509. お世話になってます


 当初の予定通り、そのまますぐ近くの長瀬家で二人の合格祝いをすることになった。愛莉曰く「こないだ行けなかったら」という理由で鍋をやるようだ。

 短期間で二回も食わされる俺たちの身にもなれ。どうせ美味いんだろうけど。


 不合格だったら材料が無駄になるからと買い出しはまだ済ませていなかったらしく、比奈を連れてスーパーへ出掛けて行った。

 信用してるのかしてないのかどっちかにして欲しい。愛莉らしいと言えばそれまでだが。



「ちょっ、ズラタンは卑怯ですよマコちん! せめてオリギにしてくださいっ! 若しくはバチュアイで!」

「嫌ですよ! この二人使いにくいんです!」

「ほー。ネコ・ウィリアムズとは通だなゆっきー」

「名前が可愛いからお気に入りなんですっ!」

「…………ネコ……」


 暇を持て余している残り五人は、冬休みに有希が持って来て以来置きっぱなしだというサッカーゲームで遊んでいる。選手一人ずつ操作できるモードがあるらしい。既に何試合か終え結構な時間が経っている。


 何故かベルギー代表の二人に過剰な嫌悪を見せる真琴と、響きだけで選手を選ぶ単純な有希であった。琴音はどこで反応しているんだ。



「ハルも一緒にやろうよー」

「いや、俺はええわ」

「内海さん使っていいですから~!」

「だから嫌なんだよ」


 ノノが駄々を捏ねる。

 そう、触れたくないのには理由があった。


 このゲームには日本のクラブと選手も搭載されている。データが昨シーズンのままだから二部へ降格する前のセレゾン大阪も収録されており、既にトップチームへ登録されている内海や小田切さんを使うことが出来るのだ。


 知り合いをゲームで捏ね繰り回すのが妙に気持ち悪くて、それでいてコイツらはわざわざその二人を使えと言って来るのだから実に困る。


 というか、シンプルに能力低いし。俺、ゲーム下手だし。絶対揶揄われるの分かってるし。意地でもやらん。



「ハルが向こうで続けてたらゲームでハル使えたかもなんだよな~」

「その世界線だと、ノノたちがこうして長瀬家へ集まってゲームをするという未来も消滅しているのでは?」

「おー。確かに」


 瑞希とノノがありもしない仮定の話を広げている。そうなんだよな、仮にもトップデビュー目前まで行ったから、ゲームに収録される可能性もゼロでは無かった。


 普通に嫌だな。今の真琴みたいな感じで不特定多数の人間に「廣瀬使えねえ能力弱すぎ」とか言われるの。ユーザー宅一人ずつ回ってゲーム機破壊してやろうかな。



 生産性の無さ過ぎる話題はさっさと終わらせるとして。このままリビングで暇していると無理やりコントローラーを持たされそうだし。


 愛莉と比奈の手伝いにでも行くか。総勢八名分の食料なのだから、荷物運びがもう一人居たって良い。


 皆に一声掛けて玄関へ。どうせ料理が出来るまで時間が掛かるし、一旦家に戻って忘れ物でも取りに行こうか。

 せっかく手に入れたのにこっちへ戻って来てから使う機会がほとんど無いからな……。



「んっ?」

「あらっ?」


 戸を開けて外へ顔を出すと、真正面に見知らぬ女性が。


 ちょうどドアノブを回そうとしていたところだったからか、或いは中から現れた俺に少し驚いているのか。一歩足を引いて目を丸くしている。



「……えっと、お邪魔してます?」

「い、いらっしゃい……?」


 身長は愛莉と同じくらいだろうか。ブラウンのロングヘアーに釣り気味の大きな瞳。


 頬は少しやつれているが、まさに愛莉を20年分年取らせたような女性だ。スッとした鼻先はどことなく真琴に似ている気も。



「……あぁ! 貴方が陽翔くん!」

「もしかして、愛莉と真琴の?」

「はじめまして、長瀬愛華ナガセアイカよ。そういえばフットサル部のみんなが遊びに来るって……こんなに早い時間から集まっているのね、ビックリしちゃった」


 口元を抑え上品に笑うその女性。どうやら初めの印象に違いは無く、本当に二人のお母さんだったようだ。



「す、すみません。なんか我が物顔で……」

「いいの、いいの。家に来てることは愛莉と真琴から聞いてるから。ごめんなさい、今日は早番だって二人に伝えるの、すっかり忘れていたわ」


 並大抵のことでは動揺しない鈍すぎるメンタリティーを自称する俺とて、前触れ無しに二人の母親と対面するのは結構な緊張だ……もうちょっとマシな格好して来れば良かった。


 長瀬家にお邪魔するのも何度目かというこの頃だが、いつも遅くまで仕事をしているという母親とは一度も顔を合わせたことが無かった。

 流石に今日こそ会えるものだとは思っていたが、タイミングがタイミングだ。心の用意が出来ていない。



「どこかお出掛け?」

「えっと、愛莉…………さんが買い出しに行ってて、荷物運びでもしようかと」

「あら、そうなの。ならせっかくだし付き合うわ。色々と聞きたいことも沢山あるし、今日会えるの楽しみにしてたのよ?」


 荷物を玄関に置いてそのまま二人で外へ。表情に疲れこそ見え隠れするが、愛華さんの足取りは年頃の少女のように軽やか。


 ど、どうしよう。いきなり二人きりでとか、なにを話せばいいんだ。

 スーパーまで結構距離あるし、メチャクチャ困るっていうか、死ぬほど緊張するんだけど。返って来い自称鈍すぎるメンタリティー。



「えっと、改めてなんだけど……いつも愛莉と真琴がお世話になってます」

「いやいや、こちらこそ……」


 慌てて仰々しく頭を下げる。

 ダメだ。ペースに持ち込めん。


 青のトップスにオーバーチェックのロングコート。仕事終わりと言っていたから、所謂ビジネスカジュアルってやつなのだろうか。


 詳しくは分からないが、中々にお洒落なお母さんだ。愛莉にも劣らぬスラッとした立ち姿と良く合っている。


 あの二人の母親とだけあってサバサバした性格を予想していたが……随分と温厚そうな人だな。

 怒っている姿をまるで想像出来ない。琴音の母親である香苗さんといい、女子高生の娘がいるとはとても思えない若々しさである。


 流石に有希ママには敵わないが。

 女子大生でも通用するレベルだしあの人。



「真琴の勉強も手伝ってくれて、いっつも感謝してるわ。本当なら私が相手しなきゃいけないんだけど、日中はどうしても忙しくて……あの子、何か失礼なこととかしてない? ちょっとツンツンしてる子だから」

「いや、そんな大したことは……自発的に動ける子なんで、俺が助けなくても問題無かったと思いますよ、まぁ、割と棘はありますけど。可愛いモンです」

「そう? なら良いんだけど……」


 受験生の真琴へあまり気に掛けてやれなかったことを心配していたそうだ。だがこの場合、むしろ良い方向へ作用していたようにも思う。


 なんと言うか、凛とした出で立ちとは対照的にやや幸薄さを感じるというか……二人とも何だかんだしっかりした性格だし、母親に余計な迷惑を掛けまいという意識の高さへも繋がっているんだろうな。



「それで、愛莉のことなんだけどね?」

「は、はい……?」

「正直に言うと、ほんのちょっとだけ心配だったの……ほら、あの子結構打たれ弱いっていうか、男の子相手だと萎縮しちゃうような子でしょ?」


 俺の顔をジロジロと観察する愛華さん。


 流石に母親とだけあって、普段の強気な態度が臆病な性格の裏返しであることはしっかり見抜いているようだが。心配、というのはどういうことだろうか。



「今まで彼氏の一人も作れなかったし……もしかしたら強面の男の子に無理やり引っ張り回されているんじゃないかって。真琴もお姉さんっ子だから、愛莉が拒絶しなかったらアッサリ着いて行っちゃうでしょ?」

「あぁ、そういう……」


 言われてみれば愛莉って、俺が相手だからどうにかなっているけど……内海や財部とは話も出来なかったし、クラスメイトのオミにさえ未だに壁作ってるんだよな。


 その反面、一度気を許せばとことん甘いというか、警戒心が薄くなる傾向がある。

 少し強気にリードされたら抵抗出来なくなるから、相手が相手なら簡単に依存してしまいそうな気はする。既に俺相手でも兆候は出ているが。



「この半年くらい、家に帰ると貴方の話ばっかり聞かされるのよ。もうクドイくらいに褒め殺しなんだから……変な人に騙されてるんじゃないかって」

「あ、愛莉が……?」

「でもホントに、愛莉の言っていた通りの子で安心しちゃった。確かにちょっと目付きは悪いけど、すぐに分かったわ。とっても心の綺麗な子なんだなって」


 淀みの一つも見せずニコリと笑う。目付きの悪さはもうどうしようもないことだが、この辺りハッキリと言うのは親子共々か。逆にシックリ来る。


 しかしこうもベタ褒めだと居心地が悪い……っていうか、アイツ俺のこと普段どう喋ってるんだよ。すげえ気になるんだけど。



「いや、心が綺麗とか、それは言い過ぎっすよ。俺なんてどこにでもいる普通の人間なんで……」

「心が綺麗ならあんな節操無しにはならない?」

「…………えっ!?」

「ふふふっ、冗談冗談♪」


 突然の問題提起に思わず腰が引ける。思わず後退りを噛ましてしまうが、愛華さんの様子にこれといって変化は無い。


 いや待て。冗談になってない。まさかアイツ、ここ最近の俺たちの関係ぜんぶ喋ってるのか……!?



「あらあら……その感じだと、本当にフットサル部のみんなで取り合いしてるのね」

「いや、その、それはですね……!」

「良いのよ。別に怒ってなんかいないわ。もしフラれちゃったとしてもそれはあの子の責任なんだから。ただ……」

「…………ただ?」

「……やっぱり親子なんだなあって。血は争えない、ってやつかしら。ねえ陽翔くん。私の話、ちょっと聞いてくれる?」


 物憂げに俯き微笑を浮かべる愛華さん。

 血は争えない……って?


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