525. 偶に見せる無邪気な笑顔


 子どもたちとボールを追い続け、だいたい一時間くらいだろうか。陽が落ちてボールも見えづらくなっていたところで、関根館長と有希ママが迎えにやって来た。


 これまでプレーしてきた環境やフットサル部での練習とは勿論異なり、とにかくボールに突撃して適当に蹴ってという遊びの域を出ないゲームだが、宝石のように目を輝かせ笑い声を弾ませる子どもたちに柄でもなく気分も上がってしまって。


 フットボールそのものを楽しむという、一番忘れてはいけない大事なモノを思い出させてくれるというか。こんな感覚、随分と久しぶりだな。



『セキネ! このヒロセって人、めちゃくちゃサッカー上手いんだよ! メッシみたいだった!』

『そうかそうか。良かったなファビアン』


 浅黒い肌の少年、ファビアンが関根館長に抱き着くと、それに乗じて他の子たちもわらわらと群がる。どことなく優しそうに映る容姿は万国共通か。



 そう。年齢も国籍も異なる子どもたち、当然サッカーの実力もだいぶ差があったのだが。このファビアンという少年がビックリするくらい群を抜いて上手かった。


 話を聞いてみると、ファビアンはペルーからやって来た出稼ぎ一家の一人息子だそうだ。母国に居た頃からサッカーが趣味だったが、スクールやクラブに入るお金が無くてずっと一人で続けていたらしい。



 子ども相手とあってだいぶ手を抜いてプレーしていたのだが、ファビアンにドリブルであっさり抜かれてしまいゲラゲラ笑って来るものだから、途中から結構本気になってしまった。


 ファビアンもムキになってしまい、最後の方は本格的にガッツリやり合う形となった。ちょっと嫌われてしまったかと思ったが、この反応を見るにノーサイドの精神も持ち合わせる出来た子だ。



『ねえヒロセ、ヒロセはプロの選手?』

『いや、違うよ。普通の高校生……ハイスクールって分かるか? そこでフットサルをやってるんだ』

『ホントに? 絶対にプロになれるよ! ブラオヴィーゼの選手みたいだったもん!』

『ブラオヴィーゼ?』


 ファビアンが興奮気味に話し掛けて来る。ブラオヴィーゼ、聞き慣れない単語だ。でも不思議と最近耳にしたような気も。いつだったっけな。



「あぁ、プロクラブのブラオヴィーゼ横濱だね。偶に自由参加のサッカースクールをこの辺りでやってるんだよ。聞いたこと無い?」

「……あぁ、あのチームか」


 関根館長のアシストでようやく思い出す。つい先日、真琴と一緒に試合を観に行ったクラブだ。サッカーとフットサル、両方のプロチームを持っているという。



「地域密着で色々活動しているクラブなんだよ。ウチのセンターとも提携しているんだ。サッカーチームの方に東南アジアの選手が何人かいるから、今はその人たちのサポートもしているんだ」

「へぇー……」


 如何せん三部のチームだから情報がほとんど入って来ないのだが、そういえば○○人初のプロサッカー選手……とかそんなニュースを前にどこかで見たな。プロチームと言えど幅広く活動しているものだな。



『さっ、みんな。もう時間も遅いし、お母さんたちのところへ戻ろう。建物まですぐ近くだけど、バラバラにならないで纏まって着いて来るんだよ。こら、チャナ! 走らないで!』


 関根館長が一人走り出したチャナという少年を捕まえる。あの子はタイ人だったっけ。この辺り普通の子どもというか、日本人と何も変わらないなぁ。


 子どもたちに囲まれセンターを目指す関根館長の後を追う。すると同じく迎えに来てくれた有希ママがコソっと近付いて来て。



「どう? 廣瀬くんにピッタリのお仕事でしょ」

「これ、仕事のうちに入るんですかね」

「子どもの面倒を見るのだって大事なことよ? ほら、お子さん連れの方とお話している間はどうしてもほったらかしになっちゃうから……廣瀬くんくらいの一緒に遊んでくれる年頃の子がやっぱり必要なの」


 確かにみんな、外へ出る前は随分と寂しそうに一人で遊んでいたし……気兼ねなく付き合えて、言葉の通じる少し年上の存在も必要なのかもな。


 かといって、顔を出すたびにサッカーばかりやるのもどうかと思うけど。まぁこれは時間を掛けて色々と幅を増やして行くしかないか。



「でもホントにピッタリって感じ。廣瀬くんもしかして子ども好き?」

「いやぁ、どうなんすかね……母国語じゃないから気持ち優しく接してるってだけだと思いますけど」

「みんなと遊んでいる廣瀬くん、本当に楽しそうだったわ。クールな子が偶に見せる無邪気な笑顔っ……良い……っ!」

「ハハハ……」


 良からぬ妄想を膨らませ、あまり人前で見せてはいけない類のニンマリ顔を披露する有希ママ。間違いない、有希の母親だ。確かな血の繋がりを感じる。



「これからも続けられそう?」

「ええ、まぁ。仕事って感じでもないんで、特に苦労も無く続けられるかと」

「良かった! じゃあ詳しい話は関根さんにお任せするとして……一つお願いがあるんだけど、聞いてくれない?」


 スマホのアルバムを開いて写真を見せて来る。写っているのは有希ママと……女の子? ゴールドの長髪とパッチリ開いた目が印象的な可愛らしい子だ。



「お正月のイベントの写真なんだけどね。季節ごとに色々と催しがあって、その時に初めて来た子なの。ルビーちゃんって言うんだけど」

「珍しい名前っすね」

「あだ名よ、あだ名。お父さんからもそう呼ばれてるみたい。ただ……ちょっと引っ込み思案で、恥ずかしがりな子でね? 最近こっちに引っ越して来て、まだ友達が居ないみたいなの」

「ほーん……」

「日本語はあんまり話せないみたいなの。お父さんのススメで来てみたって言ってたけど、同い年の女の子も居ないし、まだ馴染めてないのよねぇ」


 外国人同士のコミュニティーに顔を出してみたら、そもそもの性格と気の合う友達が見つからなくてちょっと出遅れてしまった……みたいな感じか。


 見たところ高校生くらいだろうか。写真だけでも伝わるレベルで、物凄く可愛い子だ。二次元から飛び出して来たような浮世絵離れしたオーラを感じる。



「ご両親はお仕事が忙しいみたいで、ルビーちゃんだけで良く来るんだけど……ずっと本を読んでばっかりで、私ともお話してくれないの。確か廣瀬くんの一つ年下だから、打ち解けるキッカケになるかなぁって」

「むしろ同年代の男とか怖くないすかね」

「有希のことだって簡単にメロメロにしちゃった廣瀬くんなんだから、大丈夫よ」


 母親に面と向かって言われると微妙に居心地が悪い。女誑しみたいな言い方は非常に不服だ。自覚が無いこともないが。



「来月の14日……バレンタインにまたイベントがあるの。良いタイミングだと思うから、それまでにルビーちゃんとも仲良くなって欲しいなぁって」

「まぁ、そういうことなら」

「あ、でもあくまでお友達になるだけだからねっ? 有希を泣かせたら承知しないから! 分かった?」

「了解っす……」


 仕事に私情を持ち込むなと、もっともなことを言う権利も無い頼りない俺であった。母、強し。


 となると、バレンタイン当日はこっちで仕事をする感じになるのか。アイツらにも伝えておかないとな……絶対面倒なことになるわ。



「この子、どこの出身なんですか?」

「スペインよ。初めて来日してからはだいぶ長いんだけど、お父さんのお仕事の都合で、向こうに帰ったりまた来日したりを繰り返してるみたい」


 一つ年下のスペイン人の女の子。

 金髪ロングの整った容姿。


 日本とスペインを行ったり来たり、か。

 なんか、身に覚えのある身の上だな。


 確かノノの小学生の頃の友達がシルヴィアとか言ったっけ。でも名前違うしな……トラショーラスの娘さんの名前、なんだったっけな。まぁ思い出せないことには悩んでも無駄か。



「じゃ、雇用に関することとか関根館長と話して、今日のお仕事はおしまいね。お疲れさまっ。これからよろしくね?」

「はい、こちらこそ」


 不安だらけのアルバイトだったが、この調子なら問題無く続けていけそうだ。縁が縁を呼び、自身にもフットサル部にとっても一番良い形で丸く収まった。


 ……と、思っていたのだが。


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