511. エスパーかよ
台所へ愛華さんも加わったことで料理の準備は驚くほど早く事済み、陽が落ちた頃には二人の合格祝いのパーティーが始まる。
事前に告知があったとはいえ愛華さんの登場に皆どこかソワソワしていたが、彼女の人当たりの良さも相まって30分も経てばいつものフットサル部が顔を出した。
こんなに大勢でご飯を食べるなんて久しぶりだわ。と嬉しそうに語っていた愛華さんも、愛莉や真琴から聞いていた通りの脳内ハッピーな連中を前にすっかり安心し切っている様子。
ご飯を食べ終えた頃、合格祝いと称し各々からプレゼント。
おおよそ有希には女子力高めの小物、真琴にはサッカー関連のグッズが渡され大いに喜んでいたが、琴音の用意したまぁまぁな重さの問題集に二人顔を揃えてげんなりしていた。
9時を回った頃には解散の運びとなり、家が遠い順に長瀬家を後にする。上大塚住みの比奈と琴音を見送り、家には俺と有希、一家の三人だけが残った。
母娘が後片付けを始めたので、何か少し手伝ってから帰ろうとソファーから立ち上がると。
「兄さん。約束、覚えてる?」
家事は自分のテリトリーではないと、瑞希から貰った新シーズンの選手名鑑を読み耽っていた真琴が顔を上げこんなことを言い出す。
「あっ、すっかり忘れてました! 廣瀬さん! ご褒美、ご褒美ですっ!」
今日は長瀬家に泊まる予定らしく、風呂の準備を進めていた有希も慌てて便乗する。ご褒美と言うと、入試前に図書館で話した例のやつか。
「なにが欲しいんだ?」
「えーっと、物というよりは……あのっ、久々に二人でお出掛けしたいなぁって……今度の日曜日なんですけど、駄目……ですか?」
掌を合わせ瞳を潤わせる。そこまで念入りにお願いすることでも無い気はするが、この手の類にはてんで弱い愚かな自分。考えなしに頷くほかない。
「ええよ。夏祭り以来やしな」
「や、やった……! じゃあ、行きたいところは私が決めても良いですかっ?」
「ん。お任せするわ。デートっぽいところなん俺じゃ分からんし」
「でっ、デート!? いや、そのっ、決してそういうつもりで言ったわけでは!?」
「男女が二人で出掛けてデート以外のなんだって言うんだよ……」
呆れ顔で乾いた笑いを浮かべる真琴を、有希は必死な様子で身体ごと派手に揺らしている。お前も愛莉と同じや。今更取り繕うな、もう全部知ってんだよ。
まぁなんというか、ここのところ受験に関することばかりでそれらしい相手はしてやれなかったからな。夏祭りでの告白も保留したままだし。
むしろ俺から話を進めなければいけない立場なのだから、せっかくの機会を不利な条件で費やして良いものか疑問だが。当人が満足なら構わないか。
「で、真琴は?」
「……いや、特に考えてないケド」
「有希だけじゃ不公平だって、お前が言い出したんだろ。なんでもええから言うてみろって」
「…………じゃあ、一個だけ」
依然あわあわしている有希を押し退け、スマホを取り出し画面を見せて来る。これは……どこかのチームのホームページか?
「来週さ、すぐ近くで試合があるんだ。フットサルのプロリーグ。夏に姉さんとも行ったんでしょ?」
「あぁ、代々木まで観に行ったやつか……なんや、この辺りでも試合するんか」
「二部のチームだけど、この辺りがホームタウンなんだって。チケット安いし、いろいろ勉強になると思ってさ」
スマホを借りページを確認してみる。二部に所属していて、現在昇格争いの真っ只中だとか。知らなかった、この街にもプロクラブがあるのか。
土曜に試合なら、日曜の有希との予定も含めて良い感じに埋まりそうだな。確かに愛莉とセントラル開催の試合を観に行って以来ロクに勉強も出来ていないし、俺にとってもちょうど良い機会だ。
「ちゃっかり用意周到じゃねえか」
「たっ、たまたま見つけただけ! いまっ!」
「はいはい……」
スマホを奪い返し、ほんのりと顔を赤らめそっぽを向く。
こういう素直になり切れないところ、つくづく愛莉にそっくりだよな。真琴の場合は男女云々というより、兄貴に甘えたい願望の方が強いのかもしれないが。
「真琴ー、お風呂の準備できてるから。有希ちゃんと一緒に先に入っててー」
「わ、分かった! 有希、行こう!」
「はーい♪ えへへっ、マコくんとお風呂~♪」
「ちょっと、くっ付かないでって……!」
愛莉に促されベッタリくっ付きながら浴室へと向かう。切り替えの早い有希とは対照的に、なんもかんも誤魔化し切れない不器用な真琴であった。
「ふーん……真琴もすっかり懐いてるのねえ」
「今の光景見て最初に思うのがそれ?」
のほほんとした口ぶりの母へ愛莉の鋭いツッコミ。何か思うところがあるのか、俺の顔を一瞥し小さくため息を吐いて再び皿洗いへ戻る。
こうしてキッチンに並んでいると本当に瓜二つだ。例の男の顔を知らないから何とも言えないが、母親の遺伝が強過ぎる。
早坂家の母娘には及ばないが、実は姉妹だと言われても何ら不思議には思わない。
「で、アンタはいつ帰るの?」
「んだよ。帰って欲しいのか?」
「そーじゃないけどっ。言っとくけど、アンタが泊まる部屋とか無いからね。どうしてもってんならリビングで寝ても良いけど」
「え? 愛莉の部屋は?」
「入れるわけないでしょ、バカっ!」
眉をひん曲げぷんすか怒り出す。
冗談だったのに。ごめんて。
「愛莉。せっかく来て貰っているんだから、あんまり厳しいこと言っちゃダメよ。良いじゃない部屋くらい。別に見られて困るものなんて無いでしょ?」
「お母さんっ! そういうこと言うとホントに悪ノリして勝手に入っ……って、ちょっと!? どこ行く気!?」
「冒険の旅」
「馬鹿なこと言ってんじゃないのっ!」
「愛莉の部屋は二階の突き当たりよー♪」
「ちょっ、なんでヒントあげるのよぉっ!?」
必死の引き留めも大した効力は無い。なんなら愛華さんが喋り出した時点で既に向かい始めている。無性に湧き出る悪戯心、止めどなき瑞希スピリッツ。
愛華さんの助言通り、愛莉の部屋は二階へ上がって突き当たりの一番奥にあった。
ドアに掛けられた平仮名のプレート。昔からそのまま使っているのだろう。
「……なんもねえな……」
鍵は掛かっていなかった。広がるは勉強机と大きめのベッド、暖色のクローゼットくらいしか目に入らない小綺麗な空間。
物置小屋と化す前の俺の部屋もだいたいこんな感じだったな。必要最低限どころか、思春期の人間にしてはモノが少な過ぎる。
ピンキーなカーペットは埃一つ窺えない。掃除も行き届いているようだ。
「ちょっと、ストップ! 見るなぁ!」
「ううぉっ」
階段を駆け上がる音が聞こえたからこちらへ向かって来ていることだけは分かっていたが。勢いのまま腕を引っ張れ彼女のもとへ吸い寄せられる。
首根っこのすぐ脇から顔を出し、慌てて部屋全体を見渡す愛莉。暫く深刻げに口元を歪ませていたが、懸念材料が無くなったのかホッと肩の荷を下ろした。
「下着なら落ちてねえぞ」
「分かってるならわざわざ言うな! ていうか、当たり前のように女子の部屋入ってんじゃないわよっ!」
「見られて困るものでも?」
「ある! あり過ぎるッ!」
今度はどうにかして部屋から追い出そうと腕を引っ張って来る。
ここまで拒絶されてしまうと逆に申し訳ない気になって来た。仕方ない、大人しく引き下がるか。
言われてみればそりゃそうだ。多少恥ずかしがっていたとはいえ部屋の構成には自信を持っていた比奈や、下着が落ちていようと気にも留めない瑞希の方がおかしい。
……とはいえな。愛莉のまだ見ていないところなんて、それこそ残すは裸体くらいのものだと思うんだけれど。こうも拒否られると妙に寂しい。
「……な、なによその目は」
「いや。別に。なんも」
「…………なに? 自分の家には何回も行っておいて、私の部屋は見せないのが不公平だとでも言いたいわけっ?」
「すご。エスパーかよお前」
「うぅぅっ……もう、ホントなんなのよこんなときばっか……その言い方はズルいっていうか、私だって別に絶対ムリってわけじゃないけど……でもやっぱ恥ずかしいっていうか、そもそも男女じゃその言い分は成立しないしっ、でも言いたいことは分かるっていうか……だから、そのっ……」
「誰と闘ってんだよ」
葛藤の余地は一切無い筈なのだが、何故か招き入れる方向で話が固まりつつある。どういうルート辿ったらそうなるんだよ。分からん。
「……はぁー。分かった。じゃあ五分だけ。良い、五分よ? ちゃんとタイマー測るから。それ過ぎたらすぐ帰って。良いっ!?」
「いや別に無理せんでも」
「良いからっ!!」
先ほどとは真逆に無理やり背中を押され強引に部屋へ踏み入れさせられる。分からない。意図が。
それが熟考の末に辿り着いた結論であるならば、たぶんお馬鹿さんだと思うんですけど。
「あっ…………ごめん、やっぱ一回出て」
「え、なんで」
「制服のまんまだし……着替えたいから」
「俺は気にしないけど」
「私が気にするのッ! ばかっ!」
なんなんお前。忙しないな。
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