Golden Time ~ノートルダムの逆襲~

550. 死ぬかと思った


 丸く収まったようにも見えたバレンタインを基軸とする一連の騒動だが、まだまだ後処理は残されていた。特別な一日を完全にスルーされすっかり機嫌を損ねてしまった有希と真琴の件である。


 既に卒業式を残すのみとなった二人を交流センターへ呼び出し、五人へ施したものと同じ内容の話を繰り返すこととなった。

 居合わせた有希ママのフォローも功を奏し、少なくとも「浮気ではない」ということだけは納得してくれたようだ。



 母親を前にあまり強く出ることも出来なかった有希はともかく、気の強い姉に倣い真琴は結構長い間いじけていて大変だった。


 気を遣ったルビーが下手に出てくれたおかげでその場はやり過ごせたが、打ち解けるにはもう少し時間が必要だろう。そう簡単に事が運ぶわけもない。


 言うて最後の方は「外人だろうと負ける気無いから」と謎に自信を見せていた辺りそこまで心配もしていないけれど。こういう切り替えの早さは姉には無い強みだ。見習ってほしい。本格的に。



 さて。話は大きく変わってバレンタインも過ぎ去った二月中旬。俺たちはまたも大きな課題、もとい困難へと直面している。


 フットサル部の活動や個々の関係性ばかり着目される今日日だが。学生の身分である以上、目前へ迫った期末試験の存在も無視することは出来ない。



「じゃ、ハルんちで勉強会な」


 学校のルール上、試験二週間前のタイミングで各部は活動中止を余儀なくされる。


 金曜日。いつも通り放課後に談話スペースでグダっていたら見回りの教師に珍しく注意されてしまい、暇を潰す場所が無いかと議論を重ねた結果。


 どう考えたって俺の家に行きたいだけの瑞希の提案により、自宅での勉強会の開催が決定した。



 年が明けてから連中は頻繁に自宅へ訪れるようになった。これまで部屋へ足を踏み入れたのは愛莉と琴音だけだったが、冬休みには流れで比奈にも踏破されてしまったし、こないだなんて愛莉以外は鍋突くためだけに集まったし。


 六畳一間の狭いワンルームに変わりは無いのだから、長瀬家の方が中学生組や地理的な問題を含めても顔を揃えるには都合は良いのに。何故か俺の家に来たがる。みんなして。



「でも断らないのが陽翔くんだよね~」

「諦めとるだけや」


 スクールバスを降りて徒歩五分の安アパート。鍵を回す隣で比奈がニコニコと笑っている。背後からは早く開けろ寒い寒いの大合唱。


 戸を開けるや否や、瑞希とノノが一目散に靴を脱ぎ散らかしてベッドへと飛び込む。

 愛莉は一人座るスペースを確保して、比奈は閉められていたカーテンを開けに窓際へ。琴音は全員分の靴を綺麗に整える。


 俺よりもよっぽど部屋を使いこなしているというか、隅々まで一人暮らしの妙を堪能していて。人知れず変な笑いも湧き出るというものだ。



(イカレとるなぁこの状況……)


 仮にも美少女五人を狭い部屋に押し込めれば余計な気も溢れて来そうなものだが、そんな気分にもならないから不思議な感覚だった。


 異性として意識していないとか決してそういうわけじゃなくて。ここまで我が物顔で寛がれたら談話スペースでの日々の延長でしか無いよなって、都合の良いことを考えている。



「ちょっと、試験対策は?」

「アアン? 知らねえなそんなガイネンは」

「ノノも範囲終わってるんで」

「コイツら……っ」


 帰宅から30分。真面目にノートを開いて勉強しているのは愛莉だけだった。

 瑞希は狭いベッドの上でゴロゴロ怠け、ノノは隅っこでスマホを弄っている。


 比奈と琴音は愛莉の対面で読書中。琴音は分からないが、比奈が読んでいるのは俺に貸していた官能小説。怖いもの知らずか。



 で、部屋の片隅に設置されたキャスター付きのデスクとチェアーに安住の地を求めたオレ。

 パソコンを弄るためだけのスペースだから、片付けて教科書ノートを広げようにも場所が無い。そもそも家で勉強する習慣も無いし。


 そうか。勉強が必要なの、愛莉だけなんだよな。瑞希は琴音に対策して貰ってるみたいだし、ノノも隠れた秀才だし。比奈も頭良いし。可哀想。



「ハルぅー。遊ぼーよー」

「こんな狭いとこでなにすんねん」

「イチャイチャする」

「気乗りしねえ。シンプルに」

「ええい! 問答無用ッ!!」

「あっぶなァっ!?」


 シャツを無理やり引っ張られ椅子から落下。そのままベッドへ転げ落ちる。

 後ろからそういうことするな。怪我するから。超怖かった。死ぬかと思った。



「はぁ~ぬくいぃ~♪」

「傍若無人の権化め……ッ」

「気が散る……ッ!!」


 布団に包まりベタベタくっ付いてくる瑞希。愛莉が恨めしそうにこちらを一瞥するが、今日ばかりは問題集が優先なのかそれ以上は追及されなかった。

 

 むしろ意外だったのは、すぐ近くに居るノノが絡んで来なかったことだ。センパイとイチャつくのは後輩の特権ですとか言っていつもなら飛び付いてくるのに。



「テレビ点けても良いですか?」

「えっ? お、おん」

「ちょっとは私に気を遣いなさいよ」


 傍にあったリモコンへ手を伸ばすノノ。

 画面には夕方のニュース番組。


 スポーツの特集のようだ。俺たちと同世代、高校生の選手に密着取材。ブラウンのミディアムヘアが印象的な女性選手が練習に励む姿が映し出されている。



『全国随一の強豪として知られる町田南マチダミナミ高校フットサル部。栗宮胡桃クリミヤクルミ選手、男子チームとの合同練習でも強烈なインパクトを放ちます。紅白戦では男性選手を相手に華麗なドリブルから……』



「陽翔くん。この子、知ってる?」

「まぁ多少は」


 栗宮胡桃クリミヤクルミ。世代別代表のエースとして活躍を見せている女子サッカー界期待の新星である。


 同世代の女子サッカー選手として名前だけは知っていた。年代の代表格として一括りでメディアにも取り上げられていたし。直接の面識は無いけど。


 そういやこの人、フットサルも並行してプレーしているって聞いたことあるな。町田南高校はサッカー、フットサルともに全国区の名門。育成年代なら両方に所属していても不思議でもないか。



「男子相手に一人で……流石ね」

「なんや、知っとるんか」


 ペンを止めてテレビへ釘付けの愛莉。栗宮は同じ新三年生の代。同期のトップを走る存在なだけに彼女も気になるのだろうか。



「試合とかしたことあんの?」

「常盤森の頃に一回だけね。レオーネ東京のレディースチームの一年エースだったのよ。笑っちゃうくらい一人で良いように引っ掻き回されたわ」

「ほーん……」

「町田南って、女子サッカー部はあるにはあるって感じでそこまで強くなかった気がするんだけど……どういうつもりなのかしら?」


 確かにレオーネ東京のレディースチームは女子クラブの最高峰だし、育成機関も常盤森と一二を争うレベルだからな。

 男子チームはもう十年くらい二部で燻ってるけど。プロ化直後は無敵の名門だったとか若い奴は誰も信じないだろう。まぁそれはともかく。


 ユースへ昇格せずさして盛んとも言えない女子の高校サッカーを選んだのは、プロ入りを考えれば明らかな遠回り。特別な理由があるのかと勘繰るのも当然か。



「フットサルに専念したかったのかな?」

「分かんない。私も顔見知りってわけじゃないし」

「兎にも角にも、彼女が男子チームの練習に参加しているということは……この高校も大会へ出場する可能性があるわけですね」


 琴音の考察通り、町田南は男女ともにフットサル部のある高校。高校年代のフットサルの大会は、男子チームがここ数年ほとんど総なめしている。

 女子チームもシニア大会に混じってそれなりの成績を挙げているとかなんとか。


 新設される男女混合の部でも優勝を狙っているのだろう。同じ関東の高校なだけに、予選の早い段階で対戦する可能性もある。



「ちっ。せっかくノンビリしようと思ってたのに、きょーざめだな」

「なら今からでもコート行くか」

「いーや。今日はサボるって決めたし」

「あっそ」


 特にそれ以上の興味も無いのか、布団をかぶり直し子猫のようにスリスリと身体を擦り付ける瑞希。

 他の連中に悟られない絶妙なポジショニングだ。こんなところで本領発揮されても困るんだけど。



「やるときやりゃ良いんだよ。今はハルであったまるのが最優先なのさっ」

「はいはい」

「んー、まだちょっと寒いな。ハル、ギュってするかおっぱい揉んで」

「お断りしまぁす……」

「あっ、こら! 離れるなっ!」

「……ねえ、流石にそろそろ止めても良い気がするんだけど、どう!?」

「愛莉ちゃんのご自由にどうぞ~」


 目論見が露見し瑞希を引き離そうとベッドへ腕を伸ばす愛莉。比奈はケラケラと笑うだけで助けてくれそうにない。



(エライ静かやな)


 冷静に残る二人を観察していたりする。読書を続けながら。スマホを弄りながらこちらの様子をチラチラと窺う彼女たち。


 けれど、宿した瞳の色がほんの少しだけ異なることに。俺はまだ気付いていなかった。瑞希がグダグダ暴れるから抵抗するのに必死するもんで、そりゃまぁ気付くわけなかった。


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