593. 逆にありがとうって言いたい気分
ルビーの後に続いて食事処へ。依然として浴槽で肩を並べ打ちひしがれているであろうテツオミを覗き、大半の生徒が顔を揃えていた。
特にテーブル順は決まっていないようで、比奈がこっちこっちと空いたひと席へ手招きしている。一般客と隔離されているわけでもないようで、下級生組もすぐ近くに座っていた。
にしても、やけに騒がしいな。彼女たちをはじめ残る生徒にもジロジロ見られている気がするのだが。なんだなんだ。
「どこのズラタンだよ」
「やかましい。ちょっと思ったわ」
「どっちかっつうと落ち武者だな」
「ルビーに無理やりされたんだよ」
ちゃっかり隣の席をキープしていた瑞希が意地悪気に微笑む。風呂上がりのせいか肌も艶やかで色っぽく見えるな。コイツに限らずだけど。
みんなして当たり前のように浴衣を着ないで欲しい。特に愛莉と琴音は。その身体つきで薄っぺらい恰好しないで。わいせつ罪でしょっ引くぞ。
瑞希はこの髪型はお気には召さなかったようだ。が、それよりも反対の隣席で目をパチクリさせている愛莉が気になった。
「コイツどした?」
「ビックリしてるんじゃな~い? 陽翔くんがカッコよすぎて♪」
「はぁ……?」
にやけ顔の比奈に誘われ怪訝な面持ちで視線を寄越すと、怯えたように身体を弾かせ目を逸らされてしまった。
なんだよ。いっつも目が隠れているといえもう見慣れただろ。
目が逢った瞬間そっぽ向かれるって結構傷付くぞ。前例は沢山あるけど一から羅列します? ねえ?
「顔立ちがハッキリ見える髪型は新鮮ですね。そちらのほうが良いのでは」
「なんや琴音まで……」
満更でもない顔の琴音だが、周囲の様子を忙しなく伺いつつのなんとも微妙なリアクションであった。こっちが反応し辛いわ。なんやねん。
「琴音センパイ、前髪切った方がお好みだっていっつも言ってましたからね。良かったじゃないですか念願叶って」
「いっ、言ってませんそんなこと……! 捏造しないでください……っ!」
「そういうわけなんでセンパイ。この髪型は人目の多くないところでお願いします。下手にライバル増えちゃ堪りませんので」
「なんやそれ」
ノノまでそんなことを言い出す始末。確かに他のテーブルの女性陣から妙に視線を感じるような、感じないような。
前にもあったなこんなこと。文化祭でワックス使って前髪上げただけで女子にワイワイ騒がれてエライ困ったものだ。
奥野さんと知り合ったのもあの頃か。裏四天王がどうとか言われて、夢小説の題材にされて。
もしかして俺って、意外と顔立ちは悪くないのか? いやでも、別に嬉しくないんだよな。それで何を得して来たわけでもないし……。
「えー、ハルってそんなイケメンかなぁ。流行りの塩顔ってだけでみんな流され過ぎなんじゃない?」
「逆にありがとうって言いたい気分だよ瑞希」
「その反応は分からんけど、じゃあ感謝して」
戯言に付き合っているとテツオミも到着しようやく全員集合。夕食が始まった。一品ずつ順番に出て来るスタイルらしい。おひたし美味しい。
二つのテーブル席を跨いで瑞希とノノがトークを進め、比奈と有希が雑に絡んで、琴音と真琴は黙々と食べ進めるというすっかり見慣れた光景である。愛莉の口数がやや少ないのは気になるが。
途中、比奈がノノをはじめ下級生組にヒソヒソと耳打ちをしたりと不審な点は幾つかあるが、修学旅行の最中であることを除けばいつも通りのフットサル部であった。まるで新鮮味が無い。
……ふむ。しかし。
「愛莉。俺の気のせいかも分からんが」
「えっ!? あっ、うん、なにっ!?」
「なんでそんなキョドってんだよ」
「いっ、いいから気にしないで!? 集中して食べてるだけだからっ!」
「もっと他に旅行の醍醐味あるやろ」
よほど新ヘアスタイルが見慣れないのか未だに挙動不審な愛莉は、まぁそれはそれとして。食事処を漂う妙な違和感の正体を知りたかった。
「みんなハンチョウに用事でもあるのか?」
「あっ。陽翔くん、声小さめにね。いま計画実行中だから」
「計画?」
比奈が指を立て「しーっ」とあざとくポーズを取る。改めて周囲を観察すると……やっぱりそうだ。みんなハンチョウの動向に注目している。
ハンチョウは同じく引率の峯岸と、一緒に宿へ泊まるバスの運転手さんの三人でテーブルを囲い食事を進めている。生徒とは少しメニューが違うのか。
「っと、来た来た。小山田先生、せっかくの機会ですから、まぁ一杯どうぞ」
「あぁ、すまんな。そうは言っても、俺たちはまだまだ大事な仕事が残っているんだ、お前もほどほどにな」
「そりゃもう心得てますよ~。さあさあグイっと。山形の地酒らしいですよ」
「ほう、中々だな……」
峯岸がやたらめったら酒を勧めている。小山田とはハンチョウの名前だ。一人としてその名では呼ばないが。
二人でラーメンを食べに行くとハンチョウの絡みのどうでもいい話は度々聞かされる。教師陣では数少ない酒飲みで、それなりに上手く付き合っているようだ。
もっとも「相手がいないだけで他に候補がいるならとっくにお払い箱」とは峯岸の弁。二回りも年上の相手に凄まじい言い草である。
「いや~相変わらずいい飲みっぷりですねえ! 私の自腹で良いんで、追加で頼んじゃいましょうか?」
「馬鹿なことを言うな、まだ仕事が残ってるだろ……そういうお前は口にもしないじゃないか」
「っと、じゃあせっかくなんで~」
随分と飲ませるペースが早い。峯岸が敬語使って誰かを立てているシーン自体非常に珍しいのだが、普段もあんな感じなのだろうか。いや違うよな?
というか、いま峯岸が飲み干したお猪口。俺の目が確かなら、さっき注いだのは酒じゃなくて水だったような気がするんだけど。
「……なんか酔わせようとしてない?」
「ハル。静かにっ」
だよな。絶対にそうだよな。明らかにハンチョウ潰そうとしてるよな。酒の種類とかよく分からないけど、地酒っていかにも度数高そうだし。
で、潰してどうするんだ。夜に見回りが出来ないようにみんなで結託してるってこと? でもそれだったら、峯岸が協力する理由が分からないが。
暫くすると、峯岸がハンチョウの目を盗んでテーブル席の奥野さんへ何やらハンドサインを送る。そこから数珠繋がりで情報が伝達されていった。
俺と同じく、何がなんだかという様子で事態を眺めていたテツオミにも話が行き届いたようだ。
他の男子生徒から何やら耳打ちを受けている。すると、なんともあくどい顔をして揃って立ち上がりハンチョウのもとへ。
「先生お疲れ様っス! 俺も注がせていただきたいんすけど、いいっすか! 将来役に立つかもなんで!」
「日頃の感謝をと言いますか~」
「アァン? なんだいきなり、調子に乗るんじゃない……まぁ、任せてやっても良いが。ほら、やってみろ」
「アザッス!!」
オミがとっくりを傾けて、テツがヘラヘラ笑いながら拍手を送っている。
無愛想ながらそこまで悪い気分でもなさそうなハンチョウ、お猪口をひっくり返しあっという間に飲み干してしまう。
これを合図に、同じくサッカー部の男子や様子を窺っていた女子たちも一斉にハンチョウのもとへ。な、なんだなんだ……?
「先生、俺にも注がせてください!」
「先生には毎日感謝してるんすよ!」
「私も小山田先生にはお世話になってるんで~」
「あっ、ズルーいわたしもー!」
……囲まれてしまった。いったいどういうことだ、まさか生徒人気ランキング最下位を独走するハンチョウがいきなり人気者になったわけでもあるまいに。
露骨にもほどがある媚びの売り合いにハンチョウは気を大きくしたのか、峯岸が追加で注文した地酒を注がれるままガバガバと飲み干していく。なんて単純な奴だ。
似たような薄っぺらい感謝の言葉が長々と続き、ハンチョウの身体にハイペースでアルコールが補充されていく。
時間にしておよそ10分。
事態は新たな局面を迎えた。
「人気者ですね~小山田先生~! 大丈夫ですか、顔が赤いですよ?」
「……おう、心配無用だ……ッ」
「いやいや、もうフラフラじゃないですか! というわけで……これで最後の一杯です、はいどうぞ~!」
「ういういういういうい……」
態度こそ拒絶の色を見せているが、やはり滞りなくラスト一杯も飲み干してしまったハンチョウ。
いよいよ限界が来たのか、椅子の背もたれに力無く倒れ込んでしまった。
これを見た生徒たちは分かりやすく色めき立つが、峯岸が「まだ油断するな!」とでも言いたげにシッと指を立て、ハンチョウを無理やり立ち上がらせる。
「部屋まで送るんで、ゆっくり寝ててください。日が変わるまでは私が見回りしますから。さあさあ」
「そういうことなら私が……部屋もすぐ近くですから、お任せください」
「あ、マジですか? じゃあお願いします。いや~すみませんねえ~!」
「いえいえ……今日は天候も良い絶好の日和ですが、やはり昼間とは勝手が違いますからね。くれぐれも無理だけはさせないようにしてください」
「はい、はい。心得てますよ」
静観を決め込んでいたバスの運転手さんがハンチョウを抱え食事処から離れる。
ハンチョウはもう自力では立てないようで、ほぼ引き摺られるような格好だ。
二人が食事処から遠ざかったのを確認すると、峯岸はこちらへ戻って来て……。
「…………ミッション・コンプリート! さあお前ら、延長戦と行こうぜッ!」
「いよっ、流石は峯岸ちゃん!」
「山嵜の諸葛孔明!!」
「待ってました~~!」
「完全勝利だぜッ!!」
なになになになに。
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