629. 楽しくてしょうがない
前半はそのままブラオヴィーゼの一点リードで終了。パス回しに苦労する京都を、ブラオヴィーゼがカウンターで攻め立てる。その繰り返し。
一点差で折り返せたのは京都にすればあり難い話だ。ブラオヴィーゼ、縦に早くて良い攻撃だけど、決定力は今一つ。三部の中下位という前評判相応。
「早速お出ましか」
「あれがハルトのチームメイト?」
「元、な」
15番を背負う黒川が後半開始から登場。高校二年生(もうすぐ三年)の若さでセレゾンとプロ契約を交わし、他チームにレンタル移籍中となれば注目度もそれなりに高いようで。周囲の観客も奴の噂で持ち切りだ。
「ふーん……有名なのね」
「仮にも世代別のエースやからな。直近の代表戦ボロクソやったけど。代わりに大場が選ばれるとは皮肉なものよ」
「当たり強いわね」
「だって嫌いやしアイツ。ウザいし」
「絶対向こうも同じこと思ってるわよ」
「あらやだ、ヤブヘビかしら」
セレゾンのジュニアユースに加入した頃からずっと世代別代表の常連なのだが、歳を重ねるに連れ、自慢のフィジカルとポストプレーが通用しなくなって来ているような印象を受ける。
決定力は昔からゴミカス。内海、大場とは比較にもならん。え、酷い言い草だって? うるせえな、まだちょっと嫌いなんだよ。
「ふむ。悪くねえな」
「パスが回り始めたわね……」
セレゾンユースで培われた連携が活きているのか、小田切さんの縦につけるパスが黒川へよく通る。京都が攻勢を強めて来た。
ウイングバックを下げて5バック気味に守るブラオヴィーゼは、全体のラインを押し上げられず後手後手に回っている。反発する前に仕留められそうだな。
後半17分。タッチラインを割り京都がコーナーキックを得る。ファーサイドにハイボールが供給され……。
「あーーーーッ!?」
「汚名返上ってか」
静まり返ったゴール裏。
反対サイドの数少ない京都サポーターは大狂乱。
混戦から抜け出しヘディングシュートを叩き込んだのは、失点に絡んだ小田切さんだった。シンプルに高さで競り勝ったな。ナイスゴール。
これで1-1の同点。終始京都が優勢に試合を進めて来ただけに、ブラオヴィーゼとしては難しい展開となった。どう対応して来るか。
……いや、ベンチも動く気配は無いな。それどころかボランチとウイングバックが更に下がって、実質6バックだ。攻める気は無さそう。
京都も降格組とはいえ、三部のなかではズバ抜けた戦力を誇る強豪。資金力に乏しい市民クラブであるブラオヴィーゼからすれば、先制出来ただけ上出来。引き分けでも大金星というのが内情なのだろう。
「うーん、このままじゃ……っ」
「京都が攻めっぱなしやな」
「も、もどかしい……! 私たちなら試合中にどんどん動いて、無理やりにでも流れ変えようとするってのに……なんでベンチも動かないのよっ!?」
防戦一方のブラオヴィーゼに段々とストレスを溜め始めた愛莉。貧乏ゆすりまでして随分と分かりやすい。
(簡単に言うけどな)
選手交代するだけで流れが逆転するなら、オファー待ちの無職監督が大勢溢れることもないだろう。あくまでもプレーするのは選手なわけで、外部の人間から見える状況は実態とは少し異なる。
まぁ、あれか。サッカーよりフットサルのほうが、ゴール入りやすいし。サインプレーも効果的だから、流れを変えやすいってのはあるけどな。
「ベンチもベンチで、最善の手は打ってるんだよ。でも追い付かれた。ついぞ逆転されそう。それがこのチームの現状やな」
「……なんか、納得いかない」
「そりゃあお前、勝ち慣れし過ぎってやつや」
フットサル部は夏休みの合宿を除いて、ほぼすべての試合を無傷で勝ち続けて来た。少なくとも同世代相手には全勝だ。愛莉の気持ちも分かる。
仕方ない。援護射撃でもするか。
「小田切さーーん、初ゴールおめでとーー」
「ちょっ、ハルトっ!?」
試合真っ只中の小田切さんに大声を飛ばす。ちょうどブラオヴィーゼのコーナーキックで自陣深くまで戻って来ていたこともあり、小田切さんは反応を示した。聞こえるものだな。
ギョッとした顔でこちらへ振り向く。なんでそんなところに、と顔に書いてあるようだ。同じくエリア内まで守備に戻っていた黒川も俺を発見したようで。
「おーい黒川ー、FWの癖に初ゴール小田切さんに取られて立場ねーなー。さっさと結果出さなセレゾン戻れへんとクビまっしぐらやで~」
「ちょっと、やめなさいって!?」
「ハッ、野次で動揺するようじゃプロ失格……」
とかなんとか言っているうちにセンタリングが上がる。ニアサイドで守っていた小田切さんはマークしていた相手に振り切られ、ヘディングを許してしまった。
一度はキーパーが弾き出すが、ボールはブラオヴィーゼの選手の足元へ。あのFWは……黒川がマークしていた筈だ。
「えぇ~……決まっちゃった……」
「不思議なこともあるもんやなぁ……」
「京都サポに呪い殺されても文句言えないわよ」
「知るかそんなの。結局はアイツらのミスやろ」
「仮にも生活が懸かってる人たちに……」
歓喜のゴール裏。何人かは「よくやった!」なんて馬鹿みたいに笑いながらハイタッチしにやって来た。それぐらい露骨に動揺していたというわけだ。
いや、俺だってこうも簡単に成功するとは思ってなかったよ。俺の顔見ただけでああなるとは思わないでしょ。観に来いって言ったのお前だろそもそも。
「なんか、アンタがセレゾンで嫌われてた理由が分かった気がする……」
「バカ言え。あの程度の野次で動揺する方がどうかしてんだよ。良かったじゃねえか、このまま行けば賭けは愛莉の勝ちやで」
「素直に喜べないっつうの」
どうせアイツら、俺の連絡先知らないし。ましてや試合後のインタビューで「知り合いに茶化されて集中出来ませんでした」なんて言えるわけ無い。自身の不甲斐なさを恥じるが良い。ハッハッハ。
「……うん。ハルトってやっぱ、基本的に性格悪いよね。人の不幸ですぐ喜ぶし。なんなら陥れて来るし。普通にクズ」
「まっ、否定はしないでおこう」
「なんでこんな奴とデートしてるのかしら……」
そこまで言われると流石にちょっと傷付く。俺はあくまでブラオヴィーゼの勝利と愛莉のために一芝居打っただけなのに。本気にはしないけど。
いやまぁ、言いたいことは分かるけどな。俺が仮に女だったら、俺みたいな奴と好き好んで一緒にいたくないとは思う。恋愛対象どころか友達にすらならない。シンプルに距離を置きたい。
どこまでも自分本位で、自分勝手で、周りが見えていない。どれだけ時間が経とうと、経験を重ねようと、根っこの部分は変わらないさ。
「嫌いになったか?」
「……別に、そんなこと無いけど」
「なら気にしないし、反省もしないわ。偶には愛莉にメシ作るのも悪くねえと思ってな。ええ気分やわ。ええことすると」
「…………ホント、馬鹿なんだから」
呆れたように鼻で笑い飛ばす。
再び試合へと没頭し始める愛莉。
アイツらには悪いけど、誰にでも優しくしていられるほど余裕のある人生ではないので。俺はいつだって自分のために、私利私欲のために生きている。
「簡単に笑うようになったわね。昔とは大違い」
「ホンマにな。人生楽しくてしょうがないわ」
だから、良いんだよ。愛莉に笑って欲しかったっていう、ただそれだけの動機だ。お前といるとなんだか無性にふざけたくなるんだよ。
「あー、またミス……完全に流れ変わったわね。このまま逃げ切りかしら」
「さあ。それはどうだろうな」
「こっからまた逆転は無いでしょ」
「まぁ見てろって」
勿論、賭けにも勝つつもりだ。
実はメシを作る予定なんて一切無い。
俺がそうすると言ったら、そうなるんだよ。
自意識過剰も偶には役に立つんだぜ。
どうせ生きてるんだからさ。周りも全部巻き込んで、みんなで幸せになったほうがお得だろ。
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