656. 醜態


『7/9 雨のち曇り


 一時間だけ活動。練習後はいつものようにファミレスへ。食事を取る私を見て愛莉さんと瑞希さんがため息を吐いていた。理由は分からない』


『7/11 曇り


 中間考査が近い。活動が無いと時間を持て余すようで妙に落ち着かない。図書室で陽翔さんと会う。初めて真面目に勉強しているところを見た。帰り際に比奈が現れる。私たちが居るのを知っていたのに声を掛けなかったらしい。何故』


『7/16 晴れ


 来週から中間考査。放課後は陽翔さんとドーナツ屋へ。甘いものが好きらしい。最近彼とばかり一緒にいる気がする。相変わらずよく分からない人だ。彼も同じことを思っているのだろう』


『7/23 曇り


 試験が終わった。皆と上大塚まで出掛ける。カラオケではとんだ恥を掻かされたが、ずっと欲しかったぬいぐるみも手に入ったことだし、大目に見ることとしよう。楽しいか楽しくないかで言えば、楽しい一日だった』


『7/26 晴れ


 英語科の一位は陽翔さんだった。大して勉強していなかった癖に。フットサルではともかく勉学でも遅れを取るなんて。

 久しぶりに泣いた。もう恥ずかしいなどという感情は捨てるべきだ。彼がよく使う言葉を借りれば、諸々手遅れというやつ。


 夏休みに合宿を行うようだ。泊まりで出掛けるのは修学旅行以来。比奈が一緒なのは当然として、愛莉さんも瑞希さんも、そして陽翔さんも一緒なら、きっと楽しい時間になると思う』



『8/2 晴れ


 明日から合宿。日記を持って行くのはリスクが高いため、一旦休止とする。準備に抜かりは無い。浮き輪を用意したか比奈に聞いたら、それより練習の準備だと諭された。その通りである。浮かれている』


『8/5 快晴  疲れた』



「肝心なところで……」


 海での出来事とか、寝起きのドゲザねこ擬態事件とか、知りたいことが山ほどあるのに。急にサボりやがって。


 しかしこうして振り返ると、ものの一、二か月で凄まじい変わりようだ。比奈だけが心の支えだった春先から、フットサル部での日々を通して少しずつ、だが確実に変化が表れている。


 心なしか俺に関する記述が多いが、まだまだ同じ部の一員というだけで、男としてみているような雰囲気は無いな……。



『8/12 快晴


 キーホルダーを紛失していることに気付く。合宿で鞄から取り外したのが原因だ。どこへ行ったのだろう。これではコラボカフェの割引が。あの人が悪い』


『8/14 快晴


 母と口論になりそのまま寝てしまったので、昨日の分と纏めて記すこととする。


 なし崩し的に陽翔さんとコラボカフェに出向き、その後は彼のトレーニングに付き合うことになった。大変な一日だった。心身共に。


 曰く、私の外見が好みらしい。表立って好き嫌いを明け透けしない彼に面と向かって言われたのだから、動揺しないほうがおかしいのだ。


 性別が異なるというだけで、彼が同じフットサル部の一員であることに変わりは無い。容姿を褒めちぎったのも、場を持たせるための彼らしい冗談なのだろう。


 でも、嬉しかった。


 勉学以外になんの取り柄も無かった私を、必要だと、大切な存在だと認めてくれる。こんなことを言ってくれるのは比奈だけだった。


 彼も比奈と同様、私にとって欠かせない存在になり得る人間なのかもしれない。気がする、というだけ。予感であって確信ではない。絶対とは言わない。


 長くなってしまった。彼のことになるとどうしても文字数が嵩んでしまう。読み返すと、ここ数か月彼のことばかりだ。不可解』



『8/26 晴れ


 初めての大会。見事に優勝を果たす。夏休みの成果が発揮された。大会ベストファイブというものに選ばれた。なにもしていないけれど。


 しかし、決勝戦で戦った市川さんには苦労させられた。フットサル部に入るなどと話していたが、どこまで本気なのだろう。困る。


 彼女が幅を利かせるようになったら、比奈も陽翔さんも私をほったらかしにしてしまうかもしれない。それだけの魅力がある人だ。


 願わくば、今のままが良い。

 五人でなければならない。

 五人でなければ、意味が無い』



『8/29 快晴


 花火大会へ。大会で知り合った有希さんが、陽翔さんに告白する現場を目撃してしまった。返事は保留したようだ。


 久しぶりに比奈に怒られる。彼女の言う通り、素直にならなければならないだろう。陽翔さんが誰と交際しようと知ったことではないが、それを理由にフットサル部の結束が乱れては、誰よりも私が困るのだ。


 ようやく手に入れた最高の居場所を失わないために、彼にはもっと悩む時間を与えなければならない。有希さんには悪いが、私が私たる為だ。手段は選べない。


 そもそも彼は、恋愛事そのものに興味があるのだろうか。私が言えた立場では無いが、誰か一人を選んで交際するなどと到底出来ないような気がする』



 既に俺の優柔不断ぶりは見抜かれていたようだ。ここまででやっと全体の五分の一ほど。一日の文量がどんどん増えている。


 この頃に至るまでも、まだ俺の評価は『大事なフットサル部の一部分』という段階で留まっているように見える。出逢った当初と比べればだいぶマシだけど。


 ここから二学期の話。更に増えていく俺に関する記載……しかし琴音、全然戻って来ないな。もしかして最後まで読み切れる?



『9/5 快晴


 放課後。市川さんが現れ、やはりフットサル部に加入すると言い出した。正直に申し上げれば、関わり合いになりたくない類の人間である。

 しかし陽翔さんは満更でもなさそう。あんな人のどこが良いのだ。確かに顔立ちは悪くないが』


『9/8 晴れのち曇り


 すっかり市川さんの虜となった彼である。日に日に愛莉さんの機嫌が悪くなっている。サッカー部との試合前と同じ流れだ。これは良くない。何とかしなければ。


 そんな私を見て比奈は『似たようなものだよ』と呆れ顔で話していた。私が愛莉さんと同じ顔を?

  まさか。愛莉さんが彼をどう思っているかなんて、日頃のやり取り一つ見ただけで明らかだ。それと同じだなんて……』


『9/15 曇り


 久々に醜態を晒してしまった。まぁそれは良い。


 諸々の経緯を経て、市川さんが正式にフットサル部へ加入した。彼女に対する不遜な態度を改めて反省する。


 彼が市川さんを気に掛けていた理由がようやく分かった。どこにも居場所を作れず、一人藻掻いていた私たちと、彼女も同じなのだ。


 きっと仲良くなれると思う。面と向かって話してみると、意外にもしっかりした性格だ。瑞希さんと同じくらい煩いのはともかく、共通する部分が沢山あるような気もする。煩いけれど』



『9/22 晴れ


 文化祭が近付いている。準備で忙しくフットサル部の活動は鈍化している。比奈とは放課後も含めてしょっちゅう一緒にいるが、やはり物足りなさも。


 学校でふと彼に遭遇すると、無性に安心してしまう。その後ろには当然愛莉さんも瑞希さんも、市川さんも引っ付いているわけだが』


『9/27 雨


 朝に陽翔さんと会うことが増えている。なんでもおしるこ缶にハマったらしい。これは僥倖。このままヘビーユーザーに育て上げてみせる』



『10/8 快晴


 文化祭が終わった。クラスの出し物も無事に終わり一安心。一方、またも彼の前で醜態を晒す。何故いつもこうなるのか。


 やはり陽翔さんも、恋愛感情というものについて今一つピンと来ていないらしい。同じ悩みを抱えていることに酷く安心した。

 

 私は、彼に恋愛感情を抱いているのだろうか。分からない。これが恋愛だ、恋なのだという決定的な証拠が欲しい。そうでないなら、それはそれで構わない。このモヤモヤした気持ちを早く解消したい。それだけだ』



『10/17 曇り


 朝の渡り廊下。私と陽翔さん、二人だけの時間だ。最近すっかりルーティーンになってしまった。私のつまらない話も、彼は真剣に聞いてくれる。安心する』


『10/20 雨のち曇り


 日直だなんだと言って、比奈が陽翔さんを連れて行ってしまった。今日は活動が無かったので、彼とはそれきり。物足りない』


『10/21 晴れ


 久々に比奈と二人で晩食。同級生と喧嘩してしまったという愛莉さんのご姉弟は大丈夫だろうか。心配。


 かなり遅い時間まで話し込んだ。話題の中心は専ら彼のことだ。なんとなく分かってはいたけれど、比奈もきっと』


『10/24 曇り


 サッカー部のセレクションに参加させて貰う。愛莉さんの妹さんは見事に合格したが、結局フットサル部に入るようだ。頼もしい新戦力である』


『10/25 晴れ


 陽翔さんの顔が真っ赤に腫れていた。何故だろう』



『11/1 曇りのち快晴


 比奈が陽翔さんと二人で出掛けたらしい。少し見ない間に距離が縮まっている。もはや好意を隠そうともしない。私でもこれくらい分かる。比奈は彼のことを異性として好いているのだ。 


 比奈には比奈の人生がある。もう『私が守る』なんて言える立場ではない。彼女が幸せなら、私も幸せ。そう言えるくらいの余裕が今の私にはある。


 陽翔さんと比奈。お似合いの二人だ。

 でも、どこか引っ掛かる。

 心から祝福できない自分がいる。何故』


 

『11/14 晴れ


 瑞希さんの誕生日パーティー。最近どこか上の空だった彼女だが、今日は一日楽しそうだった。陽翔さんとも仲直り出来たようだ。一安心』


『11/17 曇り


 誕生日パーティー以降、瑞希さんのアプローチが日に日に過激さを増している。私に対してもそうだし、何より陽翔さん。比奈と付き合うのではなかったのか?』


『11/18 雨


 気になって仕方なかったので、当人に尋ねてみた。二人とも同じような返答。瑞希さんも交際しているというわけではないらしい。謎。


 そんな話を聞いて、安心してしまった自分がいる。陽翔さんが誰と交際しようが、私には関係の無い話だ。


 関係無いのに。

 私にチャンスなんて、欠片も残っていないのに。

 こんな気持ちになるのは、どうしてだろう』


『11/20 雨


 模試の結果を母に咎められる。最近こんな話ばかりだ。いよいよ堪忍袋の緒が切れる日も近い。何も言い返せない自分が、もっと憎い』


『11/24 晴れ


 愛莉さんも似たようなもの。誰も見ていない隙を狙って、陽翔さんの手を握ったり、肩を寄せ合ったり。なんて分かりやすい。


 フットサル部の風紀が乱れている。皆して陽翔さんの気を惹こうと躍起になっている。私だけ置いてきぼり。疎外感。


 市川さんと二人で晩食。馬鹿に盛り上がった。最近彼女と一緒にいることが多い。あんなに警戒していた人物だというに、不思議なものだ』



『11/28 曇り


 レンタルビデオ屋で陽翔さんと遭遇する。せっかくの休日を一人で過ごすのも物悲しい気分だが、私一人だけ遅れを取るわけにはいかない。


 久しぶりに両親が揃い踏み。模試の結果と進路に関する話を延々とされた。相変わらずの二人だ。私がいま、なにをしているか。なにに興味があるのか。そっちには関心が無いのだろうか』



『11/30 曇りのち晴れ


 激動の二日間だった。

 最低で、最悪で、最高の二日間だった。


 疲れたのでもう一言だけ。

 私は、陽翔さんのことが…………』





「…………なにしてるんですか……ッ?」


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