537. 悪い癖
「雨か」
「雨ね」
「雨だねえ」
金曜はフットサル部の活動日だが、生憎の雨で放課後の練習は中止となってしまった。予報によるとなんでも夜まで降り続けて、朝には雪になるらしい。
瑞希、琴音、ノノの三人は移動教室で合流が遅れるらしく、先に愛莉と比奈を連れて談話スペースまでやって来た。
練習中止の連絡自体は既にグループで共有済みなのだが、目的が無くとも新館まで集まるのは既定路線。今日も今日とて仲良しのフットサル部ご一行である。
「ジム借りるか」
「えー。気乗りしない」
「なんでまた」
「だって……他の奴らすっごい見て来るんだもん、気が散ってしょうがないのよ」
新館には体育館や剣道場、格技場と並んで安っぽい機材の並んだトレーニングルームが併設されている。主に運動部が筋トレ目的で利用していることが多い。
フットサル部も雨でコートが使えない日に何度か赴いたことがあるのだが、愛莉が文句を垂れたように機材の少なさより周囲の好奇の視線が気になってしまうようで。
まぁ愛莉に限った話でもなく、校内有数の美少女が揃って薄着で汗を流すわけだからな。ジロジロ見られてしまうのも致し方ないところ。
「ノノちゃん、ランニングマシーン使ってたら野球部に絡まれちゃったんだって」
「ほーん。そりゃ可哀そうに」
「持久力勝負で勝ったらデートしてあげるって約束して、圧勝しちゃったみたい」
「容赦の無い女だ……」
野球部なんでパワーとスタミナお化けの集まりみたいな連中なのに、そんな奴らより走れるのかアイツ。愛莉とはまた違ったベクトルで女辞めてるな。
「まっ、偶にはぐうたら過ごすのも悪くないんじゃない? 最近ちょっとオーバーワーク気味だったし、休むのも大切よね」
「そうだねえ」
ソファーにだらしなくもたれ掛かり、まったりモードのお二人である。ったく、制服のままダラダラしやがって。ちょっとは警戒しろ。
「陽翔くーん、おいでー」
「ガキか」
「ママですよ~♪」
「なんすか急に倉畑さん怖いっす」
ソファーをポンポンと叩いて隣に座るよう促して来る。少し遠い位置に座っていた愛莉がムッとした顔をしているが、それに気が付く前に腰を下ろしてしまった。
スマホでも弄って暇を潰そうにも、膝へ手を置いてスリスリさせて来るものだから気が散って仕方ない。もう誰かが見ていようと関係無く接近して来るなコイツ……。
「ちょっと、比奈ちゃん! 近い!」
「じゃあ愛莉ちゃんもこっち来れば~?」
「…………行くけど!」
来るんかい。
「ふんっ、デレデレしちゃって。断るか甘えるのかハッキリしなさいよねっ」
などと文句を垂れながらゴリゴリに右隣のスペースを埋めに掛かる愛莉さんであった。お前だよハッキリしないのは。シャンとしろ。自分を持て。
「……あれ? 陽翔くん、誰とラインしてるの?」
「……あっ」
比奈が興味深そうにスマホの画面を覗き込む。
ちょうど開いていたのは、ルビーとの個人トーク欄だった。バレンタインイベントの件も含めちょこちょこ連絡を取り合っているのだ。
また絶妙に嫌なタイミングで見られてしまったな……まぁスペイン語でのやり取りだから内容までは悟られないと思うけど、とはいえしかし。
「……もしかして、バイト先の子?」
「……まぁ、せやな」
「例のルビーちゃん? だっけ?」
「…………そうだけど」
「ふーん……へぇー……っ」
思わせぶりな愛莉の反応に冷や汗も混じる。別に何も悪いことはしていないのだが、なんだろう、この浮気バレしたみたいな嫌な空気。そもそも二人で俺を挟んでいる状況からして、浮気という概念が成立するかも怪しいが。
「これ、スペイン語? だよね? へぇー、凄いねえ。話すだけじゃなくて文面でもやり取り出来ちゃうんだねえ」
「まぁ勉強しとったし多少は……」
「ふーん……これだとどんなお話してても、わたしたちにはバレない……ね?」
「……なんやねんその言い方」
「んー? 別になんでもないけどー?」
表面通り受け取るわけにはいかない。キスでもしてくるのかという勢いで顔を近付けガン見してくる比奈。間違いない、怒っている。割と。
独占欲の強さは今更言及するまでもないが、フットサル部内の結束を何よりも重視している彼女のことだ。誰も関知しないところで俺が知らない女と連絡を取り合っている状況が面白い筈もない。
「……これだけは明確にしておくけど、お前らが思ってるような、そういう変な関係じゃねえからな。勘違いするなよ」
「……どーだか」
「怪しいねえ……」
ダメだ。どっちを見て弁明すれば良いんだ。分からん。身動きを取れん。
今となっちゃコイツらに隠し事も何も無いし、なんなら今までのやり取り全部再翻訳して読ませるぐらいことはしてやっても構わないのだが……そういうことじゃないんだろうなぁ……。
「……真琴もそうだし、世良さんのこともそうだけどさ。アンタ、気付かないうちに関係作って勝手に進めるから。信用出来ない」
「んー。わたしは二人の時間を作ってくれたらそれで構わないけど……それが出来なくなるくらいになったら、ちょっと困っちゃうなあ」
それぞれ異なる角度のように思えて、実際のところ二人指摘は似たようなものだ。フットサル部と関係の無い要素で、俺との距離が開いてしまうことを懸念している。
まさに昨日、峯岸から言われた通りの状況だ。俺がどれだけ考えて行動しようと、彼女たちには伝わっていない。届いていない。
それ自体はとっくに理解している、すべき点ではあるが……こうも上手く行かないとなると、無条件に非を認めてしまうのも気分が悪い。
要するに、まだ意地を張っていた。
分かってくれ、理解してくれという甘えた根性がなんの利益ももたらさないこと。大阪での一件を経てこれ以上無いほど痛感したというのに。
子ども染みたプライドが顔を出す。
いつまで経っても消えない、悪い癖。
「ホントに、なんもねーから。最近ちょっとしつこいぞお前ら。そんなに信用ねえならバイト先でもなんでも来て、直接確認すれば良いじゃねえか」
「……なによ。その言い方っ!」
「ああっ?」
「こっちは気が気じゃないってのに、なんでそういう言い方しか出来ないわけ!? 私がどれだけ心配してると思ってるのよっ!」
声を荒げソファーから立ち上がる愛莉。
目元には僅かに涙が浮かんでいる。
……またこんな流れか。クッソ、こうも短期間でなんでこうなるんだよ……俺だって怒らせたり悲しませるのは本意じゃねえよ。なのに……。
「わ、悪かったって……」
「やっぱり私だけの問題じゃない! 今のハルト、なんか信用できないのっ! 私たちじゃなくて、全然違うところ見てるんだもんっ!」
「…………ごめん」
「謝るくらいならちゃんと証明してよっ! なんでこんな時まで他の子と連絡してるわけ!? そういうの、違うじゃんっ! 絶対違うッ!」
肩を震わせ、今にも外の景色に負けぬ大降りの雨で廊下を濡らしてしまいそうだ。慌てて比奈が立ち上がりフォローに回るが。
「……なんで……なんでこんなに近くにいるのに……遠いよ……っ! 今のハルト、すっごい遠いんだもん……っ!!」
「よしよーし。愛莉ちゃん、落ち着いて。ねっ? 大丈夫だからっ…………陽翔くん、わたしも一緒だよ。本当のこと言うと、ちょっと怒ってる」
ツカツカと歩み寄りグッと顔を近付ける。頬を膨らませるその姿はいつも通りあざとさ全開だが、それにも限界があると言わずとも理解に及ぶ何かがあって。
「こんな風になっちゃうくらいなら、アルバイトなんて辞めてもっと近くにいて欲しいって、みんな思ってる。陽翔くんにも考えがあるって、それくらい分かってるけど……でも、今の愛莉ちゃんを見てどう思う? 陽翔くんも嫌でしょ?」
「……それは、まぁ……」
「だったら、言葉じゃなくて態度で証明してあげてね。わたしにも。今の陽翔くんのままじゃ、口先だけのサイテーさんになっちゃうよ!」
人差し指をピンと立てて口元を抑えて来る。為すがままに頷くと、比奈は満足そうに微笑み、手を引いて愛莉のもとへ連れ出すのであった。
「愛莉ちゃん。陽翔くんがギューってしたいんだって。それくらい良いでしょ?」
「…………んっ……」
「はい。許可は貰っておいたから。あっ、次はわたしの番だからね?」
「……分かった」
やるせない気持ちを押し込み包むように腕を回すと、身体の震えも次第に収まっていく。優しく頭を撫でると、愛莉はうっとりした顔で気持ちよさそうに声を漏らすのであった。
取りあえず、先日のようなどうしようもない状況にまで陥らなかっただけマシかもしれないが……なんなんだろうな。この拭えない違和感は。
まったく、俺という奴は。ルビーの抱えている悩みの一端がようやく分かって来た気がする。言葉が通じる通じないなんて、結局なんの根拠にもならないのだ。
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