540. どうしてこうなった


「長瀬~見て見て~! 一人ジダン!」

「こらっ、頭で卵割るなッ! 殻飛び散ったら片付けるの面倒でしょッ!」

「ゼぇ、ゼェっ……ひっ、比奈っ、私はいつまでメレンゲを掻き回せば……っ」

「んー? 終わるまでずっとだよ~」

「マコくーん。この「むえんバター」って本当に使って良いのかな~……?」

「無塩ね。無塩」


 場所は変わって長瀬家一階のキッチン。フットサル部女性陣と中学生二人はそれぞれの材料を持ち寄り、バレンタイン用のお菓子作りに励んでいた。到着の遅れるとの連絡が入ったノノを除き、既に作業は佳境を迎えている。



「遅いわねノノ……電車遅れてるのかしら」

「あたしが出たときはフツーに動いてたし、その辺で道草パクってんじゃない?」

「言い出しっぺの癖に弛んでるんだから、まったく」


 慣れた手付きでメレンゲを肩に流し入れオーブンに放り込む愛莉。既に自分の分を作り終えており、これはノノと琴音の分。


 料理スキルで差が出るの可哀そうなんで、みんなで全員の分一緒に作っちゃいましょう。そう言い出して今日の集まりの音頭を取ったのはノノであった。


 手作りチョコでマウントを取る気満々だった愛莉は最後まで躊躇っていたが、レシピ記事を眺めてはため息を繰り返していた琴音を無碍に放っておくことも出来ず。

 同じくスキルに乏しい瑞希や有希も「一緒に作りたい」などと言い出すものだから、あれよあれよという間に料理教室の開催が決まってしまった。


 結果的にあまりやる気の無かった瑞希と真琴はさして戦力にならず。キッチンへ立たせるのも危なっかしい琴音と有希には工程に関係の無い作業を割り振り、結局は全員分のチョコを愛莉と比奈が作っている。



「おしっ、これで全員分……ハァー、やっぱり比奈ちゃんと二人で作っちゃった」

「まあまあ。楽しかったから結果オーライだよ」

「んふぅーっ♪ パウダーうまっ」

「ちょっとは労りの気持ちってのが無いのかしらコイツ……」


 ココアパウダーをつまみ食いしご満足の瑞希。着ていたエプロンを外してキッチンから抜けると、ちょうどインターホンが鳴った。出迎える間もなく厚着姿のノノがリビングへ現れる。



「よっすー。すまん市川、遅いから市川の分も作っちゃったわ。長瀬がな」

「あー……いやまぁ、ノノも料理ダメなんで別に良いんですけど……」

「なに? どったの? 生理?」

「……嫌なモノ見ちゃったなぁって」


 煮え切らない返答に全員の注目が集まる。作業を終えた一同はノノの握り締めていたスマートフォンに何やら原因があると見て、ゾロゾロと彼女のもとへ集まった。



「なに? ハルからなんか連絡来た?」

「いやぁ……むしろなんの報告も無かったが故に大きな問題と言いますか……」

「あん? なんこれ」

「ああっ、ちょ、先に説明を……!」


 瑞希が無理やりにスマホをひったくる。収められた写真には、見慣れない装いで商店街を歩く陽翔の後ろ姿と、やはり見覚えの無い女性の影。



「…………ハルト、だよね?」

「髪型は陽翔くんだねえ」

「身長もこれくらいだった筈では」

「兄さんこんな服持ってたっけ?」

「前にお出掛けしたときと同じ格好ですっ」

「…………で、隣の金髪は誰?」


 もっともな瑞希の疑問に揃ってノノへ振り向く一同。言葉に詰まり長々と躊躇いを見せたノノだが、ついぞ観念した様子で視線を外し、消え入るような声で呟く。



「…………デート、じゃないですか? ノノたちの知らない女と……」



 焼き上がりを告げるオーブンの機械音を合図に、長瀬家は阿鼻叫喚の大混乱へと陥るのであった。




*     *     *     *




「クシゅンっ!」

『あら、寒いの?』

『いや、別にこれくらいは……』

『結構可愛いくしゃみするのね』

『やめろって。気にしてんだよ』

『ふふっ♪ 誰かヒロの噂でもしているのかしら……もしそうだとしたら、その子に申し訳ないわねっ』

『本当にそう思うのなら腕を離せ』

『温めてあげてるんだから感謝しなさいっ?』

『お前な……っ』




*     *     *     *




「ううっううぇぇぁぇ……っ! ハルトのばかばかああぁぁっっ……ッ!!」

「ちょっ、鼻水ッ! ダメです愛莉センパイ!乙女がしちゃいけない顔してます!」


「やっぱり自分みたいなオトコ女じゃ駄目なんだなぁ……ハァーっ……」

「マコくんは全然悪くないよ……それより私みたいなお子様じゃ廣瀬さんは……」

「おっ、落ち着いてお二人ともッ!? 伸びしろ、伸びしろがありますからッ! 後輩にしか強みがあるんですっ! 気を確かにッ!」


「うぅっ……ひぐっ……うぇぇっ……っ!」

「琴音センパイッ! 大丈夫ですっ、大丈夫ですから! きっと何かの間違いですっ! センパイがそう簡単にノノたちを裏切ったりするものですかっ!」

「そ、そうだよ琴音ちゃん……陽翔くんがわたしたちに隠れて浮気なんて……うっ、浮気なんて…………あっ、あり得なっ、あっ、あっ、あ、ななっ……!」

「うええ比奈センパイまでええッッ!?」


「ヘイS○ri。痛くない死に方教えて」

「瑞希センパァァァァイ!!!!」



 死屍累々のリビングをあちこち飛び回りフォローへ回るノノだったが、状況はここ30分ほど一向に好転しないまま。


 すっかり泣き崩れてしまった愛莉に、背中を合わせ遠い目で天井を見つめる中学生二人。ポロポロと涙を流す琴音を励ましつつも手の震えが止まらない比奈。スマホ片手に床へ寝そべり恐ろしい言葉を口にする瑞希。



(どうしてこうなったッッ!!!!)


 ノノにしたって現場を目撃した衝撃とショック度合いで言えば彼女たちにも劣らぬ動揺を抱えていたが、これだけの惨状を見せつけられれば自然とフォロー側に回ってしまうのも無理はない話。


 念のためにと撮っておいた写真がここまでのダメージとなるとは予想もしていなかった彼女である。

 精々「隠れてデートしやがってブッ殺す」程度の騒ぎかと思えば、いとも容易く我を失い絶望に暮れるその姿に、もはや慰めの言葉も真っ当には機能しなかった。



「…………やっぱり、嘘だったんだ……バイトとかなんとか言っといて、本当は違う女と会ってたのよ……ッ!」

「いや、その、愛莉センパイ。たぶんなんですけど、この金髪の方、例のバイト先でお世話してる人じゃ……」

「休みの日に私たちに内緒で会ってることに変わりは無いでしょッ!? これが浮気以外のなんだってのよっ! ノノが最初に言い出したんじゃないっ!」

「それはまぁそうなんですけどぉー……」


 ヒステリックに叫び散らす愛莉だが、ノノもこればかりは否定しようにも判断材料が足りず、勢いに押されうんうんと頷くばかりである。


 陽翔の語っていた内容が事実であれば、交流センターでのバイトは火曜と木曜の週に二日。休日に隠れて見知らぬ女性と逢瀬を重ねているということは、彼女の言う浮気に他ならない。


 事実をひた隠しにしているのは、何か後ろめたいことがあるからだ。愛莉の言いたいことも、彼女たちが悲しみに暮れる理由も良く分かる。



(うーん……)


 彼女も彼の不誠実な行動に失望を抱えている一人ではあったが、それはともかくどうしても気になることがあった。


 まず、ノノを除く女性陣は重要な点を一つ見逃している。既に有希の証言から、バイト先で外国人の女性と交流を持っているのは周知の事実。であれば、写真の女性は交流センターで出逢った少女と見てほぼ間違いない。


 何かと人好しの彼のことだ。日本での生活に馴染めない少女を気遣って遊びの約束を取り付けたという可能性も十二分にある。

 勿論、あれだけ真っ当なデート姿を見せつけれればノノにしたって思うところがあるにはあるが。



(あの金髪……後ろ姿……)


 外国人の女性。美しいロングの金髪。ノノには一人だけ思い当たる節がある。長いことメールでのやり取りだけで暫く顔を合わせていない小学校以来の友人。


 バレンタインに久々に会う約束を取り付けたのは、それこそつい昨日のことだ。偶然にしては何か出来過ぎているような気がしなくもない。



(ノノとシルヴィアちゃんの関係を把握したうえで動いているのだとしたら……何かとサプライズ好きのセンパイのことですし、可能性はゼロじゃないですね……いやでも、ルビーちゃんだからなぁ……名前が違うことにはやっぱり……)


 何か大きな思い違いをしているのではないか。そんな予感が脳裏を巡り、陽翔への怒りや猜疑心を表立って口に出来ないノノであった。



(そもそもセンパイ、シンプルにめっちゃモテますし……フットサル部以外に女性の知り合いが居てもおかしくはありませんが……うーん……っ)


 こればかりはいくら悩めど、本人に事情を聞かないことには分かり得ない事実だ。まずは怒りと悲しみで荒れ狂う六人へどう対処すべきか考えるべき。


 取りあえず、目の前の問題をさっさとクリアしなければ。一先ず膨らんだ疑問と可能性は置いておいて、再び彼女たちのフォローへと回るノノであった。


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