587. 全然イメージ湧かない
今度は比奈が「わたしも二人で乗りたい!」と駄々を捏ね始めたので、結局もう一台借りて来ることになった。
隣で滑っている子どもたちといつの間にか競争が始まったり、夢中になって遊んでいる間に時間もどんどん過ぎていく。
比奈の有り余る母性、琴音の醸し出すそこはかとないマスコット感は子どもを惹き付ける何かがあるらしい。子どもに嫉妬するほど愚かではないが、こちらから近付くと露骨に怖がられる(特に女の子)のは中々に堪えた。
「おねーちゃんばいばーい!」
「またねーっ!!」
最後に残った姉妹と思わしき女の子二人が、両親に手を引かれキッズパークを後にする。
ご要望に応えた雪合戦の縺れか、比奈も琴音も揃ってウェアがすっかり水浸しだ。防水スプレーくらい用意すれば良かったかも。
「はぁ~……可愛いなぁ~……♪」
「比奈。にやけすぎです」
「だって可愛いんだーん! 妹ちゃんのほうなんてもう小っちゃい頃の琴音ちゃんそのままみたいで……はぁぁぁぁ~♪」
変なスイッチが入ってしまったようだ。両手で頬を抑えうっとり目を細める比奈を琴音が窘めるという、普段とは真逆の珍しい光景であった。
「比奈ってこんな子ども好きやったっけ?」
「単に可愛いものが好きなだけでは」
「なるほど。琴音の親友としては満点やな」
「……どういう意味ですか、それは」
「お前の想像した通りの回答しか出来ないが」
「…………調子に乗らないでください。まったく」
可愛いものが好き=琴音が可愛いの公式が自明の理となったところで、そろそろ比奈に帰って来て貰おう。時間も時間だ。みんなとも合流せねば。
「陽翔くんは男の子と女の子、どっちがいい?」
「女装願望とか無いんで生憎」
「そうじゃなくて……将来子どもが出来たら、どっちがいいのかなって」
「んなの考えたこともねえよ……まぁでも、親の性格を受け継ぐと考えたら、男やと面倒そうやし、女はもっと面倒やな」
「えぇ~? そんなことないよ~」
ただでさえガキの相手は苦手なのに、当時の俺みたいなクソ生意気性悪ボーイが誕生してしまったらもう手に負えない。サッカーボール一つでコミュニケーション取れれば楽なんだろうけど。
全然イメージ湧かないな。仮に俺と比奈の子どもだとしたら、取りあえず視力は悪くなりそう。髪質はどちらが遺伝するのだろうか。
「わたしはやっぱり女の子かなあ。あー、でも陽翔くんジュニアの顔も見てみたいかも……小さい頃の陽翔くんみたいな子が生まれたら、パパそっちのけで浮気しちゃいそう。間を取って二人にしとこっか。女の子が先ならバランス取れるかな?」
「それ自体は確定かよ」
「えっ? 違うの?」
「一旦冷静になりませんか倉畑さん」
既に脳内家系図が完成しているらしい。いやいや、まだ俺たちが将来どうなるかさえ分からないのに子どもの話とか。気が早過ぎるって。
……でも、ちょっとだけ興味あるな。比奈に限らず。俺みたいな責任能力皆無の駄目人間が家庭を築くなんて、想像すら出来ないけど。
やっぱり、相手は彼女たちのいずれかなのだろうか。それとも全員とか……やめておこう、不要な悩みを増やしても仕方ない。
「昨今の経済事情を顧みるに、二人以上育てるのは骨が折れそうですね」
「なんや琴音まで」
「一人でも十分なのでは。結果的に兄弟姉妹が大勢出来るようなものですから」
「はい?」
「比奈。そこのレストランで集合して、写真を撮ってから戻るそうです。早く行きましょう」
なんとも言えぬ表情と意味深なフレーズを残し、比奈の手を引いて先を急ぐ琴音。愛莉から同様のメッセージがラインに入っている。
いや、ちょっと待て。
兄弟が沢山出来る?
なに? どういうこと?
(……いや、まさか……っ)
琴音でさえ、そんなことまで考えているのか。もしかして皆さん、俺が想定しているよりずっと進んでいらっしゃる? でも、琴音も? お前もなの?
「……勘弁してくれって」
二人の後を追おうにも、急激に跳ね上がった心拍数と歩きにくいブーツが邪魔をする。遊び疲れたわけでも、夕暮れが近付いて体温が下がったわけでもあるまい。
いや、そういうことにしておこう。
修学旅行はまだ二日半も残っている。
先の話は終わってからでも遅くない。
* * * *
琴音を筆頭に山頂の難コースから降りられない奴が何人かいるので、参加者全員揃っての集合写真はレストランの近くでささっと終わらせる流れとなった。壮絶なじゃんけんの末、前後左右はものの見事に四人で埋め尽くされる。
残念ながら学校をサボって来ているノノはこの輪には入っていない。引率にハンチョウがいるのは想定外だったようで、先に三人を連れて宿へ戻ると連絡があった。
ホテルへは下山用のロープウェイか麓へ繋がるコースを滑って降りる二つの選択肢があり、琴音を一人で帰らせるのも可哀想なので再びゴンドラへ乗ることに。
他の面々は滑って戻るようで、ゴンドラへ乗り合わせたのはフットサル部の五人だけだった。蔵王に来てから初めて身内だけが揃ったわけである。
「午後からだと言うほど滑らんかったなー」
「わたしも。やっと慣れてきた頃だったからちょっと惜しいかも」
あっさり上達してしまった愛莉は、途中から瑞希たちと合流して上級者向けのコースも難なく滑り倒していたらしい。
そのタイミングでノノたちとも顔を合わせたようだ。こちらから話を振る前に「真琴ったら私になにも言わないで……」と愚痴を垂れ始めた。
「ホテルまで同じとは、用意周到ですね」
「あとでノノにお礼言っておかないと。ウェアもボードも全部アイツが買ってあげたみたいだし。早めの誕生日プレゼントらしいわ」
「普通に泊まるとかなりの値段だったような気がするんだけど……ノノちゃん大丈夫かな?」
「心配するだけ無駄や。ノノだぞ」
とはいえ頭からつま先までアイツが全額負担か。三人分の装備に宿泊代となれば安い買い物では無かっただろうに。底が見えない市川家の財力。
「ハル。明日はどうすんの? もっかいスノボ挑戦する?」
「例の一件で懲りた感はある」
「えー、一緒に行こーよーっ! 今日はひーにゃんとくすみんに取られちゃったし、あたしもハルと遊びたい!」
午後の短い時間ではまだまだ物足りないご様子で、腕を掴んで頻りに身体を揺らして来る。一緒に過ごしたいのは同意だが、こればかりはな。
すると、愛莉が瑞希の首根っこを掴んで強引に俺から遠ざける。同時に残る二人も隅っこへ集まって、何やら密談が始まった。
「行く前にちゃんと決めたでしょ、恨みっこ無しだって……忘れたの?」
「むえー? でもふこーへーじゃん!」
「それも含めて彼に決めて貰う約束だった筈です。足並みは揃えてください」
「夜の作戦会議もまだだからねえ~」
メッチャ聞こえるんだけど。
内緒話は俺のいないところでやれ。
……なにやら秘密裏に計画が進んでいるらしい。不要な隠し事をしてもロクなことにならないとバレンタインで学んだ筈なのに、まったくコイツらと来たら。
いったい何をしようとしているのだろう。二日目に誰と遊ぶか俺に選ばせるとか?
でも足並みを揃えるってことは、一人だけ特別というわけでもなさそうだし。
比奈の言う「夜の」というフレーズも気になる。周知の通り部屋は男女で分けられているし、互いの部屋を出入りするのは難しいと思うのだが。ハンチョウが「見回りは俺の専売特許だ」って喜んでいたくらいだし。
「まっ、しゃーなしか……取りあえず峯岸ちゃんはバイシューしたんだよな?」
「私が話を付けておいたわ。今度ご飯連れてかれることになっちゃったけど。あとはアイツをどうやって連れ出すかね」
「真奈美ちゃんも協力してくれるって」
「では同部屋の残るお二人が問題ですね」
峯岸と奥野さんが協力する? テツオミの二人も?
俺を一人にしようとしているってこと? んん?
「着いて来ちゃったものは仕方ないし、あの子たちも呼ばないと可哀想ね」
「てゆーかそれが目的なんじゃない?」
「ノノちゃんと有希ちゃんは知ってる筈だから……」
「むしろ人手が増えた分あり難いくらいでは」
……なんの話?
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