594. 意志とは関係なく力づくでもぎ取る
峯岸の号令を合図にみんなぞろぞろと食事処を出ていく。取り残されたのはフットサル部勢と一般客だけで、ほんの数秒の間にもぬけの殻と化してしまった。
「……なにが起こった?」
「あはははっ。すっごい連係プレイだったねえ」
「え、説明無し?」
「うそうそっ。ちゃんと教えるね」
堪え切れずケラケラ笑い出した比奈。そちらに答えがあると窓の方角を差す。見えるものと言えば照明で真っ白に輝くスキー場のゲレンデくらいだが。
「みんなナイターに行きたかったんだよ。日付が変わるまでは営業してるし」
「……なるほど」
「で、一役買ってもらったというわけさ!」
続けて瑞希も踊るような声色で謎のポーズを決める。どうやら何も聞かされていなかったのは俺だけらしい。
修学旅行で夜遅くまで滑るなんてハンチョウが絶対に許さないから、みんなで結託したというわけか。にしたって先頭に立って陽動する峯岸が意味分からんけど。
「今日は初心者の面倒見るので大変そうだったし、ちょっとでも自由に滑れる時間欲しかったんじゃない。なんならメッチャ喜んでたわ」
「教師が率先してなにやっとんねん」
「説得したのは私だからね、感謝しなさいよっ」
「誇るべきかそれは」
絶妙に本調子じゃない愛莉とどこまでも峯岸らしい峯岸はこの際気にしないとして。
わざわざ修学旅行先に蔵王を選んだくらいなのだから、可能な限り滑り倒したい皆の気持ちは良く分かる。
二日目は一日中フリーとはいえ、普通に過ごしていてもナイターは行けないからな。ハンチョウを潰すというのは中々に強引な手法だが。
「……で、お前らも行くの? 悪いけど俺はパスだぞ。ただでさえまともに滑れんのにいよいよ死んでまうわ」
「ざーんねん! ハルは行っちゃダメなんだよな! ひーにゃん、連絡来た?」
「バッチリ。時間ギリギリまでゲレンデに足止めしてくれるって」
「サッカー部の二人は?」
「分からんけど、一応保険掛けとく?」
「そうしよっか」
比奈はどこからともなくスマートフォンを取り出し、瑞希と並行して何やら熱心にメッセージを打ち込んでいる。なんだなんだ。
「よし、これでおっけー」
「……なにしたん?」
「んー? 茂木くんと葛西くんが旅行中に彼女作りたいみたいだから、今晩がチャンスだよって。グループラインに送っておいた」
「そんなのいつ作ったんだ」
「女子しか入れないんだよ~」
よく分からんけど、今晩中テツオミは彼氏募集中の女子たちに狙われるらしい。ルビーに敗北を喫した今の二人ならこれ以上無くチョロいとは思うが、気になるのはそこではなく。
「……なに? 俺になんかしようとしてる? 昼間からずっと話してたよな? やめんそういう裏で画策するの? 怖いんだけど?」
「じゃ、そろそろ行きますか。同部屋のセンパイも荷物纏めて出てった頃でしょうし。JCガールズ、容疑者を確保せよ!」
「なになになになに!?」
ノノの号令で有希と真琴が飛んできて、両腕をガッチリ掴まれてしまう。いや、逃げ出したりしないけど。怖くもなんともないけど。
じゃなくて、みんなして何を計画しているのかいい加減教えて欲しいんだよ。同部屋の人間どころか他の生徒、引率の教師まで巻き込んで。
これ全部お前らの計画なんだよな? そこまでしてフットサル部だけの環境を作ろうとしている理由はなんだ?
「廣瀬さん! 大人しくしてくださいっ!」
「してるしてる。超してる」
「悪いけど部屋までこのままね」
「なに真琴まで? 楽しんでない?」
「日頃の恨みとか色々詰まってるから」
「謝るって、ぜんぶ謝るから!」
中学生二人に腕を引っ張られ食事処から連れ出される。やはりナイターで滑り倒す予定のフットサル部員は一人もいないようで、みんな後をぞろぞろと着いて来た。
怖い怖い怖い。なにをするの。なにをされるの。なんで誰も喋らないの。ニコニコ笑ってないで答えてください。助けてください。
「はい、到着! じゃ、ハル。ちょっと待っててね。市川も来て!」
「あいあーい」
『ミズキ、私はどうすれば良いの?』
『一緒にハル拘束しといて!』
連れて来させられたのは女性陣が寝泊まりしている階。どうやら四人が止まる部屋のようだ。ノノを合わせた五人が先に鍵を開けて部屋へ入っていく。
いよいよここまで何の説明も無い。
なにが起ころうとしているんだ。
ただただフットサル部だけでノンビリ過ごそうってなら、俺を部屋の前で留めておく理由が無い。
ノノも先んじて入室したということは着替えが散らかっているというわけでもないだろう。
やはり何かある。それもまったく予想だにしない、斜め上の計画が進行している。怖い。ルビーが背後に回って首根っこを掴んでいる。含めて怖い。
(心当たりが無さ過ぎる……ッ!)
まさかとは思うけど、全員顔を揃えたところで『誰か一人選べ』とかそんな展開にはならないよね? 或いは『みんなで平等に』とか言って四肢切断されるバッドエンドですか? わたしは腕、あたしは顔、わたしは局部とか分散が始まるの?
あれか。逆にあれか。愛莉がこないだのやり取りを言い触らして、瑞希が『もうみんなでヤろう』とか言い出した的な? だとしたら八人を相手取ることになるんですが? 無理があるよ? 童貞だよ? 対応出来んよ?
「……良いわよ。入って来て。あ、違うアンタじゃない。三人が先」
「まだ焦らしますゥ……!?」
「ノックしたら入っていいから。それまで待ってて。絶対よ、ぜったい!」
愛莉がドアからひょっこり顔を出して、三人を部屋へ招き入れる。ついに一人だけ取り残されてしまった。
怖いな。もう何度言ったか分からんけど、すっげえ怖いな。この隙に部屋戻ろうかな。いやダメだ、それだけは最悪だ。自分から四肢を切断されに行ってる。
未知の恐怖に怯えながら部屋前に立ち尽くすこと、およそ一分。内側からドアをのくする音が聞こえる。入っていい、という合図か。
もうどうにでもなれだ。何が起こっても一切文句は言わん。仮にこの部屋から出る頃には胴体しか残っていなかったとしても、それは俺の曖昧な態度と責任感の無さが招いた当然の決着だ。致し方ない。せめて命だけあれば。
意を決してドアノブを回し部屋へ踏み入る。中は真っ暗だ。作りは一緒だから、こっちにトイレとユニットバスがあって、ここを進んだところが……。
『パアアァァーーン!!』
「ヴぇッ!? なっ、なんだ!? 銃声か!? 暗殺かっ、俺の意志とは関係なく力づくでもぎ取るのか、そうなのかっ!?」
暗中からの刺客に防御態勢を取るや否や、部屋の明かりが点いたと同時に大量の破裂音が響き渡った。眩しさに目をやられゆっくりと瞳を開けると……。
「クラッカー……? はっ……?」
「やっぱり覚えてなかったのね」
「ここまで念入りに用意されて気付きもしないとは、よほど関心が無いのでしょうか」
愛莉と琴音が呆れたように呟く。二人の奥、ベッドには包装されたいくつかのプレゼントらしきものが用意されていた。いや、プレゼント?
こんな修学旅行中のワケ分からんタイミングで、なんで俺にそんなもの…………あっ。
『ふふふっ♪ どうっ? ビックリした、ヒロ!』
「まだちょっとだけ早いけど、日付が変わる瞬間に改めてお祝いするから、それで大丈夫だよね?」
「イエスっ、サプラァァーイズ!! さあさあ、わざわざこの瞬間のためにやって来たノノを褒めてくださいっ!」
「いや、どんだけクラッカー持って来てんだよ。一人一個で十分っしょ」
「歳の数だけ鳴らすんですよ瑞希さん!」
「有希。それ節分」
「そういえば節分はなにもしませんでしたね。来年は陽翔さんを鬼役としてなにか催しをしましょう」
……3月8日。
正確にはあと数時間あるけど。
やられた。完全に忘れていた。
「……誕生日おめでと、ハルト」
「ハァー……おどかすなや、ったくよ……」
「他に言うこと無いわけ?」
「…………あんがとさん」
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