505. 凄まじい偏見


 上大塚駅から地下鉄に乗り換え8駅。

 路線の繋がりが悪く通うには面倒な立地だ。


 改札を抜け、幾つかあるうちの出口から看板を目印に地上へと抜け出す。目的地はすぐ目の前にあった。流石は駅前キャンパスを名乗るだけはある。



(でか)


 私立城南大学のオープンキャンパスが今日行われるのを知ったのは、それこそつい二日ほど前のこと。学校の廊下に日程の記されたチラシが貼られていた。


 ちょうど受験休みと被ることもあって、特に誰を誘うことも無く一人足を運んでみた次第である。



 ここのところ進学を含めた将来設計に関してやたら敏感だ。サッカーへ戻るのか、まったく他の道を模索するのか。悩みに悩んでいる。


 いや、正確に言えば「結局サッカーやるんだろうな」くらいの甘い覚悟は決めているのだけれど。かといって大学サッカーを検討し始めたとかそういう話でもない。


 どうせ何も分からない、決まり切っていないのであれば、偶には別の角度からモノを見て、改めて考えてみようと思い立ったわけだ。

 大学の知識、延いては概念そのものに縁の無い俺に、何か新しい見聞を与えてくれるのではないか。そんな淡い期待を持ちつつ。



「おーい、こっちこっち!」


 迎えを待つまでもなく頼みの綱が現れた。周囲の似たような人間と同じく、茶髪の細身な男もお揃いのパーカーを着ている。手伝いをしている学生共通のユニフォームなのだろうか。



「お久しぶりっす」

「いやホントそれねっ! 半年ぶり!」


 曖昧な記憶を辿ることもなく、向こうの方がしっかり俺の顔を覚えているようだった。そういや俺のファンだとかなんとか言っていたな。



「いきなりメッセ来てマジでビックリしたよ。ライン交換したってのになーんも連絡もしてくれないんだから」

「特に用事も無いモンでして」

「あははは! それもそうかっ!」


 軽薄な爆笑と共に馴れ馴れしく肩を叩く青年。

 なんだったら名前は忘れ掛けていた。


 大久保さん。夏合宿に偶然試合を行うことになり、フットサル部が初めて敗北を喫した相手。城南大学フットサルサークルでキャプテンを務める男。

 新設される男女混合チームによる大会の存在を教えてくれた人物でもある。


 大学の名前と彼の存在を紐づけることが出来たのはほぼ奇跡と言っても良い。夏に連絡先を交換して以降一度か二度話をしただけですっかり疎遠になっていたというのに、唐突な提案も快く承諾してくれた。



「今日は一人なんだね。彼女さんは来ないの?」

「誰のこと言ってるんすか」

「むしろどの子か教えて欲しいくらいだよ」

「全員っす」

「あはははっ。相変わらずヨロシクやってるみたいだね~。まっ、偶には男だけってのも悪くないだろ?」


 今日この場にアイツらを連れて来なかったのは、これはもう単純に嫉妬というか、独占欲染みた何かに他ならない。

 大久保さんが極めて真っ当な人間であることは分かっているが、仮にも大学生だ。凄まじい偏見だが、でも大学生なのだ。警戒は怠らない。


 というか夏合宿の僅かな記憶からして、瑞希以外はロクにコミュニケーション取れないだろうし。あのときだって仲良さげに話している姿を見てまぁまぁ嫉妬していたのだから間違っちゃいない判断だろう。いくらでも言え心が狭いと。



「今日はキャンパスツアーとかやってないから、俺が適当に案内するよ。広いっちゃ広いけど半日もあれば回れちゃうから」


 周囲を見渡す限り、俺と大久保さんのように手伝いの学生がキャンパスへやって来た人間を一人ずつ案内していくシステムらしい。大人しく連れ回されるとするか。



 駅から時間して30秒。あっという間にキャンパスの正門へ到着。


 敷地中央に鎮座する噴水とウッドテーブル。周囲は芝生で囲まれており、昼時には学生が多く集まるのだろう。


 やはり規模が段違いだな。山嵜の校舎より少し大きいくらいの建物が中庭を囲うように幾つも建っている。緑と人工物の調和した中々に心地良い空間だ。キャンパス内の居心地を理由に受験する奴が居てもおかしくないレベルの充実ぶり。



「早速なんだけど……ウチ受験するの?」

「いや、実はなんも考えてなくて」

「まぁそうだよなぁ。廣瀬くんまだ二年っしょ? そりゃ成績で多少は選べるかもしれないけど、どこの大学が良いかとか分かんないよな」


 実は進学するかどうかも決めていない。というのは伝えた方が良いだろうか。多少の仲とはいえ勧誘する側とされる側だからな、まずは話だけでも聞いてみるか。



「ウチは総合大学だからね、文理どっちも分かりやすい学科は一通り揃ってるからその点安心だよ。あと学費安いのがポイント。そもそも歴史が浅いってのもあるけど、知名度が低いからさ。なるべくハードル下げて学生集める方針なのよ」

「ほーん……」

「スカラシップって分かる? 入試で上位に入ったら学費免除されるやつ。推薦でもあるんだけどさ。かなり枠多いからそこ狙うのもアリだね」


 財布に優しいのは高評価だな……確か偏差値も上の下程度と記憶しているし、もしかしなくても穴場だったりするのかも。



「場所が場所だから通いにくいのはアレだけど、駅からは近いし文句無いね。あれ三号館なんだけど、結構飯屋入ってるんだぜ」


 ガラス張りの先に見覚えのある看板が窺える。さながらフードコート、昼飯には困らないだろうな。


 あぁ、お腹減って来た。

 我慢しよう。帰って鍋食べるんだから。



 その後も図書館やメディアセンター、メインホールなど色々と案内してもらう。話に違わず最新鋭の設備が整った、学生風情には勿体ない環境だ。


 敷地の奥には一面芝生のグラウンドと野球場まで完備されており、学生スポーツへ打ち込むにも申し分ない。

 いま練習しているのは城南大のサッカー部のようだ。10分ほどネット越しに見学している。レベルはそこそこと言ったところ。


 渡されたパンフレットによると、関東リーグの2部に所属しているようだ。昨シーズンも昇格争いをしていたとのことだから、それなりに強いチームなのだろう。


 近年はスカウト網も全国まで広がって、高校大学かかわらず個人である程度結果を残せば目にも留まるようになった。ここにもプロ注目の選手が何人かいるのだとか。



「やっぱアレなの? サッカー戻る感じ?」

「なんとも言えないところっすね」

「と言うと?」

「…………自信はありますよ。このチームに混ざってもレギュラー取る自信は。元のフィジカルへ戻せばすぐにでも」

「おおっ。強気だね。流石はあの廣瀬陽翔っ」


 ケラケラと笑いおどける大久保さん。真に受けているのかどうかは知らないが、真面目に話は聞いてくれているようだ。



「その言い方だと他に悩みっていうか、何か引っ掛かることがあるって感じだね」

「……サッカー部に所属しながらバイトしてる人って、どれくらいいるんですか?」

「バイト? あー、どうだろうな。サッカー部の友達何人かいるけど、バイトしながらってのは聞いたこと無いなあ。やってても授業始まる前の朝とか、本当に短い時間だと思うよ」


 ……やはり掛け持ちは難しいか。仮にもしっかりとした運動部なのだから、時間も体力も厳しいものはあるよな。



「なに? お金困ってるの?」

「そういうわけじゃないすけど……」

「おーくぼ氏ー!」


 ここまで来ては隠す必要も無いと口を開こうとすると、道の反対側から俺たちへ手を振り近付いて来る女性が一人。

 大久保さんの同級生か、フットサルサークルのチームメイトだろうか。彼女も知らない高校の制服を着たオープンキャンパスの参加者と思わしき男を引き連れている。


 いや待て。

 見覚えあるぞあの顔。



「こっちの方は案内しちゃったんでー。パートナー交換しませんかー?」

「オッケー。じゃあ廣瀬くん、こっからはこの人に着いて行ってくれ。コイツは学部の同級生で……」

「って、あれぇ! ひろぽんさんっ!?」

「え、知り合い?」


 地球上でその呼び名を使う人間はただ一人。

 レイさん、何故こんなところに。


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