571. 栄光あれ
「ほんでなトーソン、この水は普通の水とちゃうねん。有難いお力が込められとるんや。一本5,000円のところを今ならなんと!」
「サ〇ゼでねずみ講すんな、そういうのはロ〇ホかデ〇ーズでやるんだよ」
場所を移動し郊外から少し離れたところで晩飯。結局ガーター地獄から抜け出すことは出来ず、ボウリング対決は最下位に終わった。貴重なバイト代が。
レンガ並みに硬いティラミスを突っつきながら誰も興味無いであろう壁の絵画をぼんやり眺めていると、対面に座る堀が興味深げに手元を覗き込む。
「アニキ指輪してんの?」
「えっ……おん、まあな」
「あっ、それワイも気になっとったわ。あれか? 例のフットサル部の誰かか?」
藤村に続いて二人もペアリングに興味津々のようだ。学校では誰からも突っ込まれないからちょっと新鮮というか、ただただ対応に困ってしまったり。
「あの廣瀬にも彼女が出来るとはなぁ~、隔世の感っちゅうやつか?」
「ねーねー、付き合ってどれくらいなの? セックスした? しちゃった?」
「おいやめろって。声デカいぞ」
「まったまたーそんなこと言って~トーソンも気になってる癖に~!」
「…………で、実際のところは?」
「お前も敵かよ」
藤村までこんな調子とは。まぁ腐っても高校生だしな、誰でも興味はあるか……まさかコイツらとこういう話をすることになるとはな。
「……まだですが、なにか」
「ううぇっ、ホンマかっ!? おっしゃー! まだ同点ッ! はいヘタレ~!」
「スタートラインにすら立てないリョーちゃんがイキってもな」
「うるっさいな!? 男子校でどうやって彼女なん作れっちゅうねんッ!」
「自分で選んだ高校だろ」
この様子だと全員その手の類はまだ未経験らしい。知りたくなかったこんな情報。
全然興味無い。ホントに。メニュー表の間違い探しの方が興味ある。
ただ口振りから察するに、堀は彼女がいるようで。まぁ見てくれだけなら童顔の爽やか系イケメンに分類されるかも分からんが。いやもう、元チームメイトをこんな風に評価したくなかった。気持ち悪い。吐きそう。
「羨ましいわ……堀ちゃんどんくらいやっけ」
「もうすぐ二年とか?」
「聞いてえな廣瀬、コイツ大学生の彼女おるねんで」
「ほーん……」
「入学してすぐに告白されちゃってな~。向こうは東京の大学だから最近は会えてないんだけど~」
ホクホク顔で惚気る堀。入学してすぐってことは二つ年上の先輩か。フットサル部は同級生と後輩だけだから、先輩の女子は縁が無いな。超今更。
「藤村は? そういう話あんの」
「あっ、アニキ! ストップ!」
「えん?」
自然な流れで藤村にも聞いてみたのだが、堀の慌てぶりを証明するかの如く突然ハイライトを消失させプルプル震え出す藤村。
え、なんか地雷踏んだ?
怖い怖いこわい。
「……女なんて……女なんて……ッッ!!」
「あー、メンヘラモード入っちゃった」
「な、なんや? どういうことや?」
「いやなぁ……トーソンもこっち来て何人か彼女出来たみたいやねんけど、悉く向こうからフラれとるっちゅうか、その……」
「…………カはァッッ!!」
「うわーん。トーソンしっかり~!」
テーブルへ盛大に頭を打ち付ける藤村の肩を揺らし、感情ゼロの棒読みでフォローする堀……なにやら辛い過去を抉ってしまったらしい。藤村も容姿はそれなりなだけに、彼女がいたとしてもなんら不思議ではないが……。
「……何人やっけ?」
「五人、五人だッ……はじめはクラスメイト、次はサッカー部のマネージャー……春には一年のマネージャー……その次は……ッ!!」
「あー、もうええ、ごめんなトーソン。いやな。トーソンの彼女、みんな他の男に寝取られとんねん。全員漏れなく付き合って三か月以内で」
「キッツ……」
そういうことか……ただフラれるだけならまだしも、男としての尊厳を失い掛ける鬼畜の所業だ。
というか、トラウマがあるならわざわざ俺を深掘りしようとするなよ。自分から傷付きに行ってるじゃねえか。
「まぁアレや、廣瀬も気を付けたほうがええで。女なん基本なーんも考えとらんアホな生きモンとさかい、気後れせんと行けるときにバチっとキメとき」
「いやそれは偏見やろ……」
卑屈になっているのは南雲も同様である。なにも考えていないだなんて、彼女たちを知っていれば絶対に出てこない言葉だ。童貞を拗らせるのも程々にせねば。
(他の男ねえ……)
考えたことも無かった。彼女たちを他の男に取られるとか……そもそも俺のモノじゃないんだけど。
何だかんだフットサル部は学校の中でも閉じた集団だから、クラスメイトを除いて他の男子生徒と関わりを持つ機会がほとんど無いんだよな。
比奈はオミを筆頭とする男子ともそれなりに絡みがあるみたいだけど、思い付くのはそれくらいか。愛莉に至っては未だに会話が成り立たんし。
他の連中はどうだろう。琴音はフットサル部以外の交友が極めて狭いから論外として。
瑞希とノノは……まるで接点が無いとは思えないが、男子交えてクラスで遊びに行ったという話も聞いたことが無いな。
有希と真琴は普段の生活ぶりが分からないから何とも言えないが、聞く限り友達のエリちゃんと三人で行動しているようだし。可能性としては低い。
まず大前提として、俺を介さず彼女たちが他の男子と話しているところさえ見たことが無い。逆に言えば、俺もフットサル部の面々を挟まず他の女子と会話をする機会が無いんだけど……。
……そうだよなあ。想像するだけでも寒気がしてくるのに、俺が知らない女と逢ったりデートしているなんて考えたら、アイツらも苦悩も理解出来ない筈がない。
それも藤村のように、知らないうちに他の男に寝取られるとか……考えるだけでも恐ろしい。恐らく間男を制裁する暇は無い。武力行使に出るまでもなく絶望して死を選ぶまでありそう。
「ゆーて指輪までしちゃってラブラブみたいだし、そんなに心配する必要無いと思うけどね。でもアニキ、男には漢になる瞬間ってものがあるわけよ」
「なんやねんそれ……」
「ところが女は生まれた瞬間から女という名言もございましてですね」
「聞いてねえよ」
やたら先輩風吹かしてウンウンと頷く堀であった。この様子だとコイツもやることやってんだろうな……堀の癖に。生意気。
「難しく考えなくていいんだって。アレよアニキ、性欲があるのは男だけじゃないんだから。先のことはそれから考えれば良いのよ」
「まぁ、それはな」
「責任取らなきゃ~とか、そういうのは気にしないのさ! 向こうだって似たようなこと考えてるんだから! 今を生きるのが大事! ティラミス貰っていい?」
「勝手に食えや……」
堀はちょっとだけ思い違いをしている。俺が彼女たちに手を出さないままで来れたのは、なにも勇気が足りなかったのだけが原因じゃない。
責任は取らなければいけない。俺たちの関係、これからの未来はどうしたって一蓮托生。甘酸っぱい駆け引きで一喜一憂する時期はとっくの昔に通り過ぎた。極め付けがノノとの一件だ。
俺に求められているものはなにか。まぁ、勇気という側面も否定はしない。事実、瑞希と比奈相手には直前でビビってしまったわけだし。
けれど、もっと大事なことがある。俺が本気で彼女たちを守り、共になにかを築き上げていくのであれば。今のままでは事足りないモノがある。
(……いやあ。キッツいわ……)
それと同じくらい流されそうになっている自分も、やはり認めてやらなければならない。
ちょうど良い落し処があれば良いのだが、はてさて。どうなることやら。
駄目だ。なにに悩んでいるのかも分からなくなってくる。一先ずティラミスを奪い返そう。甘いモン食って脳をリフレッシュするのだ。
「って、おい全部食ったな」
「だって勝手に食えって言ったし~」
「食い意地張りやがって……南雲、ボタン押せ。どうせ俺の奢りや」
「ういっ、ほなチキンサラダとプロシュート、ペペロンチーノ大盛りと~」
「ちっとは気持ち遠慮せえや……」
「トーソンなに食べる~?」
「…………女……ッ」
「落ち込むならちゃんと落ち込めおもろいこと言うな」
藤村に栄光あれ。
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