588. 隙あらば
「はい! 8切って、これで上がり!」
「げー。またオミちゃんトップかい。ヒロロンも少ないな……あれ、7わたしってアリでやってたっけ?」
内緒話には最後まで混ぜて貰えず。ホテルへ到着し、機材を乾燥室へ叩き込み一度お別れとなる。
スキー場のリフトは結構早い時間に止まってしまうので、19時の夕食まであまりやることも無い。
テツオミの二人と大富豪もとい大貧民で暇を潰している。既に6回戦目へ突入。谷口は何か用事があるようで部屋に戻って来ない。
「いや、特になんも言ってなかった気がする。なんだっけそれ、7出したら次の奴に渡せるんだっけ?」
「え? 7をわたしだと思って大切にしながらプレーするんじゃないの?」
「なんやねんそのクソキモルール」
クローバーの7を渡される。これをテツだと思って大事に取っておけと。一生上がれねえじゃねえか。
「そろそろ風呂入ろっか。時間も時間だし。ここって混浴あったっけ」
「誰も入ってこねえだろ。仮に鉢合わせても修学旅行終わったら地獄だぜ」
「すぐに春休みだし、ベルギー行ってる間に俺のことなんかみんな忘れるよ。イケるイケる」
「隙あらばその件自慢するよなお前」
「ヒロロンのコネでなんとかならない?」
「それ使ってどうしろっちゅうねん」
テツが残る一枚を切りゲーム終了。結局最後までずっと大貧民だった。つまらん。二度とやらない。
お茶請けをバリバリ食べながらまったり風呂の準備を進める。樹氷マロンというクランチのお菓子だ。なにこれ美味しい。お土産で買お。
「ふと思うわけですよ。修学旅行におけるえちえちイベントは、我々のような非リア勢がどれだけ欲張ったところでその恩恵にはあやかれないと」
「確かにな」
「やるだけ無駄な努力なんですよタケオミさん。とは言え、とは言えですね? まったく縁が無いまま終わってしまうのも悲しいじゃないですか? ですか?」
「急にどうした。キモいぞ」
ここに来て色気を隠そうともしないテツである。オミ、お前も滅多なことは言わないものだ。興味ありますと顔に書いてあるぞ。
「まぁ落ち着けテッちゃん。リスクは最小限に留めるべきだ。作戦ならある」
「ほう。聞いてみようじゃないの」
「大浴場の入り口の手前には卓球台がある。マッサージチェアも。そして恐らく、女子たちは風呂上がりに浴衣へ着替える筈だ……あとは分かるな?」
「……待ち伏せ視姦作戦だッ!」
「ザッツライト!!」
ハイタッチするな馬鹿馬鹿しい。
やめろ。ちょっと笑っちゃうだろ。
いやしかし、これは困った。向こうが露出の多い恰好で人前に現れる以上、コイツらがどれだけ邪な目で見ようと咎める理由にはならないし。
なんとかターゲットを他の女子に挿げ替えたいところだが、どう考えてもフットサル部の四人を狙ってるよな。俺の気も知らねえでコイツらは。
「というわけで元祖エロ瀬さん。協力よろしく」
「えー……」
「頼むよヒロロ~~ン、ヨーロッパって児童ポルノとかの規制厳しいんだよ~! せめて思い出だけでもぉ~~!!」
「そのまま強制送還されちまえお前は」
未だにそのあだ名(蔑称)がまかり通っていること自体も甚だ遺憾だが、一旦手前どもに引き取るとして。
誰かしらにライン入れて「魔の手が迫っている」と警告だけでもしておこうか。でもコイツらのせいで風呂に入るタイミングを邪魔してしまうのもどうだろう。
仕方ない、取りあえず静観するか。必ずしも鉢合わせるとは限らないからな。臨機応変に対応するしかない。
このくらいで狼狽えていては今後に差し支える。夏合宿のナンパ騒ぎも、琴音とのプールデートも、比奈のハロウィンも、何だかんだで乗り越えて来たんだ。今更他の男から好奇の視線に晒されようと、広い心で受け止めなければ。
浴衣に着替え大浴場へ向かう。フロントのすぐ脇から繋がっていて、ここでお土産も帰るようだ。ラインナップはそこそこ。ここで買わなくても良いか。
誰かが卓球をしているのか、コンコンと気味の良い音が聞こえて来る。「浴衣で卓球! 勝った!」と小躍りで向かうテツオミを追い掛けると。
「あっ。どもっすセンパイ」
『ヒロ! こんなところで奇遇ね!』
プレーしていたのはノノとルビーであった。ご丁寧に着込んだ宿の浴衣が良く似合う。上手いなどっちも。めっちゃラリーしてる。
言葉が通じなくてもボール一つ挟めばコミュニケーションは問題無しと。相変わらず謎が多いなこの信頼関係。
「市川じゃん! なにしてんの!?」
「なにって、卓球に決まってるじゃないですか!」
「いやいやそうじゃなくて……え、もしかしてフットサル部総出で来てるの?」
「言うとっけど俺は関知してへんぞ」
テツオミの二人も反応を示す。元々ノノはサッカー部のマネージャーだったから、一応は直属の後輩に当たるわけだ。スキー場では遭遇しなかったようだな。
『ヒロ、この二人は?』
『たぶん友達ってやつ』
『男の子の友達がいたのね。意外だわ』
『なんや早々に失礼な奴め』
なんてことないフリートークだが、二人は目をギョッとさせ驚いている。何事かと考えるまでも無かった。いきなりスペイン語で話し始めたらこうなるか。
「え、なに? 外人の知り合いまでいるのか?」
「まぁ縁があってな。春から山嵜に編入する予定やから、仲良くしてやってくれ」
「ワールドワイドなハーレムだねえ」
なんか変なところで呆れられている。テツの呟きに関しては許容できない。ルビーはまだそういうのじゃないから。まだ。まだな。これ重要だから。
……ふむ。取りあえず釣り餌としては使えるか。ルビーには悪いけど、近いうちにこの二人も先輩になるのだから、今のうちに慣れさせておこう。
「風呂はもう入ったのか?」
「これからですよ。センパイたちとユキマコちゃんもさっき向かって行ったばっかりです……あぁ、なるほど。じゃあノノもこの辺りでお暇ですね」
ノノもだいたい察してくれたようだ。ラケットを俺に渡して、そのままテツオミに受け流す。
「コイツはシルヴィア。サッカー詳しいし、その気になれば仲良くなれるぜ」
「マジで? えっ、良いの廣瀬?」
「男友達が欲しいみたいでな。協力してやってくれよ。俺よりノノに懐いてるからな、その辺は気にするな」
「やったぁ! ヒロロンナイスアシスト!」
浴衣姿の女子と戯れるのが一番の目的だろ。ならコイツでも良い筈だ。好きなだけアタック掛けて、どんどん仲良くなればいい。
ほとんど日本語を話せないルビーの相手が出来るなら、という条件付きだが。どうやって気を惹くか見物だな。
『ちょっとヒロ、なにするつもり?』
『ルビー。お菓子は好きか?』
『え? あぁ、そうね。部屋に置いてあったクランチのお菓子は気に入ったわ』
『じゃ、コイツらと仲良くなったらお土産で買ってやるよ。ほな宜しく』
『えっ!? ちょっ、ま、待ってってばヒロ!? ナナも置いていかないで!?』
ここでたっぷり汗を掻いて貰って、アイツらが風呂へ行くタイミングと入れ替わりでみんなが出て来ると。完璧なプランニングだ。
共々ここで暫く足止めを喰らって貰おう。ルビーには悪いが、日本語と異性のあしらい方を学ぶ最高のチャンスだ。存分に生かせ。
先日の市川家の一件に続いて、ルビーの扱いが妙に雑な気がしないでもない。いやでも、バレンタインで散々引っ掻き回されたし。プラマイゼロだろ。
断じてルビーのせいではないんだけどな。理不尽な目に遭ってこそ成長するってモンだ。うんうん。
「えーっと……し、シルヴィアちゃん? 俺は葛西武臣、コイツは……」
「……コ、コンチハ! オハヨー! ネムイ!」
「待ってオミ。この子日本語喋れないんじゃ?」
「コンチハ! オハヨー! ネムイ!」
「……ど、どうするよテッちゃん」
「いやぁ俺に言われてもなぁ~……」
「コンチハ!! オハヨー!! ネムイ!!!!」
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