614. 興味無いフリして
遺憾甚だしくも鬼ごっこのルールに則り、デート相手は愛莉へ交代となる。
本腰を入れていたわけでもなく近くをフラフラ歩いていたら見つけたなどと宣うものだから、柄でもなく拗ねてしまった俺を窘めるのに愛莉は相当苦労していた。ワガママとは思わない。是が非でも。
「ホテル戻ったらちゃんと謝ろ……」
「何よりも優先しろ。ええな」
「アンタがそこまでキレてるのはよく分からないんだけど……」
ビジュアルを伴う優越感は愛莉も琴音も大差ないが、不思議と男女の逢瀬という気分にもならない奇妙な感覚だった。諸々含めて彼女たる所以である。
愛莉のスマホに返信があった。すぐ近くで中学生コンビと合流したらしく、そのままホテルへ戻りながら周囲を散策するらしい。
兎にも角にも、これで全員と時間を作ることが出来たわけだ。ルビーとはメシ食って終わりだったけど、ゲームの性質上これは仕方ない。
何だかんだでそれぞれ温泉街を楽しんでいるみたいだし、誰かが究極に損するわけでもなく、ちょうどいいバランスになった筈だ。
「しかしこんなところでよう見つけたな」
「あー……まぁ、ちょっとね。地図見たらこっちにあるみたいだから」
「なにが?」
確か愛莉は昼頃まで琴音と行動していたんだよな。で、愛莉が一人でどこかへ行ってしまったと。
手ぶらで現れた辺りお土産集めに熱中していたわけでもなさそうだが。そもそも土産を買うだけの軍資金が無いか。
「ほら、あれよ」
「体育館やな」
「さっき青学館のフットサル部の人たちとバッタリ会ったの。この辺りで試合してたって言ってたから、やってるならあそこかなって」
「会話成り立つのかよ」
「ちゃんと女子のメンバーと話したわよ。馬鹿にすんな!」
だからそれは最低限なんだって。
お前もう18やろ。生き辛かろうに。
「俺も日比野なら見掛けたわ」
「え、そうなの? 私が会ったときはいなかったけど」
「偶然やろ、偶然……」
まさか混浴温泉で遭遇したなどと口が裂けても言えないのである。琴音経由で知られることとなってもわざわざ直接は言わない。愛莉相手なら尚更。
なんでも複数の高校が集まってちょっとした大会のようになっていると日比野は話していた。思ってもみない角度から敵情視察のチャンスが巡って来たな。
「様子観に行くのはかまへんけど、お前はそれでええんか?」
「……ちょっと思ったけどね。最近全然真面目に活動出来てないし、せっかくの機会だから」
目線を外し意味深げに頬を引っ掻く。なんだ、てっきり二人になった途端甘えん坊モード突入かと思っていたのに。拍子抜け。
まぁ彼女がそうしたいというのなら断る理由も無いが。集合時間まであと一時間ちょっと、まともなデートを敢行するには少し物足りないし。
「じゃ、行ってみるか。四六時中ベタベタしてっとなんの部活か忘れちまいそうで敵わんわ」
「やっぱり陽翔もそう思う?」
「えっ。いや、適当に言うただけやけど。なに、ホンマにそれが理由?」
「…………あっ」
墓穴を掘りました、と顔に書いてあるようだった。口をポッカリ空け、見る見るうちに指先まで暖色に染まり上がる愛莉。
ええ。愛莉さん。その考え方はどうなんですか。もうフットサル部のこと完全に二の次じゃないですか。俺と一緒にいる理由に無理やり部活を絡ませるって、もうただの甘えたがりでは。
「……お前なあ。部活は部活でメリハリ付けないとダメやって、自分で言うたやんぞ」
「わっ、分かってるってばぁ!?」
「ええけどな。別に。可愛いから」
「なによっ! 笑うならちゃんと笑いなさいよっ! 中途半端に扱うなっ!」
「先が思いやられるわあ……」
「なんなのよもおおおおっ!!」
一足先に目的地へ向かう俺を、愛莉は地団駄を踏みながら騒がしくも追い掛けて来る。真っ当な敵情視察になれば良いのだが。
とかなんとか言って気取ってしまううちは俺もまだまだ。愛莉と一緒なら目的が何だろうと、楽しいことばかりなのだから。
ちゃんとそう伝えてやれば彼女もマシな態度が取れるのだろうが、こればかりはしょうもない意地が邪魔をする。
お互いツンデレ噛ましてぶつかり合うのもまた趣である。愛莉、お前相手でしか許されないことだ。
* * * *
機嫌も直ってきたところで例の体育館へ到着。特に出入りは制限されておらず、その気になれば試合にも乱入出来る。しないけど。
入り口脇の通路から細いギャラリーにそのまま上がれるようで、こちらから観戦することにした。制服やユニフォーム姿でも無しにライバル校と気付かれることもないだろうし、堂々と研究させて貰おう。
「カメラ?」
「テレビの取材かしら……?」
アリーナのコート脇でクルー班が大きなカメラを構えている。対戦校の生徒だけでなく、厚手の格好に身を包んだ大人がちょこちょこ。
腑に落ちない。女子サッカーならいざ知らず、マイナーの域を出ないフットサルという競技をメディアが好き好んで取材しに来るものだろうか。それもこんな辺鄙な場所での練習試合を。
よほど注目されている選手がいるとか、特殊な事情でもあるのだろうか。で、どことどこが試合をしているんだ?
「すいませーん、もしかしてさっき試合してた高校の選手さんですかー?」
「えっ。あ、いやあの、私たちは……」
「あーはいはい、そうですそうです。そんな感じです。なんかご用っすか?」
ギャラリーで先に試合を観戦していた中年の男に話し掛けられる。愛莉が速攻でテンパり出したので助け船も忘れない。
「ちょっと、なんで誤魔化すわけ……?」
「どう考えても専門誌とか、詳しい類の人間やろ……俺が山嵜来るまでどこにおったか思い出せ」
「あっ……そっか。それもそうね」
男に聞こえないようコソコソ耳打ち。俺が山嵜に通っていてフットサルをやっていることは、セレゾン近辺の限られた極一部の者にしか知られていない。
ここで正体がバレて「あの廣瀬陽翔がフットサルへ転向!」なんてアホみたいな記事を書かれるのだけは勘弁願いたいのだ。髪型と態度、出自を偽ればそう簡単には気付かれない筈。
「やっぱり注目度ナンバーワン選手とだけあって気になりますよねー。実際に対戦してみてどうでしたー?」
「え……誰のことっすか?」
「ははははっ。興味無いフリしてライバル心モリモリって感じ? まぁどうしても気になっちゃうよねー。あんな小柄な選手が男子相手にドリブル一本で手玉に取るってんだからね~」
どうやら考察通り、この交流試合に参加した高校の中に注目プレーヤーがいるらしい。男子相手に……ということは、女性選手か。
「あ、すいませんね紹介遅れちゃって。自分『フットサルキング』っていう専門誌でライターやってる、嶋田っていいます」
「はぁ、どうも」
「お宅らも混合の部に出場するんでしょ? ホントびっくりだよねー、ぶっちゃけ僕たちもあんまり真面目に取材する気無かったんだけど……まさか女子サッカー界期待の星が参戦するとなれば、ね~?」
受け取った名刺の肩書に相違は無い。そんな専門誌があったのか。初耳すぎる。今度書店で探してみよう。
嶋田と名乗った中年男性は首に掛けた一眼レフのシャッターを構え、頻りにある一人の選手をレンズ越しに追い掛けている。
黄色とグレーの縦縞が特徴的なユニフォーム。その中でも一際小柄で目立つ、愛莉と似た赤み掛かったブラウンのミディアムヘアを靡かせる少女。
前髪をヘアピンで纏め、涼しい目元でコート内を旋回している。見覚えがあった。アイツは確か……。
「
「今回の練習試合も世代別代表のトレーニングキャンプを断ってまで参加しているみたいだからね。よっぽど気合入ってるんだろうなあ」
サッカーとフットサル、両方で世代別代表としてプレーしている期待の女性プレーヤー。こないだテレビでも見掛けたんだ。
ということはあの黄色のユニフォームは町田南高校。今回の大会でも優勝候補筆頭に挙げられている強豪校。で、対戦相手は……。
「……愛莉?」
「…………まさか、そんな……っ」
「あ、愛莉?」
嶋田とやり取りしている間に試合へ没頭している愛莉。彼女の視線は栗宮胡桃ではなく、対戦校の選手へと向けられていた。目は露骨に泳ぎ、なにかを恐れているかのように表情は酷く歪んでいる。
エメラルドグリーンのユニフォーム。こちらもやはり既視感がある。テレビやネットの世界だけではない。彼女が練習中によく着ているジャージと、瓜二つだ。
女子サッカーの本丸。
通称、なでしこの故郷。
愛莉の母校…………。
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