615. 嗚呼、無様
電光掲示板に記されたスコアは3-2。常盤森がリードしている。既に後半終了直前で、試合は拮抗しているようだ。
だが、均衡は一瞬にして打ち破られた。自陣深くでのキックイン。パスを受けた12番を背負う栗宮がワンツーでボールを受け直し、敵陣へと侵入。
常盤森の男性選手が身体を当てに行くが、滑らかで細やかなボールタッチでスルスルと脇を通過し、あっという間にゴール前へ。
ゴレイロが飛び出してきたところをヒールパスで戻し、チームメイトの男性選手がアッサリ流し込む。これで3-3の同点。
(上手い)
腰をグッと落とし一瞬で加速するドリブル、どことなく瑞希に似ている。
だが彼女より曲線的で、独特の間合いと複雑なリズムで相手に飛び込む隙を与えない。
それでいてあのクイックネス。男相手でも苦にしていない。スピードを維持しながらボールタッチも重心もまったくブレないとは。
メディアが「女性版エデン・アザール」と手放しで賞賛するも納得といったところ。ただ、身体は本当に小さいな。
フィジカル勝負なら愛莉は勿論、瑞希に分が上がるだろう。琴音より背は低いようにも見える。
っと、栗宮胡桃の観察ばかりしている場合ではない。狼狽えている愛莉の相手だ。
常盤森学園は既出の通り女子サッカーの名門。だがフットサル部があるという話は聞いたことが無い。大会に向けて新設されたのだろうか?
「7番と11番、中学のときの……ベンチにも……」
「女子サッカー部の連中か。大会出るために男子サッカー部と合同でチームを組んだってところやな」
高体連のサッカー部とフットサル部は管轄の協会が同じなので、両方の大会に出場することが出来る。フットサル部を新設したわけではなく、男女のサッカー部が実戦経験を積むために即席チームを結成した。そんなところか。
足元の技術を磨いたり、狭いエリアでのパスワークを鍛えるために、サッカーチームがフットサルの大会に出場する。実例は少なくない。
(意外な強敵が出て来たな……)
舐めて掛かっていたわけではないが、大阪遠征で全国クラスの二校に勝利したこともあり、今の俺たちでも上位を狙えると、本音では少し思っていた。
だが常盤森が出場するとなれば話は変わる。女子だけでなく、男子も高校サッカーでは東北随一の強豪校なのだ。
今の時期からフットサル部特有の動きを身に着けチームとして熟成が進めば、一気に優勝候補へ躍り出ることだろう。
「ん~同点かー。流石に専門外とだけあって常盤森がまだ動きが堅いねー。男子も女子の扱いに苦労してる感じかな~」
試合終了を告げるブザーが鳴り響き、嶋田はパソコンを開いて忙しそうにカタカタと文字を打ち込む。仕事の邪魔をするつもりは無い、さっさと立ち去ろう。愛莉もさっきから動揺しっぱなしだし。
「ねえねえキミさ。高校はどこなの?」
「……え、わっ、わたしですか……っ?」
「そうそう! こんなに可愛いプレーヤーがいるなんて知らなかったよ! うんうん、良いライバルになりそうだね!」
嶋田に声を掛けられ愛莉は更にキョドっている。ただでさえ男が苦手なのに、冴えない中年が相手となれば苦労も一入だろう。
……なんだ、プレーより顔のほうが大事だってか。ライバルってそういう意味かよ。専門誌だなんだと抜かしておいて、とんだミーハーだ。
栗宮も容姿端麗の部類だから、実力よりもそっちのほうが記者としては気になるわけだ。馬鹿らしい、顔でプレーするわけでもあるまいに。
「ウチなんて全国に手が届くかも分からない弱小っすよ。取材するだけ損ってモンですわ」
「いやいや~、良い機会だからさ、ちょっと話聞かせてよ! 男子は注目選手少ないから、雑誌のトップ飾っちゃうかもよ?」
「そういうの飽き飽きなんで……愛莉、行くぞ」
「あっ、うん……っ?」
無理やり腕を引っ張ってギャラリーから降りる。我ながら気の短い男だ、愛莉の名前だけでなく余計なヒントまで与えてしまった。なにやってんだか。
出入口は開けっぴろげのままになっている。試合直後だというのに、栗宮は取材班のインタビューに答えさせられていた。
町田南の顧問と思わしき男性が出て来て、栗宮の腕を引っ張りどこかへ連れて行く。
空気を読まないからマスコミは嫌いだ。なんでアイツらは「取材してやってる」みたいな上から目線がデフォルトなのだろうか。
セレゾン時代も我が物顔で中学まで押し掛けて来た迷惑な奴がいたなぁ……。
「思いがけない収穫やったな。常盤森の連中にぎゃふんと言わせる格好のチャンスやろ」
「そう、ね……チャンス、なのかしら……」
景気づけに軽口を叩くが、愛莉の反応は乏しいまま。顔見知りと思わしき常盤森の選手たちを見つめ、物思いに耽っている。
……そうか。常盤森ではあんまり良い思い出が無いんだよな。
チームメイトに梯子を外され、孤立していたとサッカー部戦の前に話していた。その話を俺が聞いていたのは、彼女は知らなかったりする。
「……早く行こうぜ。まだ集合までちょっとあるし、ちゃんとデートしようや」
「う、うん……」
再び彼女の手を取り、体育館を後にしようとアリーナへ背を向ける。
が、そう簡単に話は進まなかった。
常盤森の選手たちがアリーナから出て、すぐ脇の更衣室へ移動しにやって来たのだ。厭味ったらしい声が響き渡る。
「あれえ!? 長瀬じゃん!」
「えっ、マジで!? うわホントだ!」
「超久々じゃーん! なにしてんの!?」
わらわらと駆け寄って来る三人の女性選手。一人は先ほどまで試合に出場していた11番だ。残る二人も中学時代の顔見知りらしい。
不味い流れになった。声色こそ明るいがこのヘラついた態度。露骨に怯えている愛莉の反応を見れば、旧友との美しい再会とは到底思えない。
「ひ、久しぶり……っ」
「こっち離れてから全然連絡してくれないじゃーん! 偶にはラインしてよ~!」
「性格わるぅ~。率先して弄ってた癖に~」
「その人もしかして彼氏!? 長瀬の癖にやるじゃ~ん! やっと自分の強みに気付いたってわけな!」
……うわあ。コイツら……。
「もしかして長瀬もフットサルの大会出るの? やめときなってー、お前がコートにいたら男が集中出来ないからさあ」
「てゆーか、まだサッカー続けてんの? 相変わらず自己中プレーで味方困らせてるわけ?」
「いや、それは言いすぎ。長瀬にも良いところあるって! 練習では不動の得点王だもんね~」
凄まじい物言いにも愛莉はまったく反論出来ない。震える手で俺のコートをギュッと握り、背後へと隠れてしまう。普段の快活さがすっかり影を潜めている。
これは想定以上だ。良く思われていないどころの話ではない。完全にイジメの領域じゃねえか。
「……大丈夫や。俺がガツンと言ったる」
「はるとぉ……っ」
今にも泣き出しそうな愛莉。
どうやらこの三人は本当に苦手らしい。
確かに中学までの愛莉は極めてエゴイスティックなストライカーで、結果を出せなくなったと同時にスケープゴートにされたと、そんなことを話していた。とはいえ、だがしかし。
ここまで強く罵倒されるほどのことをして来たのか? どう考えても私情が混じっているよな? なあ?
「ねえねえ彼氏さん。え、てかマジで彼氏?」
「…………おう。せやけど」
「うわー物好き~。いやホント、気を付けた方が良いよこの人。すぐ不機嫌になるし、周りのこと全然見えていないし、顔と身体だけの女だから。てゆーかそれが目当て? だよね、絶対そうでしょ!」
馬鹿に真っ直ぐな笑顔でとんでもないことを言ってのける11番。お前、ちょっとは世間体とかそういうの気にしないのかよ。お世辞とか無いのかよ。逆に尊敬するわ。嘘だけど。ドン引きだわ。
は? なに? なんなのお前ら?
調子乗り過ぎじゃない?
久々にキレたぞ。終いには手が出るぞ。
上等だこの野郎。俺は本気だ……ッ!
「…………無様、無様。嗚呼、無様……賤しい下等生物……その小汚い顔でなにを言おうと所詮は只の僻み……身の程を弁えるべき……」
「……えっ?」
違う。今のは俺じゃない。そこまで酷いことを言うつもりは無い。じゃあ、誰?
常盤森のイジメっ子たちの後ろから現れたのは、カーリーなミディアムヘアを揺らし眠たげに目を擦る小柄な少女……栗宮胡桃?
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