地獄の沙汰も生温いバレンタイン諸々に纏わる章

526. ブチギレ


「ひどい、酷い、ひどいっ……! 約束したのに……今までこんなこと無かったのにっ! ばかっ! バカハルトっ! ハルトの嘘吐きっ! 」


 放課後の談話スペース。

 愛莉が嘘みたいにボロ泣きしている。


 あまりのご乱心ぶりに、泣きじゃくる彼女をただ見守ることしか出来ないオレ。そんな二人をフットサル部の皆が呆れた様子で眺めている。


 何故こんなことになっているのか。

 時計の針を少しだけ戻すとしよう。



 多文化交流センターでのアルバイトは、週に二日の火曜と木曜。フットサル部の練習が無い平日に固定されることとなった。


 まぁ活動日じゃない日もみんな談話スペースでグダってるからあんまり変わらないんだけど。なんならその場の流れで普通に練習始まったりするし。この辺は割と適当というか、ルーズなフットサル部の日常である。



 で、火曜日の今日も何の気なしにみんな談話スペースへ集まって、寒いし身体動かしたいと瑞希が言い出すものだから練習する流れになったのだが。


 用事があるのでここで抜けると伝えると、着替えに行かず一人ソファーに残っていた愛莉がこのような話を始める。 



「…………なんで無視したの?」

「は?」

「……話あるって言ったじゃん」


 そう。日曜日に「月曜話がある」とメッセージを貰っていたのを普通に忘れていたのだ。


 通りで今日一日、話し掛けても愛莉の反応が薄いと思っていた。それどころかかなり気が立っている様子だ。ここに集まってからもずっと無言を貫いていたし。



「いや、マジでごめん。ちょっと急用っつうか、いきなり予定が入っちまったもんで…………どういう話?」

「……片手間で終わる話じゃないんだけど」

「いや、それはその……」


 やっべー。メチャクチャ怒ってる。


 様子を察するに、土曜の真琴と出掛けた件に関することだと思うのだが……アイツ、デートの内容全部喋りやがったな。



「……百歩譲ってさ。用事が出来たのは良いわよ。でもそれを言わないのっておかしくない? わたし昨日、比奈ちゃんに聞かされて初めて知ったんだけど」

「ご、ごめん……」

「練習終わってからずっと待ってたんだけど!!」


 絵に描いたようなブチギレだ。


 ま、不味い……ここまで真剣に愛莉に怒られるの初めて過ぎて、どう対応したらいいのかサッパリ分からない。下手したらサッカー部戦の前の喧嘩より深刻だぞこれ。


 いやまぁ、理由はなんとなく分かる。合格祝いのパーティーからちょっと様子が変だったし、恐らく真琴との一件を聞かされて尚更不安定になっているのは否めない。


 とはいえ、約束したと言っても向こうからの一方的な通達だったし……そこまで怒られるような内容なのだろうか? 俺の危機感が足りないのか?



「……あ、明日じゃダメか?」

「ダメっ! 約束したもん!」

「すまん、割と大事な用なんだ。ちゃんと時間掛けて聞くから……頼むって」

「なによっ! 私より大事な用なのっ!?」

「えぇ……っ」


 いくらなんでも望外の一言過ぎて、次の言い訳を放つ寸前だった口も動きを止める。厚手のカーデガンの袖口をギュッと握り締め、今にも泣き出してしまいそうだ。



「ちょっ、なんだよ……どうした急に」

「だって、私のこと避けてるじゃんっ!」

「いや避けてねえって。つうか今日ずっと塩対応噛まして来たのお前の方やろ」

「知らないもんっ!」


 えぇ……本当に泣きそうこの人……。


 ど、どうすれば良いんだ……ちゃんと謝って時間を作った方が良い案件……だよな? いやでも、初日から急用でバイトを休むのって心証最悪だし……。



「なになに? どったの長瀬?」

「痴話喧嘩ですかー?」


 着替えを終えた残る四人が談話スペースへと戻って来る。すると愛莉は待ってましたとばかりに声を荒げ。



「嘘吐かれたっ! 昨日約束したのにっ!」

「ちょっ、お前待っ……」

「あー、そう言えば陽翔くん、昨日用事があるって練習お休みしたねえ。なになに? 陽翔くん約束破っちゃったの?」


 事情を詳しく知らない比奈の後方射撃に遭い、完全に俺が悪者の流れが構築されている。いやまぁ、確かに俺が悪いっちゃ悪いんだけど……えぇ?



「よく分かりませんが、様子を見るに一刻も早く謝罪した方が宜しいのでは?」

「いや、それはそうなんだけどな琴音。俺の言い分もちょっとは聞いて欲し……」

「なによそれっ、私が悪いっての!? そうやって言い訳するんだっ! わたしっ、ただ聞いて欲しかっただけなのに……っ!」


 琴音に助けを求めようとしたが、どうやら逆効果だったようだ。息を荒くし身体ごとプルプル震え出す愛莉。そして。



「ひどい、酷い、ひどいっ……! 約束したのに……今までこんなこと無かったのにっ! ばかっ! バカハルトっ! ハルトの嘘吐きっ! 」



 と、いうわけで冒頭に戻る。


 へたり込んでしまった愛莉。比奈とノノが駆け寄り必死に慰めている。どっから見ても俺が泣かせたとしか思えない状況だ。


 いやだからその通りなんだけどね? 何かが根本的にズレているようなこの感覚、誰か察してくれない? ええ?



「ハルぅー。何があったか知らないけどさー」

「な、なんだよ……っ!」

「こんだけ泣いてんなら絶対ハルに原因あるよ。マジで。土下座って知ってる?」

「お前よりか詳しい筈や……!」


 さしもの瑞希も茶化すには限度があるようで、手っ取り早く場を収めろと促して来る。



「理由は何であれ、愛莉さんがここまで悲しんでいるということは貴方に責任があります。ちゃんと落とし前を付けてください」

「正論噛ましやがって……」


 琴音のダメ押しとなれば抗うことも出来ない。詰みだな……仕方ない、一旦ちゃんと謝るしかないか……しかし納得いかん……。



「ご、ごめんな愛莉。無視しちゃって。どうすれば許してくれる?」

「……許さないっ!!」

「そこをなんとか頼むって……」

「許さない!」

「愛莉さ」

「許さないって言ってんでしょっ!!」


 駄目だ。埒が明かん。


 なにこの面倒くさい女。お前こないだ「お前にプライドもなんも無い」とか超ウザい顔でほざいとったやろ。同一人物とは思えん。



「あー、これ立ち直るまで時間掛かるやつだわ……しゃあねえ、ハル。なんか用あるんでしょ、取りあえずそっち行きなよ」

「いやしかしだな……」

「多分これ、ハル一人じゃ解決できないタイプのアレだから。ていうか居ない方が良いよ。へーこーせんだし」


 半笑いの瑞希に促され、忍びなくも愛莉の元を離れる。皆似たようなことを言いたそうな表情だ。大人しく彼女たちに任せてみるか……。



「ちなみにセンパイ、用事って何ですか?」

「あー……まぁ隠すこともねえか。あれや、バイトやバイト。有希のお母さんに紹介して貰ってな。昨日の今日ですぐ決まっちまったんだよ」

「あぁ~、なるほどなるほど」

「すまん、じゃあ任せた。ほなまた明日っ」

「がんばってね~」


 手を振るノノと比奈に別れを告げ、半ば逃げるように新館の表玄関から離れていく。後ろ姿のどれだけダサいことか。考えるだけでも気分が悪い。


 そうだよな……初めからちゃんと伝えておけばこうはならなかった筈だ。ただでさえ真琴の一件があったというのに、距離を置かれたと勘違いしてもおかしくない……別に恋人同士ってわけでもないのに余計な心配だとは思うけど。



(依存……なのか……?)


 なんだろう。ストレートに感情ぶつけられるのは別に問題無いというか、むしろ嬉しいくらいなんだけど。これはこれで俺の事足りなさが浮き彫りになるっていうか、もどかしいな。


 おっと、あまりゆっくりもしていられない。バスに乗り遅れたら結構なタイムロスだ、少しだけ急がないと……。



(なんのためのバイトなんだよ、ったく……)


 こんなこと、絶対に考えちゃいけないと思うんだけど。一度思ってしまったからにはやっぱり本心で、珍しく悪態を付いては頭を抱えるばかりであった。


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