666. 目を付けられていた
周囲のなんとも言えぬ雰囲気に我へ返ったのか、真っ赤な顔で生徒会室を見渡しおずおずと座り直すご機嫌斜めの新会長。ゴホンとわざとらしい咳ばらいを一つ挟み、彼女は話を始めた。
「……生徒会長の
パッツンの前髪と三つ編みを靡かせ、釣り気味の大きな瞳でこちらをジットリ睨み付ける。
髪色は比奈より少し暗い程度か。カラーリングに凝るような性格でもなさそうだし地毛だろうな。
琴音以上のくせ者という峯岸の総評も頷ける。中々に整った顔立ちの美人ではあるが、どこか愛嬌と余裕に欠けている印象も。
「お久しぶりですね、長瀬さん……っ!」
「クラス変わってから全然会わなくなっちゃったわね……橘田さん、なんか雰囲気変わった?」
「コンタクトに変えただけです。長瀬さんこそ、去年とはすっかり変わり果てたご様子で……!」
「あ、あははは……」
橘田さんの毒舌を乾いた笑いで受け止める。察するに去年は同じクラスだったのか。しかし愛莉は随分と絡み辛そうだ。
夏休み前に前年度の生徒会と会議をしたとき、そう言えば似たような髪色の人が居たような気も。あれは橘田さんだったのか。
「失礼しました、私事で騒ぎ立ててしまい申し訳ありません。では、定例報告を始めます……!」
前もって準備していたにしても多過ぎる大量のレジュメを机に並べ、昨年の予算報告から話を始める。クソほども耳に入って来ない。
結構距離あるし密談も届きやしない。
色々気になるし愛莉に聞いてみよう。
「知り合いやったんやな」
「あんまり話したこと無いけどね」
「別に限らずやろ当時のお前」
「ばか、怒るわよ…………そう言えば橘田さん、一年の頃から生徒会メンバーだったわね。忘れてた」
「なんでこんな敵視されてるの俺ら」
「あー……正義感が強いっていうか、良くも悪くも委員長タイプっていうか……真面目な子なんだけど、ちょっと沸点低めなのよね……」
愚直に勉学へ勤しんでいる私の邪魔をするな、的な感じか。自己主張に抵抗の無いジェネリック琴音といったところ。
待てよ。愛莉と琴音って去年も同じクラスだったよな? ということは橘田さんもだから……。
「たぶんっていうか、絶対に琴音ちゃんの影響だと思う……成績も学年でトップ争ってるし。でもずーっと琴音ちゃんが一位だから……」
「ライバル視してるわけか」
学業に際して琴音は超が付く秀才だ。それでいて、誰もが振り向く美貌と性的魅力を兼ね備えた完全無欠の存在。
琴音が凄すぎて陰に隠れていたが、橘田さんも橘田さんで山嵜きっての優等生というわけか。
ただちょっと癖が強くて対人関係に難があり、不平不満は包み隠さず全部喋ってしまうと。
「去年も対抗意識バリバリでさ……学級委員決めるときもわざわざ演説みたいなことしてたし。結局琴音ちゃんになったんだけど。うん、思い出した。琴音ちゃんが生徒会に興味無いって話聞いて、慌てて立候補してたわ」
「露骨やな……」
山嵜一の優等生という栄誉を掴み取ろうとアレコレ画策して来たようだ。だがそうなると腑に落ちないのは、こうもフットサル部を敵視する理由。
成績こそ琴音の後塵を拝しているものの、念願の生徒会長の座を手に入れたわけだし、この期に及んで彼女を蹴落とそうとする必要も感じられない。
貞操観念の高さは一言交わしただけでも窺い知れるが、それにしたって出合い頭の狂乱ぶりといい流石に過剰な反応だ。
となると、考えられる理由は一つしかない。
橘田会長はフットサル部の隠された内情について、何か情報を掴んでいる……?
「報告は以上です。さて長瀬さん。いえ、長瀬部長。改めてお聞きしますが」
「う、うん? なにっ?」
「普段の部費の使い方に関しては、特に申し上げることはありません。道具代、ユニフォーム代……まぁ良いでしょう。問題はこの遠征費です」
「え、遠征費……?」
「冬休みを利用して大阪へ遠征を行ったのは、峯岸先生から報告が届いています。しかし……いくら何でも安過ぎます。 交通費しか計上されていません! 宿代はどうしたんですか!」
「エ゛ッ……あ、いやっ、それは……ッ」
突然の追及に目を泳がせる愛莉。俺を見るな。みんなで実家泊まったってバレちゃうだろ。
安く済んでいれば突っ込まれることも無いと甘めに見積もって、冬休み明けに峯岸経由で提出したのだが。裏目に出たようだ。
「彼が関西から編入して来たことは当然把握していますっ! 泊まりましたよね!? 男の実家に女性が大挙して押し寄せて! お泊りしたんですよねェ!?」
やはり見透かされていた。
愛莉も冷や汗を垂らしすっかり挙動不審。
「しかも噂に聞けば、夏休みにも二泊の合宿を行ったとか!? 奥野書記から聞きましたよっ! 部屋も一緒だったと!」
「なにしとんの奥野さん!?」
「あはははっ……ごめーん、比奈ちゃんから色々聞いててさ、ポロッと喋っちゃったぁ……てへっ」
「裏切っただと……ッ!?」
舌を出すな今すぐしまえ。
比奈と生半可に仲良しなのが却って逆効果になるとは。峯岸も弁護するとかなんとか言ったのに『やっぱり言われたかぁ』みたいな顔だし。
……なるほど。だいたい分かった。前から目を付けられていたんだ。そしてこの場でフットサル部の関係性について厳しく追求するつもりか。
「これはあくまでほんの一部分です! 良いですか!? 貴方たちの言動はハッキリ言って目に余りますっ! 校内でところ構わずイチャイチャして、それも一人の男を脇目も降らず連れ回して! 恥という概念は無いのですかッ!?」
「うぅっ……そ、そんなこと言われても……」
「貴方も関係無いみたいな顔しないでください! 我が物顔で長瀬や楠美さんを誑かして、どういうおつもりですか!?」
「どういうつもりって……」
「ちょっと良い顔してるからって、いくらなんでも調子に乗り過ぎではっ!?」
「えっ。おう。ありがとな」
「褒めてませんッッ!!」
なんとなく自覚はあった。俺たちは部活中以外も基本一緒に行動しているし、女性陣の容姿も相まって何かと目立つ存在だ。
クラスメイトたちにも何度茶化されたことか。オミを筆頭に身近な連中は『いつものことだ』と半ば黙認していたようだが。
確かに傍から見れば、ちょっとヤバイ集団だよな。ただの部活仲間、男女にしては仲が良過ぎる。
思い返せば、秋頃は『なるべく見られないよう談話スペース以外では距離を保つ』みたいな暗黙の了解があった気もする。
けれど、冬休みを過ぎてからはほとんど意識もしなくなった。瑞希なんて場所を選ばずハグを要求するし特に筆頭だ。
「そして何より、何よりですっ! 貴方たち、一度も公式戦に出場していないじゃないですか! 部活動して機能していないのは歴然ですっ!」
「いや、それは誤解や。男女混合の大会は今年の夏が第一回で……」
「知ってます! だから問題なんですっ! 男女混合ってなんですか!? 男女が同じ競技、同じ試合に出場するなんて……かっ、考えただけでも恐ろしいっ、卑猥です、破廉恥です……!!」
「駄目だ話が通じん……」
生徒会長としてあるまじき姿だが、客観的な意見も今の橘田さんには馬耳東風というやつだろう。
しかし凄まじい動揺ぶりだ。あれなのか。愛莉より俺に対する当たりもキツイし、そもそも男性が苦手なのだろうか。
「まぁまぁ、落ち着けよ橘田」
「峯岸先生、貴方もっ! この現状では監督責任を放棄していると言っても過言ではないですよっ!」
「そうか? これでもちゃんと把握してるつもりだけど。少なくともお前が想像しているような不真面目な連中じゃねえよ」
「根拠はなんですか根拠はっ!」
「最近毎日練習見てっけど、中々のスパルタだぜ。なんつったって、全国目標にやってる奴らだからな」
このタイミングで峯岸から助け舟。
敢えて言わせて頂こう。遅せえよ。
だが、珍しく春休み中に練習を見ていた理由がようやく分かった。反論材料をしっかり用意していたんだ。弱いけど。効果ほとんど無さそうだけど。
「グっ……!? し、しかし先生、活動実績が無いことには……!」
「アッタマ堅てえなあ。大会で結果出すだけが部活動の意義じゃねえだろ。だったら校内の活動で完結してる文化部はどうなんだよ?」
「……彼らは皆、極めて真面目に、真摯に活動しています……!」
「コイツらが真面目じゃないって言い張る理由はなんだよ。男女の距離が近過ぎる? んなモンお前の匙加減だろ。私怨っつうんだよそういうの」
前言撤回。
超頼りになります峯岸大先生。
真っ当かつ正論過ぎる言い分に、橘田会長は言葉に詰まる。琴音以上の理論第一主義である彼女にこれ以上反撃の余地は残されていない。
筈なのだが、それでも納得出来ないと顔に書いてあるようだ。ということは、やはり生徒会長の立場としてでなく。
峯岸の言うところの私怨。何かしら個人的な理由でフットサル部を嫌悪している……?
「…………分かりました。先生の言い分も、貴方方の主張も。よく分かりました。しかし、口では何とでも言えますから。私自ら確かめない限り、この件は保留とさせていただきます!」
「この件? どの件や」
「聞いていないんですか!? フットサル部を、部活動から同好会に降格させる件についてですっ!」
「…………ハァァァァッッ!?」
ちょっと待て。待て待て待て待て。
なんでいきなりそんな話になる!?
「今年度から運動部を部活動として公認する条件として『公式大会に出場する最低限の人数を有すること』というものが追加されたんです!」
「なっ、なにそれっ!? 聞いてないっ!」
「既に教員や学校理事にも通達されています! 良いですか、現時点でフットサル部は六人! この人数では混合大会も出場出来ない筈ですっ! ふふーんだ! ちゃんと調べたんですからねっ!!」
椅子をブッ倒しながら立ち上がり、我がもの顔で勝ち誇る橘田会長。既に学校からは認可されている、だと……!?
「……おい峯岸。言うことあるよな?」
「いやぁ。あの三人は確定みたいなモンだし、そしたら最低限の八人は集まるわけだし。別に問題ねえだろ」
「起きてんだろ大問題が……ッ!」
確かにそうだけど、そうじゃないだろ。この堅物会長には通用しない言い分だって分かり切ってるでしょ。あとちゃんと怒る。
「そういうわけですから! 新入生の入部〆切を迎えるまでに既定の人数まで集まらなかったら、同好会に降格ですっ!」
「条件はこれだけじゃないですよっ! それまでこの私に、山嵜高校の代表として相応しい、どこに出しても恥ずかしくない真っ当な集団であることをしっかり証明してくださいっ! 良いですね! 分かりましたねっ!?」
資料の一枚を手に取り、鼻息荒く宣言する橘田生徒会長。
あまりの勢いに他の役員や生徒会顧問の女性もついぞ何も言い出せない。同様に俺と愛莉も。峯岸だけなんてことない顔してるけど。
いや、待って。なにこの状況。
色々突っ込みたいことはあるよ。生徒会の権限強過ぎでしょと。アニメ漫画の世界観だろと。
誰も橘田会長を止められないかよ。どう考えても横暴だろ。私怨混じってるだろ。
だがそれはこの際どうでも良い。夏の混合大会は『部活動として認可されている団体』であることが参加の必須条件なのだ。
つまり、同好会へ格下げとなったら。
俺たちは参加資格さえ失うことになる。
……と、とんでもねえことになったぞ……。
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