570. 一種の才能


 待ち合わせは最寄駅から乗り換え一つ挟んで一時間近くも掛かる東京のド真ん中。全員の居住地から逆算してちょうど中間地点に当たる。


 地上に出るまで相当の苦労を要した。この手の類は大阪の誇る最強のダンジョンこと梅田駅地下街でこなれていた筈だが、そう言えば頻繁に訪れていた頃もしょっちゅう迷っていたとどうでもいいことを思い出している。

 

 著名のファッションビルを背に三人の到着を待つ。こういう場所は瑞希辺りととっくに来ていてもおかしくないのに、不思議と縁が無かった。春休みにでも誘おうかと色々考えを巡らせていると、揃いも揃って懐かしい顔が近付いて来る。



「っしゃ! ワイの勝ちなっ!」

「うわっ、マジで来てる」

「うぇぇぇ~いアニキ~ッ!」

「早々に喧しいな貴様ら」


 さも当然の流れと腕を伸ばして来るものだから、釣られてハイタッチに応じてしまった。普通に未知の領域だよ。そんな仲良くなかっただろお前。



「ホンマに来とるかどうか賭けとってな、トーソンの一人負けっちゅうわけや」

「行くっつったやろ。信用ねえな」

「いや、信じられるかよ。大会の打ち上げも懇親会も全部拒否ってたあの廣瀬だぞ。俺はまだ影武者説を疑ってる」

「まっさかー。こんな目つきの悪い人間を何人もいるとか、神様にしても底意地の悪い所業だよ」

「失礼にもほどがあるやろ」


 というわけで南雲を除き顔を合わせるのは実に二年半ぶりという堀省吾ホリショウゴ藤村俊介フジムラシュンスケである。セレゾン大阪ジュニアユースのチームメイトで、現在は各々関東の高校で奮闘中。


 どこの私立高校も似たようなスケジュールを辿っているのか、ちょうど試験休みが重なって部活も無かったらしい。大阪を離れてもこうして頻繁に顔を合わせているようだ。


 サラ髪クソチビお喋りマシーン南雲は今更として、顔も態度もどことなく弟分感のある堀、俺に負けず劣らず顔も態度も厳つい藤村と装いは当時とさほど変わらない。変わったのは身長だけか。



「こんなところでアニキの制服姿が拝めるとはなぁ~、埼玉まで出てサッカー続けて来た甲斐がありますってね」

「んな大袈裟な……」

「確かに運動着以外の廣瀬って初めて見たわ」

「ホントそれ! あ、あれか。トーソン中学のときアニキ嫌いだったもんな」

「それは違う。小学生の頃から嫌いだ」

「帰るぞ」


 セレゾンではロクな付き合いが無かったというのに、チームを離れてからこうして関わりを持つなんてな。人生分からん。


 選抜クラスの頃から俺の後ろを着いて回っていた堀はともかく、藤村にはもっと嫌な顔されるものだと思っていた。当時もかなり雑な扱いしてたし。

 でも見た感じそこまででもないな。元々こういうぶっきらぼうな性格なのか。知らなかった。



「で? なにすんの?」

「せやなぁ。普段はカラオケ一直線やねんけど、今日は廣瀬もおるとさかいに趣向を変えて……ボウリングやな!」

「なんで? なんでそうなる?」

「俺がやりたい! 以上っ!」


 南雲を先頭にすぐ近くのアミューズメント施設へと向かう。

 ノリが分からない。俺みたいな異分子が当然のように受け入れられているのももっと分からない。


 なんだよ。めちゃくちゃボール蹴るつもりで一回帰って着替え持って来たのに。遊ぶだけかよ。拍子抜けだ。



(まぁでも、偶にはな)


 誘いを快諾したのには相応の理由があった。少なくとも今日明日には実現しそうにない一件でアレコレ悩むくらいなら、いっそのことまったく関係の無いことに頭を使いたかったというわけだ。

 

 あとは、なんだろう。年末にどっかしらで顔合わせようって約束はしたからな。偶には男臭い空間に囲まれるのも懐かしくて悪くない気分というか。


 現実逃避ってだけでもない。コイツらも一丁前に思春期の男子学生だし、一つ二つのヒントはくれるんじゃないかって、だいぶ甘い見積もりだけど。



「ほっほほ~い、アニキとデート~♪」

「いや気持ち悪、腕離せアホ」

「あー、やっぱ廣瀬ってそういう……」

「嫌がっとるやろ顔見て分かれボケ」


 所詮はただの暇潰しの筈だった。

 だがしかし、意外と楽しんでいたりする。




*     *     *     *




「ほい来たァっ! 連続ストライィィク!!」

「さっすがリョーちゃ~ん! サッカーよりボウリングに定評のある男!」

「特技はスローイン、ってんなわけあるかァ!」


「なんでこんな全力で楽しめる?」

「一種の才能だよな」


 話に聞けば「この集まりでサッカーは一切しない」と事前に取り決められているようだ。普段から練習に明け暮れているとなれば気持ちも分からんでもないが。若干の肩透かし感。


 趣向を変えてとか言っておいて、基本集まったらカラオケかボウリングがいつもの流れらしい。

 華麗にストライクを取り調子に乗る南雲とご自慢のヨイショで賑やかす堀。飲み物を啜りながら座席でぼんやり過ごす俺と藤村。


 本当に二年半ぶりなのかと疑いたくなるレベルの馴染みっぷりである。

 むしろ藤村はよくこのノリに毎回付き合えるな。根本的に性格合わんだろアイツらと。



「え、廣瀬コーラ飲んでんの?」

「おん。なんか問題あるか」

「いやお前、クラブハウスのサーバーにもケチ付けてただろ。ファミレスでもあるまいに甘いモン置いてんじゃねえってスタッフにキレ散らかして」

「いやぁ、ちょっと記憶に無いっすね」

「都合の良い奴だな……言い出しっぺが弛んでるんじゃねえよ、ったく」


 なんて言う藤村はただの水を飲んでいた。その件で弄られたの榎本さんに続いて二回目だな。本当に覚えていないのだ、中学の記憶なんて皆無。



「フットサルやってんだってな。それも女に囲まれて、なんなんお前」

「なんや詳しいな」

「内海が教えてくれた」

「暇かよアイツ……」


 同期じゃ一番忙しい癖になんなんだよ。俺のことばっか気に掛けてるから彼女の一人も出来ねえんだ。って、俺が言えた口じゃないか。



「良いご身分だよ、セレゾンめちゃくちゃに引っ掻き回して自分だけドロップアウトなんてな。一年やそこらでこうも落ちぶれるモンかね」

「ええねんもう。終わったことや」

「……戻る気は無いんだな」

「それも含めて検討中」

「へぇー……バッチリ女も捕まえてか?」

「んやねん、ジロジロ見んな」


 右手の薬指を凝視する藤村。瑞希の誕生日に拵えたペアリングだ。練習のときは外すくらいでほぼ毎日着けている。彼女も同様。


 南雲と再会したときも似たようなことを言われたが、俺が真面目にサッカーやってないの、コイツらからしたらやっぱり不満なんだろうな。



「そういうお前は? まぁまぁやろ西ヶ丘、遊んでる暇無いんとちゃう」

「心配無用。これでも10番だし」

「一回戦負けのエースがなんか言ってる」

「うっざ。今のお前よりマシだっつの」

「ハッ。かもな」


 見てくれは汚い制服に身を包んだ怠惰な若者に他ならない彼らだが、三人とも先日の全国選手権に出場した前途洋々の未来あるプレーヤー。今の俺がなにを物申したところで机上の空論。


 藤村のプレーする西ヶ丘ニシガオカ高校は激戦区の東京でも有数の強豪私立だ。確か今回が全国初出場だったんだっけ。



「キツイよな東京、二枠あるっつっても。全国勝ち抜くより難題やろ」

「マジでそれ。準々決勝から全部PK決着だったし。しかも一回戦で市原臨海イチハラリンカイとか、地獄だよ地獄」

「ほーん……」


 市原臨海というと、南雲の高校も負けた相手だったな。全国優勝の経験もあって、20年前は高校サッカーの絶対王者として知られていた強豪だ。

 藤村の西ヶ丘も南雲の桐栄も決して弱いチームではないんだけどな……全国を勝ち抜くのやはり大変らしい。


 ライバルの数からして少ないフットサル部にしても決して無視は出来ない話。恋愛沙汰に振り回されるのも悪かないが、こういう話を聞くともっとしっかり練習しないとって、どうしても考えてしまう。



「まっ、今日は良いんだよそういう話は! 遊べるときに遊ばねえと」

「さっきと言うとることちゃうぞ」

「やるときやればいいんだよ。メリハリメリハリ。っし、そろそろ本気出しますかね……」


 意気揚々と立ち上がりボウリングの球を拾い上げる。依然騒がしい南雲と堀に囲まれ華麗に一投、見事にストライク。普通に上手いのかよ。うざ。



「ほい、つぎ廣瀬! そろそろ結果出しいや!」

「負けたら晩飯奢りだからね~アニキ~」

「結果至上主義の廣瀬がボウリングとはいえ完全敗北は許されないよなあ?」

「はいはい、やりゃええんやろ」


 今更だがボウリングは初体験である。そもそも足を使わないスポーツがてんで向いていないのだ……。



「うわっ、下っ手くそやなぁ!」

「あっはははは! またガーター!」

「あれぇ~~廣瀬く~~ん??」

「コイツら……ッ!」


 無情にも右端の窪みをゴロゴロと転がっていく。ゲラゲラ笑いながら俺を馬鹿にする連中に殺意も一入だが、それよりも気になることは一つか二つ。



「んな器用な人間じゃねえんだよ……」

「えっ? アニキなんか言った?」

「……いや、なんでも」


 お前らも別に、ただのサッカー馬鹿ってわけでもないんだよな。ピッチから離れている分には普通の高校生で。上手いこと生きてるっていうか。


 俺の抱えている悩みなんて、お前らからしたらなんてことない日常なのだろうか。


 サッカー一つ取り上げられただけでこの社会性の無さ。たかがボウリングの実力でなにを思い詰めているのかという話だが。


 いやでも、意外と馬鹿に出来ない気はする。

 取りあえず一本だけでも倒そう。奢りは嫌だ。


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