582. 偶然なんです
ひと悶着挟んで中継地点へと到着。
愛莉と琴音は峯岸主催の初心者レッスンに参加するようで、ここで一旦お別れとなる。
同じく参加しているテツオミらサッカー部の男子がやや気になるところだが、愛莉からは「心配無用」と釘を刺されてしまった。
別に仲良くする必要もありませんので。と琴音も言っていたが、どうしても心配なものは心配なのだ。特にこの二人は男子が苦手だし。
これも俺たちがもうワンステップ上へ進むための試練なのだろうか。必要なのは分かっているけれど、やはりどうしても。
「で、比奈もこっちか」
「小さい頃に何回か滑ったことあるから、たぶん大丈夫だよ。それに今の陽翔くん、二人きりにしたら大変なことになっちゃうかもなあって」
「いや、別になんもしねえって」
「んー? こないだ何が起こったのか忘れちゃったのなぁ~?」
「反論の余地もございませぬ……」
というわけで比奈を加えた俺と瑞希、そして谷口と奥野さんの五人で二本目のゴンドラに乗り山頂を目指す。
瑞希に誘われて勢いのままに着いて来ちゃったけど、この中で初心者なの俺だけなんだよな。余計な意地張らずに向こうへ合流すれば良かったか……。
「おーっ! 良い景色じゃねーか!」
「わあーっ! すごーい!」
山頂へ到着。雲一つない快晴とあって、遥か遠くの山脈やスキー場まで一望できる。
標高がどれくらいかは分からないが、中々に壮観な景色だ。あとで二人も連れて来て写真を撮ろう。
「陽翔くん、シャッターチャンスだよ」
「ん、先に撮っとくォ゛ォ!?」
「おい、こらっ! ちゃんと立てよハル!」
「予告無しに飛び乗るなアホっ!」
背中からの圧力に屈し雪上へダイブ。あっという間に顔中雪塗れ。
が、あまり痛みは無い。パンフレットにあった通り、非常に柔らかくてサラサラとした雪だ。これから転んでも大して痛くないかも。
「ったく、防水機能があったから良かったものの……ほら、普通に撮るからな。次乗ったら振り落とすぞ」
「あっ、廣瀬くん。俺たちも写っていい?」
と、ここで谷口が顔を突っ込んでくる。奥野さんも一緒だ。
仕方ない、フットサル部だけの写真はいつでも撮れるし、一旦引き下がるか。次は無いと思え。
「おっけー。じゃあ誰かに撮って貰おっか。その辺に暇そうな人が……あ、いたいた。さーせーん、写真撮ってくださーい!」
一眼レフ片手にすぐ近く女性へ声を掛ける瑞希。こういうところで気後れしないの羨ましい。俺には出来ない。キョドっちゃう。
声を掛けたのは四人組の女性のうちの一人。既にゴーグルを装備して滑る気満々といったところで、ちょっとだけ忍びなさも…………ん?
「はいはーい任されましたー。ユキマコちゃん、ちょっと待っててくださいね。シルヴィアちゃん、ドントストップ、ジャストアモーメンツ!」
『だからナナ、英語で言われても分からないわよ』
え?
「晴れてるとこんなに綺麗に見えるんだねー。あ、見てマコくんっ! あれ泊まってるホテルかな!」
「かもね。位置的に…………あ、兄さんだ」
え????
「ヴェっ!? 市川だあァァ!」
「あらまっ。センパイ方じゃないですか。どうもどうもご無沙汰してます」
素でびっくり仰天している瑞希を横目に、ひょこひょこと手を振って近付いて来る。
ゴーグルとニット帽の下から、見慣れたゴールドの髪色とアホ毛がピョコンと飛び出て来た。
なにを隠そう、市川ノノである。
続けて駆け寄って来る有希、真琴。更にルビー。
はい? どゆこと? なんでいるの?
「わっ、ノノちゃん! みんなもどうしてっ?」
「どうしてと問われれば、遊びに来ましたとしか言い様が無いですね。ノノが主催で、お金もぜんぶ市川財団の提供です。新幹線で来ました」
あっけらかんとした様子で喋り倒すノノ。
そ、そう言えばコイツ、クリスマス前に修学旅行の話題が出て「自腹で行く」とかなんとか言っていたような。
いやでも、まさか本当に来るなんて思わないだろ。なんというフットワークの軽さ……市川ノノ、恐ろしい子ッ……!
「俺らに着いて来たのか……!?」
「ううん。卒業旅行行きたいねって有希とは話してたんだけど、良いタイミングでノノ先輩に誘って貰ったんだ。勿論、兄さんたちの修学旅行先が蔵王だなんて知りもしなかったよ。偶然もあるものだね。ねっ、有希」
「そ、そうなんです! 偶然なんですっ!」
「んなわけあるか……ッ」
体としては「普通に旅行しに来たら遭遇しちゃった」で通すつもりらしい。いや、あり得ないから。少なくとも真琴は愛莉経由で行先知ってるだろ。
『ルビー、お前よく着いて来たな……』
『流石にちょっと不安だったけどね。でもナナがいるなら大丈夫だって、パパとママもお墨付きをくれたわ。この子たちとも仲良くなりたかったし、良いキッカケになると思って。まさかヒロがいるとは思わなかったけどね! ふふっ♪』
クソ。全員グルかよ。
だから通用しないってその言い訳。
まぁ市川家の財力をもってすれば、後輩と友達の三人連れて自腹で遠出もそう難しい話ではないが……にしたって行動力がゲージ振り切り過ぎだろ。太っ腹とかそんなレベルじゃない。怖い。
「廣瀬くん、その子たちは……って、ノノ! 久しぶりだね! どうしてここに?」
「谷口センパイ。どもどもっす。普通に遊びに来ただけですよ。この子たちはフットサル部の精鋭なのです。お手つき厳禁ですよ?」
「ははは、分かってる分かってる。へぇー、フットサル部って本当に女の子ばっかりなんだね」
「わあ~! 可愛い子いっぱいだぁ~!」
谷口の目が一層妖しく光り輝いた、気がした。二年組にちょっかい掛けないように見張るだけでも精一杯なのに、全員揃い踏みかよ。勘弁して。
奥野さんだが、主に有希と真琴を前にして妙にテンションが上がっている。
そういやこの人、文化祭のとき比奈に頼まれて俺が題材の夢小説書いてたんだっけ……趣味嗜好も推して知るべしだな……。
「ノノが撮りますね! 三人も並んじゃってください! あ、ノノの写ってる分はいらないですよ! 授業休んで来てますから、証拠残っちゃうんで!」
「だったら来るなよ……」
ノノにカメラを預け総勢八名でパシャリ。谷口と奥野さんが混じっていると猶のこと良く分からん面子だな……うぐぐぐ……。
「じゃ、ノノたちは適当にその辺は滑ってるんで。気にされなくても大丈夫ですよ。その辺の節度は弁えてますから」
「だから弁えてるなら来るなって」
「ぶっちゃけスノボは本命じゃないんですよね。お泊りが本番っていうか。次に逢うときはホテルですかね?」
「……は!? 宿も同じなのか!?」
「偶然ですよっ、ぐーぜんっ♪」
ノノに合わせて有希と真琴もおかしそうに口元を抑える。だいたいのニュアンスで察したのか、ルビーもクスクスと楽しそうに笑う始末。
なんでも始発でこちらへ到着して、朝一番からずっと滑っているようだ。全員既に初心者向けのレッスンを終えたのか、軽快なフォームで斜面を颯爽と下っていくのであった。
年端もいかない女子四人で無防備ではないかとこちらもこちらで心配なのだが、いざというときはルビーがバレンシア語で捲し立てて撃退するらしい。
なんなら朝一に有希が速攻絡まれて、既に成功しているようだ。頼りになるのかならないのか。
「ビックリしちゃったねえ~」
「市川のあーいうところすげえけど怖いよな」
フットサル部随一のパンチラインである二人も流石に呆れかえっている。
愛莉と琴音が知ったらどうなるんだろう。あんまり教えたくないな。なんとなく。
「まっ、暫く合流しないってんなら気にしなくても良いんじゃね? それよりハル、早く滑ろ」
「え。あ、おん。せやな……」
もう競争とか谷口の影とか全部忘れ掛けてる。
どう考えても、一緒に修学旅行参加したいってだけじゃないよな。
言うまでも無く仕掛け人はノノ……いったい何を考えてやがる……。
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