547. サクッと仲直り


 センター内には子どもたちがまだ何人か残っており、戻って来た俺とルビーを見つけるや否や母親にベッタリくっ付いていた子たちがゾロゾロと駆け寄って来る。


 彼女たちを遊戯エリアの長テーブルに座らせ、ルビーの御所望の通りコーヒーを作り持っていくと、幼児たちを集め絵本の読み聞かせを始めている。イベント中もそうだったが、すっかり年長のお姉さんが板に付いて来たようだ。


 途中子どもたちや来訪の外国人に話し掛けられテキパキとやり取りを交わす姿を、彼女たちは不思議そうな顔で眺めていた。聞き慣れない言語をスラスラと操る俺が新鮮に見えているのかも。



「……ちゃんと仕事してるのね」

「仕事ってほどでもないけどな。話し相手になってやるくらいやし。これで信じて貰えたか?」

「……まぁ、そうね」


 愛莉は力無く呟く。アルバイトを逢瀬の言い訳だと断定し掛けていた彼女にすれば若干の負い目もあるのだろうか。

 コーヒーの入ったマグカップを置いて全員の顔を見渡す。いざ面と向かって話し合うとなるとやはり緊張しているようだ。



「……改めて、ちゃんと謝らせてくれ。ルビーのことをお前らに黙っていたのと、せっかくのバレンタインに予定入れちまったのと、それと……」

「もういーよ。終わったことだし。てゆーか、こんな面接みたいな感じで話されても困るしさ……」


 謝罪の言葉を遮り、瑞希は居心地悪そうに襟足をクルクルと弄り回す。残る四人も似たような様子で俯いてしまった。



「だからさ、一個だけな。その……ハルがバイト始めた理由っていうか、ちゃんと聞いてなかったなって。それだけ知っときたいかも」


 瑞希はそのように話す。これですべての問題が解決するとは思えないが、知りたいというのなら口を開かぬ理由も無い。俺もいつかは言わなければと思っていたことだ。



「ノノには少し話したけど……お前らに甘えっぱなしだったんだよ。頼り甲斐ねえなって……この先どうやって生きていくのかもよく分からなくなって来てさ。だから、自分で少しは稼ぐくらいのことはしねえとって……」

「それで、アルバイトということですね」

「ああ。なにも言わずに始めたのは、まぁ悪かったよ。急な話だったからな」


 納得したようにノノは頷く。予想通りの答えが返って来たのか、皆のどこか安心したような表情が印象的だった。



「わたしたちとの将来を考えて……ってことなんだよね。陽翔くんなりに努力しようって、そう思ったってことでしょ?」

「……まぁ、な」

「なーんだ……じゃああたしたちが勝手に決め付けて騒いでただけってわけな」

「私たちのためだったというのであれば、それほど悪い気もしませんが」


 ホッとしたように顔を見合わせる瑞希と琴音だが、一人まだ言い淀んでいる。愛莉だ。



「……でも、ちゃんと言って欲しかった。私たちよりそっちの方が大事なのかもって、やっぱり思っちゃったし……」

「この一週間はな。そうだったよ」

「……えっ?」


 目を見開き驚きを露わにする愛莉。四人にも想定外のフレーズだったのか、冷え込む室内に動揺の色が広がり目視さえ容易なほどであった。


 そう。これも明確にしなければならない。単なる気恥ずかしさや子ども染みた意地っ張りだけが原因なら、ここまで拗れるような話ではなかったのだ。



「ハッキリ言うわ。最近かなり苛付いていた。お前らのために始めたバイトなのに、なんであんな風に言われて、こんな扱い受けるんだって……思ってた」

「…………そう、なんだ……っ」

「ルビーといる方が気楽だって一瞬でも思ったのも、まぁホンマのことや。いつもの俺なら、間違いなくこんなことになる前にちゃんと話していた。お前らのことを重荷に感じていた……それも否定しねえ」


 寂し気に呟いた愛莉を筆頭に、彼女たちの表情は見るも無残に曇り始める。


 経緯やキッカケがどうであれ、皆の信頼を一度裏切ってしまったのは紛れも無い事実だ。俺自身、ルビーとのやり取りを顧みて「こういうのが本来の恋愛ってやつなのかも」なんて考えたのも嘘ではない。


 峯岸に言われた通りだ。自分の理想ばかり追い求めて、肝心なことを忘れていた。今この瞬間を大事にしろって、レイさんにも言われたのに。なんで失敗してからじゃないと気付けなかったんだろうな……。



「……自分のことしか考えてなかったんだよ。お前らが不安になる気持ちも、今ならよく分かる。怒って当然だよな……そりゃ浮気呼ばわりもされるわ……」

「ハルト……」

「でも、これだけは言わせてくれ。お前らより大事なモノなんて一つもありゃしねえ。昨日今日、セレゾン辞めたときと同じくらい……いや、それよりずっと辛かったんだよ。心にポッカリ穴が空いたみたいで、もう、どうしようもなくて……っ」

 

 彼女たちから受けた扱いに傷付いたことも。この二日間、まるで生きた心地がしなかったのも本当のこと。

 何よりも大切な、必要なモノを失い掛けていると気付いたのも。嘘偽り無い正直な気持ち。



「信じろっていう方が無理かもしれねえけど……でも、この気持ちだけは本物なんだよ……お前らじゃきゃダメなんだよ……っ」

「もうっ、そんな顔しないで。ちゃんと分かってるから、大丈夫だよ…………陽翔くんの気持ち、ちゃんと伝わってる。そんな泣きそうな顔でこんなこと言われて、信じてあげないなんて言えないもの」


 あやすような優しい口調で諭す比奈だが、言葉だけでは信用に足りないのも今更な話だ。比奈にしたって話し合いを円滑に進めるために無理をしているのかもしれない。


 それでも一方的に「やっぱりお前が」と糾弾に走らないのが彼女たちの凄いところで、いつも尊敬しているところだ。今回ばかりは裏目に出てしまったが。



「要するに、我々は分別が付かなかったのですよ。そりゃもう色々と」

「……ノノ?」

「センパイの言い分はよく分かりました。ノノももう怒ってません。そもそも別に怒ってないのです。センパイが不器用な人なのはとっくに分かってますし」


 あっけらかんとした様子でノノはこのように語り出す。自ら示した答えを今一度噛み締めるような、ある意味ノノらしくない、けれど彼女らしい姿。



「センパイがバイトを始めたせいでノノたちと時間的な距離が開いたのと、シルヴィアちゃんとの関係を黙っていた件はまったくの別物なのです。それはそれ、これはこれで分けて考えるべき事象だったんです」


「倦怠期のカップルには往々にして良くあるパターンなのです。諸々の不平不満が積み重なった結果、一つひとつの問題点を蔑ろにして単純な答えを出してしまう。まさにセンパイたちはそういう状況でした」


「だからセンパイたち、昨日今日とゴリゴリに無視してたんですよね。陽翔センパイも意地になったんですよね。でもノノは違いますよ。ちゃんと呼ばれれば話し合いには応じました」


「まぁノノの場合はシルヴィアちゃんの件が引っ掛かって、あんまり重く考えてなかったってのもありますけど……それもそれで「ごちゃにしてた」ってことなんでしょうね。これはノノも反省点です」


「……責任はセンパイに六割あります。でも、四割はノノたちの責任です。お互い「理解しているつもり」で歩み寄る努力をしなかった、双方の問題なのです。そういうことで、サクッと仲直りしましょう。はい」


 パンと両手を合わせ「これで一件落着」と色味ない声で宣言する。


 ……そうだな。ノノの言う通りだ。俺ばっかり主張を通そうとするんじゃなくて、彼女たちがどんな理由を何を望んでいるのか、しっかり汲み取ってやらないといけないんだよな。


 そして彼女たちも、俺が何を望んでどう行動しているのか、確認を怠ってはいけないんだ。ここ最近の俺たちは、どう見たって平等な関係性では無かったのだ。



「……ごめんな。みんな。これからはちゃんと、全部伝えるから。文句があるならそれも言ってくれ。もう逃げたり誤魔化したりしねえから……」

「……うん。私もハルトのこと考えないで、自分のことばっかりだったから……ごめんね、ハルト」

「わたしもちょっと感情的になっちゃったから……無視するなんて最低だったよね。ごめんね……っ」

「んっ……あたしも殴ったのはちょっとやり過ぎたわ。ごめんなハル」

「私も一方的に拒絶してしまったので……昨日今日と、申し訳ありませんでした」

「ノノもすみませんでした……はい、ストップです。これ以上は終わりが見えないので」


 謝罪大会を早急に切り上げ、ノノは懐から小包を取り出し差し出して来る。これは……まさか、バレンタインの?



「当然ながら手作りの愛情たっぷりなのです。ほら、皆さんも。謝るより先にちゃんと愛を伝えてあげてください」

「作ったのは私と比奈ちゃんだけどね」

「ガトーショコラだよ~」


 それぞれ小綺麗にラッピングされた包装をテーブルに置いていく。やっぱり土曜日、みんなで集まって作ってくれていたんだな。


 彼女たちの想いはいつどんなときだって変わらない。ただ俺のことを信じて、好きでいてくれて。こんなに単純なこと、どうして忘れていたんだろうな。



「あ。泣いてるコイツ」

「わーい。写真撮っちゃおー」

「アホっ、やめろや……! クソ、調子乗ってられんのも今のうちやぞっ!」


 溢れて来た涙を誤魔化し慌てて席から立ち上がると、カバンに用意してあった小包を取り出し全員の前へ順に叩き付けていく。



「おらっ! 受け取れッ! 問答無用で受け取れ!」

「……私たちに、ですか?」

「そうだよ! 今日のイベントで作ったんだよ! 逆チョコや逆チョコっ! 喜べッ!」

「喜びを強制されても困るのですが……」


 呆気にとられながらも拙い指使いで包装を開けていく琴音。中身はガトーショコラ。こんなところでも被るとは、やはり似た者同士かもしれない。俺たち。


 出来栄えはみんなの物とは比較にもならないだろうけれど。でも、俺なりの感謝と愛情が詰まった限定品だ。少しは喜んでくれないと困る。



「おやおや、結構ちゃんとしたやつを……えっ? ヤバイ。メッチャ嬉しい。泣くわこんなん。どーしよ」

「んなヘラヘラした顔で言われても全然信ぴょう性無いっす瑞希センパイ」

「あはは。愛莉ちゃん、ティッシュ使う?」

「なっ、泣いてない! 泣いてないからっ! ちょっと驚いただけだし……ッ!」


 ゴシゴシと袖で涙を拭う愛莉をみんなして笑い合う。その瞬間、ようやく肩の荷が下りたような。そんな気がした。


 フットサル部の日常が。本当の俺たちが帰って来たみたいで、心の底から嬉しかったんだ。



『ヒロ。話し合いは終わった?』

『あぁ。なんとかな』

『あらそう。じゃあ、冷めたコーヒーでもいただきながらご挨拶でもさせて貰おうかしら。わたしがヒロの彼女だって』

『勘弁してくれって……』


 子どもたちを母親のもとへ追い返しこちらへ歩み寄るルビー。もといシルヴィア。すると、早速包装を開けチョコを食べ始めていた瑞希がピクリと反応。



『あれ? バレンシア語?』

『……えっ? 貴方、分かるの?』

『出身そっちだし。てゆーか、ちょっと待って。今の発言ききずてならんな』

『あらっ、とっくにそのつもりだけど?』

『はっはーん……! これはこれでやっぱ別件だなぁハルさんよぉッ!』



 声を荒げ意地悪気な笑みでこちらを一瞥する瑞希。ルビーもルビーで「面白くなって来たわね♪」なんて呟きながらニヤニヤと笑うのであった。


 ……どうやらもうひと悶着ありそうだな。


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