628. 相性は最悪
会場は年末年始に訪れた専用球技場である。新シーズンに向けて整備されたであろう縦縞のグリーンが、陽の光を浴び燦々と視界を彩る。
入場口の混雑ぶりからして中々の盛況ぶりかと思っていたが、試合開始30分前を切ってもスタンドは半分ほどしか埋まっていない。開幕戦といえど一万五千のキャパシティーを埋め切るには難しいのか。
「夏休み以来やな。プロの試合」
「サッカーに限れば初めてね」
「せっかくやしゴール裏の一番前まで行くか。まだ座れそうやし」
「……ん、やめとく。チャントとか全然分からないし、飛び跳ねる格好でもないし。ていうか、暑いし」
「お互い背伸びし過ぎってわけな」
「かもね」
ユニフォーム姿のウルトラスに混じっても悪目立ちしてしまう。大人しく少し離れたところに座ろう。ちょうどゴール真裏からやや外れたところに二人分の席がある。あそこが良いな。
ピッチでは試合を前に両チームのウォーミングアップが行われている。ブラオヴィーゼの選手はまったく分からないが、京都のほうは……お、いたいた。
「短髪の一番デカい人が小田切さん。二個上の先輩。いまシュート練しとるのが同期の黒川。分かるか?」
「目悪いのによく見えるわね」
「コンタクト。駅前のア〇タに眼科あるやろ、昨日こっち帰って来て荷物置いてすぐ買いに行った」
「ふーん……」
特に関心が無いのか、席に座るや入場時に手渡されたパンフレットを取り出し読み込む愛莉。なんだよ、会話広げようとしたんだぞ。ちょっとは気を遣え。
(言うて変わらんな、俺ら)
フットサル部という枠組みから逸脱した俺たちは、相も変わらず陰キャとコミュ障のままであった。二人きりになるとなにを話題に挙げようか酷く迷う。
けれど、不思議と時間が経つに連れ口数が増えていって、悩んでいたことさえ忘れてしまう。しかもなにを話していたのか、帰り際には忘れている。
思えば俺と愛莉はいつもそんな調子だった。飛び切りのユーモアがあるわけでもなく、気が利くようで根っこはどこまでも自分本位。
部活仲間という括りが無ければ、きっと友達にすらなっていなかったようにも思う。似た者同士であるが故に、相性は最悪だ。
なのに気付いたら、こんなことになってしまった。そりゃまぁ、彼女を好いている理由を列挙すれば一生分の時間でも足りないけど。でもそれって、結局は女性として意識し始めてからの後付けに過ぎないんだよな。
キッカケとか、理由とか、もう全然覚えてない。ただ一つ言えるのは、彼女が隣にいるのは今もこれからも当たり前だということで。
彼女のいない世界は、想像さえ出来ないたらればの話になってしまったという、本当にそれだけのことだった。
「どっちが勝つかしら」
「流石に京都やろ。三部まで落ちたとはいえ戦力的には比較にならん」
「じゃあ私はこっち応援しよ」
「なら負けたほうが罰ゲームな」
「えー? 最近そういうのばっかじゃない、偶には良いでしょそういうの」
「贔屓でもないチームの試合なんぞ賭け要素でもなけりゃ楽しめへんわ」
「ったく、しょうがないわね」
ああ、良かった。
すっかりいつもの愛莉だ。
いくらお前の存在が当たり前といってもさ。それに甘えるようなことはしたくないんだよ。それこそバレンタインの二の舞になってしまう。
だからこうやって、刺激的な言葉や仕草でちょっとずつ互いを意識し合って。安心とドキドキを交互に振り分けて。常にチャレンジングでありたい。
とっくに家族だったんだよ。俺たち。
でもさ、やっぱり男女だろ。
それよりもまず、恋人だろ。
「……なに笑ってんの? 怖いんだけど」
「アア? 元々こういう顔やボケ」
「こんな厳つい人とデートしてたら私まで勘違いされちゃうっての」
「ハッ。お前も似たようなモンや。観念せえ」
「…………まっ、そうかもね」
なんだか久しぶりに見た気が気がする。どこか勝ち誇ったような、まるで根拠の無い若干ウザいドヤ顔。最近のお前、可愛いだけで張り合いが無いんだよ。
側面だけ切り取っても面白くない。楽しい顔も、可愛い顔も、寂しそうな表情も。もっともっと、沢山見せて欲しい。
「……前髪。無いほうが好きよ」
「ん。あんがと」
「でも、あんまりこっち見ないで。本当に」
「そんなおっかない顔してる? ねえ」
「あんなの適当に言ってるだけよ……だから、そのっ…………マジマジ見られると、フツーに照れる……っ」
気恥ずかしそうにチラチラ目配りして、ついには首ごと捻ってそっぽを向いてしまう。
変わってない、なんてことは無いか。昔はこんな風にハッキリ言ってくれなかったもんな。いつまでも同じではいられないか。
でも、良いよ。もっと伝えて欲しい。
長瀬愛莉が、長瀬愛莉である限り。
俺が抱いた気持ちは、ずっと変わらないから。
* * * *
試合が始まった。開幕戦といえど三部リーグでは大した催しも用意されておらず、名前も分からないスポンサーの挨拶を挟んだのち、すぐさまキックオフ。
既報の通り2番を背負う小田切さんはスタメン出場。15番の黒川はベンチからのスタート。序盤は紫色のユニフォーム、京都セゾンがポゼッションを握る。
「ロングボールばっかりね。どっちも」
「まぁ三部やしな、そんなもんやろ」
ここ最近フットサルのスピーディーな展開に慣れ過ぎたせいか、緻密なボールテクニックや軽快なパス回しがどうにも恋しく感じる。
本音を言えば、少し退屈なゲームだ。すぐ真横でサポーターがノンストップで歌い続けているから、その分ちょっとマシだけど。
「あ。カウンター」
「おっしゃ! 行け行けーっ!」
と、不満タラタラだったのは俺だけだったようで。あくまで賭けの対象でしかないホームのブラオヴィーゼを、愛莉はいつの間にか熱心に応援している。
水色のユニフォームが右サイドを駆け上がる。浅い位置からのクロスはセンターバックの小田切さんがヘッドでクリアするが、零れ球が再びブラオヴィーゼに。逆サイドへ展開しもう一度センタリング。
「来たっ! ファーでフリーになってる!」
「あーあ。マーク外して」
ゴール前に密集する選手たちの頭上を飛び越え、ボールは右サイドの選手へ。京都は3バック、小田切さんは左のCBだから、あれは彼の守備責任だ。
ワントラップから右脚を振り抜き、ゴールネットが揺れ動く。歓喜に沸き上がるゴール裏。戦力的には劣勢のブラオヴィーゼが先制だ。
「おっしゃー! はい勝ち確っ! さーて罰ゲームどうしよっかな~!」
「アホ、前半やろ。まだ分からんわ」
「はっはーん。そんなこと言って、ハルトもちょっと怪しいって思い始めてるんでしょ? さっきから京都の攻撃、全然機能してないし」
「チッ。半端に知識蓄えやがって」
すっかり身内気分の愛莉。周囲のサポーターとハイタッチして喜びを分かり合っている。でも相手は女性を選ぶという。良いよそんなとこで配慮しなくて。
愛莉のご指摘通り、さっきから京都は自陣でボールを回しているだけで、効果的な縦パスが入らない。今の失点もパスミスから速攻を浴びた形だ。
小田切さん、繋ぎの精度に定評のある選手なのにな。開始直後からどうも受け身に回っている。動きも堅いし、緊張しているのか。
「ところで愛莉。俺から言い出してなんやけど、罰ゲームってなにさせる予定?」
「あら、もう負けた気?」
「いや先に聞いときたいだけ」
「そうねえ……偶にはアンタがお弁当作って来るとか? あ、でも明日で学校終わりか……じゃあ今日の夕飯はハルトが作って」
「ええよ。じゃあ京都が勝ったら、俺の言うこと一つ聞いてもらうわ」
「えっ、なんか釣りあってなくない!?」
「さあどうかね」
面白いことを思い付いた。
どうしても京都に勝って貰わなければ。
飛び切りのスパイスが必要だ。
ここだけの話、お前の困った顔が一番好き。
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