595. 正解じゃない


 いつの間に買い出しを済ませたのか、膝下の低いテーブルに飲み物やお菓子が並んでいた。下級生組が持ち込んだのか。晩飯のあとじゃ食えないけど。


 時間が無いから飾りつけは出来なかったの、ごめんね~。と比奈が手を合わせ謝り、瑞希に手を引かれ縁側から持って来た椅子に座らされる。出先と考えればちょっとやり過ぎなくらいの施しだった。



「えへへっ。ノノさんには大感謝です。やっぱり当日にちゃんとお祝いしたいなって話したら、ここまで連れて来てくれたんですよ!」

「だからわざわざ同じホテルまで取って……まぁ厳密には明日やけどな」

「そっ、それは言っちゃダメなやつなんです! とにかくっ、しっかり座ってください! プレゼント大会ですから! あっ、これ着けてください!」


 有希に念押しされ座り直す。各々持って来たらしいプレゼントを抱えている、このためにフットサル部だけの時間を作ろうと躍起になっていたのか。


 頭に王冠のような、というか王冠を被せられる。続いてルビーが『本日の主役』と書いたタスキを……下に小っちゃく(明日)って書き足されてる。こんなものまで用意したのか。外で待たせておいて準備ってこれかよ。怖がって損した。



 いつだったか、誕生日と修学旅行の期間が被っていることをみんなの前で話したんだ。覚えていてくれたんだな。


 自分の誕生日を忘れる、なんて創作の中だけで十分だと思っていたけれど、本当に忘れていた。今までだって大したイベントではなかったのだから。


 真面目にお祝いしてくれたのは、それこそ祖父母が健在だった幼稚園の頃までだったな。文香は毎年律義にプレゼントをくれたけど、去年は誕生日の前に上京してしまって、気付いたら終わっていたんだっけ。



 こうやって時間と手間暇を掛けて俺のために集まってくれたと考えると、な。ダメだ、意識すればするほど嬉しくて顔がニヤケる。抑えないと。チョロいとか思われたくない。


 なんたることか。俺が谷口がどうとかアレコレ悩んでいる間に、ちゃっかり準備してたってのかよ。最近ずーっと一人で空回りしてばっかりだなぁ……。



『じゃあ、わたしが一番最初っ! ヒロ、これからもよろしくね。おめでとっ!』

『お前が一刻も早く日本語を覚えるのが何よりのプレゼントだよ』

「…………コンチワ、オハヨ、ネム」

『ええよもう無理せんで』


 渡されたのはそこそこ良い値段のしそうな革製の小銭入れだった。しかしこの感じだと、全員分のプレゼントを持って帰らなきゃいけないんだよな。嵩張るな。



『あんがとな。大事にするわ』

『私の分身だと思って大切にすることねっ』

『それはそうと、オレ財布持たない主義やねん』

『えッ!?』

『嘘ウソ』


 続いて有希と真琴が進み出る。瑞希と誕生日と同じく二人で同じ物を選んだようだ。これも小物だな。



「リストバンドか」

「 右腕は私で、左はマコくんです!」

「なんか選手っぽくて良いでしょ」

「ふんわりした理由やな……まぁあんがとな」


 白い方が有希で、黒が真琴か。手首にバンドなりテープなり巻くと身体のバランスが変わってキック力が増すとかなんとか……流石に迷信だろうけど、シンプルなデザインで悪くない。


 試合中の身なりとか気にもしたこと無かったな。髪の毛も一切纏めないでプレーしていたし……この髪型も含めて良い機会かもしれない。



「で、なんとなく次はノノの番だと思うんですけど……すみません、押し掛けておいてなんですが、皆さんの前では開けて欲しくないのです」

「見られて困るものプレゼントすんなよ」

「しかし、ノノとセンパイには最も必要なモノです。えーっとですね……」


 ひょこひょこと近付いて来て何やら耳打ち。

 そんなに知られたくない物を渡す気か。



「……チョーカー、です」

「はっ? 俺に着けろと?」

「はい、センパイならオシャレに着こなせるかと……ノノも同じ物を買いました。どういう意味か分かりますよね?」


 思わせぶりにクスクス笑い隣から離れる。


 チョーカーって、あれだろ。首に巻く奴だろ。なんか全体的に身に着けるタイプのプレゼントが多いな。いやまぁそれはともかく。


 男が付ける物じゃない気がするのは百歩譲って、どういう意味かって……俺のノノの関係性に必要って、お前もしかして。



(そらみんなの前では渡せんわ……っ)


 自称ペットとしてこの上ない選択肢である。しかも俺にも着けろということは、どっちがペット扱いかはこれからの関係の発展で……斜め上から物凄いアピール噛まして来たなコイツ……。



「えー、気になるなあ」

「まぁまぁ、いつか皆さんにもお披露目する機会はあるかと……で、センパイ方の番なんですけど、どうします? まだ結論出てないんですよね?」

「あー、そうなんだよねえ。このタイミングでお祝いするのは決まってたんだけど、それからはどうしようかなあって」


 少し困ったように目を細め首を捻った比奈。あとは二年組だけとなったが、ただプレゼントを渡しておしまいというわけではないのか。



「こっちに来るまで峯岸ちゃんとハンチョウの動きが分からんかったからさ、ちゃんと計画立てられなかったんよね」

「そしたら真琴たちも来るし……どうしようかなって」

「やることとしてはあまり変わりは無いですが」


 残る三人も口々にそう話す。旅行中に祝う機会を作るのは既定路線だったが、下級生組の合流でプランが狂った、ということか?


 イマイチなにを困っているのか分かり兼ねていると、愛莉はそれはもう言い辛そうに口元を泳がせ、拙い言葉選びでこのように切り出した。



「時間を、ね? プレゼントしようかな……って」

「時間?」

「だからっ……明日は一日中フリーでしょ。四人で分ければちょうど良いかなって、思ってたんだけど……」

「順番にデートをしろと?」

「まぁ、そんな感じ……」


 いじらしい顔をして髪の毛をクリクリと弄る愛莉。女子部屋は一瞬にして何とも言えぬ空気に包まれた。


 文化祭のときも結果的に似たような形にはなっていたな……まぁ公平を期すという観点からは正しい二日目の使い方だとは思うが。



「……もうハルトに決めて貰おうかなって。誰といつどこに、どれくらいの時間一緒にいるか……だめ?」

「駄目というか……それでええのかお前らは。結局公平やなくなっとるやろ」

「でも、私たちで決めるのもなんか違うし……ハルトの誕生日なんだから、ハルトの好きなようにして貰った方が良いのかなって」


 またなんとも答え辛い問い掛けを。修羅場具合で言えば四肢切断のバッドエンドとメンタルへの影響度は大差無いじゃねえか。


 なるほど、本当は四人でちょうど良かったところを下級生組が合流してしまったから……こうなると一人ずつ時間を取るのは中々厳しいからな。



 ふむ、これはどうしたものか。せっかく全員集まったのだからみんなで……というのはやっぱり違うよな。


 それだけは正解じゃないと、様々な経験を経た今だからこそよく分かるのだ。みんなが求めているのは俺自身の意志なのだから。


 とはいえ、意図的に差を付けるのは本意ではない。意識していない心の奥底では、もしかしたら順位付けみたいなものがあるのかもしれないけれど。それを敢えて口にして明確にしてしまう必要までは無い筈だ。



 …………重苦しい話にはしたくないな。たかが俺の誕生日というだけだ、大切な皆と過ごす時間の、ほんの一部分。ちょっとしたイベントなのだから。


 そうか、イベント。ゲーム。ゲーム性か。

 これなら公平で良いアイデアかも。



「取りあえず、日付が変わるまでは遊ぼう。この部屋で。とことんな。トランプとか色々あるんやろ」

「おー。死ぬほどカードゲーム持って来たよ。それの結果で決める感じ?」

「いや、やったことある奴と無い奴で差が出るからな。これは単純に遊ぶだけ」


 瑞希が鞄からダバダバと見たことも聞いたことも無いカードゲームを雪崩れ落とす。どうやら飽きることは無さそうだな。


 問題はそれから。

 ちょっとだけ駆け引きをして貰う。


 はぁ。こういうの自分から言い出すのホンマ気持ち悪いわ。でもそうしろって言い出したのアイツらだし。文句言うなよ。



「ほんなら明日になって、改めて俺におめでとう言うて、一旦解散や。見回りが来んと部屋に戻る必要もねえしな、このままここで寝るわ。夜更かしもアリ。その分のツケは明日払って貰うけどな」

「なになに? なにするの?」


 興味津々に比奈が尋ねる。


 ただ分け与えるだけでは面白くない。

 偶には本気で争うのも楽しいだろ?



「…………鬼ごっこ」


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