506. ダサくてダサくて
「いやぁ~ビックリしちゃいました~。まさかひろぽんとオープンキャンパスでお会い出来るとは……っ!」
「超こっちの台詞っす」
大久保さんとお揃いのパーカーを風で躍らせ、軽やかにステップを踏む黒髪ロングのほんわかした雰囲気が特徴的なこの女性。
比奈御用達のコスプレ写真館でアルバイトをしており、文化祭の衣装づくりでも大いに貢献して貰ったレイさんである。
常連の比奈でさえ年齢を教えてくれないと言っていたのに、こんなところで意外な一面を目にするとは。そもそもレイさん大学生だったんだな、割と幼い顔してるからてっきり一つ上とかそんなものかと。
「ここ通ってるんですね」
「そうなんですよー大久保氏と一緒で二年生でー。あっ、実は一個ポンなのでみんなより年上なんですけど。これ倉畑さんには内緒ですよ~?」
「なんか意外っすね」
「いやぁー、バイトに力入れ過ぎて全然授業出なかったらいつの間にか……こういうところでお手伝いすればイメージアップにもなると思いまして~」
「それよりまず授業に出るべきでは?」
「ははぁっ、仰る通りで~っ……!」
無駄に高いテンション含め過去に話をしたときと印象はさほど変わらないが、どこか浮ついているようにも思われる。普段も敬語で喋ってるんだな。キャラ作りかそれとも素面なのか、果たして。
「大久保さんと知り合いなんすね」
「一年の頃から取る授業丸被りでなーんか仲良くなっちゃったんですよねー。学部しか共通点無いんですけど~」
「の割には良い感じじゃないですか」
「いやぁ~性格は悪くないな~って思うんですけどー。もうちょっと顔がタイプだったらガンガン行ってたんですけどね~!」
貴方の言うタイプってつまるところ二次元でしょ。そりゃ理想には程遠いよ。
「さてさて、今日はそっちのことは忘れてお仕事しないと……あっちの本館側はもう見て回ったんですよね?」
「一通りざっくりと」
「なるほどっ、なるほど。まぁこっちも似たようなものばっかりなんですけどねー。取りあえず歩きましょうか」
四方を木々に囲まれたプロムナードを二人並んで進む。さながらオフィス街のようだった反対側とは異なり、こちらは海外の小洒落た街並みを思わせる閑静なつくりになっていた。
歩いているだけでオシャレ度が上昇しそうなこの雰囲気、瑞希や比奈は喜びそうだ。理想なキャンパスライフ、的な。分からんけど。
まぁでも、この光景を眺めながらアイツらと授業ごとに棟を移動したり、晴れた空の下ご飯を食べたり、試験の前は図書館に籠って一緒に勉強したり。
きっと楽しいんだろうな。今の関係もそのままに続けて四年も一緒にいられたら、場所なんて関係無いのかもしれないけれど。
「でっ、で? 倉畑さんとは順調なんですか?」
「いや真面目に案内は?」
「まぁまぁ良いじゃないですか~!」
今日ばかりはちゃっかり年上らしく意地悪気に話題を振るレイさん。デート姿を二回も見られているわけだからはぐらかすにも無理がある。
「……ご想像の通りで」
「なんとぉーッ! ついにっ、ついにですか! ついになんですねっ!? お実りになられたと!」
「適切な表現か甚だ疑問ですが、まぁそんなところです。だいたい」
「いやぁ~嬉しいなぁ~! せっかくなら連れて来ちゃっても良かったのに……あー、でもこの感じ倉畑さんの前で出すの結構勇気いるなぁ……」
「そんな変わらんじゃないですか」
「あはははっ……やっぱああいう恰好じゃないとスイッチ入らないと言いますか。ていうかこのパーカーダサくてダサくて……」
俺には分からない苦悩があるようだ。
特に深追いはしない。知らぬが仏。
「やっぱりあれなんですか? 大学もフットサル部の皆さんと同じところにって感じなんですか?」
「…………理想は、ですかね」
「と言うと、学力的な問題とか? ウチそんな入試キツくなんで大丈夫だと思いますよ? むしろ集めるのに超苦労してますしー」
「……それもゼロじゃないですけど」
偏差値で考えれば俺や比奈、琴音は余裕だろうし、愛莉と瑞希はまぁまぁ対策に力を入れなければならないだろう。
だが懸念しているのはそこじゃない。先ほど大久保さんにも言いそびれたことだ。
「まぁ、サラッと聞き流して欲しいんすけど」
「はいはい、どうぞどうぞ」
「…………大学行ってる場合じゃねえなって、やっぱそう思うんすよ。こういう整ったところへ通ってダラダラ過ごすのも楽しいでしょうけど」
煮え切らないのには理由があった。もしかしなくても大学で過ごす四年という長い時間は貴重なモラトリアムである一方、恐らく俺の人生をそれほど大きく変えるような場所ではない。
どれだけ多くの経験と知識を身に付けたところで、卒業を間近に控えればまた同じような悩みに、壁にぶつかる予感がある。
…………駄目だ駄目だ。これじゃなにも伝わらない。ここはレイさんを信頼してもっと具体的に話そう。言い触らすような人でもないだろうし。
「多分オレ、早く結婚したいんすよ」
「…………ええええーーッッ!? そっ、それってくくっ、倉畑さんと!?」
目をかっ開いて驚きを露わにするレイさんに、俺は肯定の言葉を返さなかった。他の連中の話をしても仕方ない。
無論、相手が既に決まっているわけでもない。一人だけ選ぶとか、そういう話でもない。もっと大枠で曖昧な話をしたかった。
「少しでも早く自分の力で稼いで、守ってやりたいんです。普段から調子の良いことばっか言ってる癖して、どれもこれも薄っぺらくて……全然、中身が伴わないんすよ。ここんところ不甲斐なさを感じる一方で」
「はっはぁー……そっ、そうなんですねぇ~……まっ、まぁそういう生き方もありますよね~……!」
どこまで本気なのか分からない様子のレイさんは、否定的な言葉だけは投げ掛けないよう必死に言葉を選んでいるようにも見えた。極めて正しい反応だ。俺だって何を言っているのかと思う。
「……憧れてるんすよ。家族ってやつに」
「…………ひろぽんさん?」
「多分、欲張りなんだと思いますけど。目に見えないモノも欲しいし、形として分かりやすいモノも欲しいんです」
なまじ中途半端にアイツらと和解したのが良くなかったのだ。
俺たち一家はまるでそれらしく機能していないように見えて、外から眺めている分には割かし裕福で、至って普通の家族だったのだと今更気付かされる。
家庭を顧みなかった分、二人とも十分過ぎるほどの稼ぎがあって。高校生の俺を一人暮らしさせるだけの余裕もあって。
親としては不合格だったのかもしれないが、社会性だけは保証されている。そしてそれは、今の俺に一番足りない要素。
「さっさと地盤を固めたいって、そういう話です。半分はワガママっていうか、独占欲かもしれないですけど。受験にしろ就活にしろ、その後の生活も……他の何かが俺たちの時間を邪魔するくらいなら、俺が早く独り立ちすれば良いんじゃないかって」
「まぁ、現実的じゃないことくらい分かってますよ。夢を見過ぎです。必要なことを全部ショートカットしようってわけですから。所詮は子ども染みた発想なんです」
「でも…………想像するんですよ。ハンパに想像出来るから、困るんです。もしかしたらこの左脚が、だいたいことは叶えてくれるんじゃないかって」
「……なのに、自信が無いんすよ。また昔と同じような怪我をして、思ったようなプレーが出来なくなるんじゃないか。思い上がっているだけで、まったく通用しないまま終わるんじゃないかって……そういうことばっかり考えます」
呆れて乾いた笑みも零れる。自分でさえ釈然としない言い分だ。矛盾も矛盾だらけで、なに一つ説明になっていない。
ただ間違いないのは、どうしたって俺は今の関係を、この世界を死ぬまで維持し続けたくて。んでもって、その覚悟も無いのに楽な方へと流れようとしていること。
要するに甘えているだけだ。
この左脚と、アイツらの愛情に。
「……ひろぽんさん、意外と重い男なんですね」
「まぁ、はい。否定はしません」
「うーん。なるほどなるほど……私がアレコレ言える立場でないことは分かってるんですけどー…………ちょっと抱え込み過ぎじゃないかなーって」
「……ですかね」
「ていうか……たぶん、倉畑さんも同じこと考えてると思うんですよねー」
「…………どういうことですか?」
「え? それはだって……」
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