527. ボサっとすんな


「ほーん、ついにハルのえじきになっちまったってわけな。なるほどっ」

「有希さんだけに飽き足らずまた中学生に……懲りない人ですね……」


 陽翔のいなくなった談話スペース。全員の必死のフォロー或いは若干語尾強めな追及の甲斐あって、愛莉は土曜日の出来事の一端を打ち明けることとなった。


 愛莉に負けず劣らず不機嫌さを滲まる琴音を除き、雑な返しと共にスマホを弄り始めた瑞希を筆頭に、リアクションは極めて穏便で自然なモノである。


 彼女たちにすれば今更驚くような話でもなかった。大阪遠征でついぞ露見した「兄さん」呼びも含め、真琴が陽翔に対し頼れる先輩や疑似兄妹どころでない感情を抱いていることは誰の目から見ても明らかで。



「逆になんでセンパイ気付かなかったんですか」

「気付くわけないじゃない……私以上に女っ気の無い奴なんだから……っ」

「近くに居れば居るほど分からなくなることって、確かにあるかもねえ」


 それらしいことを言って愛莉をフォローする比奈だが、内心では愛莉の鈍感さに少しばかり呆れている彼女であった。


 せっかく二人で出掛けるなら女の子らしい恰好をしようと提案したのは自分で、愛莉に内緒でコーディネートまで担当してしまった。その分の負い目と自身の浅はかさに抵抗が無いわけでもなかったが。



「まぁでも、真琴ちゃんだからどうって話でもないと思うなあ。陽翔くん女の子にはいっつも優しいから、その気が無くても気付いたら……ねっ?」

「見た目ただのイケメンが距離感ゼロでヘラヘラ甘えてくるわけですからねえ」

「しかもあたしら以外には塩対応ってゆーな」

「勘違いしちゃいますよね~! 自分だけ特別だって! ねーー琴音センパーイ!」

「なっ、なんで私に振るんですか……」


 斜め上からの反撃に狼狽える琴音ではあったが、彼女にしてもノノや瑞希の論説を否定し得るだけのモノは持ち合わせていない。


 当該人物の筈がすっかり蚊帳の外になっている愛莉は、皆の繰り広げる「今更なんなんだ」と言わんばかりのトークに居心地悪そうに唇を尖らせた。そんな愛莉を見て、瑞希はやはりスマホ片手にこう話を広げる。



「妹だからってのはあるかも分からんけどさー。いい加減諦めなって。だってハルだよ? 自分のこと好きな人は全員好きになっちゃう好感度メーターぶっ壊れ人間なんだからさ」

「……それは……」

「アレでしょ? 分かるよ長瀬がキレてる理由。なんで自分がすぐ近くに居るのに、よりによってマコとイチャイチャしてんだって、そーゆーことっしょ?」

「…………うるさい、ばかっ」


 あまりに貧弱過ぎる反論に、すぐ隣で座る比奈もニコニコ笑いながら彼女の頭を優しく撫で下ろす。彼女もこのように続けた。



「そうだよねえ……愛莉ちゃんも女の子だもんね。自分だけ見て欲しいって、やっぱり思っちゃうよね」

「……逆になんで比奈ちゃんは……みんなはそう飄々としてられるの? 他の子と仲よくしてるところ見てイライラとかしないわけ?」

「えっ? すっごい嫉妬してるよ?」

「へっ?」

「お喋りするくらいはいつものことだし、別になんとも思わないけど……二人だけ遊びに行った話とか聞いちゃうと、やっぱりイライラしちゃうかなあ。だから今回はちょっとだけ反省。真琴ちゃんに優しくし過ぎちゃったかなって」


 悪意や嫉妬などという感情から最も縁遠い存在と思われた比奈の正直な告白に、愛莉は目を丸くして驚いている。



「でもわたしが……わたしたち意地を張ったところで仕方ないんだよね。陽翔くんがどう考えてどう行動するのかは陽翔くんの自由だから」

「……まぁ、それはそうだけど」

「陽翔くんがちゃんとわたしのことを見てくれているって、それだけは分かってるから。だったらもっと自分のことだけ考えてくれるようにって、こっちから色々と頑張らないとね。わたしもまだまだ勉強中ってところかな」

「他人の心配をしている場合ではない、ということです。愛莉さん」


 ここまで話に混ざって来なかった琴音もついぞ口を開く。彼女も彼女で愛莉と似たような葛藤を抱えているわけだが、こればかりは確固たる自信と根拠を持っていた。



「あの人に自身を顧みろ、改めろとなんだと言ったところで、無理な相談です。彼は変わりません。それはそれで、私たちが困ります。恐らく」

「琴音ちゃん……」

「他人の動向に振り回されているのではなく、彼と自分自身の関係性により着目すべきです。勿論私とて、理詰めで解決する話ばかりではありませんが」

「そーなんだよなー。その辺が長瀬はまだ分かってないんだよなーっ」


 ここぞとばかりに瑞希も同調する。


 陽翔との繋がりに誰よりも執着し重んじている彼女も、ここ最近は自身の欲求をハッキリと承諾した上で敢えてセーブを掛けている節がある。


 無論、フットサル部の関係性を重視して自制しているのかと言われればそういうわけでもなかった。その場のノリと気分で動き回る彼女には到底無理な相談であるし、本当に大切なことはとっくに気付いていて。



「マジでくすみんの言う通りでさ。自分が納得さえしちゃえば、他の奴のこととかどうでも良くなるんだわ。あー、ハルのこと愛してるー、愛されてるー! っていう実感が大事なわけよ。分かるぅ長瀬ぇ? あんだすたーん?」

「…………実感、ね……」

「足りねえんだよ、全然っ! 好きなら好きって、ちゃんと伝えろって。長瀬が言ったんだろ? 自分が一番だって、特別なんだって。たった一か月前の話じゃん。なんでそう簡単にブレるわけ? お前さあ、ホントにハルのこと好きなの? 自分のこと好きになってくれるなら誰でも良いんじゃねえのっ?」

「ちっ……違う! そんなことないっ!!」


 思いのほか厳しい追及に、愛莉は慌てて立ち上がり声を荒げる。だが瑞希もそれを打ち返すほどの倍の威力を持って、このように返した。



「だったら行動で示せやッ! ボサっとすんな! どーせ恥ずかしがってるだけなんだろ、分かってんだからな! 半年も一緒にいんだぞ! 舐めんなッ!」

「みっ、瑞希……っ!」

「約束破られたァ? んなもんなぁ、お前がもっと強く出ればいっくらでも解決出来ただろーがっ! バイトのことなん考えられなくなるくらいアピールすれば忘れられなくて済んだだろッ! お前の責任じゃいっ! ハルに押し付けんなッ! 死ねッ!!」


 限界までヒートアップした瑞希は言い終わると同時にソファーへ顔を突っ込みバタッと倒れ込む。そして。



「…………はー。疲れた。市川、あと頼んだ」

「センパイ何だかんだ優しいっすよねえ」

「うるせーあほ」


 分かりにく過ぎる愛の鞭に、ノノも呆れて瑞希の背中を優しくポンポンと叩く。なんで自分がこの役回りなのだと不満が無いわけでもなかったが、彼女も言いたいことは多少なりともあるようで。



「……まぁそういうことっすよ。愛莉センパイ。そりゃあ性格的なこともありますから、すぐには出来ないかもですけどね?」

「…………うんっ……」

「その衝動をもうちょっとでも出せたら、センパイの悩みの八割は解決しますよ。去年二人で勝手に前集合してデートしてたじゃないすか。ノノ忘れてませんよ」

「うぐっ……」

「あの時の厚かましさっていうか、正直な気持ちをもっかい思い出しましょう。それはそれでノノたちが嫉妬しますけど、問題ありません。だって同じことしますから」

「…………分かったわよ。つまりそのっ……甘えるならちゃんと甘えろって、そういうことでしょ?」

「はい。そーゆーことですっ」


 取って付けたようなダブルピースと無理やりにもほどがある満開の笑顔。ノノの珍しく真っ当なアドバイスにため息一つ挟み、愛莉は意を決したように口元をギュッと結び、ソファーから立ち上がった。



「今日、練習中止。行くわよ」

「あん? どこに?」

「決まってるでしょ……ハルトのバイト先よ。別に瑞希は来なくても良いけど!」

「あァん? んなの行くに決まってんだろ!」


 ようやくらしさを取り戻した愛莉に、瑞希も心なしか嬉しそうにソファーから飛び上がった。やっぱり仲良しさんだねえ、と比奈も微笑み混じりに呟く。



「しかし愛莉さん。彼がどこでアルバイトをしているかご存じなのですか?」

「知らない! でも有希ちゃんのママの紹介って言ってたから、聞けば分かる!」

「あー、言ってましたねえ……なんのバイトなんでしょうか? センパイに接客なんて到底不可能でしょうし、かといって他に高校生の出来そうなバイトなんて……」

「取りあえず有希ちゃんに聞いてみよっか」

「ざっつらいとです、比奈センパイ」


 ノノが連絡しますねと一言、スマホを取り出して素早くメッセージを送る。それほどタイムロスも無くすぐに返信が届いた。



「……んん?」

「どうされましたか、市川さん」

「なんか要領を得ないというかピンと来ないというか……これ見てください」


 ノノを取り囲みメッセージの内容を確認する一同。記されていた一文は。



『今日はルビーちゃんって子のお相手をするらしいです。私の一つ年上だそうですよ。ノノさんと同い年ですねっ!』



「……ルビーちゃん? 誰?」

「あたしが知るわけねえだろ」

「あだ名……なのかな?」

「女性なのでしょうか?」


 それぞれ疑問を口にするが、答えには辿り着きそうにない。それもその筈、有希は陽翔が多文化交流センターで働いていることを彼女たちが知っている前提で話しているのだから、噛み合うわけが無かった。



「お相手……お相手ってなんですか? 要するにノノと同い年のルビーちゃんって子の……相手……面倒を、見る…………」

「なんか覚えあるの?」

「……愛莉センパイ、ブルー○ック読んでます?」

「なにそれ?」

「ノノが最近ハマってる漫画なんですけど……同じ雑誌にですね、女の子にお金払ってデートする……レンタル彼女ってやつですか? そういうのを題材にした漫画がありましてですね……逆も然りかなぁ、と」



 ……………………



「…………レンタル彼氏……的な?」


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