538. なんだァ? テメェ……


「あっ、枝毛見付けた」

「枝毛しかねえよ」

「…………抜刀ッ!」

「イ゛ッだ!」


 情緒不安定だった愛莉もようやく落ち着きを取り戻し、比奈にして曰く「わたしの番」が訪れたところで残る三人も談話スペースへ合流。

 当然のように全員とスキンシップの時間が持たれることとなった。うつ伏せになった俺に瑞希が馬乗り、髪の毛を弄り倒し早20分。


 一通り各々の時間が確保された後は、それぞれスマホを弄ったりよう分からんゲームで遊んだりと自由に過ごすいつも通りのフットサル部。


 このところ部内に蔓延していた不穏な空気は取りあえず一蹴されたと見て良いだろう。思い過ごしと言えばそれもそうかもしれないが。



「はい、ゲーム終了です。殺されたのは愛莉センパイですね。人狼側の勝ちです」

「だから私じゃないって言ったでしょうが!」

「あれ~? 琴音ちゃん余裕そうだったから絶対に愛莉ちゃんだと思ったのに……」

「陽翔さん、ついに勝ちました」

「はいはいおめでとさん」


 三人で人狼ゲームって。1ターンで終わっちゃうから戦略性もクソも無いだろ。なんで楽しめちゃうんだよ。



「この感じだと土曜は雪っぽいですねえ……電車止まらないと良いんですけど」

「午前中には止むみたいだし大丈夫じゃないかあ。滅多に遅延したりしないし」


 比奈とノノが何やら明日の天気を心配し、残る三人も似たように頷く。なんだ、女性陣はどこか遊びに出掛けるのだろうか。俺なんも言われてないんだけど。



「……なに、どっか行くの」

「まぁそんなところっす。センパイはちゃんと仲間外れなんで安心してください」

「何がどう「ちゃんと」なんだよ」


 休みの日に全員で集まるのは中学生組の合格祝いからご無沙汰である。意地でも着いて行ってやると口を開き掛けたが、直前で取り辞めた。


 バレンタインは来週の火曜日。もし彼女たちがこの日に向けて何かしらアクションを見せるとしたら明日の土曜か日曜ということになる。


 敢えて俺を省いたということは、つまりそういう理由なのだろう。わざわざ口に出すほど野暮な真似はしない。楽しみは取っておかないと。



(……あ、まだ言ってねえわ)


 当日にバイトの件、どうやって伝えよう。

 この場面だとちょっとタイミングが悪すぎる。


 分かり切った課題を後回しにするような下策、今の今まで一度もしたこと無かったというのに。コイツらを前にすると俺らしさを取り戻す一方、自分が自分じゃなくなるようで不思議な感覚だ……。



(……いやでもな……)


 よくよく考えてみると。今日の今までコイツらの口からバレンタインに纏わる諸々の話を一度も聞いていないことに気付く。


 まさか存在自体を忘れているわけではないだろうが、当日の予定を確保するなら早いうちに手を打っている筈だ。なのに何も言ってこないということは……。



(そこまで意識してない……?)


 そもそも学校にいる間は四六時中一緒なのだから、バレンタイン当日にこだわる必要も無いのかもしれない。もしかして、過剰に考えていたのは俺だけだったとか?



「瑞希、いつまでハルトで遊んでるのよ。あんまり押し潰したらアンタみたいな身体になっちゃうでしょ」

「あたしみたいとはどういう意味じゃ」

「事実を言ったまでよ」

「なんだァ? テメェ……」

「お二人とも、実りの無い喧嘩はほどほどにしてください。それより、どうせ今日中に雨は止まないのですから。早いうちから行動に移した方が良いのでは」


 瑞希、キレた! とどこかで見たような流れにはならず、琴音の提案に従いピョコンと背中から飛び降りる。



「そうですね。今日中に買い物だけ済ませておきましょっか。愛莉センパイん家の近くに業務用スーパーあるんですよね?」

「じゃあみんなで行こっか。ハルト、悪いんだけどテニスコートの鍵だけ返して来てくれない?」

「……おん。別にええけど」


 コートと新館を繋ぐドアの鍵は基本施錠されているため、練習の度に職員室へ返しに行かなければならない。それはそれで構わないのだが。


 これは暗に「お前は来るな」ということだ。どうやら今日明日の用事とは俺が考えていた通りの内容みたいだな……隠せているつもりなのだろうか。気にせんけど。



「じゃあハルト、また来週ね」

「ん。おう。またな」


 皆揃って立ち上がりペチャクチャとお喋り混じりに新館を出て行く。明らかに意図的な何かを感じさせる装いだが、ある程度は察しが付いている手前、あまり余計なことを言う気にもなれず。


 なんなんだろう。この感じ。

 一抹の寂しさにも足りぬ奇妙な感覚。


 アイツらだって理由も無しに俺を除け者にしているわけじゃない。彼女たちがなにを理由に行動しているのか、それくらい俺だって分かる。分かってはいる。けど。


 なんか、やっぱりズレてるんだよな。

 俺だって思うところもあるってのに。


 ……結局、言えなかったな。




****




 翌日。予報通り朝から雪が降った。布団から腕を伸ばしテレビを点けると、現場の○○さーんなんて声が聞こえて、年に一度のお祭りとばかりに降り積もった新雪が映し出され、リポーターが指を差し子どものように喜んでいる。


 用事も無ければただの暇な土曜になってしまったので、首都圏の交通網が麻痺しようと俺には関係の無いことだ。夜のうちに切れてしまった暖房を点け直し枕もとのスマホを手に取る。


 こんな天気では日課のランニングも怪我の元でしかない。大人しく怠惰な一日を過ごすとしよう。



「ルビー?」


 幾つかのメッセージに続いて着信が入っている。ダメだ、寝ぼけ眼で文字が読めない。いい加減コンタクトでも買おうかな……。



『ヒロ! おはようっ!』

『ういっ。どした朝早くに』


 すぐに応答があった。いったいなんの用事だろうか。土日は交流センターのバイトは入っていない筈だが。しかし馬鹿にテンション高いな。



『昨日、ナナに連絡したの。バレンタインの日に逢えないかって……そしたら、夜の遅い時間なら大丈夫だって』

『おー。良かったやん』

『それでね、ヒロ……やっぱり、ちょっと不安なの。わたし、お菓子なんて一度も作ったこと無いから、イベントで上手く作れなかったら困っちゃうでしょ?』

『渡すモン無くなっちまうからな』

『今のうちにイメージを膨らませておきたいの。それにもし作るのに失敗して、何か買わなきゃいけなくなったら、どれを選べばいいのか分からないから……』

『つまり要件はなんや』

『もうっ、気が利かないわねっ! スイーツでも食べに行きましょうって、デートの誘いに決まってるでしょ!』


 と、いうことらしい。


 当然のように「デート」という言葉を使う辺り、やはり日本人とは違う特有の感性があるのだなと勝手に納得するところだが。まぁそれはどうでも良い部類の話で。



『……寒いから外出たくないんだけど』

『あらっ、日本男児は決して風邪を引かない強靭な身体の持ち主なんでしょ?』

『迷信だよんなモン』

『とにかくっ、待ってるから! いつも送ってくれる駅のすぐ近くに良いお店があるのよ。着いたら連絡しなさいねっ?』


 電話が切れる。中々に強引というか、人の話を聞かんなアイツも。これじゃ行くしかないだろ。


 初めて愛莉と電話したときも、こんな風に無理やり約束させられたんだっけ。言語はともかく結構似てるところあるよな。態度とか。容姿とか。



(あの辺りはなぁ……)


 懸念があるとすれば、ルビーの住んでいる地域と長瀬家が割かし近いという点。今日はみんな長瀬家に集まっているんだよな……向かう途中で誰かとバッタリという可能性が無くもない。


 バイトという枠組みでルビーと交友を重ねるだけならまだしも、休みの日に逢っていることがバレたらいよいよただの浮気になっちまうし……いやだから、複数人と曖昧な関係続けている身の上で浮気もなんもないんだけど。



「……最近着てない服とかあったっけな」


 なるべく気付かれにくい恰好にしよう。決してやましいことなど何も無いが、火のない所に煙は立たないし、実質こちらから火を起こしているようなものだ。


 ホントに俺という奴は。

 浅ましい人間だ。


 可愛い女の子とデート出来るというだけで、こんなにも浮かれている。普段どれだけ恵まれた環境に身を置いているか、いよいよ忘れてしまいそうだ。


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