530. その場のノリでだいたい押し通せる
子どもたちに連れられサッカーの輪に混ざることとなったルビー。二チームに分かれてボールを追い掛ける最中、彼女の様子を注意深く観察していた。
ルビーは膝下まで覆い隠す微妙な長さのスカートを着ていたから、足元に転がってくるボールの扱いに四苦八苦。だが……。
『ほらっ、走って! チャンスよ!』
『よっしゃ! ナイスパスっ!』
ルビーの出したパスにファビアンが抜け出して、そのまま豪快に叩き込んだ。グラウンドに固定されている小学生用の小さなゴールマウスが派手に揺れ動く。
(これじゃ差があり過ぎるな……)
ファビアンのチームが圧倒的にリードしている。何が理由って、ルビーが普通にサッカーをしているのだ。
確かに走り辛そうな格好だが、止める、蹴るという基本的なところはそこそこしっかりしていて、周囲を確認して的確なパスを出せている。
『あっ!』
『ルビー、どんまいどんまい!』
子どもたちの一人が適当に蹴った浮き球がルビーのもとへ飛んで来る。これはトラップに失敗してしまった。つま先をクッションにワンタッチで処理しようとしたが、大きくバウンドし遠くへ転がって行ってしまう。
技術レベルとしては、夏のミニ大会の頃の比奈と同じくらいだろうか。抜きん出て上手いわけではないが、間違いなく経験者。そんな感じ。
『ヒロセっ! こっちこっち!』
『あいよ』
ファビアンからパスを受けると、他の子どもたちが敵味方問わずワーッと群がって来た。みんな俺からボールを奪いたくて必死なようだ。
次から次へと現れては伸びる足を細やかなタッチでどうにか躱し、団子状態を抜け出したところでファビアンへリターン。
『もーー! なんで取れないんだよー!?』
『ズルいよヒロセー!』
決死のスクランブルアタックが失敗に終わり、子どもたちはボールも追い掛けず俺のシャツをグイグイ引っ張って何かを必死にアピールしている。
ごめんごめん、と何人かの頭をポンポンと叩いているうちに、ファビアンがまたゴールを決めたようだ。流石に俺らと二人とルビーが一緒のチームじゃ実力差があり過ぎたな。次からは別々に分けるとしよう。
いやでも、仕方ないんだよ。
手を抜くとファビアンも怒るし。
それに、予想外の収穫もあったモンだから。せっかくならカッコいいところ見せたいだろ。子ども相手に必死過ぎと言われたら、まぁそれまでだが。
2月上旬、まだまだ陽が落ちるのも早いこの頃。良い時間だと時計を確認するまでもなく関根館長が迎えにやって来た。
子どもたちに囲まれながら、館長は「そっちは宜しく」みたいなニュアンスのグーサインを出して来る。本当に俺任せなのかよ。そのつもりだったから良いけど。
『もうっ、せっかくお気に入りだったのに汗だくじゃない。こんなことならもう一枚用意しておけば……』
施設内へ戻り帰宅する相談者とその子供たちを職員総出で見送っていると、建物内に併設されたシャワールームで汗を流したルビーが戻って来る。
出稼ぎ外国人の暮らす集合住宅はシャワーや浴室の無い簡素な家が多いらしく、こういったものも併設されているのだそうだ。
汗でベタベタになった服へブツブツと文句を言う彼女を、有希ママは驚いた様子で眺めていた。コソコソとこちらへ近づき一言。
「あの感じだと、もう仲良くなっちゃったのね。流石は廣瀬くんっ♪」
「いやぁ、偶然が重なったというか……」
「でもルビーちゃん、すっごく自然体になってるじゃない。普段はあんな風に独り言だって言わないのよ?」
有希ママは嬉しそうに話す。今まで馴染めていなかったって、俺からしたらちょっと信じ難いんだけどな。それほど言語の壁は高かったということなのか。
「じゃあ廣瀬くん。今日はこれで上がりね。そのまま帰って大丈夫だよ」
「館長。お疲れさまです」
「それとついでに、ルビーちゃんを最寄りまで送ってあげてくれないかな? 特別手当とか出ないけど、それくらい構わないよね?」
「まぁ良いですけど……同じ方角なんですか?」
「途中までは一緒の筈だよ。女の子一人で歩かせるにはもう遅いし、しっかり守ってあげてね」
というわけで最後にもう一仕事。子どもとサッカーするだけでバイト代を貰えるのに、女の子と一緒に帰るだけで手当てが出たら敵わん。退勤時間まで仕事のうちとはホワイト企業かブラックかなんとも言えないところだな。
『……ヒロ、帰り道同じなの?』
『みたいやな。さっ、行こうぜ』
『え、ええっ……』
少し強引に手を引いてルビーを連れて行く。有希ママが「変なところ寄り道しちゃダメよー」とか言ってるけど、これはスルーで良いや。どういう立ち位置なんだよあの人は。
ルビーの自宅はこ交流センターからすぐ近くのところにあるらしい。それほど外国人が多いエリアでは無い筈だが、まぁ元々この街で暮らしていたということだし土地勘もあるのだろうか。
『……今日はありがとう。楽しかったわ』
『なら良かった。悪いな、動きにくい恰好で走り回せちゃって』
『気にしないで。次は着替えを持ってくるから』
ほんのりと頬を染めてそっぽを向くルビー。商店街の明るさに釣られてのものだろう。あまり深くは考えないとする。
『サッカー、やってたんだな』
『別に大したこと無いわ。お国柄ってやつ。男女関係無く小さい頃はみんなサッカーで遊んでいたから……パパのこともあるし』
『えっ、なに? 最後聞き取れんかった』
『……なんでもないわ』
言われてみれば納得。バレンシアもスペイン屈指のサッカー処だからな。日本と違ってサッカーそのものが生活に根付いている地域。
特別練習をしていたり才能があったというわけでもなく、ルビーにとってサッカーが出来るというのは当たり前のことなのだ。
日本人が漏れなく箸を使えたり、その地域の人間が方言を使ったりするのと同じ。DNAレベルでサッカーが身体に染み込んでいるのだろう。
『それと……例の仲の良かった女の子。ナナだっけ? その子とはまだこっちで会ってないのか?』
『…………すぐにでも連絡するつもりだった。でも、勇気が出なくて……』
『なんでまた』
『だって、たった一人の友達を縋ってわざわざこっちに戻って来たのよ? なのに、私はまだ日本語も話せないし……もし嫌われちゃったらどうしようって……』
悲しげに吐息を漏らし、アスファルトをジッと見つめるルビー。
あぁ、そういうことだったのか。まぁ子どもの頃はフィーリングで何とかなっていても、高校生ともなれば言葉が通じないのは大きな障害だよな。
『気にすることねえと思うけどな。当時だって言葉分からなくても仲良くなれたんだろ? 俺が思うにそのナナって子、その場のノリでだいたい押し通せるめちゃくちゃファンキーな奴だと思うんだけど』
『……そうね。すっごく変な子だった。でも、いっつも笑顔で、誰よりも前向きで……私もこういう女の子になりたいって、いっつも思ってた』
気になるな。そのナナって子。
テンション一辺倒でゴリ押しして外国人と仲良くなれる……瑞希やノノもそういうタイプだよな。そもそも瑞希がスペインに居た頃ってルビーの幼少期と丸被りだし。実は知り合いだったりして。
『今の自分じゃ、自信を持ってナナと再会出来ないって、そう思ってるのか』
『……うん。そうなのかも』
『だったら自信を付けるしかねえよ。ルビーが本当はもっと明るくて元気な子だって、今日一日だけで俺も良く分かった。だったら本来の自分に……理想の自分の姿へ戻れるように、もっと頑張らねえとな』
『……そう、ね。頑張らなきゃ』
『次は木曜日に顔出すからさ。サッカーじゃなくても良いから、俺とまた付き合ってくれよ。良いだろ?』
『ええ。よろしくね、ヒロ』
少し無理のある笑顔ではあったが、作り笑いでも作れただけで進歩というやつだ。これから時間を掛けて手助けしていけたらと思う。
駅前で彼女と別れ改札へと向かう。次は木曜日か……ちょっとだけ、いや、普通に楽しみだな。俺もルビーのこと、もっと知りたくなって来た。
(バレンタインか……)
スマホのカレンダーで次の出勤日を確認する。あと一週間ちょっとか……結局アイツらに、14日は仕事があるってまだ伝えてないな。ていうか、愛莉の件はどうなったんだろう。明日までに皆がなんとかしてくれていると良いが。
ダメだダメだ。ルビーの相手している方が気楽に感じてしまうなんて。そんなこと口が裂けても言えない。言えないのだが……。
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