人なんだね。琴音ちゃん去年同じクラスだったんでしょ? 昔からあんな感じ?」

「そうですね……何かと目の敵にされていたような気はします。あまり覚えていませんが」


 琴音も基本的に他人には興味が無いタイプだから、こんな感じで雑にあしらっては、橘田さんのストレスを溜める要因になっていたのだろう。不条理な世の中である。



「橘田センパイって今年は何組だったんですか?」

「誰とも接点が無いってことはD組じゃねえの?」


 テツが同じクラスの筈だ。先日ベルギーでの武者修行(小旅行)から帰って来たみたいだから、それとなく話を聞いてみよう。明日会う予定だし。



 兎にも角にも、春休み中から学校内では必要以上の接触を避ける。余計な火の粉が降り掛からないよう努めなければならない。


 明後日の練習試合も含め、フットサル部の活動はいよいよ本格的なものとなる。部活外での行動さえ改めれば十分な説得材料になる筈だ。何なら練習の様子を視察させてやってもいい。


 同時に橘田会長の説得に取り掛かる必要があるだろう。琴音との関わりもそうだし、彼女の人となりが少しでも理解すれば、俺たちに対する当たりの強さの理由も分かるかもしれない。


 

「……んだよ愛莉。まだ気にしてんのか? 峯岸に隠し事しようなんぞ無駄な悪足掻きやろ」

「そ、それはもう諦めたけど……」


 諦めちゃうのかよ。顧問に下半身事情把握されてるのに、諦めちゃうのかよ。もっと恥じろよ。



「……あんなに苦労して部活として認められて、メンバーも集まって来たのに、いきなり同好会に降格だなんて……っ」

「アホ。どんな手を使ってでも阻止するに決まってんだろ……お前も頑張るんだぞ。ちょっと我慢するだけや。出来るよな?」

「…………可能な範囲で」

「素直にイエスと言え」


 今でこそこんな調子だが、誰よりも部活としての体に拘っていた愛莉だ。

 彼女がサッカー部への反発心を見せなければ、フットサル部は単なる仲良し集団に留まっていた。


 でも、そうじゃない。それだけでは足りない。自ら望み叶えたこのフットサル部であるからこそ、意味がある。決して譲れない闘いだ。



 とはいえ、不安は付き纏う。

 昔とは微妙に状況が。関係が異なる。


 そんな分かりやすく寂しそうな顔をするな。愛莉だけじゃない、みんなもそう。納得いっていないのは俺だって同じなんだ。 



「まっ、それは置いといてさ。まずは明後日だよ。せっかくだし観に来てもらえば良いじゃん。こんな頑張ってんだぞーってアピールしまくるわけよ。で、そのまま勧誘しちまえ」

「ではその役目は瑞希さんに任せます」

「なるほどぉ。そして陽翔くんがメロメロしちゃうって作戦だね♪」

「比奈センパイこういうときに限って頼りにならないっすよね……」


 それぞれ適当なことを言ってお茶を濁す連中。危機感のある奴と無い奴で二極化されている……うーむ。



「じゃあ、今日はダメだよね……」

「愛莉?」

「あっ……うっ、ううん!? なんでもないっ!?」


 慌てて両手を振り取り繕う愛莉。言われんでも分かる。さっきの一件が無かったら今晩も泊まって行く気満々だっただろお前。


 もしかしなくても試合よりそっちの心配してやがるなコイツ……そんな調子で大丈夫か……?


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