508. プランBの6


 合格発表といえば掲示板に張り出された受験番号に一喜一憂……という絵面が代名詞として思い起こされるところだが。


 わざわざ学校まで来させるのも一苦労、書類は郵送でも問題無いということで、最近は結果をネット上で公開することが多い。試験から二日後には合否が開示される山嵜高校の場合も、専用のサイトで確認が出来るようだ。



「愛莉ちゃん、上の空だね」

「授業どころじゃねえよな……」


 隣の席に座る比奈が心配そうに呟く。


 この日の四限は日本史だった。担当である定年間近の男性教諭は年齢的なものか声が通らないことを理由に、映像資料を使った授業を行うことが多い。

 さして興味も無い教養番組を長時間視聴するなどと高校生には無茶な相談で、授業中盤を超えた辺りから教室ではヒソヒソとお喋りの声が聞こえ始めた。


 かくいう俺たちもあまり集中出来ていないグループの内で。ひとつ前の席でどこか遠い目をしている愛莉の心配もそこそこに、受験組からの連絡を待ち焦がれスマートフォンの通知を気にし続けている。



「そろそろかな?」

「12時にって話やけど……」


 二人の入試の結果が開示される時間はちょうど四限と被っている。既に二本の針は時計の頂点で交錯し右回りに落ち始めているが、未だ彼女たちから連絡は無い。


 専用サイトの回線が混んでいるのか。それとも不合格の通知に連絡を躊躇っているのだろうか。愛莉のことをとやかく言えるわけもなく、気になって何も集中出来ない。大正期の護憲三派とかクソほども頭に入って来ない。


 と、そのとき。



「おっ」


 マナーモードを解除していたのか、スマホからまぁまぁ大きめの通知音が鳴り響き愛莉は椅子ごとビクンと大きく揺れ動く。

 幸い高齢の男性教諭は耳も悪いようで、こちらへなんのリアクションも取らなかった。俺たち二人にも同じグループへ通知が。急いで中身を確認。



「……ど、どうする?」

「一緒に見てみよっか……」


 せーので画面をタップしアプリを開く。

 そこには有希と真琴、二人からメッセージが。



「…………愛莉ちゃん、ねえ愛莉ちゃんっ! 結果来てるよ! ほらっ!」

「うぅ……怖くて見れないぃぃ……っ!」

「アホっ、テンションでだいたい察しろ!」


 タイミングも良く終業を告げるチャイムが鳴り、俺たちは席から立ち上がった。依然として硬直したままの愛莉の背中を揺れ動かす。


 震える両手でスマホを操作する愛莉。

 瞑られた目を恐る恐るゆっくり開くと。



「…………え、なにこれ?」


 二つ連なった桜をデフォルメしたスタンプ。

 これが意味するところとは。



「愛莉ちゃん、サクラサク、だよっ!」

「……合格や、二人とも!」






 五限が峯岸の数学科の授業だったので特にこれといって詫びも入れず、昼飯も食べずに俺たちは学校を飛び出した。

 途中残る三人も合流。瑞希と琴音は体育だったので適当に体調不良だなんだと理由を付け、ノノは普通にサボって来たらしい。素行不良軍団ここに極まれり。


 永遠のようにも感じられる15分の急行列車を耐え凌ぎ、愛莉の最寄り駅で下車。二人の中学に向かうと。



「マコーーーー!! おめでとぉぉーー!!」

「早坂コウハーーーーイ!!!!」


 制服姿の二人が正門の前で立っていた。既に登校義務は無いようだが、合否の有無にかかわらず学校へ報告に来なければならないらしい。


 いの一番に飛び込んで行った瑞希とノノに抱き着かれ、二人とも驚きを露わにしつつもそれぞれらしい笑みを浮かべていた。どうやら誤報では無かったようだな。



「いやぁ、マコなら絶対に大丈夫だと思っていたさ! 流石はあたしの一番弟子っ! ほめてつかわすぞ~~♪」

「ちょっ、辞めてくださいって……! みんな見てるじゃないですかぁ……っ」

「流石ノノが見込んだだけのことはありますっ! ノノのパーフェクトな指導の賜物ですねっ!」

「えへへっ……ありがとうございますっ!」


 儚くも美しい先輩後輩の固い友情と見間違うが、一つだけ訂正させてほしい。お前ら受験に関してはなんの手伝いもしてないだろ。思い上がるな。



「二人ともおめでとう! 本当によく頑張ったねえ~」

「おめでとうございます」


 比奈と琴音も祝福の言葉を送る。実際に感謝されるべきは彼女たちだ。特に有希の面倒はここ週週間、代わる代わる付きっきりで見て貰っていたからな。ホッとしたというのが実情だろう。


 二人へ感謝の言葉を口にし丁寧に頭を下げると、まずこちらへ歩み寄って来るは例の消しゴムを握り締めた有希。



「廣瀬さんっ! わたしやりました! 本当に廣瀬さんの後輩になっちゃいます!」

「おめでとさん。言うてそこまで心配してなかったろ? 面接も小論文も上手く行ったって話してたろ」

「でもっ、やっぱりどうしても不安でっ……今日までずーっとお守り片手にお祈りしてました! 効果ばつぐんですっ!」

「んな大したモンちゃうけどな」

「これ、凄いんですよ! 枕もとに置いておいたら、グッスリ寝れちゃいました!」


 安眠グッズのつもりで作ったつもりは一切無いのだが、ともかく有希にとってはこの上ない願掛けだったようだ。結果オーライか。


 母親譲りのオレンジブラウンの髪の毛をポンポンと撫で降ろすと、だらしなく頬を緩ませ頭を預けて来る。緊張の糸が解けてしまったみたいだ。



「おいおい、受かったんだから泣くこたねえだろ。笑え笑え」

「えへへっ……ごめんなさい……」


 目元をほんのりと赤く染め無理やりに笑みを溢す。


 気持ちは察するところだ。元々は成績も模試の結果も十分足りていたところを、敢えて苦手なジャンルで挑んだわけだからな。それも推薦に切り替えたせいで一般入試の準備はそこそこ、今回ダメだったら更に追い込まれていただろうし。



「本当に、夢みたいですっ……わたし、春から廣瀬さんと同じ制服で、同じ学校に通えるんですねっ……!」

「なんや、男子の制服着るんか」

「そ、そうじゃないですよぉ! もう!」


 わざと適当に答えてみると、少し怒りっぽく唇を尖らせる。時折見せる可憐な姿も嫌いではないが、有希にはもっと無邪気な笑顔が似合う。あんまりシリアスな空気に持って行かれても困るし、この場には似合わない。


 でも本当に良かった。いつの日か彼女が言った通り、今日の結果が身の丈に合った目標であったと、自らの力で証明したのだ。



「…………廣瀬さんのおかげです。高校受験なんて、辛くて嫌なことばっかりだって思ってましたけど……廣瀬さんが傍に居てくれたから、わたし、頑張れました。夢を、希望を持てたんですっ!」

「……そっか」

「でも、まだスタートラインに立っただけですから……! これからは本当の後輩として、もっともっと、夢を叶えさせてくださいっ!」

「……じゃ、程々にな」


 今どき少年漫画でもお目に掛かれない真っ直ぐな台詞に、思わず顔も赤くなる。こちらが焚き付けたようなものとはいえ、お前はいつも想像を超えて来るから困るよ。



「まっ、良かったじゃない。アンタの学力なら万に一つも心配いらなかったけど」

「よく言うよ、自分より緊張しといて。昨日なんて勘違いして発表サイトの更新ボタン連打しまくってた癖に」

「なっ……! そっ、それはちょっと日にち間違えただけでしょ!? ていうか、わざわざみんなの前で言うなっ!」


 こちらは姉妹で喜びを分かち合う……いや、どうだろう。どっちが受験組だったのか分かったもんじゃないな。



「真琴、あんまり揶揄ってやるなよ。コイツ今日も魂抜けっぱなしで大変やったんだからな」

「分かってるって……あぁ、あと姉さん。ちゃんと特待だったから安心して」


 山嵜では規定の点数以上を取ると特待生制度を利用することが出来る。9割5分以上の高得点が必要という狭き門だが、こちらも問題無くクリアしたようだ。


 真琴の場合、心配だったのは合否よりこっちだろうな。元々金銭的な事情で山嵜は候補にすら入っていなかったわけだし。

 少しいじけた様子で「なら安心ね」と呟いた愛莉に、真琴もここでようやくホッとした表情を見せる。



「あれ。お前その制服」

「……まぁ、こういうときくらいはさ。ていうか、有希にゴリ押しされたんだケド」


 入試のときでさえ男子用のスラックスを履いていたというのに、今日は珍しく正規のスカート姿。めちゃくちゃ丈長いけど。膝隠れてる。スケバンみたい。



「そりゃ男っぽい恰好の方が楽なんだけどさ。流石に高校生にもなったらその辺意識しないわけにもいかないし。予行練習みたいなもんだよ…………両方買うの高いし」

「なるほど~。じゃあ春からは真琴ちゃんのスカート姿がいつでも拝み放題ってことだねえ~」

「ちょっ。比奈先輩、その言い方辞めてくださいっ!」


 瑞希みたいなセクハラ紛いの台詞を吐く比奈に珍しく慌てふためく。


 たぶん、本心じゃないんだろうな。男女両方の制服を買うのが勿体ないってのも本当のことだろうが……何かキッカケのようなものがあったのも十分に察するところ。



「じゃっ、予定通り胴上げと行きますかぁ! 市川ッ! プランBの6だぁっ!」

「お任せをぉっ!!」

「ひゃあっ!? ノノさんっ!?」

「クッソ、意外と重い! グぬぬぬぬ……ッ!」

「わ~。わたしもやる~♪」

「女子二人で胴上げは無理があるでしょう……」

「目が回るぅぅ~~っ!!」


 とか言いつつ琴音も合流し、四人で有希を宙へ放り投げる。Bの6って、何パターン用意してあるんだよ。ただの胴上げだろ。


 あと正門の前でやるな迷惑な奴らめ。

 安定感無さ過ぎるし。落っことすなよ。



「……アンタは? 良いの?」

「別に……あーゆーのキャラじゃないし」

「スカートじゃ恥ずかしいってか?」

「兄さん。セクハラっ」

「はいはい…………おめでとさん、真琴」

「……どーも」


 少し羨ましそうに見守る真琴の頭を、愛莉と二人で優しく撫で降ろす。あとでお前にもやってやるとか、そういうことは言わないけど。まぁこれくらいは良いだろ。


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