583. 雪原にて死す
偶然でもなんでもない予定調和の出逢いはさておき、いつまでも山頂に留まっている場合ではない。愛莉との琴音のいるゲレンデまで降りなければ。
まずは感覚を取り戻そうということで、途中のポイントまで向かうことに。
先陣を切った谷口と奥野さんが慣れた足取りでコースをあっという間に下っていく。
忘れていたわけではないが、あの二人と競争……? あれ、そもそもなんで競争することになったんだっけ? どうやって勝てと? そして勝ってどうすると?
「そーそー、最初は正面向いてゆっくりな。後ろに重心かければ勝手に止まるから。で、行きたいほーこー見て、ズバっと!」
瑞希から簡単なアドバイスを施されるが、何をするにも感覚派の彼女に頼っていても答えは一向に見当たらない。フィーリングが過ぎる。
続けて腰を深く落とし、急な斜面を颯爽と駆け下りていく瑞希。広大なコースを悠々と旋回し白い飛沫を上げる。
こちとら比奈に手を掴まれてようやく立ち上がれたばかりだというのに、これでは置いて行かれる一方だ。と、取りあえず瑞希のいる辺りまで……ッ。
「ぬうぉっ?!」
重心が前へ行き過ぎたのか、あっさり倒れてしまう。ど、どうやってバランス取るんだ……? 両脚を固定されているのに不可能じゃないのか……!?
「あははっ。もう雪塗れだねえ」
「ごめん、助けて」
「しょうがないなあ~」
意外と言っては失礼だが比奈も普通に上手い。当たり前のように滑って近付いて来て、腕を引っ張り上げてくれる。
が、手を離した瞬間にコントロールを失い、再び雪上へダイブ。背後から比奈の楽しそうな笑い声が聞こえて来る。
あれ? もしかして俺、センス無い?
「陽翔くん、もっと後ろに体重を掛けるんだよ」
「……ムリ。怖い。ちょっと支えてて」
「普通怖かったら後ろに転ぶ筈なんだけどなぁ。珍しいタイプだね」
「んなモン知らん……ッ!」
「あははっ。おっけー、じゃあ前に行き過ぎないように気を付けてね」
背中をウェアごと引っ張って貰ってゆっくり下り始める。
頼りにしておいてなんだが、俺のフォローをしながら一緒にくっ付いて滑ってるって、どうなってんの? なんでそんなこと出来るの? ヤバない? 経験者なら普通なの? なに?
「なんだか新鮮だね。普段は陽翔くんに教えてもらってばっかりなのに」
「ボールを使わない競技は縁が無いモンでな……」
「本当にサッカーとフットサルだけなんだねえ」
「バレーはそれなりな。足で蹴ってええから」
「変なところで不器用だよね陽翔くん」
スポーツならなんでも得意と思ったら大間違いである。特に野球は大の苦手。
幼稚園の頃に文香とキャッチボールで遊んだことがあるが、アイツより肩が弱くてメッチャ馬鹿にされた嫌な思い出。
球技に限らず、琴音に水泳で遅れを取るレベルだし……そもそもの性格を考慮しても、サッカーに出逢わなかったらいよいよ性悪の凡人に落ち着いていたな。言うてカバーし切れてないけど。
「みんなみたいに速く滑らなくても良いから、一人でやってみようよ。木の葉滑りって言ってね。前を向いて、体を横に揺らしながらバランスを取って……おおっ! そうそう、そんな感じ!」
やっと自力で前へ進めるようになった。やはり物を教えるという一点において彼女の右に出る者はいない。最初から比奈に頼れば良かった。
しかし難しい。普段絶対に使わない筋肉をフル稼働している。何故かわき腹を攣りそう。
上手く滑れるようになったら楽しいだろうけれど、あんまり根詰めると変なところを傷めそうで怖いな……。
「ハルーっ! こっちこっちー!」
「遠い! 遠すぎるッ! 日が暮れるッ!!」
「ビビってんじゃねーよー!!」
ピョンピョン飛び跳ねながら早くこちらへ来いと大声を張り上げる瑞希。なんで両脚固定されてるのに飛んだり跳ねたり出来るんですか? 魔法ですか?
「陽翔くん、カメラ貸してっ?」
「え、おん。なに?」
「えーっと、動画を撮るには……うん、これかな。わたしも向こうで待ってるから、がんばって♪」
「ちょ、おい比奈っ!?」
一眼レフ片手にさっさと滑っていってしまった。
まさか、俺の醜態を動画に収めようとでも言うのか。ふざけやがって。後で見返してみんなで笑うつもりだろ。
だらしないところを見せたくないと気を張っていたのに、これじゃ本末転倒じゃねえかッ! なんだよ! どうしてこうなった!!
「ムカつくゥゥ……ッ!!」
一向に上達する気配が無い自身の不甲斐なさもそうだが、余裕綽々で待ち構える谷口が女子三人に囲まれている構図が殊更気に食わない。
いやもう寝取られる危険性とか谷口個人がとかどうでもいい。俺も普通に楽しみたい。最低限のラインまで到達したい。
クソ、すぐに追いついてやる。
脚の自由が利かないからなんだ。
お前なら出来るよヒロセハルト!
ゲレンデに魔法をかけろ!!
「ダアァ゛ッ゛フ!!」
「廣瀬くーん、こっちだよー」
「ブホォ゛ア!!」
「陽翔くーん! あとちょっとー!」
「スボヴぇオ゛オ゛!!」
「めっちゃコケるじゃん。草」
フィールドの魔法使い、雪原にて死す。
いよいよ立ち上がる気力も失い、倒れたまま斜面をゴロゴロとずり落ちる。瑞希を筆頭にみんなして俺を指差しゲラゲラ笑っていた。
今までフットボールで溜めて来た経験値をすべてスノボにつぎ込んでもこの状況を打破したい。情けなさ過ぎる。辛い。泣きたい。
「良い絵が撮れました~♪」
「もう好きにせえ……ッ」
「よしよ~し」
頭に乗っかった雪を比奈が払ってくれる。
優しさが痛い。転じて泣きたい。
「この調子じゃレースは出来そうにないな……倉畑さんはどうする?」
「んー。わたしは陽翔くんに着いてよっかな。三人で行って来なよ」
「分かった、よろしくね。じゃあここから麓のレストランまで……」
競争は谷口と奥野さん、瑞希の三人で開催されるらしい。クソ、俺を置いて楽しみやがって。良いところ見せたかったのに。
「もうっ、そんな顔しないのっ。わたしと一緒じゃイヤ?」
「…………俺もレースやりたい……っ」
「だーめ。ワガママ言わない。怪我しちゃったら元も子もないんだから。大人しく練習! ねっ?」
金具を付け直し三人は颯爽とコースを駆け下りていく。はぁ、良いなぁ。俺もあんな風に滑りたい……行かないでぇぇ瑞希ぃぃ……。
「……ぼうりょく!」
「いった!?」
お手軽なチョップが脳天へ突き刺さる。一体なんの真似かと振り返ると、頬をぷっくりと膨らませご機嫌斜めの比奈がジト目で俺を見つめていた。
「……きらい、陽翔くん。瑞希ちゃんばっかり」
「あっ……いや、別にそういうわけじゃ……」
「ふーんだ。もう助けてあげないもん」
「ご、ごめんって!? 待って比奈、置いていかれたら死ぬ! 死ぬからッ!」
「知らないっ!」
……最悪だ。取り残されてしまった。
馬鹿か。なにやってるんだ俺は。優しさに甘えて比奈をぞんざいに扱って……これじゃバレンタインの二の舞だ。
一刻も早く謝らないと。だがボードを外して走って追い掛けても距離は離れるばかり。滑って追い付くしかない。
「え? やば、怖っ……!?」
無理無理無理無理無理ムリ。あんなスピード出して転んでみろ、頭打って死んじまうぞ。誰かにぶつかったらどうなる。
駄目だ勇気が出ない。どうしてこんなところばっかり不器用なんだよ俺は。
行かなきゃ。早く行くんだ。これ以上比奈を一秒だって悲しませたくはない……!
「なにしてんですかセンパイ」
「の、ノノ……っ」
「もしかして想像以上に滑れなかったとか?」
「ご想像の通りで……」
背後から降りて来たのはノノだった。さっき滑っていったばかりなのに、もう下まで降りてリフトに乗ってこっちに追い付いたのかよ。すご。
「なっさけないですねえ! こういうのは勢いと勢いと、そして勢いです! 一度リズムに乗ればなんてことありません! さあさあっ!」
「ちょっ、押すな押すな押すなッ!」
「行ってこいやァ!!」
「ヴェアアアアアアアアア゛アア゛アア!!!!」
背中をグッと押されそのままスピードに乗ってしまった。先ほどの瑞希や谷口にも劣らぬ凄まじい速さでコースを駆け抜ける。
(あれ? 転ばない?)
さっきよりも安定している。もしかして、スピードが出ていた方が身体のバランスも安定するのか?
あっ、待って。イケる。イケるイケる! 滑れてる! 風に乗ってる! 風が俺を味方している!!
「比奈ッ、ごめん!!」
「きゃっ!? は、陽翔くんっ!?」
「ヤバイ止まれない死ぬッッ!!」
「陽翔くーーーーん!!??」
いつの間にか比奈を追い抜かしてしまった。当たり前だ。止まる方法を教わっていないのだから、そりゃ止まれない。
ほぼ一直線で急降下を続け、あっという間に麓のレストランまでやって来てしまった。このままでは人込みに正面衝突だ。ヤバイ、死人が出る!!
「……あ、ハルだ。急に上手くなったな」
「メチャクチャ真っ直ぐ滑ってるな……って、廣瀬くん! そっちジャンプ台!」
「廣瀬くん、ストップストップ!?」
コースのド真ん中に立つ大木の周辺が山なりになっていて、簡易式のジャンプ台になっていた。
迂回する技術など持ち合わせていないわけで、そのまま土台部分へと一直線に突っ込む形となる。
「――――あっ」
世界が反転する。
すごい。めっちゃ高く飛んでる。下で谷口と奥野さんがアワアワしているのが見えた。どうだ、まるでジャンプの選手みたいだろ。一生に一度の大フライトだ。刮目せよ。
でもこれ、どうやって着地するんだろう。
あ、ボード外れちゃった。やば――――
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