566. 性欲に踊らされている


 夕食はいつも通りコンビニ弁当で済ませる算段だったが、連日のラーメン爆食いをはじめとする不摂生ぶりに考えるところもあり、偶には自炊でもしてみようと思い立ったわけだ。バスを降りて自宅すぐ近くのスーパーへ足を運ぶ。


 料理は得意でも不得意でもない。作業工程でアレコレ頭を悩ませていれば少しは気持ちも落ち着くだろうし、度々スマホを揺り動かす彼女たちからの通知をスルーする理由にもなる筈。


 どちらにせよ明日以降の釈明は不可欠なのだから、例に漏れず先延ばし以外の何物でもないのだが。今晩くらい許してほしい。ヘタレとでもなんとでも言え。



 凝ったものは作れない。夜も冷えるし、カレーでいいか。カロリー的な面で言えば外食とさほど変わらないけど。


 もうええねん、違うこと考えられれば。

 記憶から消すのではない。一旦忘れるだけ。


 

「さっむー……」


 適当に材料を拵え徒歩数分の自宅アパートへ。


 しかしいつまで降るんだろう。雪国で過ごす修学旅行なのに今から見慣れては新鮮味に欠けるな。

 流石に前髪が鬱陶しいからそれまでに切ろうか。ア〇タにある1,000円カットで良いかな。こういうところで手を抜くと比奈がヤイヤイ言ってきそう。


 気を紛らわせるために色々と余計なことを考えて帰って来たは良いが。

 俺と大家さんしか住んでいない筈のアパートの前で誰かうろついている。



「……なにしてんだ?」


 前髪で視野が狭いだけかと思えば、いよいよ単純な視力の低下も無視は出来ない。本格的にコンタクトを検討すべきか。まぁそれは良いとして。


 階段前に立っているのは、有希と真琴、だよな? 一人は制服だから後ろ姿だと誰か分から…………いや、隣のジャージの奴のおかげですぐ分かるわ。



「なにしとるんやお前ら」

「ひゃああああっっ!? ひっ、廣瀬さんっ!? どうしてここにっ!?」

「なんで帰って来るだけでそんな言われる?」


 肩を叩くと面白いほどにビビり散らかす有希。真琴はそうでもないな、いつも通り怠そうな顔をしている。



「兄さん、おかえりなさい。部屋から物音がしないと思ったら帰りまだだったんだね。それ、今日の晩ご飯?」

「おう、せやけど……いやだから、なんでここに居るねんお前ら」

「入学の手続きとかして来て、この辺りを下見していたんだ。三年間通うわけだからさ、どこに何があるか今のうちに把握したいなって」

「俺の住処もついでにってか?」

「あー……それは有希が言い出したっていうか、必要なのは有希だけっていうか……まぁ、とっくに済ませてはいるんだケド……」

「はい?」


 朝から見慣れない顔が校舎にわらわら集まっていたのはそういうことか。それはそれで納得として。


 理由としては絶妙に弱いというか、それを自覚しているのか真琴も口が回らない様子である。俺に言いたくない、言えない事情でもあるのだろうか。


 帰って来るのを待ち伏せしていたというのであれば気持ちは分からんでもないが、それにしては有希が慌て過ぎだろう。ますます理解に及ばぬ。



「ほら、やめた方が良いって言ったんだ……まだ秘密にしてるんでしょ?」

「だって気になっちゃったんだもん……っ」

「イメージ膨らませようって?」

「そ、それもあるけど……まっ、マコくんがちゃんと止めないのがいけないの!」

「だから止めたって。責任転嫁甚だしいね」


 何やらコソコソしている。この感じだと詳しく問い詰めても教えてくれそうにはないな。まぁ構いやしない、遊びに来たなら追い返す必要も無いし。


 無いんだけど。

 それとこれとはまた別の話。



(よりによって今日かよ……っ)


 連中のことをなるだけ考えないようにと、不慣れな自炊で気を紛らさせるつもりだったのに。その括りには然るべく二人も入っているわけで、やはり本末転倒だ。


 かといって「じゃあ気を付けて帰れよ」と突き放すのも可哀想というか……俺がしっかりしていれば問題無い、のか?


 ……うん。そうだ、大丈夫だ。所詮は中学生、その手の雰囲気に持ち込まれようものならもう俺の落ち度でしかない。対応を間違えなければ心配はいらない筈だ。



「寒いやろ。晩飯は? 食べたか?」

「えっ。あっ、ううん。お腹ペコペコ。なに、兄さんが作ってくれるの?」

「男のカレーで満足出来んならな」

「じゃあ、せっかくだし上がってくよ。姉さんに連絡するね……有希、良かったじゃん。ほぼほぼ目的達成じゃない?」

「ふぇっ!? あっ、うっ、うん! そうだね! そうかもしれないっ!」


 これといって変わりの無い真琴とは対照的に、一向に落ち着かない有希である。

 やっぱり理由くらい聞いておいた方が…………うん、取りあえずええか。寒いし。






「適当に座って待っとれ。すぐ作るから」

「ありがと……ふーん、綺麗にしてるんだね。なんか意外カモ」

「勝手に掃除されてんお前の姉に」

「……通い妻?」

「だとしても自覚があるとは思えん」

「それは言えてる」


 ベッドで寛ぐ二人を尻目にちゃっちゃか準備を始める。自炊と言っても野菜切ってレトルトのルー煮込んで混ぜるだけだ。


 背伸びしてでも凝った献立にすれば良かった。二人が居るとなれば当初の目的からは既に外れている。なにがしたいんだろオレ。今日までずっと生きるの下手くそだよな。なんなんだろうな。



「ここにテレビを置いて、ベッドがあって……あ、そっか、勉強机も用意しないと……あれっ、洗濯物はどこに干すのかな……?」

「ベランダでしょ。そりゃ」

「ハっ! そ、そっか……!」


 招き入れてからもやたら口数の少ない挙動不審な有希だったが、今度はペンとメモ帳を握って部屋中をあちこち見渡し何やら書き込んでいる。


 俺の生活を把握してなにをどう活かそうというのだ。少しは理解して来たと思ってたけど、やっぱりちょっと不思議な子だよな……。



「この辺に戸棚とか置けそうだよね」

「たっ、確かに! マコくんナイスアイデア!」

「声大きいって……」


 まーたコソコソ話してるな……めっちゃ聞こえてるって。こんな狭い家で内緒話されても筒抜けだから。意味無いから。


 戸棚置けそうって、なに? 有希さん、まさか進学と同時に俺の部屋へ住もうとしてるの? だとしたら、悪いけど全力で止めますけど? 普通にやめて?



(同棲なんて始めた日には……)


 ただでさえ手を出すか否かで死ぬほど悶絶しているというのに、有希に限らず連中と日常生活まで一緒になってしまったら。


 考えるまでもない。欲に塗れた生活、もとい性活の華麗なる幕開け。メリハリもなんもない。

 まぁハリは出るかもな、双方。やめよう、ただの下ネタだわ。



 バレンタインのお菓子作りで勘が戻って来ているのか、それほど苦労もせずカレーを作り上げる。何度も言うようにレトルトの超お手軽料理だけど。


 テレビを流しながら他愛もない話をダラダラと続ける。辛さが足りないだなんだと言い出し懐からデスソースを取り出した有希には大層苦労させられたが、鍋底が顔を覗かせる頃には落ち着きを見せ、ベッドへ横たわり目を擦らせていた。



「いっつもデスソース持ち歩いてんの?」

「お弁当にしょっちゅう掛けてるね」

「変なところで個性出しやがって……」

「んなの自分に言われても困るよ」


 前にデートの流れでレストラン行ったときは大人しくそのまま食べていたのに、いよいよ隠さないようになったのか。信頼されているのか、或いは舐められているのか。後者だな。残念ながら。



「……なに見てるのさ」

「はっ?」

「有希が可愛いのは全面的に同意だけど、手を出すのは犯罪だからね。一応まだ中学生なんだから」

「……その言い分だと春からはオーケーみたいに聞こえるな」

「はい、セクハラ。通報するよ」

「冗談やって」


 先日のデートの余韻を引いているのか、軽いジョークを前に腕を身体へ巻き付けすぐさま距離を取る。が、嫌悪感とまでは至らない様子で。


 込み込みでコミュニケーションと捉えているのか。どこか勝ち誇ったようにフフンと鼻で笑い飛ばすのであった。


 ……いけないいけない。真琴が気を遣わないで済む相手だからって、余計なことは言わないようにしなければ。

 あんなことがあったばかりなのに、まるで成長しない。危機感が無い俺だ。真琴も似たようなものかも分からんが。



「ええ時間やろ、そろそろ帰りな。駅まで送ってやるから」

「……もうちょっとだけダメ?」

「なんでまた」

「二人きりでいれるのあんま多くないし、偶には良いかなって」

「…………馬鹿に素直やな」

「兄さんが嗾けたんでしょ、アピールしろって。言っとくけど、バレンタインのアレ、まだ全部許してないからね」

「それはもう勘弁してくれって……」


 悪戯に笑いベッドに腰掛け、すぐ隣の位置を狙って来る。デジャブも良いところだ。変なところで比奈に影響受けやがって。



(伏兵やったか……ッ)


 焚きつけたのは論ずるまでもなく俺なのだが、こうもいきなり女らしくされてしまうと流石に意識せざるを得ない。選りすぐりの美少女揃いであるフットサル部においても随一の美形なわけだし。


 優位に立ったと見るや一気に自信を露わにさせるこの感じ、本当に愛莉とよく似ている。

 こんなに可愛い子が学校では男子みたいに振る舞っているなんて、同級生たちにはそりゃもう劇薬だろうな……。



「……まぁ、ええけどな。10時前に帰れば補導もされへんやろ。好きなだけ居ろ。ただし俺は風呂に入る!」

「おっと、そうはさせないよっ!」

「なにィっ!?」


 単純に反射神経で負けてしまった。我先にリビングを飛び出しユニットバスの扉を開けると、上のジャージを中から放り投げ首先をひょっこり。



「先に使わせて貰うから! どうしても入りたいなら、別に構わないけどね!」

「貴様ァ……ッ!」

「まっ、ヘタレの兄さんには無理だよね! 二度も同じ轍を踏む勇気は兄さんには無いでしょ! 残念でした! 有希の寝顔でも拝めてればっ!」


 ニヤニヤ笑いながら勢い任せに扉を閉める。


 なんなのお前?風呂に乱入したアレのことを言っているなら、ずっと恥ずかしがっていたのなんならお前の方だったよね? なんで割り切ってるの? おかしくない? 信頼度パラメータ壊れちゃったの?


 こういう何気ない場面で自信たっぷりというか、簡単に調子に乗るところは真琴らしいっちゃらしいけど……流石にそれは無防備過ぎるんじゃないか?



「調子乗りやがって……ッ」


 ムカつく。どいつもコイツも俺の性別を無視して、土足で踏み込んで好き放題しやがって……確かに前からそうだったけど、今日という日はいよいよだぞ。



 訂正しよう。そして正直に打ち明けよう。イライラしているんじゃない。ノノとの一件からずーーっとムラムラしてる。今更取り繕ってる場合か。


 上等だこの野郎。中学生だろうが何だろうが関係ない。性欲に踊らされているのだとしたら、自ら手を引いて踊り狂うまでだ……ッ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る