590. 乗るしかない、このビッグウェーブに
「えーっ! じゃあこないだ会ったときにはもう付き合ってたの!? もぉ~早く教えてよ~!」
「いやいやいや~言い触らすようなことではございません故に~」
急遽開催された恋愛相談(初心者×初心者)もおおよそ煮詰まって来た頃。同様の話題で女風呂も大いに盛り上がっていた。
比奈の巧みな計らいで谷口との関係を露見させてしまった真奈美は、大浴場に集まった女子に囲まれ一連の流れを説明する羽目に。
どことなく腐の匂いを漂わせる文学部勢の中心人物であり、男の影すら見せてこなかった真奈美の色恋沙汰に女性陣の関心も一入。
「なっ。あたしが言った通りだろ?」
「結局アイツ一人で空回りしてたってわけね」
一方、輪の中心にいる比奈を除いて静観を保っているフットサル部勢。喧騒を遠巻きに眺め、愛莉と瑞希は力無く笑い合う。
「それにしても警戒し過ぎだったよな。なんか原因でもあったんかね」
「アイツの考えてることなんて、理解しようとするだけ無駄な努力でしょ」
「一番気にしてた癖によく言うわ」
「うるさいわねっ……」
茶化しついでにお湯をぴゅぴゅっと飛ばされ、愛莉は誤魔化すように温水を手に取り顔を拭った。
何かと察しの悪い愛莉だが、今回ばかりは自分にも責任の一端があることは重々承知している。修学旅行前に交わした約束が悪い意味で作用してしまったのだ。
バレンタインの騒動で自身が晒された不安定な心境を顧みれば、周囲の介入を過剰なまでに意識してしまうのも致し方ない。
元チームメイトの余計な入れ知恵が更に加速させる要因であったことまでは流石に知る由も無かったが。
「露天風呂行こーぜ。くすみんも」
「そうしましょう。ゲレンデと湖が一望できる非常に良い景観だと聞きました」
「外の方がくすみんのおっぱい見やすいからな。中だと曇っちゃうからダメだわ」
「見やすければ見ていいという話ではありません」
「触るのは良いとな!?」
「それもまた別の問題です」
ぞろぞろと露天風呂へ移動。この時間帯は一般客が少なくほとんど旅行生の貸し切り状態であったが、ここには先客がいた。ノノ、有希、真琴の下級生組である。
「姉さん。姉さんならこの柵乗り越えられると思うんだけど、どう?」
「どうって、なにやらせるつもりよ」
気取りがちな真琴も今日ばかりは浮かれている。ここ最近姉妹のパワーバランスが崩れ掛けているのは気のせいか、一人ため息を溢した愛莉の真っ白な吐息も湯気に合わさって宙へ消えていく。
「ひぃぃ~寒ぅ~~! ゆっきー温めて~!」
「はーい、良いですよ~」
「いやぁゆっきーも中々のものをお持ちで……ん? こんなにデカかったっけ?」
「実は、ちょっとだけ大きくなりました! こないだ新しく新調したんですよ! 成長期なのでっ!」
「へー。ゆっきーきらーい」
「えぇっ!? いきなりどうして!?」
「ついに瑞希センパイが最下層ですか」
「流石に真琴には負けないでしょ」
「最新の研究によると、女性の胸の大きさは15歳の時点でほぼ決定的になってしまうそうです。マコちんはまだまだ成長期、しかしセンパイは……」
「それ絶対に瑞希の前で話すんじゃないわよ」
不毛な争いが続く中、愛莉の視線は水中で無防備に晒されたノノのある一ヵ所に集中していた。
裸の付き合いは陽翔の実家へ赴いたクリスマス以来だが、当時とは明らかに異なる装いに愛莉は疑念を抱く。
「……ノノってそんなんだったっけ?」
「はい? あぁ、これですか? ちょっと思うところもありまして、トゥルンにして来ました。元々薄いほうですけどね。念には念をと」
「ふーん……」
「ゆーてセンパイも中学までガッツリやってたんですから、その辺のケアとか慣れてるんじゃないですか?」
「多少はね。でも別に全部無くさなくても……私もしょっちゅうケアするほどじゃないし。試合中気にならないなら言うほどよ」
「琴音センパイといい、なんでここまで成熟されてらっしゃる方々がソッチだけ未発達なのか本気で不思議なんですが」
「人によって違うし、そんなものじゃない?」
「解せぬ……」
似たような装いで揃うフットサル部の面々を見渡し、ノノは感心気に唸る。
「センパイ喜びそうだなぁ……」
「……ハルトが? なんで?」
「薄いほうがお好みだと言っていました。なんならツルツルが一番良いと」
「……そ、そうなの?」
「センパイに限らず大半の男子がそうだと思いますけどね。詳しくないですが」
「ふーん…………えっ。ていうか、なんでそんなの知ってるわけ? まさかアイツから話したの?」
「そうですけど、センパイから聞いてませんか? こないだの件について」
「こないだって……あっ、そ、そうよノノっ! あれどういうことなの!?」
約束を交わした際に聞かされたノノとの情事について、愛莉はすっかり詳細を窺い知る機会を失っていた。
どうしても知りたいというわけでもなかったが、直近の陽翔が取る我慢の効かない言動が彼女に起因するとなれば看過できる話でもない。
「説明するのも野暮ったいですが、要約するとノノが挑発して、センパイが我慢出来なかったという、そういうことです」
「じゃあ、私にいきなりあんなこと言って来たのって……」
「それ自体は本心だと思いますよ。でもまぁ、きっかけを作ったのは間違いなくノノですね。反省はしていませんが。気持ち良かったので」
「えっ、まっ、待って!? どこまでしたのよ!?」
「お互いビクビクってところですね。センパイはビュルビュルしてましたけど」
「びゅるびゅる!?」
オウム返しの絶叫に皆の注目も集まる。女性が口にするには一向に憚れるナンセンスなフレーズに、瑞希はいち早く反応を示した。
「……え? そこまで進んでんの?」
「最後までは行ってませんよ? シルヴィアちゃんが近くに居たんでギリギリで踏み止まりました……黙ってたのはまぁ、すみません。一応プライベートなんで」
「クソっ! やられたッ!!」
水面を平手打ちでブッ叩きノノの隣へ急接近。
なにがなんだかという琴音と中学生二人を置き去りに、瑞希はちょっとばかり感情的に叫び散らすのであった。
「なるほどな! 分かった! よーーく分かった! すべてにおいて納得した! お前のせいか市川ッ!! どーりでおかしいと思ったわ!」
「あれ、思ってた反応と違う」
「いよいよハルの童貞がおびやかされていると、そういうわけだな! おしっ、決めた! 今夜寝込みをおそう! こうしちゃいられねえ!」
「えぇー……なんか火ィ付いてる……」
勝手に関係を進められたことに怒っているのかと思いきや、瑞希の意外なリアクションに珍しく後れを取るノノである。
わざわざ事細やかに説明するまでもなく、互いが陽翔とどのような関係に至っているかは全員がそれとなく知るところ。
そんななか、最後の一線だけは越えない。これだけは不文律とも呼べる共通理解であり、一人先立って防波堤を超えてしまったことにノノも負い目が無いわけでもなかった。
誤算とまでは行かないまでもノノにとって想定外だったのは、その手の類に敏感であろう瑞希がこの点をあまり重要視していなかった点だ。
だからといって特に問題があるかと言えばそんなことは無いのだが。
「だから、瑞希っ! 今日はみんなでお祝いするって決めたでしょ!」
「うるせーうるせーうるせーッ! 別に一番じゃなくたって良いんだ! 乗るしかない、このビッグウェーブに!」
「い、一番って……!?」
「だがしかしバット! あわよくばという可能性も捨ててはいない! つーわけで、ハルの童貞はあたしがいただく! 決めた! これはかくていじこーだッ!」
「ちょっと、どこ行くの!?」
「ハルの部屋っ! 他の奴は適当に理由付けて追い出す! あたしが晩飯だッ!」
愛莉の制止を振り切り意気揚々と立ち上がる。だが愛莉も黙って見過ごすわけにはいかない。
例え瑞希が暴走していようとも、彼女にも譲れないものはあった。
「だめっ! それはダメ!」
「なんだよ! 止めんなッ!」
「とにかくダメなのっ! だって、だって……私が最初だって、約束したんだもんっ!! ハルトのはじめては、わたしなのっ!!」
……………………
「その話、詳しく聞きたいなあ」
「……あれ、比奈センパイいつの間に」
「気付いたらみんな露天風呂にいるんだもん。外から面白そうな話が聞こえて来たから、飛んで来ちゃった。それで、愛莉ちゃん」
扉を開け現れた比奈は、瑞希の手を取って気持ち早足で愛莉のもとへ駆け寄り、立ち上がった彼女の肩を掴んで無理やり水中へ押し込む。
「ぜんぶ話してくれるよね?」
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