543. どうかお目溢しを


 昼休みまで一通り落ち込み尽くした俺は、なりふり構まず行動に出た。


 まずはラインで全員に「話がある」と集合を掛けるが、これには応答無し。だったら直接謝罪するしかないと教室まで出向くが、愛莉と比奈の姿は無く。食堂に向かったとの情報を聞き付け血眼になって彼女たちを探し出す。


 四人揃って食卓を囲んでいる姿を発見したまでは良かったが、俺の存在に気付くや否やその場から逃げ出したため、校内規模の壮大な鬼ごっこが始まった。


 が、上手いこと散らばるものだから中々ターゲットを絞れ切れず。時間だけが悪戯に過ぎていく。

 最後の最後に逃げ足の遅い琴音を再び食堂で追い詰めたが、昼休みの終わりを告げるチャイムとともに生徒の人混みに紛れ、姿を見失ってしまった。



 五限はみな揃って移動教室だったため、余計な荒波を立てることも出来ず一人新館で作戦の練り直し。

 そもそも今日はフットサル部の活動日なのだから、慌てること無く集合するのを待てば良いということに気付き、早めに練習着へ着替え彼女たちの到着を待つ。


 しかし、いつまで経っても姿を現れない。まさか練習まで中止にしてしまったのかとグループラインを確認すると「用事がある」「バイト入った」「体調が悪い」などと都合よく言い訳を並べていた。


 その癖、俺のメッセージを上手いことスルーしながら会話を続けている。これが無視やシカトの類でなかったら何だと言うのだ。



「陰湿過ぎる……ッ!!」


 本気で怒った女性の恐ろしさが男の比ではないことをこの身を持って実感したわけだ。それにしたって気分は悪い。普通に落ち込む。こんなんイジメやろもう。



 最後の望みと一人ずつ電話を掛けていくが、やはり誰も応答してくれない。

 もしかしたらと有希と真琴にも連絡を入れるが、彼女たちからも返信は無かった。どうやら中学生組にも情報が行き渡っているようだ。



「泣きてえ…………っ」


 改めて自身の犯した罪の大きさを突き付けられる結果となった。それからどうやって家まで帰ったのかはもう覚えていない。返信の来ないスマホを眺めながら気絶するかのように眠りに就いたことだけは覚えていた。



 そして、バレンタイン当日。


 重い身体を無理やり叩き起こし学校へ。スクールバスで鉢合わせしないように気を尖らせているのか、車内にも彼女たちの姿は見当たらず。


 まずは朝のルーティーンに則り、自販機でおしるこ缶を買っているであろう琴音を確保しようと渡り廊下を目指す。

 ところが、ここで思わぬ事態に襲われた。下駄箱で履き替えていると、数人の見知らぬ女子生徒が何やら片手にこちらへ駆け寄って来る。



「あっ、あの! 廣瀬先輩っ!」

「これ、受け取ってください!」

「お願いしますっ!!」


 三人の女子生徒が小綺麗にラッピングされた箱を差し出す。上履きの色がノノと同じってことは、この子たちは一年生か?



「……え、オレに?」

「お願いしますっ!」

「お願いしますッ!!」

「どうかお目溢しをぉっ!!」


 深く頭を下げる姿は真剣そのもの。どうやら悪戯や冷やかしの類ではなさそうだ。何故に俺が相手なのかは分からないが、受け取らないのも失礼だろうか。



「……おう。あんがとさん」


 それぞれチョコを受け取ると、三人はミーハーチックにキャーキャー馬鹿騒ぎしながら廊下へと消えていくのであった。顔もちゃんと確認出来なかったわ。いやホントに誰なのキミたち。


 一年の間では俺とノノが付き合っているという設定になっているらしいから、それを知らずにということは、他のクラスの子たちなんだろうな。マジで接点が無さすぎる。チョコを貰う理由が無い。シンプルに。怖い。



「手作り……ではないか」


 見覚えのあるブランドの名前が印刻された気持ち高そうな包装。どうやらラブレターの類は入ってなさそうだな。貰っても困るけど。意図が分からん。怖い。



 まぁ一年に一回はこんな不思議なイベントもあるかと気を取り直しさっさと教室を目指す。結局自販機の前に琴音いないし。タイムロスだ。早く向かわないと。

 

 教室の戸を開け、ようやく愛莉と比奈を発見する。二人でお喋りをするわけでも、クラスの女子の会話に混ざるわけでもなく。ただジッとスマホを眺め、退屈そうに朝のホームルームを待ち侘びている。


 他の喧騒には目もくれず彼女たちのもとへ歩み寄ろうとする。が、ここでも邪魔が入った。



「おはよう廣瀬! はいどーぞ!」

「義理チョコでごめんね~」

「えー、本命って言ってなかったっけ~?」

「ばかっ、茶化すな!」


 文化祭で散々玩具にされたパリピ女子グループに囲まれ、またもチョコを頂戴する。どうやらクラスの男子全員に配っているようだ。



「マジでさっさと仲直りしなって~。今日比奈っち一言も喋ってないんだよ~?」

「長瀬も死にそうな顔してるし~」

「愛莉が喋んないのはいつも通りじゃない?」

「あ、そうだっけ?」


 クスクス笑いながら二人の様子を窺うパリピ女子たち。気持ちは有り難いのだが、その気遣いが逆効果だと早く気付いて欲しい。


 いやだって、さっきまで俺のことガン無視してた二人が凄い目でこっち見てるんだよ。絶対にこの一連のやり取りで不満ゲージ倍増してるって。早く俺を開放して。



「お返し期待してるね~ん!」

「手作りでも良いんだよ~!」


 やっとの思いでダル絡みから抜け出し二人のもとへ。当然ながら反応は芳しくない。手元に抱えた累計7つのチョコを忌まわしそうに睨み付け、プイッとそっぽを向くのであった。



「……ホンマごめんって。頼むから話だけでも聞いてくれよ……この期に及んでチョコくれとか言わねえからさ。なっ?」

「…………浮気者。女誑し」

「うぐっ……ッ!?」


 簡潔だが重みのあるカウンターに思わず尻込み。愛莉十八番のツンデレムーブとは比較にならない冷たい反応。


 ここまで徹底的に拒絶されると、これはこれでムカつくというか別件というか。子どもじゃあるまいに対話の姿勢くらい見せてくれても良いだろ、とまたも傲慢さが顔を出し掛けて、猶のこと腹が立って仕方がない。



「……比奈、いくらなんでも強情やって。お前らしくないとか、そんなことは言わねえけどよ。話くらい良いだろ……っ」

「…………知らないもん……っ」

「いやいやいやっ……」


 もん、って。お前。

 普通に可愛いこと言うな。


 駄目だ、比奈までこんな状態では埒が明かない。やはりここは意地でも連れ出して土下座の一つでも噛ましたほうが……。



「……じゃあ、返して来てよ」

「えっ?」

「貰ったチョコ、全部返して来て」

「流石にそれは失礼じゃ……」

「なら許さないもんっ」


 うわあメチャクチャ嫉妬してる……ちょっと可愛い…………いやいや、そうじゃなくて。


 もっと下手に出るんだ。彼女たちの信頼を取り戻すくらいなら、誰かの評価を気にしている場合じゃない。本当に一人ずつ頭を下げてチョコを返すくらいのことはやらないと。


 

「わ、分かった。取りあえず今貰ったのは返して来る。でもこっちのは急に渡されて名前も顔も知らねえんだよ……」

「……………………」

「わっ、分かった。たぶん一年やから、ノノに聞いて探して来る。それでええな?」

「…………お好きにどーぞ」


 恥を忍んでパリピ女子たちにチョコを渡し返すと、ブーブー文句を言いながらも二人の様子を見て仕方なしに受け取ってくれた。残る三つは、見つからないなら見つからないでノノに引き取って貰おう。


 

「すぐに戻って来るから! なっ!?」


 大慌てで教室を抜け出し一年フロアを目指す。今日はこれで一日潰してしまいそうだな……でも、アイツらの信頼を取り戻すためなら……!






「凄いね。本当に返しちゃった」

「あんなんだからダメなのよ、アイツは」

「流石に可哀そうなことしちゃったな……あとでちゃんと謝らないとね」

「なんで私たちが?」

「わたし、泣いてる子には弱いんだ」

「…………そう」

「愛莉ちゃんは? まだ続ける?」

「…………放課後までって決めたし」

「んふふっ。じゃああとで一緒に謝ろっか」

「……うんっ」


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