546. ややこしい
お転婆っ子の相手をしている間に飾りつけも完了。踏んだり蹴ったりの慌ただしいバレンタインイベントもどうにかひと段落。
そのまま交流センターまで移動して、来訪者だけでなく区役所に足を運んでいた方々にも完成したお菓子を振る舞う。普段は物静かな雰囲気の建物内が一瞬で華やかさに溢れていくようだ。
手作りのお菓子片手に家路へ着く参加者たちを見送り、残った子どもたちの相手をしながら諸々の作業を片付ける。
『約束の時間、もうすぐやな』
『ええ……そうね』
『流石に緊張して来たか』
『ちょっとだけ……』
小綺麗にラッピングされた包装を片手にルビーは緊張の面持ち。待ち合わせ場所に指定した区役所の正面玄関の前に立ち、小学校来の友人であるナナの到着を待つ。
外国人同士のコミュニティーにはすっかり馴染むことが出来た彼女だが、ナナとの関係についてはまた別の問題だ。
今後の生活に掛けては勿論、彼女本来の明るさを取り戻して貰うためにも見逃せないもう一つのビッグイベントである。
『復習しておくか。ちゃんと覚えたか?』
「……ナナ、ひさシブリ。アイタカッタ。コレカラモ、ヨロシク。こレ、ウケトッテ……」
『なんや完璧やん。行ける行ける』
『うぅっ……軽いんだから……!』
いくらラインで何度もやり取りをしているとはいえ、実際に顔を合わせてどうなるかはなんとも言えないところ。ルビーが不安になる気持ちも分かる。
とはいえそれほど心配することも無いとは思うが……わざわざバレンタインの予定を空けて逢いに来るほどなのだから、向こうも向こうで再会を心待ちにしていた筈だろうし。
……そうだよな。特別な一日なんだよな、バレンタイン……はぁ……。
『……やっぱり顔色が悪いわ、ヒロ。まさか子どもたちの相手して疲れたわけじゃないでしょ?』
『まぁ、ちょっとな』
『どうしてこんな大切な日にデートの一つもせず仕事をしているんだろう……って? 妙齢のレディーを前にして随分な態度を取るものね』
『よう自分で言うなお前』
単に自信家なのか、外国人特有の強気なメンタリティーが為せる業なのか。容姿が容姿なだけに嫌味にならないのがまた。
こんな可愛らしい子を前にして他の女のことばかり考えているのだから、まったく俺という奴は。なにをするにもやるせなさが募る一方だ……。
『もしかして、取り巻きの女の子と喧嘩でもしているの? それでお菓子を貰えないとか?』
『取り巻きって』
『じゃあメカケってやつ?』
『どこで覚えたその日本語。ちゃうわ』
『良いじゃない別に。どうせ貴方は夜まで帰れないんだから、大人しく私のことだけ考えていれば…………あっ、き、来たわ! ヒロ、あの子よ!』
『えっ?』
ルビーの指差す先では、学校の制服を纏った小柄な少女がキョロキョロと辺りを見回している。あの制服、もしかしなくても山嵜か。なんだ、学校も一緒だったんだな。
街灯に照らされ少しずつナナの全容が明らかとなっていく。金髪だな、それもかなり明るい。ピョコンと映えたアホ毛、体格の割に豊満な胸元……。
いや、メチャクチャ見覚えあるんだけど。
ていうか、後ろに全員いるんだけど。
「あ。センパイだ」
『ナナ! 待っていたわ!』
「はっ?」
待って。待って。理解が追い付かない。
当時の印象からそれほど変わりも無かったのか、顔を合わせるなり互いに駆け寄り再会を喜ぶルビーとナナ。もとい、ノノ。
一人状況を呑み込めていない俺と、その先で「やっぱりか」みたいな顔をしている四人。まるで予期していなかったのが俺だけみたいじゃねえか。
「……ナナ! ひさシブリ! アイタカッタ。コレカラモ、ヨロシク。こレ、ウケトッテ!」
「わおっ、めっちゃ日本語上達してるじゃないですか! わざわざノノのためにありがとうございます! ナナじゃなくてノノですけどね!」
「……??」
「あ、台詞仕込んでたパターンっすね。まぁいいや……えへへ、やっとこさお逢い出来ましたね。元気そうで何よりなのですよ!」
チョコを受け取るとニッコリと笑い空いた左手を掲げる。予め取り決められていたかのようなハイタッチが決まると、ルビーも嬉しそうに頬を緩ませた。
ノノのコミュ力をもってすれば言語のすれ違いなど些細な問題だろう。言葉の通じない彼女にだけ心を開いていたルビーの心境もよく分かる。
……いや、そうじゃなくて。なんで大団円みたいな感じになっているんだ。確認させろ確認を。
「おいルビー、お前これ知ってたのか!?」
「…………??」
「ああもう、ややこしいなッ!」
当然日本語で詰め寄られても反応が出来ないルビーだったが、不思議そうに俺たちのやり取りを眺めている辺り、どうやら彼女も何も知らなかったらしい。
『コイツがナナなのか!?』
『ええ、昔から顔も身長も全然変わっていないわ。おっぱいだけ大きくなってて逆に怖いくらいだけど……え、どういうこと? まさか知り合い?』
『知り合いもなんも……!』
大阪での会話を思い出す。そう言えばコイツ、小学生の頃に離れ離れになったスペイン人の友達がいて、名前が確かシルヴィア……。
『……ルビー。お前、本名は?』
『なによ今更。シルヴィアよ。言ったでしょ、ルビーはあだ名。フルネームは冗談みたいに長いけど、全部聞く?』
『いや、今は良い……ッ』
見事に繋がってしまった。
ノノが話していた夜に逢う予定の友達とは彼女、ルビーのことだったのだ。こんな恐ろしい偶然があるものか。
確かにノノの話していた容姿や条件とよく似ているとは思っていたが、まさか同一人物だなんて考えるわけないだろう。
いやでも、こっちに越して来たばかりの同い年のスペイン人の女の子……そうだよな、可能性としては決してゼロでは無かった筈だ。
ここまで被っていたらどっかで気付いていてもおかしくなかったのに、どうして今の今までピンと来なかったんだ……!
『あとコイツ、ナナじゃなくてノノだぞ……』
『え? そうなの?』
ナナとノノ。確かにしっかり発音しないと聞き分けられないな……ノノも結構舌っ足らずなところあるし、子どもの頃じゃ尚更だろう。訂正できないまま定着してしまったのだろうか。
「……ど、どういうことや?」
「見たまんまっしょ。ハルが浮気してた相手が市川の友達だったんだよ」
「だからっ、浮気じゃねえよ!」
いつになくヘラヘラとした態度の瑞希に思わず強い口調で返してしまうが、直近のやり取りを顧みればあまりにも悪手だとすぐさま気付く。
まるで事態を把握できないが、とにかくこうして顔を合わせられたんだ。俺のやるべきことは一つ。
「……すまんッ! この通り、この通りやッ! 断じて浮気とかそんなんじゃねえッ! 信じろっ! 信じてくださいッ!!」
「ちょっ、土下座は辞めなさいって!?」
「陽翔く~ん一応外だから~」
「もはやお馴染みの光景ですね……」
金髪美少女二人が再会を喜び合う隣で、四人の美少女に土下座を噛ますモサイ男という不可解極まりない構図が完成する。
許しを請うまで何が何でも頭を上げないつもりだったが、慌てた様子の愛莉ら面々に無理やり身体を引き起こされてしまった。
状況を呑み込めないのはルビーも同じだったのか、暫く不思議そうにやり取りを眺めていたが。俺たちの関係に気付いたのか目を輝かせこのように言い放つ。
『ああっ、この子たちがヒロのメカケなのね! ってことは、ナナもそうなの!?』
『だから妾じゃなくて……!』
『ふーん……偶然もあるものね……』
何やら察した様子ルビー。そのままノノの手を引いて彼女を区役所の玄関へと引き連れていく。
『こんなところじゃなんだし、一回リセットしましょ。ヒロ、まだセンターって空いてるわよね?』
『えっ……お、おう』
『ならそっちに移動しましょう? 寒くて膝が震えそうなの。せっかくなんだから温かいコーヒーくらい用意しなさいね』
ノノを連れて建物の中へと消えていく。
残された二年生組。流石の急展開に誰しも言葉を失っていたが、どうにも彼女たちの反応が読めない。この様子だと、俺が予想していたほど怒っているわけではなさそうだが……。
「……なにビビってんのよ。もう無視したりしないから。ごめんね、酷いことして」
「お、おん……?」
「良いからはよ立ちなって。ハルが土下座大好きなのはよく分かったから」
「何かと縁がありますね」
「琴音ちゃんも理由の一端だと思うけどなあ」
まるでここ最近の険悪ぶりなど無かったかのような態度だ。暫く顔を合わせない間に何があったというのか。
……どうやら一方的に謝るだけでは済まない何かがありそうだ。この状況、俺は何を言うべきか。そして彼女たちから告げられる言葉は……。
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