665. 返り打ちにしたるわ


 一先ず定例報告のことは忘れて、午前のトレーニングに集中することとする。

 もっとも明後日の試合に向けて負荷の掛かるメニューは厳禁。強度を落としたミニゲームでパスワークを中心に確認を行う。


 俺は一旦輪から外れて、まだまだ選手を名乗るには時期尚早な有希と、サッカーはともかくフットサルは未経験のルビーに基礎の基礎からレッスンを行う。活動再開からは暫くこんな調子だ。



「キックはだいぶ安定して来たな。あとは実戦でどれだけ正確に、落ち着いてプレー出来るかが大切や。午後からゲーム混ざってみようか」

「はいっ! 頑張りますっ!」

『ルビーは……別に言うことねえな。十分やれんじゃねえの』

『お世辞はいらないわよ! ねえ、なんなのあの子たち! こないだからずっと思ってたけど、物凄くレベル高いじゃない!? どうなってるの!?』

『いやぁ、こればっかりはな……』


 球技自体が初めてという有希だが、冬頃からちょくちょく練習に参加している成果か、運動音痴を名乗るにはやや謙遜し過ぎな段階にまで伸びて来た。


 とはいえ元が元だ。やる気は人一倍だが、根本的に身体を動かすという行為自体が向いていない雰囲気はある。

 一つ取ってもたどたどしさが残る。比奈も始めたての頃は似たようなものだったし、時間の問題だろうが。


 続いてルビー。草サッカー程度の経験しかないと話すが、足元の技術は十分に見れるレベル。

 名将トラショーラスの血を引いただけあるが、体力面など改善点も幾つかありそうだ。



 両者に共通しているのは、明後日の試合は試運転程度に留めておくべきで、今の時点では戦力としてカウントするのは難しいという点。


 ルビーが興奮気味に指摘したように、フットサル部のレベルは初心者が飛び込んで活躍出来るような段階は既に通り越している。


 愛莉と瑞希は言うまでもないが、残る三人も自らボールを呼び込んで更に展開してと、能動的にゴールを目指せる次元にまで到達しているし。



「マコっ! ワンツー!」

「任せましたっ!」

「げええッ!? 展開はやッ!?」


 瑞希との華麗なワンツーでノノの猛プレスを掻い潜る真琴。

 今のも瑞希に要求されるより前にしっかり準備していた。そのままゴールへと繋がる。


 どちらにせよ、有希とルビーに頼るような状況にはならないと思う。もう一人の新戦力、真琴の存在があまりにも大きいからだ。



 流石は愛莉の妹。かつてクラブチームで活躍していただけの人材である。基礎技術は非常に高いし、既に狭いエリアのプレーにも適応済み。


 人数の少なさがネックとなった大阪遠征を考慮すれば、今すぐにもチームに変化を生み出せるだけの力を持った真琴の加入は非常に頼もしい。俺がフル出場する必要も無くなるかも。


 ここに来て一気に序列も変化しそうだ。全員試合に出す予定だけど、スターターに関しては一考の余地がありそうだな……。



「……ふむ」

『どうしたの? 難しい顔して』

『ちょっとな……大したことでもないけど』


 ルビーが不思議そうに首を捻る。

 そんなに顔に出ていたか。気を付けよう。



 都合の良い展望ばかり並べてはみたが。

 ポジティブな要素だけというわけにもいかない。


 なにが気になるって、いくらなんでも真琴が目立ち過ぎなのだ。

 確かに上手いは上手いけど、愛莉と瑞希に比べれば劣るレベル。細やかな技術はノノと比奈を凌駕するが、連携面ではまだまだ未熟さも窺える。


 真琴が冬の間に力を付けたから、というのも当然あるだろうが。それにしたって皆、対応が後手後手だ。愛莉なんて特に動きが重い。



(やっぱりそうだよな……)


 間違いない。愛莉、次いでノノ、琴音。

 直近で俺とアレコレあった連中だ。


 練習に集中出来ていないというわけではないのだが、明らかにコンディションが整っていない。やはり多少は影響があるのか……?



「ってことは俺もなぁ……」

「廣瀬さんっ? どうかしたんですか?」

「いや、なんでもね」


 有希も有希でなにも知らない子ではないが、少なくともこの状況で馬鹿正直に打ち明ける必要は無かろう。

 全員を相手取っている俺が一番疲弊している筈だなどと。また立ったまま気絶されてしまう。



 遠征では勝利したとはいえ、青学館は決して楽観視出来ないチームである。

 日比野を中心としたカウンターは更に練度を上げているだろうし、男性選手のフィジカルを前面に押し出した戦い方は根本的にウチと相性が悪い。


 俺たちの肝である性差を苦としないパスワークと、苦しい時間帯の俺や愛莉、瑞希の個人技。その一つでも機能しないとなると……。


 ……負ける気は更々無いが、ちょっと悔しい思いをする覚悟だけ決めるべきか。冬以降の練習量に限れば明らかに差があるからなぁ……。



(締め直すにはちょうどいい頃合いか)


 取りあえず明後日だ。様子を見るしかない。

 まぁでも、勝つけどな。絶対に。


 返り打ちにしたるわ。特にあのタヌキ面。

 三か月ぶりか。どちらにせよ楽しみだ。






「悪い、ゆっくり食い過ぎたわ」

「一応ノートと筆記用具だけ持って来ましたけど、これで大丈夫ですか?」

「えっ……お、おう。良いんじゃね?」


 午前の練習を切り上げ皆が談話スペースで昼食を取っている間、俺と愛莉は早抜けして峯岸と合流する。生徒会への定例報告だ。定例と言いつつ第一回だが。


 現れた俺たちを見るや否や、峯岸は露骨に顔を歪め乾いた笑い声で出迎える。なんだ、その絶妙にやるせない表情は。米粒でも付いていたか。



「……え、自覚無いわけ?」

「アッ? なにが?」

「いや、もう良い。だいたい分かった。突っ込んだら負けってやつね。はいはい…………しっかし長瀬、お前ホントに変わったよなぁ……」

「????」


 謎に諦めムードの峯岸に着いて本館の廊下を進む。哀愁漂う背中は俺たちに何を伝えたいのか。分からん。理解不能。



 生徒会室は各教室の入ったA本館の四階東側にある。五階の図書室はしょっちゅう訪れているが、四階は基本スルーしてばっかりだな。用事も無いし。


 ところで現行の生徒会は一人も知らなかったのだが、定例会議のことをみんなに伝えると、友人の奥野さんが書記を務めていることを比奈に教えて貰った。


 彼女はフットサル部の皆をよく知っているし、頼もしい味方になってくれる筈だ。いやだから、別に怒られるようなことしてないけど。



「フットサル部連れて来たぞー」

「はいはーい。やあやあお二人とも修学旅行ぶり〜。ごめんねえ練習中に呼び出しちゃって。どぞどぞ、座って座って~」


 比奈の友人にして谷口の彼女。文芸部で夢小説の執筆が趣味という個性の塊たる奥野さん。甲斐甲斐しく椅子を引いたりお茶を出したりと用意してくれている。


 ふむ。なるほど。はいはい。

 ちょっとアウェーだな。雰囲気で分かるわ。


 歓迎ムードなのは奥野さんだけで、奥に座っている女子生徒が見るからにピリついている。残る三人の役員も彼女の言動を気にしている素振りだ。



「…………早速見せつけてくれますね」

「ハッ?」

「運動部に恋愛沙汰を持ち込むのはご法度では?」

「え、なんですか急に」

「なんですかって……なに当たり前のように手を繋いでるんですか!! おかしいでしょう!? 不埒です、不健全ですッ、破廉恥ですッ!!」


 ダンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった一番奥の女子生徒。右腕に巻いた腕章には『生徒会長』のご立派な文字が並ぶ。


 突然の出来事にポカンとしている俺のすぐ前を、峯岸の『やっぱりな』と言わんばかりの大きなため息が通り過ぎていく。


 言われるまで全然気付かなかった。新館に来る間に、特に意識もせずいつの間にか普通に繋いでいたな……指摘された愛莉はちょっと恥ずかしそうだ。



「見ましたか皆さんっ! この人たち、絶対に真面目に活動してないですよ!! 女子生徒だらけの中に男が一人!! なにも起こらない筈がありません!!」


 ヒステリックに叫び散らす、新生徒会長と思われるこの女性。そこそこ可愛らしい顔が台無しだ。


 残る役員も、奥野さんも、端っこでのんびりお茶を飲んでいた年配の女性教諭も顔を引き攣らせ、申し訳ないと表情で語るよう。


 問題ってやっぱりそういう感じか。

 一応、先制パンチは成功したっぽいけど。


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