556. お似合いですね


 動揺は心身の硬直を招き、非力な女性相手とは思えないほど簡単に浴槽の端へと追いやられる。無理やりに向きをひっくり返されると、一糸纏わぬ健康的な柔肌が視界いっぱいに広がった。


 曲線ばかりで構成された角の立たない丸みを帯びた身体。どこもかしこもしなやかで、つるんとしていて。俺みたいな粗雑な人間とはまるで似ても似つかないまったく別の生物であると嫌でも意識させられて。


 ジャグジーの泡立ちはいつの間にか止まっていた。湯船のなかで脚と脚が擦れ合うたびに、理性と抵抗力が音を立ててガリガリと削られていくようだ。

 


「……そ、そんなにマジマジと見られても困っちゃいます……っ」

「じゃあどうしろってんだよ……ッ」


 流石のノノでもハッキリと視線を感じるのは躊躇うのか、左腕で胸部を覆い隠し、更に保険と身体を預けて来る。あまりに立派な二つの双丘が胸板にムニュムニュと押し付けられ、それが劣情を煽るだけの行為であるとも気付かない。


 目前に捉えたチェリーピンクの唇は、今すぐにでも食べてくださいと口を開かずともモノを言うようで。

 これだけのお膳立てが整えば、既に着席し料理の到着を待っていたばかりの俺からしてみれば自然と吸い込まれてしまうのもある意味当然のこと。


 天井から浸るものとは明らかに異なる、粘り気を孕んだ仄かに甘い水液が体内へと流れ込んでいく。なにか良からぬ成分でも混入しているのか、身体の節々は次第に滾りを増し、自ずと血流の流れを自覚する。



「しちゃいましたね……っ」

「……ごめんな、こんなところで」

「良いんです、ノノが望んだことですから……あと、センパイ。あのっ……」

「ど、どうした?」

「…………当たってます。硬いの」


 もはや隠し通すのも無理な相談だった。愚直に怒りを拵え今にも爆発しそうなソレがお腹周りにぶつかり、いくらノノでも冷静ではいられなかったのか、見る見るうちに頬を紅潮させていく。



「センパイ、ノノに興奮してるんですか……?」

「しない方がおかしいやろ……っ」

「そ、そうですかっ……!」


 すっかりペースを握られていたものかと思っていたが、ここに来て思いのほか汐らしいノノである。

 胸元に顔を埋めると、荒い呼吸と胸部の膨らみがダイレクトに伝わりますます居た堪れない。水面に映る真っ赤な顔を見つめ、ノノは拙くもこのように続ける。



「……これちょっと、マジでヤバイですっ……センパイがノノの身体で興奮してるって考えたら……うわぁ、やばいやばいやばいっ……頭おかしくなる……っ」

「の、ノノ……っ!」

「すみません、ノノ、もう我慢できないかもっ……し、失礼します!」


 ズルズルと身体を下げ、依然として隆起を続ける山脈の麓へと辿り着く。小さく悲鳴を上げると、未知の生物を前に声を震わせ驚きを露わにする。



「で、デカっ……!?」

「待てっ、落ち着けノノ……! それ以上は洒落にならねえから……ッ!」

「こ、こんなおっきいのが中に入るんですか……!? え、やばっ……なんか大きくする薬とか飲んでるんですか……!?」

「んなわけねえだろッ!?」


 他人と比較などしたことは無いが、初めて見る分にはショックを受けるほどのサイズなのだろう。嬉しいか嬉しくないかで言えばそりゃ前者だが。



「……ツルツルなんですね」

「一応……怪我したとき箇所が分かりやすいし、テーピングも巻きやすいからな。アスリートの常識や。この部分に限らずやけど」

「……ちゃんと清潔にしてるんですね。ポイント高い、です。えへへっ、ノノと一緒ですね……っ?」


 こうもマジマジと観察されると流石にやり場が無い。あまりに距離が近過ぎて視線を外そうにも彼女の身体ばっかり目に映って。


 一緒って。まさかお前。どこの話してるんだよ。これ以上余計な情報を与えるな。考えさせるな。想像させてくれるな。



 不味い。これ以上は本当に駄目だ。一線を超えることになってしまう。瑞希のときだってここまでで持ち堪えた。そこから先はもう、引き返せない……ッ。



「あ、あれですよねっ? 舐めれば良いんですよね……!?」

「ちょっ、待てノノ……っ!!」



 潤んだ瞳を残し小さな口をポッカリと開け、今にも頬張ろうとした、その瞬間だった。



『こんなところにお風呂が……ヒロ、ノノ! どこにいるのっ!』



「なっ……ルビー……!?」

「ふぇっ……!?」


 タイミングが良いのか悪いのか。眠りから覚めたシルヴィアが階段を駆け上がりバスルーム手前のドアを開ける音が聞こえた。姿を消した俺たち二人を探して家中を歩き回っているようだ。


 慌てて口を押えそのまま静止する両者。少しでもお湯の溢れる音が聞こえたらここにいるのがバレてしまうだろう。

 このまま他の部屋へ移動するのをジッと耐え忍ぶしかない。何かと奔放なルビーとはいえ、浴室で行為に及んでいると知られるのだけは困る。



『あら、これってナナが着ていた……お風呂に入っているの? ナナっ、いるなら返事して!』


 見知らぬ環境で一人困り果てている彼女の問い掛けと言えど、今ばかりは反応することも出来ない。息を殺し不在を匂わせると、ドア越しでも分かるくらいの大きなため息を吐いて、ルビーはこのように続ける。



『いないみたいね……着替えて自分の部屋に行ったのかしら? ヒロも一緒かも……もうっ、この家は広すぎるのよ! 二人ともわたしをほったらかしにして、怒っちゃうんだから! どこなのよナナの部屋はっ!』


 次第に声が遠くなっていく。

 独り言多いタイプなんだな、ルビー。


 声が完全に聞こえなくなったことを確認し、二人揃って大きく息を吐いた。考えうる限り最悪の展開は避けることが出来た筈だ……本当にバレなくて良かった。






「……ノノ?」


 が、話はこれで終わらなかった。ルビーのおかげで多少の冷や水は浴びたと言えど身を置いている状況に変わりは無い。


 変わらず局部は著しく成長を続けているし、最も隠すべき、見せてはいけない箇所を彼女に曝け出したまま。ノノも少しずつ落ち着きを取り戻してはいるが、視線は外してくれそうにない。



「…………辞めとくか?」

「……ばか。いくじなし」

「アホっ、最後通牒や…………これからブレーキ利かなくなったらお前のせいやからな。分かっとんのか?」

「元よりアクセル二つ揃えてるノノに言われても無理な相談です」

「……そうだったな」

「偶々こんなキッカケでしたけど、どうせいつかはこうなってましたから……ちょっと我慢が足りなかっただけのことです。センパイも一緒でしょ?」

「…………かもな」

「……じゃ、お似合いですねっ」


 潤んだ瞳のまま歪にえくぼを垂らし、幸せそうに微笑む。勘弁してほしい。ダメ押しだ、こんなものは。



 浅はかな欲求を素直に飲み込むとすれば、このまま彼女の顔を掴んで無理やりに手繰り寄せるなど造作もないこと。


 事実こうして大した抵抗もせず彼女の行動を今か今かと待ち侘びているのだから、次に起こるアクションだってただの一つに決まっていた。あれこれ論理を捏ね繰り回してなんだが、とっくに手遅れ。



「…………ご奉仕、して欲しいですか?」

「どこで覚えたんだよ、そんな言葉」

「常識です、これくらい。なんのためにかと問われれば、センパイのためだったのかもしれません」


 今までの俺たちなら。きっとルビーが顔を出した時点で何かしらの糸が切れて、結局曖昧なままで終わっていたのだろう。


 けれど、そうはならなかった。たかが一回のアクシデントで予定調和が崩れ去るほど俺たちは強くもないし、かといって弱い存在でもなかったのだ。



「……ちょっとだけ予定変更です。流石にここだと狭過ぎます。諸々含め」

「せやな……ルビーが戻るかも分からんし」

「はい。サクッと終わらせましょう……あの、痛かったら言ってください。上手く出来るか分かんないから」

「好きにしろよ」

「…………センパイもノノのこと、好きにしていいんですよ?」

「……下手くそやったらごめんな」

「気にしません。センパイに求められるだけで、ノノはとっても幸せです」

「…………恨みっこ無しな」

「はいっ……」



 いつかこうなるとは思っていた。少しだけ。俺も俺で我慢出来るような性格じゃないし、なんならずっと望んでいたのかもしれない。

 だがそうは言っても、まさかノノが相手だなんてな。分からないものだ。こういうのには一番縁遠い存在だと思っていたのに。


 これはこれで必然だったということなのだろうか。抗えない運命があるとするのならば、それらしい不満も無いのだから困り果てた。



 そうだ。本気で責任を取るのなら。本気で守り抜き、支え合うのなら。彼女の、彼女たちの本気に応えるためには。どうしたって必要だ。避けては通れないのだ。


 だって俺たちは、友達で。親友で。チームメイトで。大切な家族で。何よりも、男と女なのだから。


 自らも望んでいるというのに、どうして退ける必要があるのだろう。少なくとも目の前で笑う彼女は、こんなにも可愛くて、愛らしくて。



 欲しい。


 全部、ぜんぶ欲しい。

 なにもかも、俺のモノにしたい。 



「……好きです。大好きです。陽翔センパイ。ちょっと遠回りしたけど、ちゃんと気付けました。あとで纏めて話すんで、取りあえず先に進ませてください」

「……んっ」

「センパイも、ちゃんと教えてください。ずっと一番じゃなくても良いです。でも、今この瞬間くらいノノに媚び売ってください。それで満足です」

「…………好きだよ。ノノ」

「……はいっ。合格ですっ」



 真っ白の小さな手を添え、優しい温もりに包まれていく。応えるように右手を伸ばすと、ノノは心底嬉しそうにだらしなく頬を緩める。


 およそ五分後。溜まりに溜まった情動はあまりにも早急な結末を迎え、対消滅の末にアッサリと終焉を迎える。バスルームに再び静寂が訪れた。


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