557. 柔らかな感触


 ルビーとともに案内されたノノの自室で午後のまったりとした時間を過ごす。


 我が家の六畳一間を軽々と凌駕する広大な一城、なにをどう説明しても「めちゃくちゃ良い部屋」という結論にしか辿り着かないので詳細についてはもう言及しない。


 暫くほったらかしにされたルビーはまぁまぁ怒っていたが、昼食のカップ麺を啜っている間に機嫌も直って来た。

 ああ見えてジャンキーなものが好きらしい。ノノといい琴音といい、女性らしい一部分の向上に特別な栄養価は必要無いのだろうか。



『ちょっとナナ、撃たれてる撃たれてるっ! 死んじゃうってば!?』

「ぽいぽいぽいぽぉぉぉーーい!!」


 言語を介さず楽しめる遊びは何かと頭を捻ったところ、分かりやすくテレビゲームに落ち着いた。


 オープンワールドで人を殺したり泥棒したり好き放題出来るという物騒なゲームで、今は銀行強盗のミッションに挑戦している。情操教育に悪そう。


 テレビ画面の真ん前に寝そべりコントローラーを握る二人を後ろのベッドに腰掛け見守っている。

 最初は一緒にプレイしていたけど、向いてないのが分かってすぐに辞めてしまった。


 指名手配レベルとやらがマックスまで上がってしまい、警察の銃撃から必死に逃げ続けている。異なる言語で似たような一喜一憂を見せる二人をスマホ片手にボンヤリと眺めていた。



(ちょっとは隠せよな……っ)


 真っ直ぐ伸びた背筋、綺麗な女の子座りで構えるルビーとは対照的に、ノノはカーペットの上にうつ伏せで倒れ足をかっ開いて随分とお行儀が悪い。


 加えてスカートはいつも通り短いわけだから、淡い水色の下着がこちらからは丸見えだった。肉付きの良い柔らかな太ももが無警戒に晒されている。


 ノノに限らずなにかと警戒の薄い彼女たちの秘められた箇所を目視で頂戴するのも初めてではないし、特段珍しいことではない。

 しかしここまで長時間、それも無防備なものを見せつけられるのはあまり経験が無く。


 スマホを隠れ蓑にガン見を続けている俺に、ノノは気付いているのだろうか。理解して尚も隠さずいるのだとしたら、それはもう見事な策略としか。



『ナナ、お手洗いはどこ?』

「はい? なんて?」

「……トイレだってさ」

「右に曲がって突き当たりのところです。また迷われてもアレなんで案内しますね」


 ルビーの手を引いて部屋から出ていく。

 さよなら、水色パンツ。元気でな。



(落ち着かねえ……)


 ベッドへ倒れ真っ白な天井を捉える。なんてことない光景ではあるのだが、今となってはこの単色でさえ余計なモノを想起させる一端でしかなかった。


 パンツがどうとか、太ももがどうとか、甘ったれたことを言っている場合ではない。そんな領域は通り越してしまったのだから。



 天へと突き出した両腕の先には、彼女の柔らかな感触が色濃く残っている。怒り狂う弩級を優しく包み込んだ艶めかしい温もりも記憶に新しい。


 押し寄せる快楽の波に身を委ね、いじらしくか細い声を漏らす彼女の姿が鮮明に脳裏を覆い尽くす。思い出しただけで何十、何百回だって催してしまいそうだ。


 ……普段も特徴的な声してるけど。


 あんなに可愛いらしく鳴くんだな。アイツ。



「センパイももっかいやりますか?」

「えっ……あぁ、いや、俺はええわ」

「慣れたらそんな難しくもないですよ?」

「ゲームと言えど人を撃ち殺して喜ぶようなサイコにはなりたくねえ」

「ダメですよぉ、現実との区別は付けないと」

「ええねん、別に」


 先に部屋へ戻って来たノノ。そのままコントローラーのもとへ向かうかと思いきや、ベッドへ寝そべる俺の足元へちょこんと座りニコニコと笑っている。


 彼女の言い放つ言葉すべてが余計な意味を併せ持っているようで、酷く対応に苦心していた。

 そうだな。もっかいやりたいし、慣れれば難しくはないだろうな。ゲームの話だけど。そうであって欲しいけど。



「……切り替え早いんだな」

「そんなことないですよ。まだフツーにドキドキしてます。これでもノノ、演技派なんですから……っ」


 気にしているのは俺だけかと思っていたが、ノノもこちらの様子を窺うだけで精一杯のようで。チラチラと視線を外しては髪の毛を弄り落ち着かない。


 ルビーが居てくれたおかげで、どうにか最低限の体裁は賄えているようにも見える。もっともこの段階まで来てはルビーの存在が一概に良いとも悪いとも言い切れないのが申し訳ないところだが。



「この階、おトイレ二つあるんですよ。ちょっと遠い方を教えてきました」

「えっ?」

「戻って来るまで時間掛かると思います」


 そんな言葉とともにベッドへ横たわる。


 目前へ添えられた整い過ぎにもほどがある容姿。ニットのセーターから激しく主張する双丘。なにもかも喧しい。こんな代物、どうすれば意識しないで済むのか。



「んっ……」


 示し合わせるまでもなく唇は重なった。同時に胸元へ手が伸びるのも、一線を越えた今となっては自然の摂理で。



「……なんで着けてねえんだよ」

「触っておいてとんでもねえ言い草ですね……家ではこんなモンですよ。ノノに限らずみんなそうだと思います」

「……あっそ」

「あのっ、先っぽはダメですよ。さっきみたいに、たぶんすぐに……っ」


 シーツに顔を埋め僅かばかりの抵抗を見せる。その姿さえ男の劣情を煽るだけに過ぎないと、実はこんなにも初心だった彼女。きっとまだ理解に及んでいない。



「……想像以上でした。軽く。余裕で。センパイがノノの身体に必死になってるって考えただけで、もう、ダメです。自我とかサヨナラです」

「……おう。そっか」

「マジでヤバイかもですっ……こんなの絶対に依存しちゃいます。あの……センパイが止めてくださいね。特に学校と、フットサル部のときは。とんでもないこと言ってる自覚はありますけど、普通にムリです。ちょっと我慢出来そうに無いんで」



 喜怒哀楽、どれを取っても説明に事足りない。間違いなくノノではあるのだが、どう見たって俺の知っているノノはそこには居なくて。


 ああ、本当に超えてしまったんだって。

 そんなことばっかり考えていた。



「……またおっきくなってる」

「なるやろ。そりゃ」

「……あんなに出したのに、元気ですね」

「ホンマに歯止め利かんから、それ以上はやめとけ。なっ」

「……そう、ですねっ」


 再び主張を始めた下半身をジッと見つめ、ノノは照れ顔を近くにあった布団で覆い隠す。

 互いに気まずくなって、それでいて距離はこのままなのだから、もうどうしようもなかった。溺れ掛けているのはお互い様だ。



「……もっと強く抵抗されるかと思ってました」

「あんな状況で拒めるわけねえやろ…………いや、でも、分からん。前までなら出来たかもしれん」

「ノノの有り余る魅力にノックアウトさせられてしまったわけですね?」

「……そういうことにしとけ」

「んふふ。やった」


 同じく浴室で致し掛けた瑞希や、高熱でうなされた末に手を出そうとした愛莉のケースと何が違うのかと問われれば、明確な答えは出せそうにない。


 それこそ時間の問題だったというだけなのかもしれない。相手がノノだから、という理由もあながち見当違いではないということだ。



「……ノノ、ちゃんと出来てましたか?」

「言わせんな、んなこと」

「でも、興味あります。女のプライド的に」

「…………どこで練習したんだよ」

「アイスとかバナナとか、色々です」

「……俺は? 嫌じゃなかったか?」

「それこそ言わせないで欲しいです。指先までテクニシャンだなんて聞いてませんっ。自分でするよりずっと……」

「分かった、分かった。もう言うな」

「んふへへっ……」


 くすぐったそうに息を吐いて、布団を更に強く身体へと巻き付ける。双方納得の充実した時間だったのであれば文句は無いが。


 このままルビーが帰って来なかったら、間違いなくバスルームでの続きが始まってしまう。そして次はいよいよ、文字通りの本番だ。


 クリスマスに瑞希から押し付けられたプレゼントは、今も自宅の片隅で静かに眠っている。最低限の条件さえ整えば、俺たちの行く末を阻むものは何も無い。



「……ノノたち、どうなっちゃうんでしょうね」

「……どうなるって?」

「分かり切ったこと聞かないでください…………ノノだけこんなことしてるの、絶対に不公平っていうか、いつかバレちゃうのは確定じゃないですか」

「…………まぁ、な」


 わざわざ口に出すことでもないが、週明けからの俺たちは間違いなく、今まで通りの俺たちではなくなってしまうだろう。明らかな雰囲気の違いをフットサル部の皆は機敏に感じ取る筈だ。


 飄々とやり過ごすのがお得意なノノでさえこんな調子なのだから。嘘の苦手な俺と駆け合わせれば関係が露見してしまうのも目に見えた結末。



「良いんですよ。他のセンパイたちと同じことしてたって、ノノは気にしません。むしろ先輩面して乱入するまであります。逆も然りです」

「それはそれで困るが……」

「ノノが気になっているのは只の一つです。彼女を名乗るには烏滸がましい、かといって普通の後輩にも戻れない」

「……せやな」

「本物の家族になるには、まだまだ宿題が残っている気がします。勿論、友達じゃ満足出来ません…………ノノは、センパイのなんなんですか?」


 忙しなく多動を続ける瞳。漠然とした、されど明確な不安が彼女へと襲い掛かっている。


 今更誤魔化したり先延ばしにはしない。

 欲しいのは明確な立ち位置。そして、答え。


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