563. 望みを言え
「おやおやこんにちはハルさんや」
「そんなに焦ってどうしたの?」
図書室は本館の三階だからそのまま降りて下駄箱から正門へ向かうのが一番早いのに、いつもの癖で新館を通ってしまった。何やら厚めのファイルを胸元に抱え歩いている比奈と瑞希に遭遇する。
それ自体は別に構わないし、むしろ逢えて嬉しいくらいなのだが。なんとなく都合が悪いような気がしないでもない。何故かは分からんが。
「……なにしとるんこんなところで」
「修学旅行のことでちょっとね。わたしと瑞希ちゃんクラスの代表だから、向こうでのスケジュールとか、宿のアレコレとか色々と確認して来たの」
「もうすぐテストというこのタイミングで会議とは、学生のじじょーが分かってねえやつらよ」
「瑞希ちゃんにはあんまり関係無いんじゃない?」
「流石ひーにゃん分かってんな」
「褒めてないよ~」
謎に連携バッチリの二人である。琴音との長い付き合いもさることながら、クセの強い人物の操縦は比奈の十八番だな。俺の扱いも含めて。
新館二階にある会議室で修学旅行の委員会みたいなものがあったようだ。試験が来週の月火で金曜に出発だから、気付けばもうすぐだな。
余談だが、年末前に三か所ある候補から行先が決められ、場所は山形の蔵王になった。二泊三日のうち大半はスキーかスノボ、温泉街での観光に充てられる予定。
以前話題に上がった通り、山嵜の修学旅行はグループで小分けにされ各々で行先を選べるようになっている。
少し前までは全員で沖縄へ行っていたようだが、行先や宿に不満が続出して選択制になったんだと。教師は一人ひとりの仕事量が増えて大変だろうに。
その癖、沖縄か大阪の希望者が大半らしい。ウィンタースポーツのガチ勢は少ないようで。
まぁこの季節に雪国へ行くとなれば出来ることも限られるし、温泉街でまったり過ごすのを楽しめる年齢でもないしな。
「行先決めてた頃アレだったからさ、マジで危なかったわ。一人だけ沖縄飛ばされてたら泣いてた」
「あはは。ギリギリセーフだったねえ」
というわけでフットサル部の面々は漏れなく山形を選択している。聞けば俺たちとテツオミ中心のサッカー部、その他諸々を合わせてもトータル20人ちょっとしか居ないとのこと。
しかも引率が峯岸とハンチョウなんだとか。身内ばかりの修学旅行と考えれば悪くも無いが、新鮮味に欠ける嫌いは若干あるな。嫌でもないけど。
「で、どこ行くの? 帰んの?」
「あー……まぁ、せやな……」
「むっ! なんだその態度。また隠し事かァ!?」
「ちげえって。ホンマにちゃうから……ちょっと勉強する気分じゃねえなって、そんだけ」
「ホントのホントだなっ! 嘘じゃねえな! あたしの目を見ろっ! そしてチューセーを誓え! ついでにキスしろっ!」
「後半に連れて迷走甚だしいぞ」
「まるでジャ〇プの掲載順のようになっ!」
「上手いこと言ったつもりなん?」
バレンタインのいざこざが頭を過ぎったのか、少し強めの口調で問い質して来る。が、俺の反応を見るやいつもの調子に戻るのであった。
ノノや琴音が悪いなんて話ではないが、この二人は行動理念が一切ブレないからそういう意味では安心する組み合わせだ。
愛莉? 諦めたよ。常にブレブレなのがアイツの取り柄で一番の魅力。マジマジ。嘘吐いてない。
「どうしよっかなー。わたしも真面目モードは疲れちゃったから、勉強頑張るような気分じゃないんだよねえ」
「うむ。それはあたしも同意だ」
「お前がいつ真面目だったってんだよ」
「ハッ? 喧嘩売ってんの?」
「瑞希ちゃん。愛だよ、愛」
「なるほど。水に流そーじゃないか」
軽い。すべてにおいて。
「うっし、じゃあやることもねえしあっち行きますか。なんかバス遅れてるんでしょ。歩いて帰るのダルいし」
「やることはあるけどね。瑞希ちゃんは特に」
「残念だったなひーにゃん! 今回のあたしは一味違うのだよ! 既に試験範囲はモーラし尽くしているのさっ!」
「琴音ちゃんにお礼言わないとね~」
漫才並みに流暢な会話のキャッチボールを披露し、元来た道を引き返す。
当然のように空いた右手は比奈に掴まれていた。いつの間に握ったの。全然気付かなかった。怖い。
良いんだけど。別に良いんだけど。せっかく誘惑から逃げ出したのに、なにも解決してないじゃんって。思ったり、思わなかったり。
「布団さえあればカンペキなんだけどな」
「部の予算で買っちゃおっか?」
「他にまともな使い道あるやろ」
談話スペースのソファーを移動させ簡易式ベッドの完成である。
人避けのため大きなカーテンで丸ごと覆い隠すのも忘れない。やはり外からは丸見えだが。
ソファーを隠しているうちは中に誰かがいるって丸分かりだから、実際のところあんまり意味は無かったりする。
普段新館を行き来している運動部の奴らは「またフットサル部が隠れてなんかやってる」とかいっつも思ってるんだろうな。勘違いされてるよな。もう何もかも遅いわ。
「最近編み出したんだけどな。ここにスペース作って、テーブルの下に上手いこと隠れると……ほら、どうよ!」
「わー。隠れ身の術だー」
「見回りの目をあざむく最新の技術さっ! さああたしをほめるがいい!」
「瑞希ちゃんすごい! 天才!」
「ハッハッハ! 良い気分だぜッ!」
「なにやっとんねんお前ら」
帰って勉強しろと口煩い先生への対策もバッチリなようだ。拍手を交えケラケラを笑う比奈も咎める様子は無い。根が根なんだよなコイツも。
「はー、しっかし寒い。さむすぎる。ハル、なんか飲み物買ってきて」
「やなこった」
「じゃんけんで負けたほうな」
「話聞けや」
唐突に始まるパシリの押し付け合い。構いやしないが。だって瑞希、じゃんけんクソ弱だし。戦略性の無いゲームすら勝てないとかもうおしまい。
「だぁぁァァーーッ! 何故こうなった!!」
「あはははははっ! もうっ、ダメだよ瑞希ちゃん弱いんだから~」
「チッ、女に二言はねえ! さあ望みを言えッ! 叶えてしんぜよう!」
「おしるこ」
「わたしも~」
「待ってろ! 五秒で帰って来てやる!」
「ホンマに出来たら金出してやるよ」
「なんで奢るの前提なんだよッ!」
ゴテゴテの財布を握り締め駆け出す瑞希。五秒は無理だろうな。おしるこ缶、渡り廊下の自販機にしか売ってないし。走っても三分は掛かる。
なんだろう。このすっごい落ち着く感じ。
何の変哲もない瑞希とのやり取りで、いつも通りのすっかり見慣れたフットサル部の光景なんだけど。それが逆に安心する。
恋愛沙汰でアレコレ頭を捻るのも悪かないが、最近余計なことに手出しし過ぎて忘れていた。
今日に限って言えば、こういう一切気を遣わないで済む空間というか、温すぎる雰囲気が実にちょうど良い。そうそう、これよこれ。
「二人っきりだねえ」
「え……おん、せやな」
「いっぱいアシストして貰っちゃったから、目一杯使わないと損だよね」
「はい?」
「よいしょっと」
腰を浮かして座る位置を微調整。
当たり前の如く隣へ陣取る比奈。
……しまった。比奈と二人になるのはちょっと悪手だったかもしれない。
普段の様子を考慮するに、下手したらノノや琴音よりも厄介な相手じゃねえか……ッ。
「なんと一味違うのは瑞希ちゃんだけじゃないんだよね~。どこか気付いた?」
「……最近よう眼鏡掛けとるよな」
「ぴんぽーん。どうしてだと思う?」
「コンタクトのストック無くなったとか」
「ほら、バレンタインのときに「やっぱり眼鏡も似合ってて良いね」って言ってくれたでしょ? お世辞だったかもしれないけど、結構嬉しくて」
「なんやそれ……単純かよ」
「だって陽翔くん、こういうちょっとした変化とかあんまり気付いてくれないんだもん。女の子のアピールにはもっと敏感にならないとね」
「はいはい、可愛い可愛い」
「あーっ、そうやって適当に」
頬を膨らませ腕をブラブラと振り回す。
あざとい。あざとすぎる。
何故これが嫌味にならない。意味分からん。
また同じ悩みの繰り返しだ。こんなに可愛らしい女の子が、俺のことを本気で好いているだと。なにが起こってるんだよ。
付け加えれば、よりによってハロウィンであんなことがあった比奈である。
その類におけるハードルは、琴音は勿論ノノと比べても本来は相当低かった筈だ。
(……あ、あれ……っ?)
どうしよう。なんだこの感覚は。
今までもこんな感じだったのに。互いの気持ちを知る夏までも、すべてを打ち明けたそれからも。適当に切り上げていつも通りに戻れたのに。
オレ、比奈とどうやって過ごして来たんだっけ。こんなに可愛らしい、想いの通じ合った子が近くに居て、どうして手を出さずに来れたんだ……ッ?
「陽翔くん? どうしたの?」
「……アイツ、まだ戻って来ねえよな」
「瑞希ちゃん? そうだねえ、まだちょっと掛かると思うけど……なになに? もしかして、戻って来るまでえっちなことしたいの?」
「……………………」
「なーんて、陽翔くんそういうところガード堅いもんねえ。わたしはいつでもウェルカムなんだけ…………あれ、陽翔くん?」
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