613. 理由なんて分からない


 気を取り直してまおちゃんご両親の探索を進めるが、中々進展は見られなかった。土産屋にそれらしき姿は見当たらず、従業員も心当たりが無いと話す。



「ちょっと聞いてないですねー。すぐ近くに交番があるのでそちらも当たってみたらどうですか?」

「はぁ……ありがとうございます」


 二店舗目でも有力な手掛かりは得られず、まおちゃんと遭遇してから既に三十分は経過している。自動ドアを潜り琴音は深刻げにため息を溢した。



「せめてご両親の外見が分かれば良いのですが、これだけ熟睡していては……」

「起きたら起きたで俺らのハッタリに気付くかも分からへんしな」

「困りましたね……なにか買ったんですか?」

「まぁちょっと」


 一先ず近くにあるという交番へ向かってみよう。ホテルへ戻る時刻を考慮すればいつまでも歩き回っていられないし、最悪お巡りさんに事情を話して預かってもらうしかないか。


 広くもない温泉街ならすぐに見つかるかと思っていたが、見通しが甘かったようだ。鬼ごっこを一時中断して他の面々に協力を仰ぐべきだろうか。



「ぱぱぁ……?」

「ごめんなあ、もうちょっとで見つかるからな」


 暫くするとまおちゃんも起きてしまった。仕方ない、現実を見せるようで申し訳ないが少しでもヒントを貰っておかないと。



「パパとママ、どんな服着てたか覚えとるか?」

「……どげざねこみたいなふく」

「俺みたいな恰好?」

「ままも……」


 背格好は俺と琴音によく似ているらしい。と言ってもどちらも在り来たりなコートで特徴が無いな……。



「ぱぱはね、すっごくおおきいんだよ」

「身長が? なら絞りやすいかもな……」

「ままもね、おっきいよ。おっぱいが」

「そっかそっか。俺たちとそっくりだな」

「おねえちゃんと同じくらいおっきいの」


 琴音の胸元を眠たそうな目で見つめている。俺の背中よりそっちのほうがお好みのようだ。ちょっと疲れて来たし交代するか。



「琴音、抱っこしてやれよ」

「分かりました。まおちゃん、こっちに来てくださ……うぐぅっ!?」


 まおちゃんを抱き上げた途端にフラフラし始める琴音。

 彼女の身長とパワーでは一苦労だろうが、ここはまおちゃんのためにも気張って貰いたいところ。



「大丈夫か?」

「な、なんともありませんっ……!」

「顔が真っ赤なのは寒いからやな。逆に」

「その通りです……っ!」


 おっぱいに蹲り赤ん坊のように甘えるまおちゃん。羨ましい。女の子だから良かったけど、考えることとしては大差無い。場所代われ。


 不安にさせて堪るものかと必死にまおちゃんを抱き締める琴音だが、つま先から腰までプルプル震え続けている。がんばれ琴音ママ。



「……やっぱりおんぶがいい」

「だ、そうです……っ!」

「情けない奴め」


 あんまり居心地が良くなかったのか、或いは琴音の頼りなさを機敏に感じ取ったのか。すぐに俺の背中へ戻って来た。

 こんなに軽いのに、相変わらず運動部とは思えない体力の無さ。愛莉とノノを見習え。



「お母さんへの道のりは遠いな」

「予定は未定ということで……はぁ、はぁっ……」


 膝に手を着いてグッタリしている。母性だけでは母親も保育士も務まらないということだ。早いとこ本物を見つけて手本を頂戴しなければ。



「さってと、琴音と同じくらいおっぱいの大きい人を見つけへんとな」

「貴方は父親を捜してください……!」

「そっちのほうが分かりやすいやろ」

「極めて男性的な意見と存じ上げます……っ!」


 息と衣服の乱れを直し胸元を腕で抱え込む。俺と同じくらいの背丈の男なんて沢山いるし、胸のサイズのほうが良い指標になると思ったんだけど。まぁ良いか。



「……な、なにをジロジロ見ているんですかっ。セクハラです、訴えますよ。その凶暴な目つきで女性を凝視している時点で犯罪に値しますっ。せめて前髪を降ろすなど何らかの対策を取って然るべきです」

「上げろ言うたのお前やろが」


 どうやら視線には気付いていたらしい。下心ではなく単純に比較対象として観察していただけなんだけど、言い訳としては弱いか。素直に受け入れておこう。


 というか、俺がおっぱいばっかり見てるって気付いているのに注意だけで済んじゃうって、琴音も琴音で俺のことをどう扱っているのだろう。


 ノノみたいに見られて喜ぶ単純な頭の作りはしていない筈だし、普通女の子って男の視線にもっと嫌悪するものでは?



(そもそも俺、なんで受け入れられてるんだろ)


 数少ないドゲザねこという趣味の理解者()である点はさておき、俺って琴音に好かれるような要素があったっけ。なんて今更ながら考えている。


 代表的な例を挙げるとやはり家出騒動でのやり取りになるのだろうが、そこへ至るまでにはある程度の信頼関係が前提となるわけで。


 ヒナイズム全快だった初対面の印象は、それはもう最悪だった。フットサル部という枠組みの中でしか対話を図れない。その程度の関係性だったのに。


 サッカー部戦、夏合宿、コラボカフェでのデート……色々な経験をして来たけれど、どれも他人と距離を置きがちな琴音の牙城を崩す決定打にしては、ちょっと弱いような気がしてならない。



「……話、聞いてたんですか?」

「えっ?」

「……まだ見てるじゃないですか」

「ああ、ごめん。考え事してた」

「それが理由になると本気でお思いで……!?」


 胸を隠して僅かに距離を取り警戒するが、でもそれだけだ。普通ならこの時点で嫌われる筈。いや、気付いた時点でこのやり取りすら起こり得ない。


 こないだも「触るのと見るのは別」とかワケ分からんこと言ってたなあ……やっぱり琴音の性知識って他人よりちょっとズレているのだろうか。



「逆に聞きたいんだけど、お前、俺が視姦してるの気付いとるんやろ?」

「…………バレバレです」

「ならなんで言わないんだよ。見られて興奮する類の性癖でも持っとんのか?」

「せっ、せいへ……!? ちち、ちがいますっ! 市川さんみたいなこと言わないでくださいっ!?」

「そこは共通認識なんやな」


 後輩への評価がより強固なモノへなったところで、やはり大きな理由にはならないのである。どうしてもっとしっかり拒絶しないのだろう。



「…………な、なんですかっ」

「答えてくれへんのかなって」

「子どもの前で話すべきではないでしょう……!」

「居なかったらええんか? まおちゃん、あそこにおる背のおっきい人って違う?」

「あっ! ぱぱだあ!!」

「へっ?」


 話に着いて行けない琴音を差し置きまおちゃんを地上へ降ろす。交番内で話し込んでいる二人の男女のもとへ全速力で駆け寄って行った。


 確かにまおちゃんの言った通りだ。パパは俺と同じくらいの背丈で、ママは琴音に負けない実りっぷりである。二人とよく似たシルエットだからまおちゃんも信頼してくれたのかな、なんて。



「ありがとうございますっ! ちょっと目を離したうちにどこかへ行ってしまって……! 本当に、本当にありがとうございます!」

「いえいえ、見つかって良かったです。まおちゃん、これから気を付けえな」

「ありがとね、どげざねこ!」

「ちゃうよ。人間やで」


 腰骨の心配をしたくなるくらい両親に頭を下げられ、五分ほど経ってからその場でお別れとなった。


 角を曲がって見えなくなるまで手を振り続けるまおちゃんを見送り、これにて一件落着。こんなことならさっさと交番へ向かっていれば。



「驚くほどあっさり見つかりましたね」

「下手に動き回らんでも良かったかもな」

「そうですね……でも、見つかって本当に良かったです」


 先ほどの会話などすっかり忘れ胸を撫で下ろす琴音。さて、教育上宜しくない状況でもなくなったわけだし、質問に答えて貰うか。



「で、さっきの続きやけど」

「…………な、なんのお話でしょう」

「しらばっくれんな。俺がお前をエロい目で見ていることを黙認している理由について、七十字以上、百文字以内で回答せよ」

「記述問題じゃないんですから……」

「誤魔化すな。答えろ。減点対象やぞ」

「どうしてこの状況で真面目な顔が出来るんですか……!?」


 あちこち目を泳がせながら後退り。上手いこと壁際まで追い込んだ。物理的にも逃げ場は無い。


 半分泣きべそで口元をむにゅむにゅと歪ませ、答えを言い淀んでいる。何だかんだ恥ずかしがり屋な彼女にはあまりに酷な質問だが、一度問題を出してしまったからには訂正することも出来ない。


 取って付けた理由かもしれないけれど、こういう場面で忖度したり、妥協してしまうのは彼女にも、俺たちの関係性そのものに対しても良くない。と、思う。


 昨日はちゃんと答えられただろ。

 同じだって。ハードルが高いってだけで。



「…………どうしても、ですか……っ?」

「どうしても。なんだよ、今更恥ずかしがる理由無いやろ」

「ううぅぅっ……」


 両手で顔を抑え込みあからさまに赤面している。ここまで追い詰められた琴音は新鮮だ。ひたすら可愛いだけで何の文句も無いから非常に困る。


 修学旅行前なんて、割とあからさまな態度で迫られた記憶があるんだけどな。

 やっぱり理由まで話すのは流石に恥ずかしいのだろうか。基準が分からん。態度に出すのと言葉で伝えるのは、男と女じゃちょっと違うのかも。


 真っ白な息を掌の隙間からちょろちょろ吹き出しながら。会話が成り立つギリギリの声量で、琴音はようやくその重い口を開いた。



「…………いやじゃ、ないから……です……っ」

「はっ?」

「だからっ、その…………諸々含めて貴方の趣味嗜好に適したものであると、散々聞かされてきましたから……それならもう、仕方ないじゃないですか……っ!」

「諦めてるってことか?」


 確かに前も「警戒したところで今更どうしようもない」みたいなことは話していたけれど、何度も言うようにそれじゃ理由にならないだろ。


 好意を向けられているのはある程度自覚しているとして、そこへ至るまでの過程と根本的な理由を聞きたいんだけど。


 ……仕方ない。ワンクッション置くか。

 今年初出勤だ。代わりに気張ってくれ。



「ほらよ。これやるから」

「…………ドゲザねこのキーホルダー……さっき買っていたのって……」

「おう。いつものよりちと小さいけどな。命吹き込んでやれ」


 土産屋で見つけた地方コラボの商品だ。包装されたままポイっと投げ渡すと、すかさずそれを顔の前まで持って行って。



「……コンニチハ! ぼくはドゲザねこ!」

「はいどうもお久しぶりです」


 もはや安心するまであるカッスカスの裏声。

 今日はどんな大根役者ぶりを披露してくれるのか。



「こっ、琴音ちゃんはね! 陽翔さんに構って貰えると、とっても、とっても嬉しくなっちゃうんだよ! いつの間にか、そうなっちゃったんだ!」

「うん」

「理由なんて分からないけど、陽翔さんと一緒にいたら、何故かすっごく安心して、もっともっと一緒にいたいって……そう思うように……な、なったんだよ!」

「うん」

「いっつもきついことを言っちゃうけど、恥ずかしがってるだけで……いっ、嫌がってるわけじゃないん、だよ……!」

「……ん」

「だから、えっと……! き、気に掛けて貰えてる証だから、どこを見られても、あんまり気にならないしっ……むしろ、見るだけじゃなくて……!」

「だけじゃなくて?」

「…………だけ、じゃ、なくてっ……!」


 がんばれ。ドゲザねこ。

 いや、琴音。あとちょっと。



「…………私からは、上手く出来ないから、言えないから……もっと、もっと……!」

「あ、いた。こんなところでなにしてるの?」



 ……………………



「……うわあ。愛莉、お前……」

「え、どうしたの?」

「いっぺん死んどけよ……」

「急になに!?」


 背後から誰か近付いてくると思ったら。思わぬ邪魔者の登場に水を差されたのか、琴音はキーホルダーを差し出したまま口をパクパク。そして。



「…………ばいばーーーーーーーーい!!!!」

「あっ、ちょ、琴音エエエエ!!!!」


 脱兎の如く逃げ出すのであった。


 せっかく渾身の勇気を振り絞ったというのに、こんな終わり方とは。それも迷子の世話でほとんどの時間を費やすなんて。


 ……まぁ、最低限聞けたし、取りあえず良いか。


 性知識云々については今度の映画デートの楽しみに取っておこう。そのときはきっと、自分の口で話してくれる。


 理由があるんじゃなくて。

 俺であることが理由、か。

 ホント、どこまで人を狂わせたら気が済むんだ。

 


「あーあ、可哀そうに……お前いま、一生モンの恨み買ったからな」

「まっ、待って待って!? どういうこと!? ていうか今の琴音ちゃんなに!?」

「ウザいからもう喋んな」

「説明しなさいよお!?」


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